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第713話 クリス、諦めない
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そんなクリスを見かねてか、アミーはクリスをダンジョンの最下層へと呼び出した。
「話って何?」
玉座が置かれていた部屋の裏からさらに奥へと進んだ先。
ダンジョンから岩肌剥き出しの洞窟へと姿を変へ、そんな通路を抜けた先には異質な部屋があった。
「クリスさんに、お礼を言いたくて……」
「ええ? それはちょっと気が早すぎない? 少なくともここを脱出してからの方が……」
それを聞いているのかいないのか。アミーはクリスに背を向け、何かを探している様子。
そこはダンジョンハートが鎮座していた場所。表面には気泡が散り、歪んだ硝子越しに見える内部はからっぽだ。
その損傷は激しく、外殻の半分ほどが崩れ落ち、鋭い破片が無残に突き出している。
そんな場所からアミーが探し出したのは、淀んだガラスの塊だ。
「なにそれ? ……帰還水晶?」
それは、アミーの小さな手のひらに収まるほどの大きさの水晶の塊。見た目は一見、無骨なガラス片のようにも見えるが、内部を覗き込めばただの鉱石でないことは、誰の目から見ても明らか。
水晶の中心部には淡く揺らぐ光が閉じ込められており、覗き込む角度によって青や緑、紫といった色彩が流れ、まるで小さな宇宙が詰め込まれているかのようだった。
「いざとなったら、これを使って脱出して」
「は? 脱出って……出口は?」
「出口は、使った人のお家。これは冥帰晶っていって、人間でいうところの帰還水晶に似たような物なの」
「ちょ、ちょっと待って。そんなものがあるなら、アミーが使えばいいでしょうが!」
至極当たり前の疑問に、クリスが思わず大声を上げるも、アミーは顔を曇らせ首を横に振った。
「私のお家はココだから……。それに一人用なの」
冥帰晶――それは使えば瞬きの間に己の家へと帰還できる、稀少なる魔具。
ベリトが持っていた物だが、ダンジョンの外を一度も踏んだことのないアミーにとっては、無用の長物に過ぎなかった。
ならば、使える者に使ってもらうのが筋である。
(知らない人間に悪用されるくらいなら……)
冥帰晶だけではない。命を賭してまで自分のために尽くしてくれるクリスになら、父から託された指輪を預けるに相応しいと確信したのだ。
そんなアミーの心情など、クリスには知る由もない。
「まあ、言いたいことはわかるわよ? 私が不甲斐ないせいで魔具錬成は失敗続きだし? 諦められても仕方ないかなって思うもの。そう言い出せないから、お礼なんて言っちゃって……」
「あ、いや……。そうじゃなくて……」
「いいの。何も間違ってなんかいないから。ただ、私はまだ諦めてない。……話は終わり? 用がないならお父さんの工房、借りるわね」
そう言うとクリスは振り返ることなく、来た道を戻っていった。
――――――――――
「……なんて強がってはみたけど、手詰まり感が否めないのよねぇ……」
ベリトの工房にもどると、クリスは自分が作った失敗作たちを見ては肩を落とす。
「私って才能ないのかなぁ……」
アミーに言われた言葉を思い出し、少々舞い上がってしまっていた過去の自分を恥じるクリス。
右手にはクリスの作った失敗作のブレスレット。何の変哲もない金属の輪っかを持ち、左手にはアミーの作った魔具として生まれ変わったブレスレットを持つ。
見た目こそクリスの失敗作と変わらないが、その強度は段違いで、二つをぶつけ合わせると、クリスが作った方にだけキズがつく。
「レシピも手順も環境も全く一緒……。他に何が違うってのよ……」
魔具や魔道具と呼ばれる物は、大きく二つに分類される。魔法を疑似的に再現する物と、魔法そのものを封じた物だ。
前者であれば、今のクリスでも作り出す事は可能だが、その性能は当然ながら後者に劣る。
それが人間の作り出す魔道具と、魔族の作り出す魔具の差だ。
