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第717話 クリス、おうちを間違える
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「誰っておまえ……。自分の両親じゃないのか?」
ブルーノの疑問に渋々頷くクリス。目の前の老夫婦の表情は恐怖に染まり、周囲に視線を泳がせる。
錬金術に失敗はつきもの。出口の座標がズレたのかと、落ち着いて辺りを見回したクリスだったが、覚えた違和感の正体に気付きハッとした。
「ちょっとどいて!」
その違和感を確かめるため、クリスはオーガたちを押しのけるようにして窓辺へと駆け寄る。
「――ッ!?」
そして外の光景を目にした途端、その顔色がみるみる青ざめていく。
田舎の村とは思えない壮麗な石造りの街並み。遠くには、高くそびえる王城の尖塔が見えている。
「ん? なんだ? どうかしたか?」
ゲートを潜り、状況が飲み込めていないギャレットが訝しげに尋ねるも、クリスはゆっくりと振り返り、震える声でかすれた息を漏らした。
「ど、どうしよう……ここ……王都なんだけど……」
「……はぁ!?」
転移は成功していた。
だが、辿り着いたのはコット村へ引っ越す前、クリスがかつて暮らしていた“昔の家”だったのだ。
冥帰晶は使用者の魔力が最も安定した状態で記録されている場所を探知し、そこへ座標を固定して転移を行う。
故に、クリスの魔力が最も染みついている場所。王都の旧家に座標が固定されたのだ。
(なんでコット村じゃなくて、こっちなの!? 私のせい!? 王都に帰りたがってたから!?)
そんな愕然としているクリスを、一気に正気へと戻したのは、ブルーノの声。
「ほほがスタッふだっつーなら、ほット村なんれ目と鼻の先ふぁねぇか」
「ちょっとブルーノさん! なに食べてんの!?」
もごもごと口を動かすブルーノの片手には、今かじりつきましたと言わんばかりの歯形が残ったパン。
「見りゃわかるだろ? パンだよ」
「そーじゃなくて! ここ私の家だったんだけど、今は違うんだってば!」
ダンジョンでの長い節食生活を考えると、腹を満たす喜びはクリスにも理解はできる。
とはいえ、他人の家に勝手にあがり込んだ挙句、テーブルに置かれたバスケットから勝手にパンを拝借するなど、許される行為ではない。
「そうなん? まあ、カネは払うって」
そういうことではないと、口を開きかけたクリスだったが、ロルフも一緒になってパンを貪る姿を見て、溜息を一つ。
今までの事を思えばそれも些細な事かもしれないと、どうでもよくなってしまった。
「まあ、ダンジョンは出れたんだ。最悪は回避したろ? 不測の事態なんて冒険者をやってりゃ日常茶飯事。ネガティブになるな。切り替えていけ」
ギャレットから肩を叩かれ、それにハッとしたクリス。
たしかに想定外ではあるが、すべてを諦め命を捨てる事態かと問われれば、そうじゃない。
帰還水晶でギルドの本部に転移するよりはマシ。そう考えると気が楽だ。
「まずは、ここの住人をどうするかだな。俺たちのこと、見られちまったが……」
「ヒィィッ……!?」
ギャレットに睨みつけられると、小さな悲鳴を上げる老夫婦。
「ちょっと! ここの人は無関係なんだから無駄に怖がらせないでよ!」
筋肉モリモリの強面にそう言われたら、恐怖するのも無理ないが、ちゃんと話し合えばわかってもらえるはずである。
まずは急な訪問の謝罪と状況の説明をとクリスが口を開こうとした瞬間だった。
「ゼペットさん!? 大丈夫ですか!?」
切迫した声とともに、玄関の扉を叩く音が辺りに響く。重く乾いた打音が、静まり返った家の中へと不安を染み込ませる。
ブルーノ曰く、クリスが転移してくる前、老夫婦はアミーとオーガたちを見て、結構な悲鳴をあげたらしい。
