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第459話 ザナックとセシリア
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土臭さと凍てつく寒さの中、ランタンの小さな灯りの傍にはもう1つの光源が揺らめいていた。
柔らかな癒しの光が包み込むのは、力なく横たわる獣人の男。
「どうです? 体の調子は?」
「あぁ、お前のおかげで大分良くなった……」
その答えに癒しの手を緩めた獣人の女性は、同時に首にぶら下がるゴールドプレートからも手を離す。
小さな溜息と共に立ち上がり傍にあったランタンを手に取ると、その光に照らされて辺りの様子が露になった。
ゴツゴツとした岩の塊が影を作り、静寂と暗闇が支配する場所。そこは深い洞窟の中に造られた一時的な休憩所。
ギルド支給の簡易的な寝袋の上に横たわっていたのは、スノーホワイトファームの代表ザナック。
ホワイトタイガーの白い毛並みも血と泥に塗れ見るも無残な敗残兵といった風貌であったが、その表情からはまだ諦めていないと言わんばかりの気概が見て取れた。
そんなザナックに憐れむような視線を向ける獣人の女性。
ザナックの汚れが移ってしまったギルドの制服を一瞥し、眉間にシワを寄せる。
「それで? 九条から魔獣の制御方法は聞き出せたんですか?」
「この惨状を見て、上手くいったと思うのかよ? 6号がいなきゃ今頃死んでたんだぞ?」
ザナックが首だけを動かし振り向いた先には、不安そうな顔の1匹のウルフ。
「あれだけいた従魔も1匹だけですか……。九条を甘く見ていたツケなんじゃないですか? 言いましたよね? ギルドでも特別視されてるくらいだって」
「ちげぇ! 俺様は黒き厄災にやられたんだ! 決して九条にじゃねぇ! 九条の野郎、巫女の存在を知ってやがったんだ……畜生めッ! ……ぐぅッ!?」
ザナックの大きな声に不快感を露にするギルド職員の女性は、突然静かになったザナックを見ては溜息をつく。
「はいはい。まだ動かないでくださいね。全身複雑骨折みたいなもんなんですから。本来ならギルド職員総出て治療に当たるケガなんですよ?」
山の頂と同等の高さから落とされたのだ。ザナックは死を覚悟した。それでも運よく一命を取り留めたのは、深い積雪のおかげである。
とはいえ、その衝撃は相当なもの。そのままでは動く事すらままならず、いずれは死んでいたであろうが、何匹かの従魔はザナックを見捨てなかった。
得意の嗅覚を頼りにご主人様を見つけ出し、ここまで運んで来たのだ。
ここはスノーホワイトファームが所有する鉱山にある鉱脈の1つ。
鉱山と言ってもその歴史は古く、今となっては鉱石なぞ枯れ果てていて収入源とは言いにくい。
それでもスノーホワイトファームがこの場所を手放さないのは、鉱脈がダンジョン化していて魔物が住み着きやすいからだ。
獣使いを鍛え上げる為の、実戦を用いた訓練場として活用しているのである。
「ここまで連れて来てくれた従魔に、感謝でもしてあげた方がいいんじゃないですか?」
「感謝ぁ? バカを言え。半分以上が黒き厄災にビビって逃げ出しちまったんだ! その分、残された者が働いて当然だろうが!」
「……そんなんだからメリルにも勝てないんですよ……」
「ああッ!? 何か言ったか!?」
「いいえ、別に……」
ボソリと呟いたギルド職員の女性は、ザナックの影でチロリと舌を出した。
聞こえてはいない。そう確信していても、察しの良さはプラチナ冒険者なだけはあると肝を冷やす。
「フン、これから伝説の魔獣を使役しなきゃならねぇんだ。余計な負担が減って丁度良かったってもんだ」
事が起こったのは、2ヵ月ほど前のこと。黒き厄災の復活が巷を騒がせていた頃、鉱山の地下深くで落盤事故が起こった。
幸い巻き込まれる者もなく負傷者はいなかったが、落盤現場には見たこともない大空洞が広がっていたのだ。
一面が氷に覆われた巨大な地底湖。その中で眠っていたのは1匹の魔獣。
今にも動き出しそうな躍動感をそのままに、凍り付いてしまっていたのは獣人であれば誰もが知っているであろう伝説の魔獣ベヒモス。
過去獣人達を苦しめていたと言われている魔獣だ。当然、ギルドや国に報告するべきなのだが、ザナックはそうはしなかった。
死んでいるであろうとザナックがそれを覗き込んだ時、ベヒモスもまたザナックを睨みつけていたのである。
驚嘆、不安、恐怖。そんな感情に支配されてもおかしくない出来事にもかかわらず、ザナックは不思議と平静を保っていたのだ。そして、何故だか無性にベヒモスを解放しなければならない衝動に駆られたのである。
沸き上がる多幸感。ベヒモスを使役出来れば、メリルをも出し抜き最強になれる。そう誰かが心の底から囁きかけていたのだ。
「実際どうなんです? 九条から魔獣使いの極意も聞き出せず、巫女の奪取も失敗。次の手は考えているんですか?」
