生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第56話 グラハムとアルフレッド

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 まさかこんな田舎の村で足止めを食らうとは……。
 大幅に予定が狂ってしまった。
 本来であれば今日中にわかるであろう交渉結果が、九条不在で先延ばしになるのだ。
 交渉さえ出来れば確実に引き抜きは成功すると自負している。
 第1王子の誘いを断るはずがない。
 コット村で活動する許可をギルドに口利きしたと言うだけで第4王女の派閥に入っているみたいだが、報酬はほぼないに等しいと聞いている。
 こちらはそれを覆すだけの報酬を用意しているのだ。
 村の西門に繋いでおいた馬に跨り、野営の出来そうな広場を探しつつ街道を進む。

「それにしても九条という男は、なんでこんな村を拠点にしたんですかね?」

「さぁな……」

「ダンジョンなんかに籠らなくても、プラチナプレートならギルドが王都に研究室くらい建ててくれるのに……」

「きっと変人なんだろ? プラチナプレート冒険者なんか頭のネジが外れてる奴ばかりだからな……」

 愚痴でも言わなければやってられない。そんな気分だった。
 しかし、これは歴とした任務だ。
 なんとしてでも九条の首を縦に振らせ、いい返事を持ち帰らねばならない。
 この国に3人いるプラチナプレート冒険者の内の1人であるノルディックは第2王女の派閥に引き込まれ、もう1人はギルドお抱えの錬金術師アルケミスト
 錬金術師アルケミストは戦闘職ではない。
 ギルドで使用するマジックアイテムや薬品類の生産を手掛ける為、貴族や王族の干渉を禁じられている。
 そして、最後に残ったのが九条だ。
 適性が戦闘の役に立たない死霊術だということは聞いているが、いないよりはマシである。

「アルフレッド。この辺りならテントを立てられるんじゃないか?」

「問題ないかと思われます」

「よし。じゃぁここにしよう」

 村を出て10分ほど進んだ辺りの森の中。
 テントを張れるだけの平坦な場所を見つけ、馬から降りると設営開始だ。
 テントは1人1つ。ピラミッド型で、広げた布の四隅をペグ打ちし、真ん中に1本ポールを立てるだけの簡易的な物。
 とはいえ一辺が3メートルほどあるので、荷物と一緒に大人2人でも十分睡眠可能な広さを誇る。
 2人はテントを建て終えると、焚き火の為の薪を集め始めた。
 火は野生の獣を追い払う意味でも必要だ。
 問題は食事。水と非常食の干し肉は携帯しているが、それはあくまで非常食。お世辞にもおいしいとは言えない。
 2人で話し合った結果、食事だけは村の食堂を利用することにした。


 日が沈み闇が立ち込める。
 いつにも増して闇の密度が濃く感じられ、村は静まり返っていた。
 やはり田舎。王都の夜とは大違いだ。
 しかし、1カ所だけ明るく賑わっている場所があった。
 ギルドに併設されている食堂である。
 扉の隙間から微かに漏れる活気。
 2人が食堂へ入ると、一瞬の静寂が場を包む。
 視線の先にはグラハムとアルフレッド。そして何事もなかったかのように賑やかな店内へと戻った。
 自分達が場違いだということはわかっている。村人達と慣れ合うつもりも毛頭ない。
 ざっと見渡すも、空いている席は少ない。田舎の割にはかなりの客入りだ。
 そこから2人分の空いている席を見つけて腰を下ろすと、給仕が注文を取りに来た。
 明るい茶色の髪を後ろで1本に束ねている若い女性だ。

「ご注文は?」

「えーっと……。この『レベッカのオススメ定食』というのを2つ頼む」

「はいよ。旦那達、申し訳ないけど見ての通り今日は満員なんだ。ちょっと遅くなるかもしれないけどいいかい?」

「ああ」

 給仕はそれだけ言うと、そそくさと下がって行く。

「それにしてもここに4日も滞在しないといけないんですよね? 流石に待つだけというのも……」

「そうだな……。村の外に深い森があるだろ? そこでウルフ狩りというのはどうだ? 最近ウルフの皮が高騰してるようだからな。ちょっとした小遣い稼ぎといこうじゃないか」