恐らくはそれが聞かれてしまったのだろうということだった。
そんな状況下での判断。ギャレットとクリス、二人の意見は一致した。
「人質にしよう」「人質にしましょう」
それに待ったをかけたのは、ブルーノだ。
「おいおい、そりゃ判断が早すぎるだろ……」
とはいえ、時間をかけてはいられない。騒ぎを聞きつけ、人が集まってしまえばそれだけ不利になってしまう。
「俺にイイ考えがある。ちょっと耳を貸せ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるブルーノに、クリスは訝し気な視線を向けた。
――――――――――
それからしばらくして、旧ロバート邸の周りには騒ぎを聞きつけた近隣の者たちが、次々と戸口へ顔を出し、何事かと囁き合っていた。
「中で……何があったんだ?」
「誰かがゼペット爺さんの悲鳴を聞いたらしい……」
何度呼び掛けてもまったくの無反応。故に扉を破るべきだという意見が出始める中、それは勢いよく開かれた。
旧ロバート邸から現れたのは、首からゴールドのプレートを下げたグリンガム兄弟。三人とも誇らしげな笑みを浮かべていたが、その背後には異様な光景が続く。
縄でぐるぐると縛られたオーガたちが、呻き声を上げながら次々と外へ引きずり出されてきたのだ。
「皆さん、もう大丈夫だ! ゼペットさんを襲おうとしていたオーガたちは俺たちが退治した!」
それを聞き、集まっていた野次馬たちからはどよめきが起こる。
「本物のオーガだ……!」
「すげぇ数だ。あれを捕まえたのか!」
驚きと興奮が入り混じった声が飛び交い、人々は押し合いながら少しでもよく見ようと背伸びをする。
その光景を横目に、ギャレットたちは何食わぬ顔で縄を引く。
「もういいだろ? 見せもんじゃねぇぞ! 俺たちはコイツらをギルドに連行するからよ。邪魔なんだよ、散れ散れ!」
ギャレットが怒鳴ると、その迫力に押され、野次馬たちは慌てて後ずさりしながら道を開けた。
――これこそが、ブルーノの立てた策である。
ゼペット邸に突如として現れたオーガたち。それを“冒険者が討伐し、捕らえた”という筋書きで押し通そうというのだ。
注目されるのは覚悟の上。冒険者に囚われた魔物を装えば、それに文句を言ってくる輩もいないだろうという寸法である。
(こんなので本当に大丈夫かな……?)
人質籠城作戦よりはマシだろう。半信半疑ではあるが、やるしかないと内心ドキドキのクリス。
アシュラ用の木箱にアミーを入れ、行き当たりばったりの王都脱出劇が幕を開けた。
ブルーノの疑問に渋々頷くクリス。目の前の老夫婦の表情は恐怖に染まり、周囲に視線を泳がせる。
錬金術に失敗はつきもの。出口の座標がズレたのかと、落ち着いて辺りを見回したクリスだったが、覚えた違和感の正体に気付きハッとした。
「ちょっとどいて!」
その違和感を確かめるため、クリスはオーガたちを押しのけるようにして窓辺へと駆け寄る。
「――ッ!?」
そして外の光景を目にした途端、その顔色がみるみる青ざめていく。
田舎の村とは思えない壮麗な石造りの街並み。遠くには、高くそびえる王城の尖塔が見えている。
「ん? なんだ? どうかしたか?」
ゲートを潜り、状況が飲み込めていないギャレットが訝しげに尋ねるも、クリスはゆっくりと振り返り、震える声でかすれた息を漏らした。
「ど、どうしよう……ここ……王都なんだけど……」
「……はぁ!?」
転移は成功していた。
だが、辿り着いたのはコット村へ引っ越す前、クリスがかつて暮らしていた“昔の家”だったのだ。
冥帰晶は使用者の魔力が最も安定した状態で記録されている場所を探知し、そこへ座標を固定して転移を行う。
故に、クリスの魔力が最も染みついている場所。王都の旧家に座標が固定されたのだ。
(なんでコット村じゃなくて、こっちなの!? 私のせい!? 王都に帰りたがってたから!?)
