生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第212話 フィリップの事情

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 目標に向かって行動する努力は認めよう。子供ながらに考え、親を出し抜こうとする根性は目を見張るものがある。
 俺は教師ではない。100歩譲って試験の不正には目を瞑るとしても、それは他人を巻き込んでまで……シャーリーを襲ってまで達成する程のことだろうか?
 それが気に食わないのだ。人の犠牲の上に成り立つ自由な人生に、なんの価値があるのか。
 ノルディックに何を吹き込まれたのかは知らないが、それはただのエゴである。
 大方、『勝てば何をしても許される』などと教わったのだろう。ノルディックらしい考え方だ。

「わかった。俺もお前に協力してやろう。ニールセン公を説得してやろうじゃないか。ギルドにも口添えしてやる」

「ホントか!? ……いや、なんで急に意見を変えた? 何か裏があるんだろう?」

「裏なんかないさ。……ただ、わかりやすい方がいいと思っただけだ」

「どういう意味だ」

「婚約破棄の条件と同じでいいと言ってるんだ。試験の結果、お前達のパーティーがトップの成績を修めることが出来れば、俺がお前に協力する。出来なきゃ考えを改めて貴族を続けろ。わかりやすいだろ?」

「……嘘じゃないな?」

「もちろんだ」

 現時点で学院のトップ5に入るほどの実力者らしいから、それなりに自信があるのだろう。
 アレックスがトップを取れば俺の負け。それ以外なら俺の勝ちでアレックスは貴族を続ける。実にシンプルである。
 プラチナプレート冒険者の後ろ盾があれば、ニールセン公も折れるかもしれない。アレックスがそう考えているなら甘ちゃんである。
 不正を禁止にしなかったのはアレックスを試す為だ。正々堂々試験に挑むのであれば今のままの難易度を維持するつもりだが、不正を働こうとするのであれば、アレックスには一味違った試験内容をサプライズしてやろう。
 幸い試験の内容を知る者は学院の教師と俺のみだ。精々必死に藻掻けばいいのである。

「そうだ。試験が終わればどちらに転んでもシャーリーの弓は返せよ?」

「……何の話だ?」

「今更シラを切るな。お前がフィリップと繋がってるのはわかってる。シャーリーを襲わせて、ダンジョンの地図を手に入れようとしただろうが」

「そんなことしてない。そもそもシャーリーなんて奴も知らん。仮に知っていたとしても犯罪になんか手を染めるわけないだろ」

「……お前の家にシャーリーの弓があるはずだ。試験後にそれが出て来れば、例え試験が満点だろうとさっきの話はなかったことにするぞ?」

 それを聞いて思わず立ち上がるアレックス。その様子は嘘をついているようには見えない。

「待て! 本当に知らないんだ! 家の一室をフィリップに貸し与えている。その部屋にあるかもしれないが、確認しないとわからないとしか言えない。学院外のことは使用人に全て一任しているんだ」

「フィリップは俺のダンジョンの経験者だから雇ったんだろ?」

「そうだ」

「ちなみにいくらで雇った?」

「金貨1500枚だ。出来次第で色を付けるとも言ったが、ゴールドの冒険者にしちゃ破格だろ?」

「嘘じゃないな?」

「嘘なんかついてない。フィリップがダンジョンを熟知してると言ったんだ。それが嘘ならフィリップなんか通さずに、直接そのシャーリーとか言う奴を雇った方が早いだろ」

 確かに一理ある。学院の試験は前衛職のみの募集だ。その口ぶりからシャーリーがレンジャーであることを知らない様子。
 まぁ、それが嘘か否かは、外で聞き耳を立てているカガリに聞けばいいだけだ。もしそれが本当であれば、フィリップが独断でシャーリーを襲った可能性が高い。
 俺のダンジョンを経験してはいるが、炭鉱側の地図は覚えていない。熟知していると言った手前、どうにかして地図を手に入れようとした……。そう考えれば辻褄は合う。
 そうなると、クズ野郎はアレックスではなく、フィリップだったということになるが……。
 そこまで思案したところで、アレックスが横やりを入れた。

「お前の質問に答えたんだ。俺の質問にも答えろ」

「なんだ?」

「何故、ノルディックさんを殺したんだ……」

「……お前に大切な人はいるか?」

「……敢えて言うならお母様だ」

「俺がそのお母様を殺すと言ったらどうする?」

「ふざけるな! 俺は真面目に……」

「それと同じことをノルディックにされた」

「まさか! ノルディックさんはそんな人じゃない!」

「お前の中ではそうなんだろうな。……信じるか信じないかはお前の自由だ。好きにしろ」

「……」

 不安そうな表情のアレックス。そこがまだ子供でもある証拠だ。面と向かって俺の話を聞いて、半信半疑になってしまったのだ。
 俺が殺したという事実だけを聞かされれば100%俺が悪者。だが、その理由までは知らなかった。いや、知っていても耳を塞いでいたのだろう。
 知人と他人、どちらかを悪者に仕立て上げるなら、誰だって後者を悪人だと決めつける。
 アレックスは上澄みしか見ていないのだ。ノルディックの表面しか知らないのである。
 話してくれたことを鵜呑みにする素直な教え子。煌びやかな成功に塗れた冒険譚しか聞かされていない。
 その裏では血の滲むような努力があったかもしれないとは微塵も思わないのだ。

 俺は、俯いたまま動かないアレックスに声を掛けずに席を立った。
 部屋を出ると、そこにいたのはカガリ……と、数人の女生徒。動かないカガリをモフモフと楽しそうである。

「あっ!? ごめんなさい……」

 開いた扉から出て来た俺に気が付いた女生徒達は、一斉に廊下を駆けだし逃げて行く。
 マズイと思ったのだろうが、別に怒るつもりはなかった。

「何してたんだ? カガリ」

「見ればわかるでしょう? 振り払うことは簡単ですが、それが出来ないから好き放題されていたんですが?」

「すまん……。それにしても逃げることないのにな」

「そんなに怖い顔をしていれば誰だって逃げ出すと思いますが?」

 ノルディックとの事を聞かれたからだろう。無意識に顔を強張らせてしまっていた。
 俺の評価の事を含め、生徒達には優しく接しなければいけないのに……。失態である……。
 自分の顔を両手でバチンと叩くと、気持ちをリセットして切り替える。

「それで? アレックスはどうだ?」

「残念ながら殆ど嘘はついてないと見て間違いないでしょう」

「そうか……」

 となると、気になるのはフィリップだ。シャーリーから聞いた話によると、フィリップはダンジョンの地図に金貨1000枚を払うと言っていた。
 アレックスはそれを知らず、だとすればそれはフィリップの自腹。仮にアレックスがフィリップに支払う報酬の中から出すとなると、その儲けは僅か500枚……。シャーリーの方が取り分が多くなってしまう。
 金貨500枚でシャーリーを裏切るほどのメリットがあるのだろうか……。
 金の鬣きんのたてがみ討伐失敗から、仕事量が減っていたらしいことを考えると、金貨500枚は確かに魅力的ではあるが……。
 フィリップをとっちめて聞き出したいところではあるが、試験を台無しにすることも出来ず、そう考えるとすぐには手を出せないのが悩ましい。

 とは言え、悩んでいてもしょうがない。ひとまずは目先の試験に集中しよう。まだまだやることはたくさん残っているのだから。
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