「確かに最近ウルフの革製品が値上がりしてますね。狩り過ぎちゃって数が少なくなってきてるんですかね?」

「いや、逆だ。ウルフはいるが狩れないようだ。理由は不明だが、人里を襲わなくなった事で、森の奥深くまで入らないといけなくなったらしく、やりづらいと狩人達が言っていたよ」

「そういえば最近は、この辺の家畜が被害にあったとかって聞かないですね……。小さい村なんかしょっちゅう報告上がって来るんですけど……。そんな事より換金はどうするんですか?」

「派閥にいる冒険者を通してギルドに換金してもらおう。ちょっと小遣いを渡せば喜んでやってくれるだろ」

「なるほど。頭いいっすね」

 どれくらいの時間が経っただろうか。
 相変わらずガヤガヤと騒がしい食堂だが、まだ自分達の定食が運ばれてくる気配はない。
 その苛立ちを察してか、先程の給仕が酒とつまみを持って来た。

「すまないね旦那。もう少しかかりそうだからこれでも飲んで待っててよ。あっ、この酒とつまみはサービスだからさ」

 そしてすぐに下がっていく給仕の女性。

「態度の悪い給仕だと思いましたが、酒のサービスなんてなかなかいい店っすね」

 アルフレッドはとたんに機嫌が良くなり、つまみの漬物を頬張り酒で喉を潤した。
 どうやら先程の給仕が1人で仕切っている店のようだ。
 確かにそれなら忙しいのも頷ける。
 しかし、待たされているのは事実だ。
 すでにアルフレッドとは会話もなく、周りの様子を窺うくらいしかやることがない。
 酒の入ったジョッキを傾け待っていると、後ろで飲んでいた客の会話が自然と耳に入って来る。

「そういや、今年は鎮魂祭やってないんだろ?」

「そうみたいだな。なんでも盗賊騒動でそれどころじゃなかったって聞いたぞ」

「まあ、そりゃ仕方ねぇよなぁ。ていうか鎮魂祭ってなんでやってるんだ?」

「ああ、西のはずれに炭鉱があるだろ? 昔そこでデカイ落盤事故があったみたいで、大勢の炭鉱夫が死んじまったって話だ。その霊を鎮める為に、毎年開催してるって聞いたぞ」

「そうだったのか……。でも今年は出来てないんだろ? 何か良くないことが起きなきゃいいけどなぁ」

 くだらない事を話しているなと感じるだけだったが、この村が盗賊に襲われたという話は、出発前に調べていたので知っていた。
 今年は出来なかったというのは本当なのだろう。
 まあ、こんな村の行事など覚えていても無駄である。
 その話を聞き終わるや否や、定食が運ばれてきた。
 味は悪くなく、この食堂のレベルであればしばらくは食事の心配はいらないだろう。
 2人は『レベッカのオススメ定食』を平らげると、足早にテントへと戻った。

 野営地へ戻ると、そこはすでに闇の中。急いで焚き火を起こし暖を取る。
 身体が温まってくると、酒が入ったこともあってか強烈な眠気に襲われた。
 旅の疲れもあったのだろう。とりあえず火の番はアルフレッドに任せ、先にテントへ入ると眠りについた。
 時折吹く風が木々達を揺らし、焚き火の爆ぜるパチパチという音が静かな森に響き渡る。


「…………… ……… …………… ……」

 どれくらい寝ていただろうか。
 火の番の交代をする為、時間になればアルフレッドが私を起こすはずだったのだが、別の何者かの声で目が覚めた。
 聞いた事のない低い声。それも複数だ。
 虫でも動物でも空耳でも耳鳴りでもない。
 ぶつぶつと聞き取れない言葉を、複数人が遠くで呟いている。
 聞こえる方角も街道の方からではなく、森の奥深くから。
 何故だかわからないが、それだけはハッキリとわかった。
 最初は敵襲かと思った。ゴブリンかコボルトか……。
 しかし、近くに繋いでいる馬が暴れる様子もなく鳴き声さえ発していない。
 もしそうであったのならば、アルフレッドが起こしに来るはず……。
 辺りは不自然なまでに静かだ。
 しかし、この奇妙な声は鳴りやむことなく、次第に大きくなっていく。
 なのに足音は聞こえない。

