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第398話 通行税と新たな名前
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連れてこられたのは、俺の部屋。結局皆ついて来たようで、ミアにカガリも一緒である。
ブルーグリズリーだけが窓から中を覗いた形になっているのは、扉が狭くて部屋に入れなかったからだ。
まぁ、従魔として登録するので今更な気もするのだが、人に見られなかったかが気掛かりでならない。
「それで? 何の話です?」
椅子に座るとわざと不満気に溜息をつく。
ネストの強引な所は嫌いではない。……それが面倒事でなければの話だが――。
「ブルーグリズリーとの不可侵条約の話を詳しくって言ったでしょ? どの範囲まで有効な話なの?」
「どの範囲と言われても……。村の中の安全は保障されますとしか……」
「そう……」
ミアがお茶の用意をしている間、テーブルの1点を見つめ、顎に手を当て考え込むかのように黙るネスト。
何を考えているのかわからないのが、また不気味である。
「……例えばだけど、指定した人間だけを襲わないようにする……なんてこと出来たりはしないかしら?」
「それは村の外でも――ということですか?」
「ええ。そうよ」
窓枠に顎を乗せ、こちらを覗いているブルーグリズリーに視線を向ける。
「人数による。匂いを覚えることが出来れば数人なら可能だ」
「匂いを覚えれば数人なら行けるそうです」
「……それじゃちょっと少なすぎるわね……。せめて20人くらいにならない?」
「無茶を言うな。覚えきれるわけがない。曖昧で良ければどうにかなるかもしれんが……個人差もある」
「無理だそうです。……そもそもネストさんはブルーグリズリー達に何を求めているんですか? 俺の言うことを聞くようにはなりましたが、なんでもと言う訳にはいきませんよ? 何事にも限度があります。腹が減れば生きる為に人を襲いもするでしょう。その対象から村を除外しただけに過ぎません。村人でも村を遠く離れればそれはもう対象外だ。村人全員を覚えろと言うのは流石に酷なのでは?」
村には干渉しないのがルール。ならば村側も、彼等の森での生活には干渉しないのは当然であり平等だ。
「いや、ビジネスチャンスだと思ったのよねぇ」
「ビジネスチャンス?」
「そう。コット村の東門より先が安全になれば、シルトフリューゲルへの近道になるのは知ってるでしょ?」
「もちろん知ってますが、シルトフリューゲル側からも往来できるようになると、それはそれで問題なのでは?」
「わかってるわよ。出来れば関わり合いになりたくはないけど、私情と経済は別なの。だからブルーグリズリー達に商人の匂いを覚えさせて、その人達だけを襲わないようにすれば、通行税をガッポリ取れると思わない?」
悪代官かと思うほどの不敵な笑みを浮かべるネスト。ある意味似合ってはいるのだが、その人相は悪徳貴族のそれである。
だが、それも取りすぎなければ合法だ。
ハーヴェストからベルモントを北に進み、スタッグ経由でミスト領を超えてシルトフリューゲルに抜けるルートよりも、ベルモントからコット村を東に抜けた方が早いのは周知の事実。
今までの行程が半減するのであれば、商人達だってある程度の通行料は許容するだろう。
「言いたい事はわかりますけど……」
「どうせならブルーグリズリーもウルフ達みたいに全部従魔化しちゃえば?」
「無茶を言わないでくださいよ。何頭いると思ってるんですか!」
「何頭いるのよ?」
「さぁ? 聞いてませんので……」
ブルーグリズリーに視線を向けると、帰ってきた答えは厳しいもの。
「お前にやられた仲間達の数は不明だが、恐らくは50前後だろう。勝手気ままに暮らしている奴が多いので全ては把握していない。今回の件で一度全員を集めるつもりではいるが……」
怨まれているわけではないと知りつつも、耳が痛い話ではある。
文句は先代のキングに言ってもらいたいものだ。
「50体前後だそうですが、把握は出来てないそうですよ? 流石に村に50体は……」
「はぁ……そうね……。やっぱり諦めるしかないのかしら……。村を発展させるチャンスだと思ったんだけどなぁ……」
