生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第437話 東のザナック

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「見えてきたぞ、九条殿」

 ワダツミの声に顔を上げると、遠くに見えたのは規則正しく並べられた幾つもの石柱。
 その殆どが朽ち果てていて、名実ともに古代遺跡と言って差し支えない佇まい。長い石階段を上り切ると、そこは皆が息を呑むほどの絶景が広がっていた。
 白き山々を見渡せる景色はアルプス山脈を彷彿とさせ、観光名所になっても差し支えない展望ではあるが、そここそが供物の祭壇と呼ばれる場所であった。
 風化した石柱に囲まれた舞台は切り立った崖の頂上に設けられ、解放感と引き換えに打ちつける風が体温を奪う。
 元は神殿のような建物があったのだろうと推測するも、今は祭壇とは名ばかりの石棺が1つ置かれているだけ。

「ここで間違いなさそうだな」

 これより先は断崖絶壁。俺達が石棺の裏手に回ると、追ってきたウルフ達もご到着。
 すぐに飛び掛かってこないところを見るに、主を待っているのだろう。こちらとしても願ったり叶ったりである。
 無駄だとはわかっていても、万が一もある。説得はしておきたいところだ。ついでに雇い主である黒幕の存在をほのめかしてくれると助かるのだが……。
 とは言え、長い事待たされるならこちらから攻めることも厭わない。とにかくここは寒すぎる。凍える前に決着はつけるつもりだ。

「どうする? 一気に押し流してしまおうか?」

「待て待て。従魔達に罪はないだろ? こんなところで水浸しになんてなった日には、確実に凍え死ぬぞ……」

 勿論危害を加えようという意思が見られるのならその限りではないが、問題は従魔達を使う主の方。

「待たせたな。お前達……」

 その声は階段下から聞こえてきた。
 俺達を睨みつけるウルフ達が真ん中から二手に分かれると、階段を上ってきたのはウルフ達のボスであろう獣人の男。
 その男はまるでエスカレーターにでも乗っているかのように現れた。不思議な感覚である。宙を浮いているのかと勘違いしてしまうほど滑らかな足取りだったのだ。
 それもそのはず、その男の足元には2匹のウルフ。その背には特注だろう鞍が置かれ、そこに片方ずつ足を乗せていたのである。
 他人の従魔だ。その扱いに文句を言うつもりはないが、それを見せられている身としては、少々不快な気分にもなる。

「ヒャッハァーッ!」

 俺を睨みつけながらもニヤリと不敵な笑みを浮かべた男は、大袈裟にウルフから飛び降りた。
 その顔は元の世界で言うところのホワイトタイガー。所謂獣の血が濃いタイプの獣人である。
 襟を立てた白いロングコートを羽織り、首に巻かれているのはキツネの毛皮をそのまま使ったマフラーだ。その顔は苦痛に歪んでいるようにも見え、少々悪趣味と言わざるを得ない。
 胸元まである大量の金属製ネックレスに紛れていたのは、見慣れたプレート。
 それは俺やメリルと同じ物。メナブレアに在籍するもう1人のプラチナプレート冒険者。スノーホワイトファームの代表だろう。

「はじめまして。知っているとは思うが、俺の名は九条。話し合う余地はあるだろうか?」

「勿論だ。その為にわざわざ従魔達を待機させている」

 有無を言わさず襲ってくるものだとばかり思っていたが、交渉の余地はありそうだ。
 それにしても初対面なのだから、名前くらい教えてくれてもいいと思うのだが……。まぁ、答えが返って来ただけマシか。

「スノーホワイトファームの代表だとお見受けする。無知で申し訳ないが、名を教えては頂けないだろうか?」

「なんだとッ! 俺様の名を知らんのかッ!?」

 そんなに驚くような事だろうか? メナブレアでは有名なのかもしれないが、俺は仕事に来たのであって、観光に来たのではない。
 知っていて当たり前の雰囲気を出されても――というのが正直なところだ。