「まさか……な……」

 食堂での会話が不意に脳裏をよぎる。
 徐々に近づいて来るその奇妙な声を発する集団は、すでにテントから数メートル手前まで迫っていた。

「アルフレッド!」

 脇に置いたロングソードを手に取りテントから勢いよく飛び出すと、声のしていた方へと剣を構える。
 ……しかしそこには誰もおらず、火の番をしていたアルフレッドが目を丸くしているだけだった。

「ど……どうしたんですかグラハムさん……。何かあったんですか? ……すごい汗ですけど……」

 気が付くと汗で体はびっしょりと濡れていて、酷く息が切れていた。

「はぁ……はぁ……」

 生唾をゴクリと飲み込むと、状況を確認する。

「アルフレッド、今何か声が聞こえなかったか? 低い声でぶつぶつと……」

「いえ、特に何も……」

 風は止み、聞こえるのは焚き火のパチパチという音だけだ。
 いくら耳を澄ましても、先程の声はすでに聞こえなくなっていた。

「俺はどれくらい寝ていた?」

「3時間ほどです」

 交替までは後1時間ほどあるが、完全に覚醒してしまった為、寝付くまでには時間がかかりそうだ。

「そうか、なら起きてしまったついでだ。交替にしよう」

「了解です。では失礼します」

 アルフレッドが自分のテントに入って行くのを確認すると、高さ的に丁度良い丸太に腰掛け、焚き火に薪をくべる。

(先程のあれは何だったのだろうか……)

 食堂で聞いた話が頭から離れない。

 不浄な場所で放置された死体はアンデッド化することがある。
 亡くなった者の身体が魂の入れ物としての役目を終えると魂は天へと帰るのだが、必ずしもそうとは限らず、未練に引き摺られ地上に残る魂も存在するのだ。
 それが内に持つ遺恨や怨念といった負の感情が暴走することにより、アンデッドと化すのである。
 肉体が残っていればスケルトンやゾンビに。なければゴーストやレイスとして実体化を遂げる。
 所謂幽霊と呼ばれているのは肉体を持たない魔物の存在の総称であり、死霊術のような特殊な適性がない限り視認できない魂とは違うのだ。

(目に見えぬ何かがいるとでも言うのか……)

 いくら考えてもその答えが出る事はなかった。
 焚き火が弱まれば薪を足すという単純作業。
 体も温まり眠気でうつらうつらとしていると、一陣の風が森を凪いだ。
 突風というほど強くはないが、目にゴミが入ってはかなわない。
 とっさに風下へと顔を逸らすと、そこには1人の老人が立っていたのだ。

「ヒッ……」

 いるはずのない人が居たことに驚き、心臓が跳ね上がった。
 まるで気配がしない。いつからそこに居たのかさえ不明である。
 木々の隙間、薄暗い闇の中からジーっとこちらを見つめているのだ。
 声を発することもなくピクリとも動かないその姿は、不気味としか言いようがない。

 ――良く見ると、その老人には両腕がなかった。

(脅かしやがって! 後悔させてやる!)

 殺すつもりはない。ただ剣を抜き、ほんの少し凄んでやれば許しを請うだろうと思ったのだ。
 老人から視線を外しロングソードを掴むと、それを抜こうと右手に力を込める。

(なんだ!? 抜けない!?)

 どれだけ力を込めても鞘から抜けないロングソード。
 その理由はすぐにわかった。剣が抜けないのではなく、自分の身体が動かないのだ。
 それに気が付くと、風も無いのに独りでに焚き火が消えたのだ。

(あの老人が何かしたのか? 何かの魔法!?)

 確認しようにも焚き火が消えた所為で、辺りは一面の闇。加えて身体は動かない。
 かろうじて見えるのは、薪の残火が赤く輝く自分の足元だけ。
 その両足首をいきなり誰かに掴まれた。
 そこには地面から2本の手が生えていたのだ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 全身に鳥肌が立った。自分の理解の及ばない事が次々と起こり、驚きと恐怖のあまり大声で悲鳴を上げた。
 喉が潰れそうなほどの大声だ。
 今までの人生を振り返っても、ここまで叫んだことはない。
 これだけ大きな声で叫んでいたにもかかわらず、耳元で囁くしゃがれた声だけはハッキリと聞こえたのだ。

 「……カエレ――……」
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