椅子の背もたれに全体重を預け、天を見上げるネスト。その落胆ぶりには多少なりとも同情する。
あまり大きくなりすぎるのも困りものだが、村が豊かになるのは悪い事ではない。
商人が集まれば宿場としても利用され、仕事が出来れば冒険者も集まる。
人口が増えれば領主も税収で潤い、いずれは町と呼ばれるようになるかもしれない。
天井のシミでも数えているのかと思うほどに微動だにしなくなったネスト。大きく仰け反っている所為で目のやり場に困ってしまうのだが、それがドコとは言わないでおこう。
「逆に考えたらいいんじゃないの? おにーちゃん」
入れたお茶をお盆に乗せて運んできたのはミアだ。
ネストと俺のカップをテーブルに置くと、ベッドの上に腰掛け自分のお茶を静かに啜る。
「逆?」
「うん。熊さんが20人の匂いを覚えられないなら1人の匂いを忘れないでもらって、その匂いが付いた物を商人さんに持たせればいいんじゃない?」
「それよッ!」
テーブルを叩きながらも立ち上がるネスト。
ミアの逆転の発想には目から鱗と言わざるを得ず、俺も素直に感心した。
「匂いの元は九条にしましょう! 適任……いや、それ以外考えられないわ!」
「いや……落ち着いてくださいネストさん。ミアの案は素晴らしいですが、通行税として考えるとなると幾つか懸念点も……」
打開策が見つかった喜びで、いつになくはしゃいでいるネストだが、良く考えれば穴もある。
「そうね。問題はそれをどう扱うかだわ……」
「長期的に見れば、売るよりも貸し出した方がいいんじゃないですか?」
「確かにそうだけど、全員が往復するとは限らないでしょ? シルトフリューゲルから北上してミスト領へ行く商人も出てくると思うし、すぐに戻って来るとも限らない」
「でも売ってしまうと、又貸しされたり転売されたりしますよね? それを見越して高額にするとか……?」
「商人は信用が大事よ。流石にそこまではしないと思うけど、絶対とは言い切れない……」
腕を組み、難しい顔で悩み始める俺とネスト。そんな2人に助け舟を出したのは、またしてもミアである。
「暇そうな人が一緒に同行すればいいんじゃないの? そうすれば、片道でも往復でも対応できると思うけど……」
「それだッ!」「それよッ!」
ミアに商才があるのか、それとも子供の柔軟な発想がそうさせるのかは不明だが、立て続けに出てくる奇抜な意見に俺とネストはただ舌を巻くだけだ。
「それならブルーグリズリーに襲われない理由も隠しておけるわ! 九条が指名した者のみが襲われないとでも言っておけば、商人達は誤魔化せる。……ふふふ……忙しくなるわよぉ……」
長い付き合いだ。その薄気味悪いネストの微笑も慣れたもの。
「こうしちゃいられないわ! 九条はブルーグリズリー達に今の件をちゃんと伝えといてね! ミアちゃんは――何か欲しい物とかない? なんでも言ってちょうだい。ご褒美になんでも聞いてあげるわよ?」
「え? ……うーん、特には……」
そんなこといきなり言われても、すぐには決めきれないのだろう。悩むというより困惑の表情。
「じゃぁ決まったら教えてね。いつでもいいから」
ミアの入れてくれたお茶をズズズと一気に飲み干すネスト。
「そんなに急がなくても……」
「何言ってんの。色々と試算しなくちゃいけないでしょ!? 大手商会に聞き込み。そこから通行料の算出。雇い入れる村人の数にお給金も決めなきゃいけないし……。あっ、そうだ。村の東門は関所として改修するわよ?」
「いや、それは俺にではなく村長に……」
「じゃぁね。後はよろしく! そこのブルーグリズリーはギルドに従魔登録しておくから!」
ばたばたと足早に去って行くネスト。その慌ただしさは、閉めた扉が勢い余って開いてしまうほどのもの。
「嵐みたいに帰って行ったね……」
「ああ……」
その扉を茫然と見つめるミアに相槌を打つ俺。とは言え、ネストの逸る気持ちもわからなくはない。
馬車が一般的な世界で、これほどのショートカットだ。どれだけの日数が短縮されるかは考えずともわかる事。
「そうだ! 熊さんのお名前、決めなくていいの?」
「ブルーグリズリー……じゃダメか?」
「ちょっと呼びづらくない?」
「まぁ、確かに……」
言われてみれば確かにそうかもしれないが、その程度のことだ。
別に気にはしていなかった。どうせ俺の周りにブルーグリズリーは1体しかいない。
