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第696話 クリス、女豹になる
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キャラバンがトゥームレイズを発って5日目。順調な旅路に、クリスは一人悩んでいた。
(うーん。考えれば考えるほど、どうしようもないなぁ)
キャラバンを崩壊に導く手筈は整っている。筋トレだけではない。グレイブヤードミートに滞在中、綿密な計画を練ってきた。
後は実行に移すだけであり、タイミングを見計らっている状況ではあるのだが、ここにきて一つ大きな問題点が生まれてしまった。
(どうにかして、3人だけでも対象外にできないかなぁ……)
グリンガム兄弟に、情が移ってしまったのだ。
彼等の態度が、意地悪などではなく、自分の身を案じての行動だったということに気付いたクリス。
現に模擬戦後の彼等の態度は一変。今では、良き冒険者の先輩とも呼べる、頼もしい存在となってしまっている。
忙しい中でも、時間を割いて助言をくれるギャレット。
寡黙であり、何を考えているかイマイチよくわからないが、力仕事は手伝ってくれるロルフ。
ぶっきらぼうながらも、手を差し伸べてくれる情報通ブルーノ。
そんな彼等を、手に掛けなければならない。ギャレットの魔族退治を応援しておいて、実は自分がそれを阻止する側だとは、口が裂けても言えないのだ。
(いや、まずはレオンをどうにかして、クラウスの出方を見よう。戦力が減れば、キャラバンの中止を検討するかも……)
そのタイミングは、思いの外、早めに訪れた。
「レオンさんも、たまには見張りくらいしてくださいよ。同じ冒険者なんスから」
クラウスの専属護衛だからと、同じ天幕で休んでいたレオン。当然夜間の見張り業務からも外されていたのだが、あまりにも特別扱いされ過ぎているので、他の冒険者からの不満が爆発したのだ。
「冒険者同士のいざこざは、冒険者同士で解決なさい」
それが、クラウスからでた言葉。結果、9対1でレオンも見張りに狩り出されることになったのである。
「クソッ! せっかく楽ができると思ったのに……」
その日の夜。レオンは前哨任務を任され、焚き火の前でぼやきながら視線を落としていた。
狩人という見張りに向いている適性。本来であれば進んでやるべき役割だが、キャラバンの目的はあくまでオーガの討伐。
故に、道中の見張りは評価の対象にならず、本番で結果を残せればそれでいい。それが、レオンの考え方だった。
「まぁ、2時間の辛抱か……。どうせ敵なんて来やしねぇ……――ッ!?」
そんな楽観的な言葉とは裏腹に、レオンの脳内には突如警報が鳴り響く。
狩人の索敵スキル、トラッキングが、荷馬車の影に隠れている敵影を察知したからだ。
こんな至近距離にいたのにもかかわらず、何故今まで気付かなかったのかと臨戦態勢をとるレオンだったが、荷馬車の影から現れたのは、クリスとアシュラ。
「――んだよ……。脅かすんじゃねぇよ……」
キャラバンのブリーフィングでアシュラの外見は確認したが、それは稼働しておらず、トラッキングが反応したのはコレが初めて。
故に、強力な魔物が現れたのかと勘違いしても仕方がない。
「ご、ごめんなさい。ちょっとお花を摘みに……」
平たくいうとトイレである。公衆便所などという便利なものは当然存在しないので、木陰で解放するのは当たり前。
当然、それに護衛をつけるのは許されている。
「チッ……」
レオンから漏れる舌打ちに、クリスは僅かに頭を下げると、暗い森へと消えていく。
その後、暫くしてクリスが野営地に戻ってくると、レオンに直接頭を下げた。
「先程は、驚かせてしまってすいません」
「いや……いい……」
そんなクリスに、レオンが慌てて視線を逸らしたのは、焚き火の揺らめきに照らされ、クリスの寝間着が淡く浮かび上がったからだ。