「アミーに手本を見せてもらいたいけど、魔力切れなんてことになったら……」
魔具の錬成には少なからず魔力を使う。魔族が魔力を使い切れば、待っているのは死。アミーを酷使するわけにはいかないのだ。
――――――――――
それから暫く、クリスはベリトの工房に寝泊まりしていた。
少しの時間も無駄にしないため。そして、ギャレットたちと顔を合わせたくなかったからだ。
ギャレットたちもそれを暗に理解し、クリスを急かさぬようにと工房を訪れることもなく、結果それは功を奏した。
「もう……これしかない……」
それだけの時間を費やしたのだ。あらゆる可能性を試し、消去法で失敗の原因を探り続ける。
その結果、クリスは一つの結論に達した。
「魔力の性質以外考えられない。魔族の技術なんだから込める魔力もマナじゃなくてアストラじゃなきゃ……。私が人間だからダメだったんだ」
その結論には自信があった。それ以外考えられないのだ。
「でも、どうしよう。これじゃ間に合わない……」
それは同時に、絶望とも言える結果だった。
採掘道具を作るといっても、かなりの量を錬成する必要がある。当然アミーは頼れず、かといってオーガたちに錬金術の適性を持つ者はいない。
仮に採掘道具が錬成できたとして、掘り進めるのにどれだけの時間を見積もるべきか……。
「……考えろ、私……。どうすれば……」
一難去ってまた一難。頭を抱え、視線は泳ぐ。
そんなクリスの目に留まったのは、アシュラだ。
「……そうだ! 今ある魔具からアストラを抽出すればいけるかも!」
錬成とは逆の工程、分解を辿れば今ある魔具からアストラの抽出ができるかもしれない。
それがあれば、アミーの延命も可能になる。
「魔石を加工して器を作れば、アストラを貯蔵できるはず……」
その為の道具は、すべて工房に揃っている。
だが、問題がないわけじゃなかった。工房に残されている魔具はそう多くなく、どれも十分と言えるほどのアストラは内包されていない。
しかし、この場に一つだけ。恐らくは相当量のアストラを抽出できるであろう魔具が存在していたのだ。
「おねがいアシュラ! その魔剣! ちょっと貸してッ!」
「話って何?」
玉座が置かれていた部屋の裏からさらに奥へと進んだ先。
ダンジョンから岩肌剥き出しの洞窟へと姿を変へ、そんな通路を抜けた先には異質な部屋があった。
「クリスさんに、お礼を言いたくて……」
「ええ? それはちょっと気が早すぎない? 少なくともここを脱出してからの方が……」
それを聞いているのかいないのか。アミーはクリスに背を向け、何かを探している様子。
そこはダンジョンハートが鎮座していた場所。表面には気泡が散り、歪んだ硝子越しに見える内部はからっぽだ。
その損傷は激しく、外殻の半分ほどが崩れ落ち、鋭い破片が無残に突き出している。
そんな場所からアミーが探し出したのは、淀んだガラスの塊だ。
「なにそれ? ……帰還水晶?」
それは、アミーの小さな手のひらに収まるほどの大きさの水晶の塊。見た目は一見、無骨なガラス片のようにも見えるが、内部を覗き込めばただの鉱石でないことは、誰の目から見ても明らか。
水晶の中心部には淡く揺らぐ光が閉じ込められており、覗き込む角度によって青や緑、紫といった色彩が流れ、まるで小さな宇宙が詰め込まれているかのようだった。
「いざとなったら、これを使って脱出して」
「は? 脱出って……出口は?」
「出口は、使った人のお家。これは冥帰晶っていって、人間でいうところの帰還水晶に似たような物なの」
「ちょ、ちょっと待って。そんなものがあるなら、アミーが使えばいいでしょうが!」
至極当たり前の疑問に、クリスが思わず大声を上げるも、アミーは顔を曇らせ首を横に振った。
「私のお家はココだから……。それに一人用なの」
冥帰晶――それは使えば瞬きの間に己の家へと帰還できる、稀少なる魔具。
ベリトが持っていた物だが、ダンジョンの外を一度も踏んだことのないアミーにとっては、無用の長物に過ぎなかった。
