生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第116話 覚悟とケジメ

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 シャーリーは寝ていてわからなかったが、九条は朝方に帰って来たらしい。
 依頼の出発日は明日の朝だとバイスから聞かされたシャーリーは、昼から作戦会議を始めるとのことで午前中は暇であった。
 装備は九条が用意すると言っていたが、それに甘えるほど落ちぶれてはいない。
 九条に返す予定だったお金を持って来ていたのが幸いし、それで最低限の装備でも揃えようと街に繰り出そうとしたのだが、バイスからは屋敷から出るなと言われてしまった。
 仕方がないとシャーリーは暫くミアと九条の従魔達をもふもふして過ごしていた。
 そして、九条が起きて来たのは昼をやや過ぎた頃。

「ふわぁ~。皆、おはよう」

 大きな口を開けて情けなく欠伸をしながらの登場である。バイスとシャーリーは既に待ちくたびれていた。

「顔でも洗ってきた方がいいんじゃない?」

「いや、大丈夫だ。時間がおしい」

 なら、もっと早く起きればいいのにと思ったシャーリーであったが、それを言わなかったのは自分が呼ばれた理由を早く聞きたかったからだ。

「それで? 私はどうすればいいの?」

「あっ、じゃぁ私は出て行くね」

 シャーリーの言葉に反応を見せたのはミアだ。それはノルディックに配慮してのこと。
 グレイスもノルディック側の作戦会議は聞いていないのだ。ミアだけがどっちも聞いてしまうのは不公平。

「別にそこまでしなくてもいいんだぞ?」

「ダメ! 今回だけはおにーちゃんの担当じゃないから」

 そして、ミアはカガリと共に部屋を出て行った。
 ノルディックの作戦会議終了後、ミアはその内容を話さなかった。だが、カガリは違った。その内容をあっさりと九条に暴露したが、おかしなところは特にはなかった。

「えっ? ミアちゃんは担当じゃないの?」

「ああ、今回だけな。最初から説明するよ」

 今回の全容をシャーリーに説明し、理解を得たところで九条は椅子から立ち上がり、シャーリーの前へと躍り出た。

「俺はシャーリーに謝らなければならないことがある」

 その強張った表情はいつになく真剣だ。迷いのない真っ直ぐな瞳でシャーリーを見据える九条は、少々の恐怖を覚えるほど。

「……何?」

「謝って済む問題じゃないかもしれないが、驚かないで聞いてくれ。……俺の炭鉱は知っていると思うが、その奥のダンジョンにいたリビングアーマーは俺が生み出したものなんだ」

「……そう……」

 シャーリーは少し曇った表情を見せただけで、それほどの衝撃を受けた様子はなかった。
 シャーリーは薄々気づいていた。コクセイにワダツミ、それに白狐。炭鉱で九条に助けられた時、ダンジョン内で見た夢に似た景色。九条が魔獣達に何かを話している場面が薄っすらと記憶に残っていた。
 その魔獣達が今、目の前にいる。九条がプラチナであり、ダンジョンも所有していると知ったのはシャーリーが助けられてからだ。
 リビングアーマーがどう作られているのかシャーリーには見当もつかないが、プラチナほどの実力があればそれも可能かもしれない。
 だが、それを知ってもシャーリーが憤慨することはなかった。

(九条が私を助けてくれたのは事実。そもそも十分な準備もなく無断でダンジョンへと足を踏み入れた私達が悪い。九条が謝る必要なんてないのに……)

「友を。コイツ等を守ってやりたかったんだ……。すまない……」

 九条は自分の行動に後悔はしていない。だが、これはケジメなのだ。
 なんであれ13人もの命を奪った。それだけのことをして、尚シャーリーに助けてくれと願い出ているのだ。

(虫が良いのはわかっている。殴られても文句は言えない……)

「そっか……。でも大丈夫、頭を上げて? 結果はどうあれ、九条は私を助けてくれた。それだけで十分だよ……」

 九条に差し伸べられた右手。白く透き通るような綺麗な手だ。それを掴む資格があるのか……。シャーリーには九条が迷っているように見えたのだ。

「そんなに気にしなくていいって! 冒険者が死んじゃうことなんて良くあることだし、九条だってこの子達を守りたかったんでしょ?」

「ああ」

 シャーリーがチラリと視線を向けた先には3匹の魔獣が大人しく座っていた。
 あの時はリビングアーマーの存在感の強さに気が付かなかったが、この3匹だけでもキャラバンは全滅していただろう。完全に藪蛇なのだ。