「折角従魔になったんだし、記念に新しいお名前付けてあげたら?」
「ふむ……。おい。お前はなんて呼ばれたい?」
「……別になんでも構わんが……」
ブルーグリズリー達の王なのだからやはりキング……。しかしそれだと先代を思い出して、なんとなく不愉快だ。
「俺はネーミングセンスが皆無だからな……」
「そう? カガリもそうだけど、ワダツミとコクセイもおにーちゃんがつけた名前でしょ? 私はいいと思うけど……」
深くは考えていないのだ。パッと見た感覚で名付けただけであり、そもそもワダツミとコクセイに至っては一時的にと付けたもの。
カガリは、毛先が赤みを帯び篝火のようだと感じたのでカガリ。
ワダツミは、青と白の毛が漣のようであったからワダツミ。
コクセイは、黒い毛と黄色い瞳が星のようであったからコクセイ。
ならばブルーグリズリーは……。
「プーさんってのはどうだ?」
それを聞いたミアの顔が酷く歪んだ。どうやらお気に召さない様子である。ふざけるのはダメらしい。
とは言え、特徴と言う特徴がない。多少の青も混じったほぼ黒毛。瞳の色も真っ黒で、パンダやツキノワグマのような模様もない典型的で地味な熊。
「ミアがつけてみるってのは……」
「ダメ! おにーちゃんの従魔なんだから、おにーちゃんが付けないとダメなの!」
予想通りの返答に頭を悩ませるも、やはりここはストレートに見た目から……。
「よし! じゃぁブルーグリズリー。お前の事を今日からカイエンと呼ぶ」
チラリと窺うミアの顔色は、それほど悪くなさそうだ。
「どういう意味なの?」
「カイは海。エンは淵。毛色が深い海の底を連想させたからだが……安直すぎか?」
「ううん。いいと思う! よろしくね。カイエン!」
その様子にホッと胸を撫でおろす。どうやらミアの審議は無事通過したようだ。
窓から覗かせているカイエンの鼻筋を、背伸びしてまで撫でるミア。
その笑顔に戸惑いを隠せないカイエンであったが、丁度いいタイミングだと絶対の規則だけは言っておく。
「カイエン。言っておくが、そこにいるミアが最重要保護対象だからそのつもりでいてくれ。それは俺よりも優先される」
「なんだと!? この子供がお前の主だとでも言うのか!?」
「……ちょっと違うが――大体合ってる」
「そうか……心得た……。森の皆にも伝えておこう……」
ブルーグリズリーだけが窓から中を覗いた形になっているのは、扉が狭くて部屋に入れなかったからだ。
まぁ、従魔として登録するので今更な気もするのだが、人に見られなかったかが気掛かりでならない。
「それで? 何の話です?」
椅子に座るとわざと不満気に溜息をつく。
ネストの強引な所は嫌いではない。……それが面倒事でなければの話だが――。
「ブルーグリズリーとの不可侵条約の話を詳しくって言ったでしょ? どの範囲まで有効な話なの?」
「どの範囲と言われても……。村の中の安全は保障されますとしか……」
「そう……」
ミアがお茶の用意をしている間、テーブルの1点を見つめ、顎に手を当て考え込むかのように黙るネスト。
何を考えているのかわからないのが、また不気味である。
「……例えばだけど、指定した人間だけを襲わないようにする……なんてこと出来たりはしないかしら?」
「それは村の外でも――ということですか?」
「ええ。そうよ」
窓枠に顎を乗せ、こちらを覗いているブルーグリズリーに視線を向ける。
「人数による。匂いを覚えることが出来れば数人なら可能だ」
「匂いを覚えれば数人なら行けるそうです」
「……それじゃちょっと少なすぎるわね……。せめて20人くらいにならない?」
「無茶を言うな。覚えきれるわけがない。曖昧で良ければどうにかなるかもしれんが……個人差もある」
「無理だそうです。……そもそもネストさんはブルーグリズリー達に何を求めているんですか? 俺の言うことを聞くようにはなりましたが、なんでもと言う訳にはいきませんよ? 何事にも限度があります。腹が減れば生きる為に人を襲いもするでしょう。その対象から村を除外しただけに過ぎません。村人でも村を遠く離れればそれはもう対象外だ。村人全員を覚えろと言うのは流石に酷なのでは?」
村には干渉しないのがルール。ならば村側も、彼等の森での生活には干渉しないのは当然であり平等だ。
「いや、ビジネスチャンスだと思ったのよねぇ」