ならば、使える者に使ってもらうのが筋である。
(知らない人間に悪用されるくらいなら……)
冥帰晶だけではない。命を賭してまで自分のために尽くしてくれるクリスになら、父から託された指輪を預けるに相応しいと確信したのだ。
そんなアミーの心情など、クリスには知る由もない。
「まあ、言いたいことはわかるわよ? 私が不甲斐ないせいで魔具錬成は失敗続きだし? 諦められても仕方ないかなって思うもの。そう言い出せないから、お礼なんて言っちゃって……」
「あ、いや……。そうじゃなくて……」
「いいの。何も間違ってなんかいないから。ただ、私はまだ諦めてない。……話は終わり? 用がないならお父さんの工房、借りるわね」
そう言うとクリスは振り返ることなく、来た道を戻っていった。
――――――――――
「……なんて強がってはみたけど、手詰まり感が否めないのよねぇ……」
ベリトの工房にもどると、クリスは自分が作った失敗作たちを見ては肩を落とす。
「私って才能ないのかなぁ……」
アミーに言われた言葉を思い出し、少々舞い上がってしまっていた過去の自分を恥じるクリス。
右手にはクリスの作った失敗作のブレスレット。何の変哲もない金属の輪っかを持ち、左手にはアミーの作った魔具として生まれ変わったブレスレットを持つ。
見た目こそクリスの失敗作と変わらないが、その強度は段違いで、二つをぶつけ合わせると、クリスが作った方にだけキズがつく。
「レシピも手順も環境も全く一緒……。他に何が違うってのよ……」
魔具や魔道具と呼ばれる物は、大きく二つに分類される。魔法を疑似的に再現する物と、魔法そのものを封じた物だ。
前者であれば、今のクリスでも作り出す事は可能だが、その性能は当然ながら後者に劣る。
それが人間の作り出す魔道具と、魔族の作り出す魔具の差だ。
「アミーに手本を見せてもらいたいけど、魔力切れなんてことになったら……」
魔具の錬成には少なからず魔力を使う。魔族が魔力を使い切れば、待っているのは死。アミーを酷使するわけにはいかないのだ。
――――――――――
それから暫く、クリスはベリトの工房に寝泊まりしていた。
少しの時間も無駄にしないため。そして、ギャレットたちと顔を合わせたくなかったからだ。
ギャレットたちもそれを暗に理解し、クリスを急かさぬようにと工房を訪れることもなく、結果それは功を奏した。
「もう……これしかない……」
それだけの時間を費やしたのだ。あらゆる可能性を試し、消去法で失敗の原因を探り続ける。
その結果、クリスは一つの結論に達した。
「魔力の性質以外考えられない。魔族の技術なんだから込める魔力もマナじゃなくてアストラじゃなきゃ……。私が人間だからダメだったんだ」
その結論には自信があった。それ以外考えられないのだ。
「でも、どうしよう。これじゃ間に合わない……」
それは同時に、絶望とも言える結果だった。
採掘道具を作るといっても、かなりの量を錬成する必要がある。当然アミーは頼れず、かといってオーガたちに錬金術の適性を持つ者はいない。
仮に採掘道具が錬成できたとして、掘り進めるのにどれだけの時間を見積もるべきか……。
「……考えろ、私……。どうすれば……」
一難去ってまた一難。頭を抱え、視線は泳ぐ。
そんなクリスの目に留まったのは、アシュラだ。
「……そうだ! 今ある魔具からアストラを抽出すればいけるかも!」
錬成とは逆の工程、分解を辿れば今ある魔具からアストラの抽出ができるかもしれない。
それがあれば、アミーの延命も可能になる。
「魔石を加工して器を作れば、アストラを貯蔵できるはず……」
その為の道具は、すべて工房に揃っている。
だが、問題がないわけじゃなかった。工房に残されている魔具はそう多くなく、どれも十分と言えるほどのアストラは内包されていない。
しかし、この場に一つだけ。恐らくは相当量のアストラを抽出できるであろう魔具が存在していたのだ。
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