生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第300話 リブレスへ

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「シャロンさん。急で申し訳ない」

「いえいえ。これもお仕事ですから」

 俺達はコット村を出発し、ハーヴェストへと向かう馬車に揺られていた。目的地はもちろんリブレスだ。
 依頼を受けた特別な冒険者として、入国を許されてはいるが、土地勘は皆無。ということで今回は、エルフ族であるシャロンに同行を頼んだのだ。

「楽しみだね、ミアちゃん」

「うん!」

 ミアと一緒に楽しそうにしているのはシャーリー。
 シャロンを借りるには、シャーリーをパーティメンバーとして連れて行く以外に方法がなかった。

「シャーリー。カイルはいいのか?」

 カイルは旅立つ俺達を嬉しそうに見送っていたのだ。

「まぁ大丈夫でしょ? 一応課題は出してきたし。やってなきゃ帰ってからとっちめればいいしね」

 その内容は、聞かないでおこう。

「そうか……。まぁお手柔らかにな……」

 従魔達をモフモフしながらも、シャーリーとミアは嬉しそうだ。

「どんな所かな? わくわくするぅ!」

 ミアとシャーリーは、まだ見ぬ新天地へと思いを馳せているようだが、俺はと言うとそうでもない。
 頭の中にどうしても仕事というワードが浮かんでしまうという点と、歳の所為か、素直に楽しめないというのが実情だ。
 家族旅行で海に行くと、ほとんどの場合、父親は泳がずに荷物の番をしている。それはやらされているのではなく、進んでやっているのだ。
 それほどに楽しめない身体になってしまっているのである。親は子供達が楽しんでいる様子を見ているだけで満足なのだ。
 今の俺の状態は、まさしくそれである。ミアが楽しめればそれでいい。達観していると言っても過言ではない。

「シャロンさん。リブレスでの注意事項なんてあったりします?」

 種族間の問題。それは根が深く、宗教問題にも似ている。故に軽視はできない。差別用語やマナー違反など、色々な制約があることは承知している。
 ましてや、排他的種族であるエルフの里であるならば、守らなければならないルールはある程度存在するはずだ。

「そうですね……。普通にしていれば、特に問題はありませんが、樹木を傷める行為は酷く非難されます」

「それは禁止されているということですか?」

「いえ、そこまでは……。木材は建材として使いますし、許可があれば伐採も可能ですが……。大昔にドワーフ族と木材を巡り争ったことがありまして、その名残といいますか、他種族には特に厳しいというのが現状ですね」

「なるほど……。その樹木に明確な線引きはないんですか? 例えばその辺りの雑草とか……」

「雑草は大丈夫です。明確な線引きと言われると難しいですね……」

 悩むシャロンを見かねたシャーリーが小言をぼやく。

「九条って案外細かいわよね」

「細かいんじゃない。慎重なんだよ」

 郷に入っては郷に従えだ。仕事といえど、相手の敷地内にお邪魔するのであれば、それを尊重するのが作法である。
 何も喧嘩を売りに行くわけじゃない。ちょっとした観光旅行のついでにお仕事をするだけ。
 どうせ行くなら楽しむべきであり、無用な争いを避けるのは当たり前。俺のやっていることは、旅行のガイドブックを確認しているようなものなのだ。

 ハーヴェストが近くなると、シャロンは俺の異変に気が付き、顔を覗き込んだ。

「九条様。もしかして体調が悪かったりします?」

「いえ、少し考え事を……」

「何かお悩みですか?」

「いや、大したことではないのですが、船酔いが気になって……」

「あら。九条様にも弱点があったのですね。でも大丈夫ですよ? 私、異常耐性術ディヴァインオーラ使えますから」

「ディバ……なんです?」

異常耐性術ディヴァインオーラです。状態異常予防魔法とでも思って頂ければ……。ミアちゃんが使えなくてもギルドに言えばかけてもらえますよ? 効果時間は少なく見積もっても1日。熟練者であれば1週間は持ちますが、私は3日ほどです。と言っても、今回は同行しているので、切れたらすぐにかけ直しますから」

