生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第6話 ミア

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「おにーちゃん、すごーい」

 嬉しそうに俺の周りをピョンピョンと跳ねまわるミア。

「ウチのハンマーがぁぁぁぁ!」

「ウチの盾がぁぁぁぁ!」

 防具屋はその場にガクッと膝から崩れ落ち、武器屋の親父は少し前までハンマーだった金属の棒を見て涙していた。
 すっかり怯えてしまった子供達は、ソフィアのスカートの中に隠れているのかその膨らみはまるでドレス。
 壁には人1人がすっぽりと通り抜けられそうな穴。その周りには破壊された盾の破片がいくつも突き刺さっていた。
 カイルは気分が悪いのか、端の方でその壁に手をつき吐いている……。
 ここに来て体調が悪化してしまった様だが、大丈夫だろうか……?
 耳を劈くような轟音だった。それを聞いた近くの村人が、何事かと集まってきてしまったのは当然の結果である。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「すいません! すいません!」

 俺とソフィアは平謝りだ。壊したハンマーや盾の弁償が出来ればそうしたいが、カネがない。
 多分、ソフィアも同じ理由だろう。必死に謝っているところを見ると、ギルドでは保証してくれなそうだ。

「新人さんは、まぁ俺も思いっきりやれって言った手前、あまり責められないが……。ソフィアちゃん」

「はひ……」

「新人さんの力量を測るのも、ギルドの仕事なんじゃないの?」

「すみません……。まさか防御魔法が破られるとは思ってなくて……」

「はぁ……困るなぁ、商売道具なんだよねぇ……。これじゃカミさんに怒鳴られちまうよ……」

「でも……私も小突く程度でって、最初に言ったんですけど……」

「金貨30枚……」

「うぅ……ごめんなさい! ごめんなさい!」

「あ、うちの盾は金貨10枚だから」

「あの、すいません。壊したのは俺なんで……。今は持ち合わせがありませんが、お金が出来たら弁償しますので……」

「まぁ……それなら……」

「私が払うよ」

「「えっ?」」

 その声の主は、ミアだ。

「冒険者の責任は、担当の責任でもあるから」

「いや、待てミア。これは俺の責任だ。時間は掛かるが、俺が払う」

「でも武器屋さんと防具屋さんは、早く払ってもらった方がいいでしょ?」

 突然の申し出に、武器屋と防具屋は顔を見合わせ、拙い返事を返す。

「あ……あぁ。まぁ……」

 子供から払ってもらうとなると気が引けるのか、2人とも返事は朧げだ。
 流石にミアに払わせるのは良心が許さなかったのか、ソフィアもポケットマネーからいくらか出すことを提案した。

「俺も出すよ。今回の講習内容を決めたのは俺だしな」

 カイルも嘔吐が一段落ついたのか、よろよろと近づいて来る。
 その申し出はとてもありがたい。ありがたいが、それ以上近づいてくるな……。
 そう思っていたのは俺だけではなかったようで、その場の誰もがカイルとの距離を一定以上に開けていた。
 最終的にミアが20枚、ソフィアが10枚、カイルが10枚出すことで、話はまとまった。
 もちろんミアの分は、俺が借りるという形でミアに返済していくことになる。
 まさかの借金からのスタート。先が思いやられる……。

