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気付き

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====前書き============================
前回と同じく。
説明回なので要点だけ掻い摘まんで読んでいただいておけです。
もちろん穴が空くほど見つめて読んでいただいても大丈夫です。
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 相変わらず魔術師のアトリエからはカラフルな煙が立ち上っている。
 中に入ると、今日は煙の中からあらわれたのはリンだった。

「おっ、クロトじゃない、久しぶりー! 今日はどうしたの?」
「魔術のことで聞きたいことがあってさ」

 相変わらずダボッとしたローブを着ているけれど、こんなフラスコやら瓶やらがたくさんあるところだと引っかけて大惨事になりそうでちょっと怖いな。
 まあそれはいいとして、

「今大丈夫?」
「おけーだよ。あ、そういえば魔術覚えたんだってね。ゲゼルビークさんから聞いたよ。おめおめ、後輩くん」
「どうもどうも、先輩さん。ってことでその魔術についてなんだけど、農業用の魔術とかってある? 農作物の成長を早めたり、大きい実がなるようにするとか」
「あるあるだよ、もちろん。ええと……ほらこれよ」

 本棚から一冊の魔術書を出してページをめくって見せるリン。
 そこには、農業に使える魔術について書いてあった。

 硬い土を柔らかく根が張れるようにする魔術や、痩せた土地に栄養を与える魔術。直接的に植物の成長を促進させる魔術など、関連した魔術の解説が色々と書いてあった。

「なになに? 農業に興味があるの?」
「うん、まあそんなところかな。農業の手伝いしてお金稼げそうだし、自給自足したらお金無くても食べていけるし」
「ふうーん。じゃあ覚えていく? 学習のポーションもたしかあったはず。あ、これこれ。それとも、たしかまだ初級の魔術も全部は覚えてないんだよね? 炎とか雷の魔術からまずはいっとく?」

 リンは棚からカラフルなポーションを次々と出してくる。

 ああ確かにそれもいいかも。
 せっかく来たんだし、新しい魔術も一緒に覚えていこうかな。

 たしかこの前AIに聞いた時は、雷より炎押しだったな。

「そうだね、それじゃあ炎魔術のポー……」

 その時、俺の頭の中に一瞬の懸念がよぎった。
 なぜかここで覚えるべきではないような気がしたのだ。
 リンは固まった俺の目の前で手を振っているが、それどころではない。

 なんで覚えるべきではないと思ったんだろう。
 ……すぐにはわからないが、何かまずい気がする。
 だとしたら、その直感に従おう。
 もしやっぱり覚えようとなったら、明日でも明後日でも覚えられるんだから。

「うーん、今日の所はやめとこうかな」
「ええっ!? なんで? 飲むだけで覚えられるのに。魔術師はみんな定着期間すぎたらすぐ新しい魔術覚えるよ? その方が色々使えるようになるし、いろんな魔術の練習できるようになるし」
「ああ、やっぱりそうなんだ、そりゃそうだよな、飲むだけで覚えられるんだから、新しいのガンガン覚えるよなあ」
「うん。たくさん使えればやれることの幅もそれだけ増えるしね。一個しか魔術使えないより絶対いいじゃない?」

 しかし、俺はやはり何かが引っかかって、首を横に振った。
 体調が悪くて……というようなことを言って、不思議そうにしているリンを残してアトリエを去る。

 何か……覚えない方がいいような気がしたんだよな。
 多分これまで魔術について俺が考えた情報から、覚えない方がいいって感覚がしてるんだと思う。
 俺はこれまでの魔術の記録のメモ書きを見ながら、その予感の出所を考える。

「………………………………まさかこれ、そういうことか?」

 このメモ書きは、毎日MPがフルの状態から何個氷を出せたかの数や一度に出せるようになった数を記録したものだ。
 自分がどれくらい成長しているかを確認してモチベを維持するため、異常がないか確認するためにつけておいた簡素なメモ用紙だ。

 それはこうなっている。

 一日目:10(1) 二日目:11(1) 三日目:12(1) ……
 七日目:20(2) 十四日目:33(3) 

 数字単体が出せる氷の数の合計、()の中は一度に出せる数である。

「やっぱり……成長速度がどんどん上がっている」

 さっき、リンに学習ポーションを勧められたとき、それと知らずに頭に浮かんだこと、その正体……気付いたその仮説と矛盾しない結果が出ている。

 それは、魔術の源……菌扱いするのもなんなので、勝手に【精霊】と俺は呼ぶことにするけど、【精霊】が菌のような微生物と似た性質を持っているというAIとの対話から俺が導いた仮説。