「俺様の名はザナック! スノーホワイトファームの長であり、いずれは世界最強と呼ばれる男よ!」

 言うだけならタダ。目標がデカイことはいい事だが、態度のデカさは余計である。そもそも、何故そこまで強気なのか……。
 ミアとキャロを守らなければならないという大きなハンデを背負っているのは理解できるが、メリルにすら勝てていない現状にも拘らず、俺に敵うとでも思っているのは奥の手に自信があるからなのか、頭がお花畑なだけなのか……。
 まぁ、メリルとは違い死霊術の事は何も知らないのだろう。その能天気さは滑稽だが、ひとまずは名前が知れただけでも良しとするか……。

「早速だが九条。俺の質問に答えてもらおう」

「答えられる事なら答えるが……」

「真の魔獣使いビーストマスターになるにはどうすればいい? お前を殺すよう命じられたが、その方法を教えてくれるなら助けてやってもいい」

 何を聞かれるのかと思えば、まったく見当もしていなかった方向性の質問に、聞き返すべきかと一瞬悩んでしまったほど。

「どうと言われても……」

 俺だって意識してなった訳ではない。気付けば魔獣使いビーストマスターの適性を有していたのだ。
 恐らくは、カガリとの契約がトリガーとなったのだろうが、確証はない。

「残念ながらハッキリとは、わからない。気づいたら適性を持っていたんだ」

「嘘をつけッ! 何かきっかけがあったはずだッ! その力を独り占めし悦に浸っているようだが、今ここで喋ってもらうぞッ!」

 前言撤回。交渉の余地はなさそうだ。
 まぁ、その背景もわからなくはない。恐らくザナックは焦っているのだろう。
 獣従王選手権ブリーダーチャンピオンシップまでの期間も残り少ない。今季こそはメリルに一泡吹かせてやりたい。それには力が必要だ。
 俺とメリルとの決闘結果を何処かで知ったか、知らずとも魔獣使いビーストマスターとしての適性を有することが出来れば、大幅な戦力アップは間違いない。

 俺達を始末するという誰かからの命令を無視してまで知りたいと思っているのか、それとも知った後に始末すればいいとでも思っているのかは不明だが、こう高圧的に来られては、知っていても教えたくないなぁ……というのが本音である。
 礼節を持って教えを乞うならまだしも、お前ばっかりズルイから俺にも教えろ――と言われて教えてやれるほど、俺の懐は深くない。
 聞き分けのない子供を相手に懇切丁寧に説明してやる義理はなく、面倒だと感じた時点で話し合いは終了だ。

「なら、交渉は決裂だな。冥途の土産に教えてもらいたいんだが、お前等を差し向けたのは何処のどいつだ?」

「それはこちらの台詞だッ! その権利を与えてやるのは俺様だろうがッ!」

 バレたか……。どうやら、そこまでバカではないらしい。

「じゃぁ、その権利をくれよ」

「誰がやるかぁッ!」

 ケチな男である。ならば、こちらから聞くことはなくなった。

「ワダツミ、そろそろ時間だ。頼む」

 視線はザナックそのままに、ぼそりと小さな声で呟くと、ワダツミは頷くように目を瞑り1歩前へと歩み出た。

「我等が古き同胞たちよ。死にたくなければ、その男から離れていろ。二度は言わん」

 その言葉に乗せた圧力は、ただの獣が逆らえるような生易しいものじゃない。
 それでも彼等の主はザナックだ。ワダツミの言葉に従ったのは、半分程と言ったところ。

「九条! 貴様何をした!?」

 ザナックから離れていくウルフ達を前に異変には気付いたようだが、それが何かまではわからないと言ったところか。
 俺を強く睨みつけるザナックであったが、その視線はすぐに隣のミアに奪われた。

「おにーちゃんッ! アレッ!」

 脈絡がなさ過ぎて、ワザとらしくも聞こえる叫び声。それと同時に、俺の影に隠れるよう身を寄せるミアとキャロ。
 片方の手でローブを強く握り締めながらも、もう片方は遥か上空を指差していた。
 その手の震えは、寒さからくるものではない。

「その手は食わんぞ、九条ッ!」

 ミアが指差した先はザナックの後方。それが、気を逸らす為の作戦に見えたのだろう。
 降り積もった雪が突然の暴風により舞い上がり吹雪の様相を呈するも、ザナックは頑なに振り返ろうとはしなかった。
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