 夕日が眩しい。一通りの掃除を手伝い、俺達はギルドに向かってゆっくりと歩みを進めていた。

「ミア、今日はすまなかったな」

「ううん。大丈夫。気にしないで」

 大の大人が子供にカネを借りるとは……。
 情けないこと、この上ない。

「ソフィアさんもすいません。思いっきりやってしまって……」

「いえいえ……。いいんですよ、九条さんの力量を測れなかった私も悪いですし……」

「それにしても、おにーちゃん凄かったね。ホントにカッパーなの?」

「そ……そうに決まってるじゃないですか!」

 ミアの疑問に、上擦った声で答えたソフィア。

「……そうなの? おにーちゃん?」

「ん? あぁ、検査したらこのプレートが貰えたんだ。そうなんだろう」

「ふーん」

 ミアはソフィアの顔をジーっと見つめていた。疑いの目とも取れるねっとりとした視線。
 結局ギルドに到着するまで、ソフィアとミアの視線が絡み合う事はなかった。


 ギルドに着くと、レベッカが笑顔で迎えてくれる。

「よう、3人ともおかえり。おっさんは今日も夕飯はウチで食うのか?」

「あぁ。お願いしたい」

「了解。2人は?」

「私はお仕事が残ってるので、今日は1人で……」

「私は、おにーちゃんと食べるぅ!」

「おっけー。じゃぁ2人分だな」

 ひとまず部屋に戻ろうと階段に足をかけた時、俺はあることを思い出した。

「そうだ。レベッカさん」

「ん?」

「この店に生ハム原木ってありますか?」

「ん? あるけど……? それがどうした?」

 レベッカは、カウンター下に保存してあった生ハム原木を持ち上げて見せてくれた。
 それは先程の棍棒と瓜二つ。
 俺とミアは、顔を見合わせケラケラと笑うも、ソフィアとレベッカは意味が分からず、首を傾げていた。


 今日はさすがに宴会にはならなかった。
 昨日ほどではないが一応客は来た。来たのだが、俺と楽しそうに話しているミアに遠慮して、手短に済ませたという感じであった。
 相変わらず、沢山の農作物を置いていったが……。
 一応断ってはいるのだが、「保存出来るから大丈夫」とか、「村を守ってくれるならこれくらい安いもんだ」などと言われて、断り切れないのだ……。
 親切で良い人達なのだが、なんというか圧が凄い。
 この野菜を換金して、借金返済の足しに――とも思ったが、それは人としてダメだろうな……。

「そういえば、温泉が無料で使えると聞いたんだが……」

「あるよ! 私もおにーちゃんと一緒に入る! 支部長に言ってくるから待ってて」

 それから10分。待てど暮らせど一向に戻ってくる気配がないミア。
 何かあったのかと思い迎えに行くと、ミアは残りの仕事を片付けていた。

「ミアはまだ仕事があるので、お風呂は1人で行ってきてください」

 ソフィア曰く暫くかかりそうとのこと。まぁ、仕事なら仕方あるまい。
 教えてもらった温泉は、ギルドに隣接する露天風呂。
 渡り廊下で繋がっているそれは、温泉旅館にも似た趣があり悪くない。
 浴槽は家族風呂より少し大きい位のサイズ感。
 熱くもなく、温くもない湯加減は、控えめに言って俺好み。長く入っていられる為、個人的にはあまり熱くない方が好きだ。
 村全体で源泉をシェアしているので、村人達がギルドの浴場を使う事もなく、ほぼ貸し切り状態。
 のんびりと湯舟に浸かり空を見上げると、夜空に浮かぶ星々がキラキラと輝いていた。

「東京では、こんな星空見られなかったな……」

 すると、急に脱衣所の扉がスパーンと勢いよく開いた。
 公衆浴場なのだから、誰かが入って来てもおかしくはないのだが、その勢いは尋常ではない。
 何が起こったのかと振り返ると、そこには素っ裸のミアが立っていたのだ。


「おにーちゃーーん!」

 ミアは俺を見つけて駆けだすと、そのまま湯舟にダイブ。
 水柱が立ち上り、咳き込むミアは水を飲んでしまったのか、だらりと鼻水が垂れていた。
 それと同時に、大きな声を上げながら浴場へと入ってきたのはソフィアだ。

「ミア! まだ仕事が残ってるでしょ!!」

「えっ……ちょっと……」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ソフィアは俺の裸を見た途端、すごい勢いでUターンし脱衣所に帰っていった。
 それを見たミアは湯舟の中でケラケラと笑っている。