 細菌にしろその他の微生物にしろ、あるいはウイルスみたいなものでも、増殖するときは、分裂したり発芽したりといった方法で一体が別の一体を産み出す。
 ということはだ。
 10体いるときは一度に10体増え、100体いるときは100体一気に増えるということになる。

 つまり、数が増えれば増えるほど指数関数的に増えやすくなる。
 これを魔術の威力になぞらえるならば、体内の【精霊】が少ししかいない最初はゆっくりとしか【精霊】が増えない=魔術がゆっくりしか成長しないが、魔術が強くなる=【精霊】の数が増えれば、【精霊】の増える速度がどんどん加速していく=魔術の成長速度も加速していく、ということになる。

 もちろん、実際には栄養分とか場所の広さとか酸素濃度とか諸々の制限があって単純に倍々ゲームの割合で増えるわけではないだろうけど、加速度的に増えるのはたしかだ。
 段々増えるペースが上がるというのは、このメモの記録と矛盾しない。

「なるほど……そういうことか。だからあの時、嫌な予感がしたんだ。さっき、リンに新たな魔術の学習ポーションを勧められたときに、飲むべきじゃないと思ったのはそういうことか」

 俺は少しずつだが加速度的に成長している。一方ゲゼルビークやリンも言っていて、魔術書にも書いてあったが、魔術の成長は遅いらしい。
 だから武術を磨く人の方が今は多いとまで言っていたからこの世界の共通認識なのだろう。その矛盾がなぜかというのが、俺が感じた嫌な予感の正体だ。

 ゲゼルビークは2,3週間もしたら新しい魔術をポーションで覚えられるから来いと言っていた。魔術書にも魔術師の強みは色々な魔術が使えることだから定着したらすぐにポーションを飲むべきだと書いてあった。
 実際に魔術師は氷も炎も雷も、回復も移動もその他諸々色々な魔術が使えるのが普通らしい。リンも色々使える方がいいと言ってたしね。

「それこそがミスなんだs」

【精霊】が微生物と同じ性質を有しているなら……別種の【精霊】は干渉しあう。
 同じ培地に複数の種類の菌がいると、栄養や住処を奪い合ってお互いに増殖を抑制し合うことは知られている。

 抗生物質を飲み過ぎると体によくないっていうのも、特定の菌が死滅すると、普段は抑制しあってる別の菌が増えすぎて体に悪影響を及ぼしかねないからだ、と病気になった時に医者から聞かされた。
 これは逆に言えば菌がいるところに別の菌を入れると、増えにくくなるってことだ。

【精霊】もこれと同じだとしたら。
色々な種類の【精霊】が体に入ると成長が遅くなる。つまり、覚えた魔術の種類が増えると成長が遅くなるってことになる。

 色々な魔術をポーションを飲むだけで使えること、それこそが大いなる罠だったんだ。
 簡単に色々な魔術が使えるとなれば、当然みんなが多数の魔術を習得する。
 その方が戦略の幅が広がるし、ゲゼルビークもそれが魔術の強みだと言っていた。
 だけど、実は逆。
 そのせいで成長が遅くなってしまう。

 簡単に習得できてやれる幅も増える。目に見えるリスクは失敗した時少し体調不良になる程度。これで色々な魔術を習得しない人なんてまずいないだろう。定着期間が終わったらすぐに新しい魔術のポーションを飲むはず。

 そして魔術の成長は加速度的ではなくなってしまう。しかし俺のメモを見てわかるように一週間目がMP+10で二週間目がMP+13。増えてはいるが、仮にこの後また成長が遅くなって三週間目がMP+10になったとしても、この程度なら日によってぶれることもあるよな、と違和感ない範囲だ。

 だから誰も気付かなかったんだ。種類を増やしたせいで、【精霊】同士が争って魔術の成長速度が遅くなっていることに。

「微生物の増殖速度は指数関数的、だから本来なら魔術も同じく時間とともに加速度的に成長していくはずだってことがAIとの会話で推測できたから俺は気付けたけど、微生物に関する知識がないこの世界の人は気付けず短いスパンで得な方を選んでしまっていたんだ」

「あの時、はっきりと言語化できなくても予感がして断ってよかった。……つまり俺がやるべきことは、この氷魔術一本でひたすら修練をしていくことなんだな」

 最初の微生物の数が1だとしても、1→2→4→8→16→32→64→128とどんどん加速度的に数が増えていく。最初は1しか増えなくても、あっという間に100倍になる。
 もちろん、実際には栄養分とか場所の広さとか酸素濃度とか諸々の制限があって単純に倍々ゲームの割合で増えるわけではないだろうけど、加速度的に増えるのはたしかだ。
 そして【精霊】もおそらく似たようになるはず。

 そうすれば、加速度的に成長できる。
 一気に強力な魔術師になれるんだ!
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