粗いリネンの布地は光を柔らかく受け止め、女性の輪郭をほんのりと包み込んでいる。
「となり……いいですか?」
「え? あ、ああ……」
そういって、クリスはレオンの隣に腰掛けた。
火を見つめるクリスの横顔は、夜の静けさと炎の温もりを同時にまとい、危ういほど魅力的だ。
それも当然、女日照りの冒険者稼業に若い女性は珍しく、今回のキャラバンに限って言えば、紅一点は1人だけ。
環境補正とでも言うべきか、飢えた心が、クリスを天上の花とも錯覚させていたのだ。
クリスがやろうとしている事は至って単純。俗に言う色仕掛けである。
皆が寝静まっている深夜。見張りが1人のタイミングを狙い、隙を突くという作戦だ。
「な、何か?」
「レオンさんが強いって聞いて、是非お近づきになりたくて……」
その声は、いつもの快活な調子とは違い、低く柔らかい。
2人の肩がそっと触れる距離に近づくと、クリスはレオンを見つめつつも意味ありげに微笑んだ。
「ど、どういう意味だ……?」
「……どっちだと思います?」
冒険者としての興味か……。それとも純粋な好意か……。
そのヒントを与えるかのように、クリスがレオンの太ももにそっと触れると、レオンは不敵な笑みを浮かべる。
「なんだよ。本当は、誰だっていいんだろ?」
「そんなことないですよ? わたしは強い男の人が好きなんです。……例えば、私のゴーレムをのしちゃうくらいの人」
それを聞き、レオンは内心舞い上がる。
レオンだって、ギャレットとアシュラの模擬戦の結果は聞いている。本気ではなくとも、ギャレットは事実上の敗北を喫したのだ。
それに勝つことが出来れば、自分がギャレットよりも上であることが証明され、更には女までついて来て一石二鳥。
アシュラが発しているトラッキングの反応は、そこそこの強さだが、負けることはないと暗に示していた。
「お前のゴーレム。壊れちゃうかもしれないぜ?」
「そうなったら、レオンさんに守ってもらおっかなぁ」
クリスとは思えない猫なで声に、レオンは気を良くしたのか、2人と1体はそのまま鬱蒼とした森の奥へと消えて行った。
(うーん。考えれば考えるほど、どうしようもないなぁ)
キャラバンを崩壊に導く手筈は整っている。筋トレだけではない。グレイブヤードミートに滞在中、綿密な計画を練ってきた。
後は実行に移すだけであり、タイミングを見計らっている状況ではあるのだが、ここにきて一つ大きな問題点が生まれてしまった。
(どうにかして、3人だけでも対象外にできないかなぁ……)
グリンガム兄弟に、情が移ってしまったのだ。
彼等の態度が、意地悪などではなく、自分の身を案じての行動だったということに気付いたクリス。
現に模擬戦後の彼等の態度は一変。今では、良き冒険者の先輩とも呼べる、頼もしい存在となってしまっている。
忙しい中でも、時間を割いて助言をくれるギャレット。
寡黙であり、何を考えているかイマイチよくわからないが、力仕事は手伝ってくれるロルフ。
ぶっきらぼうながらも、手を差し伸べてくれる情報通ブルーノ。
そんな彼等を、手に掛けなければならない。ギャレットの魔族退治を応援しておいて、実は自分がそれを阻止する側だとは、口が裂けても言えないのだ。
(いや、まずはレオンをどうにかして、クラウスの出方を見よう。戦力が減れば、キャラバンの中止を検討するかも……)
そのタイミングは、思いの外、早めに訪れた。
「レオンさんも、たまには見張りくらいしてくださいよ。同じ冒険者なんスから」
クラウスの専属護衛だからと、同じ天幕で休んでいたレオン。当然夜間の見張り業務からも外されていたのだが、あまりにも特別扱いされ過ぎているので、他の冒険者からの不満が爆発したのだ。
「冒険者同士のいざこざは、冒険者同士で解決なさい」
それが、クラウスからでた言葉。結果、9対1でレオンも見張りに狩り出されることになったのである。
「クソッ! せっかく楽ができると思ったのに……」