「ミア! 明日は残りの仕事やってもらいますからね!」

 ピシャリと閉まる脱衣所の扉。遠ざかっていく足音に、ミアはべーっと舌を出した。

「ミア……?」

 あまりに急な出来事で思考が止まっていたが、目の前ではしゃぐミアを見て、1つの疑問が頭を過る。
 あれ? ここ男湯だったか?
 特に気にせず入ってしまったが、入り口は1つしかなかった。
 もしかして、男湯と女湯が時間で分けられていたりするタイプなのだろうか?
 だが、注意書きのようなものは見なかった……。いや、見落としたのか!?
 そうであるなら、社会的に抹殺されてしまうのは俺の方。
 どこかに注意書きがあっただろうかと今更辺りを見渡すも、そんな物はどこにもない。
 焦りの色を隠せず、キョロキョロと不穏な動きを見せる俺に対し、ミアは心を読んだかの如くズバリ答えを言い当てた。

「ここは混浴だよ?」

「あぁ、そうなのか。ならよかった……。……いや、よくなーい! ミア、入ってきちゃダメじゃないか!」

 華麗なノリツッコミを披露してから、泣き出さない程度に非難の声を上げる。

「だから混浴だよ?」

「いや、そう言う事じゃなくて……。恥ずかしくないのか!?」

「んー。別に? おにーちゃんしかいないし」

「そうか。ならいいや」

「え? いいの!?」

 急にトーンダウンした俺に驚くミア。
 どうせ出て行けと言っても出て行かないだろうし、かといって俺もまだ十分に温まっていないので出たくない。
 まぁ、冷静になって考えてみれば、ダメならソフィアが止めているはずである。
 風呂で騒ぐのはマナー違反だ、ゆっくりと浸かろうではないか。

「ところで、体は洗ったのか?」

「まだー」

 だろうな。ミアは直で走り込んできたし、聞くまでもなかった。

「じゃぁ洗っておいで」

「おにーちゃん、洗って?」

「いいよ」

「え? いいの!? やったぁ」

 断られると思ったのだろうが、予想外の答えに嬉しそう。
 自慢じゃないが元の世界では、兄の娘を風呂に入れたことがある。
 こんなことでは動じないのだ!
 木製の小さな椅子にミアを座らせると、洗髪剤を手に付け、髪を洗って……。洗髪剤を手に付け、髪を……。洗髪剤……。
 髪の長い女性は洗髪剤の使用量すげぇ多いな……。全然泡立たねぇ……。
 そんなことを考えつつ、ようやく泡立ってきたのを確認して、ワシャワシャと丁寧に洗う。
 ふと美容室を思い出し、定番のセリフを口にした。

「お客様、お痒いところはございませんか?」

「えーっと、おなか?」

「いや、頭でだよ……」

 まさか頭以外の部位を言うとは思わなかったので思わずツッコんでしまったが、言われた通りおへそのあたりをポリポリと掻いてやる。
 後ろ髪は大体洗い終え、次は前髪をと思いそれをかき上げると、普段は隠れていて見えない顔がよく見えた。

「ミアは前髪は切らないのか? 見づらいだろうし、目を出した方が可愛いと思うんだが……」

 ミアの顔はリンゴの様に赤くなると、両手で顔を覆ってしまった。

「恥ずかしいから、あまり顔は見ないでほしい……」

「……あぁ。すまない……」

 裸よりも顔を見られる方が恥ずかしいということなのだろうか?
 年頃の女の子の考えていることはさっぱりだ。
 大量の泡を洗い流し、2人でまったり湯船に浸かると、ミアの体が温まったタイミングで温泉を後にした。

 ミアと別れ部屋に戻ると、ベッドに倒れ込み横たわる。
 今日は色々とあったが、明日からは借金返済の為の仕事が始まる。
 風呂で体も温まったし、すぐに眠れそうだ。今夜は酒も入ってない、明日はちゃんと起きなければ……。
 ウトウトとしてきて、そのまま眠れるだろうと力を抜いたその時だ。
 ドアノブをガチャガチャと回す音にハッとした。
 こんな時間に何の用だろうか? 鍵はかかっているがノックは聞こえなかった。
 ――いや、聞き逃した可能性もある。
 警戒しつつ、こちらから声を掛けるべきか悩んでいると、カチャリと鍵が開いたのだ。