「ビジネスチャンス?」
「そう。コット村の東門より先が安全になれば、シルトフリューゲルへの近道になるのは知ってるでしょ?」
「もちろん知ってますが、シルトフリューゲル側からも往来できるようになると、それはそれで問題なのでは?」
「わかってるわよ。出来れば関わり合いになりたくはないけど、私情と経済は別なの。だからブルーグリズリー達に商人の匂いを覚えさせて、その人達だけを襲わないようにすれば、通行税をガッポリ取れると思わない?」
悪代官かと思うほどの不敵な笑みを浮かべるネスト。ある意味似合ってはいるのだが、その人相は悪徳貴族のそれである。
だが、それも取りすぎなければ合法だ。
ハーヴェストからベルモントを北に進み、スタッグ経由でミスト領を超えてシルトフリューゲルに抜けるルートよりも、ベルモントからコット村を東に抜けた方が早いのは周知の事実。
今までの行程が半減するのであれば、商人達だってある程度の通行料は許容するだろう。
「言いたい事はわかりますけど……」
「どうせならブルーグリズリーもウルフ達みたいに全部従魔化しちゃえば?」
「無茶を言わないでくださいよ。何頭いると思ってるんですか!」
「何頭いるのよ?」
「さぁ? 聞いてませんので……」
ブルーグリズリーに視線を向けると、帰ってきた答えは厳しいもの。
「お前にやられた仲間達の数は不明だが、恐らくは50前後だろう。勝手気ままに暮らしている奴が多いので全ては把握していない。今回の件で一度全員を集めるつもりではいるが……」
怨まれているわけではないと知りつつも、耳が痛い話ではある。
文句は先代のキングに言ってもらいたいものだ。
「50体前後だそうですが、把握は出来てないそうですよ? 流石に村に50体は……」
「はぁ……そうね……。やっぱり諦めるしかないのかしら……。村を発展させるチャンスだと思ったんだけどなぁ……」
椅子の背もたれに全体重を預け、天を見上げるネスト。その落胆ぶりには多少なりとも同情する。
あまり大きくなりすぎるのも困りものだが、村が豊かになるのは悪い事ではない。
商人が集まれば宿場としても利用され、仕事が出来れば冒険者も集まる。
人口が増えれば領主も税収で潤い、いずれは町と呼ばれるようになるかもしれない。
天井のシミでも数えているのかと思うほどに微動だにしなくなったネスト。大きく仰け反っている所為で目のやり場に困ってしまうのだが、それがドコとは言わないでおこう。
「逆に考えたらいいんじゃないの? おにーちゃん」
入れたお茶をお盆に乗せて運んできたのはミアだ。
ネストと俺のカップをテーブルに置くと、ベッドの上に腰掛け自分のお茶を静かに啜る。
「逆?」
「うん。熊さんが20人の匂いを覚えられないなら1人の匂いを忘れないでもらって、その匂いが付いた物を商人さんに持たせればいいんじゃない?」
「それよッ!」
テーブルを叩きながらも立ち上がるネスト。
ミアの逆転の発想には目から鱗と言わざるを得ず、俺も素直に感心した。
「匂いの元は九条にしましょう! 適任……いや、それ以外考えられないわ!」
「いや……落ち着いてくださいネストさん。ミアの案は素晴らしいですが、通行税として考えるとなると幾つか懸念点も……」
打開策が見つかった喜びで、いつになくはしゃいでいるネストだが、良く考えれば穴もある。
「そうね。問題はそれをどう扱うかだわ……」
「長期的に見れば、売るよりも貸し出した方がいいんじゃないですか?」
「確かにそうだけど、全員が往復するとは限らないでしょ? シルトフリューゲルから北上してミスト領へ行く商人も出てくると思うし、すぐに戻って来るとも限らない」
「でも売ってしまうと、又貸しされたり転売されたりしますよね? それを見越して高額にするとか……?」
「商人は信用が大事よ。流石にそこまではしないと思うけど、絶対とは言い切れない……」
腕を組み、難しい顔で悩み始める俺とネスト。そんな2人に助け舟を出したのは、またしてもミアである。
「暇そうな人が一緒に同行すればいいんじゃないの? そうすれば、片道でも往復でも対応できると思うけど……」
「それだッ!」「それよッ!」
ミアに商才があるのか、それとも子供の柔軟な発想がそうさせるのかは不明だが、立て続けに出てくる奇抜な意見に俺とネストはただ舌を巻くだけだ。