「じゃぁおあいこ。私達がダンジョンに入りさえしなければ、こうはならなかったんだしね」

 シャーリーが笑顔を見せると、九条の頬が少しだけ綻びを見せ、九条はようやくシャーリーの手を取った。

「いつまでもめそめそしないでよ。大の男が情けない……」

「なっ……。めそめそなんかしてないだろ」

「どーだか……」

 いつもの調子を取り戻した九条と、それをからかうシャーリー。その様子に冷やかな視線を向けていたのは、蚊帳の外であるバイスだ。

「なぁ。そろそろ本題に入った方がいいんじゃないか?」

 テーブルで頬杖をつき、不貞腐れているようにも見えるバイスに、顔を真っ赤にして席に着くシャーリー。
 大きく咳ばらいをした九条が着席すると、ようやく作戦会議の開始である。

「今回バイスさんとシャーリーに頼みたいのは、ダンジョンの最速攻略。タイムアタックだ」

「タイムアタック?」

「そうだ。兎に角最速で最下層まで到達し、調査を終え帰還する」

「メンバーは揃ったんだし、普通に調査して帰って来ればいいんじゃないの?」

「それは俺から説明しよう」

 バイスが1枚の紙をテーブルに置いた。それはギルドの依頼用紙。その内容を読んだシャーリーは、驚きのあまり声を上げた。

「嘘でしょ!? こんなんでこんなに報酬が貰えるの?」

 ベルモントよりも更に南に位置する港湾都市ハーヴェスト。そこまでの要人護衛任務。馬車で移動し拘束期間は2週間だ。
 募集要項はシルバー以上のレンジャーであることで、その人数は無制限。そしてその報酬は破格の金貨120枚。これはシルバープレート冒険者の平均年収の半分に相当する。

「おかしいと思わないか? こんなに旨い依頼はそうそうない。百歩譲ってあったとしてもレンジャーだけに限定するのは理解出来ないだろ? 護衛任務ならバランスよく募集するべきだ。これじゃぁまるで、狩りにでも行くみたいじゃないか」

「確かに……。バイスはこれがノルディック側で糸を引いているんじゃないか、ってことが言いたいわけね?」

「そうだ。だが、確証はない。そしてその理由も不明だ」

「……九条の依頼を失敗させたい……とか?」

「それもあるかもな。後は時間稼ぎとか……。だが、それに対する相手側のメリットが何なのかわからない……」

 もちろんそれは全て憶測であり、証拠があるわけではない。
 ならば、速攻で依頼を達成してどんな状況にも対応できるよう待機しておけばいいと、九条は結論付けた。

「兎に角、さっさと終わらせてしまえばいいんです」

「まぁ、九条の言う通りだな。最速で攻略しちまえば問題ないだろ?」

「最速で攻略ったって何層あるかわかんないんでしょ? 今いる3人と九条の従魔、それとグレイスさんだっけ? 九条の従魔が強いのはわかるけど、50層を超えるような大迷宮だったらどうするの? 入口の大きさは?」

「ダンジョン発見者からの情報だと、少なく見積もって30層前後じゃないかって話だ」

 冒険者の考え方の1つだ。全てがそうではないが、ダンジョンは入口の大きさが深さに比例していることが多い。
 深さが魔物の強さに比例しているのと同じようなものだ。因みに、広さだけは入ってみないとわからない。

「30層か……。それをどれくらいで攻略する予定?」

「九条の希望は2日だ」

「2日!? マジで言ってるの!?」

 それを聞いて目を丸くするシャーリー。それも当然。どんなに小さなダンジョンでさえ10層を攻略するのに往復で1日は掛かる。未開のダンジョンであれば尚更だ。
 体力や魔力の回復に休憩も必要。それに深ければ深いほど魔物の強さが増すのである。出来る訳がない。

「正確には1日で最深部まで潜り、攻略を終わらせて、帰りの1日を調査に当てる」

 その作戦はセオリーとは正反対。そもそも最深部まで攻略できるかわからない。故に調査しながらゆっくり進んで行くのが一般的だ。
 しかし、それでは間に合わない。期限を2日にしたのは、ノルディック達の遺跡調査が移動日を除き2日程だと推測されるからだ。
 相手はあくまで冒険者。遺跡調査は完璧に行うはず。何か不審な動きを見せるとすれば、その後だ。

「無茶言わないで! そんな自殺志願者じゃないんだから。疲れ切ったところを魔物に襲われたらどうするの?」

「大丈夫だって。九条が秘策を用意してるみたいだから、それに期待しようぜ?」

「いや、策でどうにかなる問題じゃないと思うんだけど……」

 シャーリーはニヤリと不敵な笑みを浮かべる九条とバイスに、湧き上がる不安と困惑を隠せずにはいられなかった。
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