「――ッ!?」

 バァン! と勢いよく扉が開くと、そこに立っていたのは大きな荷物を持ったミアである。

「おにーちゃんと一緒に寝るー!」

「ミア! カギはどうした?」

「ギルドのスペア!」

「風呂は1つしかないから仕方ないとしても、一緒に寝るのはダメだ。ミアには自分の部屋があるだろう」

 さすがにそれは許せるラインを超えている。これが他の人に知られれば、噂になること請け合いだ。
 冒険者初日から担当を部屋へと連れ込む変態……。今度こそ間違いなく人生終了である。

「なくなる予定なので」

「え?」

「おにーちゃんの借金立て替えたから、お家賃払えなくなるの。だから一緒に住めばいいかと思って!」

 なるほど……。俺の所為か……。

「ギルドの部屋なら他にもあるじゃないか、俺と一緒じゃなくてもいいだろ?」

「でも他の部屋、お野菜いっぱい置いてあったよ?」

 そうだった……。入りきらない農作物を保管していたのだ。
 それでも結構ギリギリなので、果実類はこの部屋に置いてある。

「しかし、担当だからと言って一緒に住むのは、ちょっとやりすぎじゃないか?」

「金貨20枚……」

「うっ……」

「それに冒険者さんが引退して、ギルドの担当さんと結婚したりすることは、よくあることだよ?」

 ダメだ。ミアには勝てそうにない。なんという行動力の化身……。
 元はすべて自分の責任だ。力ずくで部屋から放り出すのは簡単だが、非のない子供にそんなこと出来るはずがないだろう。
 何より、初めて会ったであろう俺なんかを慕ってくれているのだ。

「はぁ、しょうがないか……」

「やったー!」

 ミアは大きなカバンをテーブルの横に置き、中からパジャマを出したと思ったら、その場で着替え始める。
 驚きのあまり心臓が跳ね上がり、止めようとしたが……よくよく考えたら裸は風呂で見ているのだ。
 今更気にすることでもなかったと心の中で苦笑した。

「ミア。ソフィアさんはまだギルドにいるか? 他に寝具があれば、俺は床で寝るが……」

 この部屋は1人用だ。ベッドはシングルサイズが1台しかない。

「ううん。ギルドはもう閉めちゃったから、支部長は帰っちゃったよ? 小さいから私は一緒でも大丈夫っ!」

 着替え終わったミアが、ベッドへと飛び込んでくる。

「ほら!」

 この笑顔の破壊力たるや……。
 これはもう言う通りにするしかないと、全てを諦めた瞬間であった。

「はぁ。俺の負けだよ……」

「えへへ」

「じゃぁ、寝るぞ?」

「うん、おやすみなさーい!」

「おやすみ」

 月明りが窓から差し込んでいて、とても静かな夜である。
 枕を譲りサイドテーブルにあるランタンの火を消すと、ミアは俺の顔をジッと眺めていた。
 意識しているわけじゃないが、子供とは言え女性と一緒に寝るのは初めてである。

「どうした? 寝ないのか?」

「んとね、おにーちゃんがいいひとで良かったなって。天使様に言われた人が、怖い人だったらどうしようってずっと思ってた……」

「そうか? まだわからないぞ?」

 わざと不敵な笑みを浮かべてみせる。

「大丈夫だよ。私、怖い人いっぱい見てきたもん。……戦災孤児っていっぱいいるの。私みたいに適性を見つけてもらえれば、拾ってもらえることもあるけど、ほとんどは奴隷になっちゃう……」

「この国は奴隷がいるのか?」

「うん。大きな町だとよく見かける……。怖い人が同い年くらいの子を、棒で叩いたりしてるの……。助けてあげたいけど……私にはどうすることも……出来なくて……。私も……ああなっちゃうのかも……って……思うと……」

 ミアは弱々しく震え、徐々に声を詰まらせる。
 なんと声を掛けていいのかわからない……。
 この世界の孤児は、かなり過酷なのだろうということは理解した。
 甘えたくても親がいないというのは、子供にとっては辛いことだ。
 俺に出来ることと言えば、ミアを抱きしめ、優しく頭を撫でてやることくらい。

「大丈夫。俺はそんなことしない……。こんな事しか言えないが、信じてくれ」

「うん……」

 ミアと俺は、そのまま深い眠りについた。
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