「まぁセシリア次第だろうな……。ただ、九条に巫女の事がバレちまっているなら望みは薄いかもしれねぇ……。この日の為に二重の策を用意したってのに……」
ザナックから漏れる舌打ち。
同時期、ザナックはセシリアから仕事の依頼を持ち掛けられた。その報酬は獣従王選手権の優勝。審判を買収し、メリルに対して妨害工作を謀ろうというものだ。
いくらザナックとは言え、平時であればそんな話には乗らなかった。ザナックは獣従王選手権の覇者になりたいのではない。実力でメリルを打ち負かしたいのだ。
しかし、魔獣使いである九条とのコンタクトは、ザナックにとって魅力的な提案だった。
最悪、セシリアが黒き厄災をコントロールすることが出来れば、ベヒモスの使役に失敗しても力でねじ伏せる事が出来る。
そう考えたザナックは、セシリアと手を組むことに同意した。
「地底湖の氷はどうなってる?」
「結構な勢いで解けてます……。恐らくは外気に触れているからだとは思いますが……今からでも遅くはありません。ギルドに報告しませんか?」
「それは、俺様がベヒモスの使役に失敗すると……。そう言いてぇのか?」
「そうではありません。万が一の事も考えて、チャレンジするにしてもギルド監視の元で行えばいいじゃないですか」
「いいや、そうはならない。ギルドはこの件を九条に任せようと考えるはず。そうなったらチャンスは二度と訪れない。俺様が発見したんだ。九条に盗られてたまるか」
ザナックにどれだけ自信があろうと、獣使いが魔獣を使役した前例はない。
一応はザナックもプラチナ。可能性はゼロではないが、九条が近くに滞在しているのならより確実性の高い方に頼るのが当然だ。
たとえ使役に失敗したとしても、九条には金の鬣、灰の蠕虫を倒したという実績がある。
「わかってるよ。お前まで巻き込むつもりはない。俺様の傷を癒したら、6号と共に出て行け」
その言葉に迷いを見せたギルド担当であったが、それもほんの一瞬だった。
「……ダメよ……」
「――ッ!?」
突如聞こえてきたのは、弱々しい女性の声。苦しそうな息切れと共に深い暗闇の中から足を引き摺り現れたのは、八氏族評議会、有翼種の長セシリアだ。
自身の力で歩けるだけザナックよりは軽傷だが、それでも今すぐ処置が必要なレベルの負傷。
八氏族評議会のメンバーだけに許された由緒正しきローブは最早見る影もなく、天使のようだと評判の翼は力なく垂れ下がり、地面をズルズルと撫でていた。
「セシリア様ッ!」
ギルド担当の女性がセシリアに駆け寄ると、寄りかかっていた岩肌から、預けられた全体重。
安堵と共に限界を迎えたセシリアは、そのまま地面に膝を突く。
それでも最後の力を振り絞り、悔しそうに顔を上げて見せたのだ。
「作戦は失敗したわ……。もうメナブレアには戻れない……。こうなったらベヒモスで人間共に復讐を……」
「バカを言うな。お前の復讐なんかどうだっていいんだよッ! 俺様はベヒモスを使役し最強の獣使いとなるッ! お前の望みはその後、まずはメリルを倒してからだッ!!」
柔らかな癒しの光が包み込むのは、力なく横たわる獣人の男。
「どうです? 体の調子は?」
「あぁ、お前のおかげで大分良くなった……」
その答えに癒しの手を緩めた獣人の女性は、同時に首にぶら下がるゴールドプレートからも手を離す。
小さな溜息と共に立ち上がり傍にあったランタンを手に取ると、その光に照らされて辺りの様子が露になった。
ゴツゴツとした岩の塊が影を作り、静寂と暗闇が支配する場所。そこは深い洞窟の中に造られた一時的な休憩所。
ギルド支給の簡易的な寝袋の上に横たわっていたのは、スノーホワイトファームの代表ザナック。
ホワイトタイガーの白い毛並みも血と泥に塗れ見るも無残な敗残兵といった風貌であったが、その表情からはまだ諦めていないと言わんばかりの気概が見て取れた。
そんなザナックに憐れむような視線を向ける獣人の女性。
ザナックの汚れが移ってしまったギルドの制服を一瞥し、眉間にシワを寄せる。
「それで? 九条から魔獣の制御方法は聞き出せたんですか?」
「この惨状を見て、上手くいったと思うのかよ? 6号がいなきゃ今頃死んでたんだぞ?」
ザナックが首だけを動かし振り向いた先には、不安そうな顔の1匹のウルフ。
「あれだけいた従魔も1匹だけですか……。九条を甘く見ていたツケなんじゃないですか? 言いましたよね? ギルドでも特別視されてるくらいだって」
「ちげぇ! 俺様は黒き厄災にやられたんだ! 決して九条にじゃねぇ! 九条の野郎、巫女の存在を知ってやがったんだ……畜生めッ! ……ぐぅッ!?」
ザナックの大きな声に不快感を露にするギルド職員の女性は、突然静かになったザナックを見ては溜息をつく。
「はいはい。まだ動かないでくださいね。全身複雑骨折みたいなもんなんですから。本来ならギルド職員総出て治療に当たるケガなんですよ?」