そんな愕然としているクリスを、一気に正気へと戻したのは、ブルーノの声。
「ほほがスタッふだっつーなら、ほット村なんれ目と鼻の先ふぁねぇか」
「ちょっとブルーノさん! なに食べてんの!?」
もごもごと口を動かすブルーノの片手には、今かじりつきましたと言わんばかりの歯形が残ったパン。
「見りゃわかるだろ? パンだよ」
「そーじゃなくて! ここ私の家だったんだけど、今は違うんだってば!」
ダンジョンでの長い節食生活を考えると、腹を満たす喜びはクリスにも理解はできる。
とはいえ、他人の家に勝手にあがり込んだ挙句、テーブルに置かれたバスケットから勝手にパンを拝借するなど、許される行為ではない。
「そうなん? まあ、カネは払うって」
そういうことではないと、口を開きかけたクリスだったが、ロルフも一緒になってパンを貪る姿を見て、溜息を一つ。
今までの事を思えばそれも些細な事かもしれないと、どうでもよくなってしまった。
「まあ、ダンジョンは出れたんだ。最悪は回避したろ? 不測の事態なんて冒険者をやってりゃ日常茶飯事。ネガティブになるな。切り替えていけ」
ギャレットから肩を叩かれ、それにハッとしたクリス。
たしかに想定外ではあるが、すべてを諦め命を捨てる事態かと問われれば、そうじゃない。
帰還水晶でギルドの本部に転移するよりはマシ。そう考えると気が楽だ。
「まずは、ここの住人をどうするかだな。俺たちのこと、見られちまったが……」
「ヒィィッ……!?」
ギャレットに睨みつけられると、小さな悲鳴を上げる老夫婦。
「ちょっと! ここの人は無関係なんだから無駄に怖がらせないでよ!」
筋肉モリモリの強面にそう言われたら、恐怖するのも無理ないが、ちゃんと話し合えばわかってもらえるはずである。
まずは急な訪問の謝罪と状況の説明をとクリスが口を開こうとした瞬間だった。
「ゼペットさん!? 大丈夫ですか!?」
切迫した声とともに、玄関の扉を叩く音が辺りに響く。重く乾いた打音が、静まり返った家の中へと不安を染み込ませる。
ブルーノ曰く、クリスが転移してくる前、老夫婦はアミーとオーガたちを見て、結構な悲鳴をあげたらしい。
恐らくはそれが聞かれてしまったのだろうということだった。
そんな状況下での判断。ギャレットとクリス、二人の意見は一致した。
「人質にしよう」「人質にしましょう」
それに待ったをかけたのは、ブルーノだ。
「おいおい、そりゃ判断が早すぎるだろ……」
とはいえ、時間をかけてはいられない。騒ぎを聞きつけ、人が集まってしまえばそれだけ不利になってしまう。
「俺にイイ考えがある。ちょっと耳を貸せ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるブルーノに、クリスは訝し気な視線を向けた。
――――――――――
それからしばらくして、旧ロバート邸の周りには騒ぎを聞きつけた近隣の者たちが、次々と戸口へ顔を出し、何事かと囁き合っていた。
「中で……何があったんだ?」
「誰かがゼペット爺さんの悲鳴を聞いたらしい……」
何度呼び掛けてもまったくの無反応。故に扉を破るべきだという意見が出始める中、それは勢いよく開かれた。
旧ロバート邸から現れたのは、首からゴールドのプレートを下げたグリンガム兄弟。三人とも誇らしげな笑みを浮かべていたが、その背後には異様な光景が続く。
縄でぐるぐると縛られたオーガたちが、呻き声を上げながら次々と外へ引きずり出されてきたのだ。
「皆さん、もう大丈夫だ! ゼペットさんを襲おうとしていたオーガたちは俺たちが退治した!」
それを聞き、集まっていた野次馬たちからはどよめきが起こる。
「本物のオーガだ……!」
「すげぇ数だ。あれを捕まえたのか!」
驚きと興奮が入り混じった声が飛び交い、人々は押し合いながら少しでもよく見ようと背伸びをする。
その光景を横目に、ギャレットたちは何食わぬ顔で縄を引く。
「もういいだろ? 見せもんじゃねぇぞ! 俺たちはコイツらをギルドに連行するからよ。邪魔なんだよ、散れ散れ!」
ギャレットが怒鳴ると、その迫力に押され、野次馬たちは慌てて後ずさりしながら道を開けた。
――これこそが、ブルーノの立てた策である。
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注目されるのは覚悟の上。冒険者に囚われた魔物を装えば、それに文句を言ってくる輩もいないだろうという寸法である。
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