その日の夜。レオンは前哨任務を任され、焚き火の前でぼやきながら視線を落としていた。
狩人という見張りに向いている適性。本来であれば進んでやるべき役割だが、キャラバンの目的はあくまでオーガの討伐。
故に、道中の見張りは評価の対象にならず、本番で結果を残せればそれでいい。それが、レオンの考え方だった。
「まぁ、2時間の辛抱か……。どうせ敵なんて来やしねぇ……――ッ!?」
そんな楽観的な言葉とは裏腹に、レオンの脳内には突如警報が鳴り響く。
狩人の索敵スキル、トラッキングが、荷馬車の影に隠れている敵影を察知したからだ。
こんな至近距離にいたのにもかかわらず、何故今まで気付かなかったのかと臨戦態勢をとるレオンだったが、荷馬車の影から現れたのは、クリスとアシュラ。
「――んだよ……。脅かすんじゃねぇよ……」
キャラバンのブリーフィングでアシュラの外見は確認したが、それは稼働しておらず、トラッキングが反応したのはコレが初めて。
故に、強力な魔物が現れたのかと勘違いしても仕方がない。
「ご、ごめんなさい。ちょっとお花を摘みに……」
平たくいうとトイレである。公衆便所などという便利なものは当然存在しないので、木陰で解放するのは当たり前。
当然、それに護衛をつけるのは許されている。
「チッ……」
レオンから漏れる舌打ちに、クリスは僅かに頭を下げると、暗い森へと消えていく。
その後、暫くしてクリスが野営地に戻ってくると、レオンに直接頭を下げた。
「先程は、驚かせてしまってすいません」
「いや……いい……」
そんなクリスに、レオンが慌てて視線を逸らしたのは、焚き火の揺らめきに照らされ、クリスの寝間着が淡く浮かび上がったからだ。
粗いリネンの布地は光を柔らかく受け止め、女性の輪郭をほんのりと包み込んでいる。
「となり……いいですか?」
「え? あ、ああ……」
そういって、クリスはレオンの隣に腰掛けた。
火を見つめるクリスの横顔は、夜の静けさと炎の温もりを同時にまとい、危ういほど魅力的だ。
それも当然、女日照りの冒険者稼業に若い女性は珍しく、今回のキャラバンに限って言えば、紅一点は1人だけ。
環境補正とでも言うべきか、飢えた心が、クリスを天上の花とも錯覚させていたのだ。
クリスがやろうとしている事は至って単純。俗に言う色仕掛けである。
皆が寝静まっている深夜。見張りが1人のタイミングを狙い、隙を突くという作戦だ。
「な、何か?」
「レオンさんが強いって聞いて、是非お近づきになりたくて……」
その声は、いつもの快活な調子とは違い、低く柔らかい。
2人の肩がそっと触れる距離に近づくと、クリスはレオンを見つめつつも意味ありげに微笑んだ。
「ど、どういう意味だ……?」
「……どっちだと思います?」
冒険者としての興味か……。それとも純粋な好意か……。
そのヒントを与えるかのように、クリスがレオンの太ももにそっと触れると、レオンは不敵な笑みを浮かべる。
「なんだよ。本当は、誰だっていいんだろ?」
「そんなことないですよ? わたしは強い男の人が好きなんです。……例えば、私のゴーレムをのしちゃうくらいの人」
それを聞き、レオンは内心舞い上がる。
レオンだって、ギャレットとアシュラの模擬戦の結果は聞いている。本気ではなくとも、ギャレットは事実上の敗北を喫したのだ。
それに勝つことが出来れば、自分がギャレットよりも上であることが証明され、更には女までついて来て一石二鳥。
アシュラが発しているトラッキングの反応は、そこそこの強さだが、負けることはないと暗に示していた。
「お前のゴーレム。壊れちゃうかもしれないぜ?」
「そうなったら、レオンさんに守ってもらおっかなぁ」
クリスとは思えない猫なで声に、レオンは気を良くしたのか、2人と1体はそのまま鬱蒼とした森の奥へと消えて行った。
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