 初耳である。そんな魔法があるとは知らなかった。
 ギルドは扱える魔法を公表しておくべきではないだろうか?
 ギルド情報誌なぞ作っているのだから、ついでに載せておけばいいのに……。
 個人差があるのは承知しているが、担当が使えなければ存在しないと思っても仕方がない。他の冒険者達はそういう情報を何処で手に入れているのだろうか?
 やはり経験の差だろうか? ……いや、違う。恐らくは担当が教えてくれるはずだ。
 そこで俺は気付いてしまったのだ。なぜ、ミアがそれを俺に教えなかったのかを。

「なぁ、ミア……?」

 ねっとりとした視線でミアを見つめると、それを嫌うようにミアはサッと視線を逸らした。

「ミアは、何故それを教えてくれなかったのかなぁ?」

 ミアの頬に流れる一筋の冷や汗。気まずそうにしながらも、カガリの尻尾をいじくり回す。
 あの時、グリムロックでのことだ。俺がそれを知っていれば、白い悪魔の討伐にミアを連れて行く事はなかった。

「何か申し開きがあるなら聞こうじゃないか」

 と言っても、本気で怒っているわけじゃない。
 俺だってダンジョンの事は、ミアも含め隠していたのだ。自分の事を棚に上げるつもりはない。
 ミアの事だから、きっと俺と一緒にいたかったとでも言うのだろう。なんと健気で可愛らしい模範解答。
 だが予想に反し、ミアからは想定外の答えが返って来た。

「シャーリーさんも知ってて黙ってたよ?」

「えっ! ちょっとミアちゃん!?」

 急に名指しされたシャーリーは、まさかの共犯者扱いに動揺したのか声が裏返る。

「確かにシャーリーもあの場にいたな……。まさか知らなかったとは言わないよな?」

 恐らくシャーリーは、ミアの顔を立てて黙っていたのだろう。

「いや……確かに黙ってたけど……」

 俺に詰め寄られ、しどろもどろのシャーリーであったが、相手が悪いと悟ったのかわざとらしく視線を逸らし、その先のミアに愚痴をこぼす。

「ミアちゃん……。なんか最近、九条に似て来てない?」

 ミアはしてやったりといった表情でクスクスと笑顔を見せていた。
 シャーリーを巻き込み味方に付ければ、優位に立てるかもしれないとそう思っているのだろう。
 そもそも、勝ち負けの勝負をしているわけではないのだが……。

「私は、ミアちゃんの為に……ねぇ?」

「頼んでないもん!」

 何故か2人の間で起こる水掛け論。いつの間にか、俺は蚊帳の外である。
 あーだこーだと言い合う2人に、カガリは気を悪くしたのか、不満を漏らす。

「うるさいですね……。どっちでもいいじゃないですか……」

 まるで自分には関係がないとも言いたげな口調ではあったが、そうは問屋が卸さない。

「カガリ。お前だって同罪だぞ?」

「何故です!?」

「ミアが嘘をついていたのを知っていて、黙っていたんだろう?」

「う゛ッ……」

 どうやら図星の様子。カガリの耳はぺたりと倒れ、気まずそうだ。
 そんな賑やかな車内を静めたのはシャロンである。わざとらしい大きな咳払いに、注目が集まる。

「少し静かにしてください。まだ九条様には言っておかなければいけないことがあるのに……」

 それに全員が首を傾げる。

「なんでしょう?」

「リブレスで冒険者がパーティを組んで活動する場合、チーム登録が必要になります。到着後、円滑な登録の為に、九条様にはその名前を今の内から考えていてほしいのです」

「へぇ……。そうなんですか。初耳ですね」

「リブレス国内限定なんです。1人の責任はパーティの責任になります。リブレスではそれが特に顕著で重いんです。パーティメンバーの誰かが罪を犯せば、全員が同様に罰せられます」

「意外と厳しいんですね……」

「はい。それとエルフは他の種族とあまりパーティを組みたがらないので、もしパーティメンバーの補充を考えているなら、ハーヴェストかグリムロックで探してからの方がよろしいかと……」

「わかりました。でも、パーティメンバーはこれ以上増やすつもりはないんで、その辺りは大丈夫でしょう」

 パーティの名前。正直何でもいいのだが、そのうち適当に思いつくだろう。
 ハーヴェストから約1週間の長旅である。急ぐ旅路でもないのだ。そんなことで頭のリソースを使いたくないと言うのが本音であった
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