「それならブルーグリズリーに襲われない理由も隠しておけるわ! 九条が指名した者のみが襲われないとでも言っておけば、商人達は誤魔化せる。……ふふふ……忙しくなるわよぉ……」
長い付き合いだ。その薄気味悪いネストの微笑も慣れたもの。
「こうしちゃいられないわ! 九条はブルーグリズリー達に今の件をちゃんと伝えといてね! ミアちゃんは――何か欲しい物とかない? なんでも言ってちょうだい。ご褒美になんでも聞いてあげるわよ?」
「え? ……うーん、特には……」
そんなこといきなり言われても、すぐには決めきれないのだろう。悩むというより困惑の表情。
「じゃぁ決まったら教えてね。いつでもいいから」
ミアの入れてくれたお茶をズズズと一気に飲み干すネスト。
「そんなに急がなくても……」
「何言ってんの。色々と試算しなくちゃいけないでしょ!? 大手商会に聞き込み。そこから通行料の算出。雇い入れる村人の数にお給金も決めなきゃいけないし……。あっ、そうだ。村の東門は関所として改修するわよ?」
「いや、それは俺にではなく村長に……」
「じゃぁね。後はよろしく! そこのブルーグリズリーはギルドに従魔登録しておくから!」
ばたばたと足早に去って行くネスト。その慌ただしさは、閉めた扉が勢い余って開いてしまうほどのもの。
「嵐みたいに帰って行ったね……」
「ああ……」
その扉を茫然と見つめるミアに相槌を打つ俺。とは言え、ネストの逸る気持ちもわからなくはない。
馬車が一般的な世界で、これほどのショートカットだ。どれだけの日数が短縮されるかは考えずともわかる事。
「そうだ! 熊さんのお名前、決めなくていいの?」
「ブルーグリズリー……じゃダメか?」
「ちょっと呼びづらくない?」
「まぁ、確かに……」
言われてみれば確かにそうかもしれないが、その程度のことだ。
別に気にはしていなかった。どうせ俺の周りにブルーグリズリーは1体しかいない。
「折角従魔になったんだし、記念に新しいお名前付けてあげたら?」
「ふむ……。おい。お前はなんて呼ばれたい?」
「……別になんでも構わんが……」
ブルーグリズリー達の王なのだからやはりキング……。しかしそれだと先代を思い出して、なんとなく不愉快だ。
「俺はネーミングセンスが皆無だからな……」
「そう? カガリもそうだけど、ワダツミとコクセイもおにーちゃんがつけた名前でしょ? 私はいいと思うけど……」
深くは考えていないのだ。パッと見た感覚で名付けただけであり、そもそもワダツミとコクセイに至っては一時的にと付けたもの。
カガリは、毛先が赤みを帯び篝火のようだと感じたのでカガリ。
ワダツミは、青と白の毛が漣のようであったからワダツミ。
コクセイは、黒い毛と黄色い瞳が星のようであったからコクセイ。
ならばブルーグリズリーは……。
「プーさんってのはどうだ?」
それを聞いたミアの顔が酷く歪んだ。どうやらお気に召さない様子である。ふざけるのはダメらしい。
とは言え、特徴と言う特徴がない。多少の青も混じったほぼ黒毛。瞳の色も真っ黒で、パンダやツキノワグマのような模様もない典型的で地味な熊。
「ミアがつけてみるってのは……」
「ダメ! おにーちゃんの従魔なんだから、おにーちゃんが付けないとダメなの!」
予想通りの返答に頭を悩ませるも、やはりここはストレートに見た目から……。
「よし! じゃぁブルーグリズリー。お前の事を今日からカイエンと呼ぶ」
チラリと窺うミアの顔色は、それほど悪くなさそうだ。
「どういう意味なの?」
「カイは海。エンは淵。毛色が深い海の底を連想させたからだが……安直すぎか?」
「ううん。いいと思う! よろしくね。カイエン!」
その様子にホッと胸を撫でおろす。どうやらミアの審議は無事通過したようだ。
窓から覗かせているカイエンの鼻筋を、背伸びしてまで撫でるミア。
その笑顔に戸惑いを隠せないカイエンであったが、丁度いいタイミングだと絶対の規則だけは言っておく。
「カイエン。言っておくが、そこにいるミアが最重要保護対象だからそのつもりでいてくれ。それは俺よりも優先される」
「なんだと!? この子供がお前の主だとでも言うのか!?」
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