山の頂と同等の高さから落とされたのだ。ザナックは死を覚悟した。それでも運よく一命を取り留めたのは、深い積雪のおかげである。
とはいえ、その衝撃は相当なもの。そのままでは動く事すらままならず、いずれは死んでいたであろうが、何匹かの従魔はザナックを見捨てなかった。
得意の嗅覚を頼りにご主人様を見つけ出し、ここまで運んで来たのだ。
ここはスノーホワイトファームが所有する鉱山にある鉱脈の1つ。
鉱山と言ってもその歴史は古く、今となっては鉱石なぞ枯れ果てていて収入源とは言いにくい。
それでもスノーホワイトファームがこの場所を手放さないのは、鉱脈がダンジョン化していて魔物が住み着きやすいからだ。
獣使いを鍛え上げる為の、実戦を用いた訓練場として活用しているのである。
「ここまで連れて来てくれた従魔に、感謝でもしてあげた方がいいんじゃないですか?」
「感謝ぁ? バカを言え。半分以上が黒き厄災にビビって逃げ出しちまったんだ! その分、残された者が働いて当然だろうが!」
「……そんなんだからメリルにも勝てないんですよ……」
「ああッ!? 何か言ったか!?」
「いいえ、別に……」
ボソリと呟いたギルド職員の女性は、ザナックの影でチロリと舌を出した。
聞こえてはいない。そう確信していても、察しの良さはプラチナ冒険者なだけはあると肝を冷やす。
「フン、これから伝説の魔獣を使役しなきゃならねぇんだ。余計な負担が減って丁度良かったってもんだ」
事が起こったのは、2ヵ月ほど前のこと。黒き厄災の復活が巷を騒がせていた頃、鉱山の地下深くで落盤事故が起こった。
幸い巻き込まれる者もなく負傷者はいなかったが、落盤現場には見たこともない大空洞が広がっていたのだ。
一面が氷に覆われた巨大な地底湖。その中で眠っていたのは1匹の魔獣。
今にも動き出しそうな躍動感をそのままに、凍り付いてしまっていたのは獣人であれば誰もが知っているであろう伝説の魔獣ベヒモス。
過去獣人達を苦しめていたと言われている魔獣だ。当然、ギルドや国に報告するべきなのだが、ザナックはそうはしなかった。
死んでいるであろうとザナックがそれを覗き込んだ時、ベヒモスもまたザナックを睨みつけていたのである。
驚嘆、不安、恐怖。そんな感情に支配されてもおかしくない出来事にもかかわらず、ザナックは不思議と平静を保っていたのだ。そして、何故だか無性にベヒモスを解放しなければならない衝動に駆られたのである。
沸き上がる多幸感。ベヒモスを使役出来れば、メリルをも出し抜き最強になれる。そう誰かが心の底から囁きかけていたのだ。
「実際どうなんです? 九条から魔獣使いの極意も聞き出せず、巫女の奪取も失敗。次の手は考えているんですか?」
「まぁセシリア次第だろうな……。ただ、九条に巫女の事がバレちまっているなら望みは薄いかもしれねぇ……。この日の為に二重の策を用意したってのに……」
ザナックから漏れる舌打ち。
同時期、ザナックはセシリアから仕事の依頼を持ち掛けられた。その報酬は獣従王選手権の優勝。審判を買収し、メリルに対して妨害工作を謀ろうというものだ。
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しかし、魔獣使いである九条とのコンタクトは、ザナックにとって魅力的な提案だった。
最悪、セシリアが黒き厄災をコントロールすることが出来れば、ベヒモスの使役に失敗しても力でねじ伏せる事が出来る。
そう考えたザナックは、セシリアと手を組むことに同意した。
「地底湖の氷はどうなってる?」
「結構な勢いで解けてます……。恐らくは外気に触れているからだとは思いますが……今からでも遅くはありません。ギルドに報告しませんか?」
「それは、俺様がベヒモスの使役に失敗すると……。そう言いてぇのか?」
「そうではありません。万が一の事も考えて、チャレンジするにしてもギルド監視の元で行えばいいじゃないですか」
「いいや、そうはならない。ギルドはこの件を九条に任せようと考えるはず。そうなったらチャンスは二度と訪れない。俺様が発見したんだ。九条に盗られてたまるか」
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一応はザナックもプラチナ。可能性はゼロではないが、九条が近くに滞在しているのならより確実性の高い方に頼るのが当然だ。
たとえ使役に失敗したとしても、九条には金の鬣、灰の蠕虫を倒したという実績がある。
「わかってるよ。お前まで巻き込むつもりはない。俺様の傷を癒したら、6号と共に出て行け」
その言葉に迷いを見せたギルド担当であったが、それもほんの一瞬だった。
「……ダメよ……」
「――ッ!?」
突如聞こえてきたのは、弱々しい女性の声。苦しそうな息切れと共に深い暗闇の中から足を引き摺り現れたのは、八氏族評議会、有翼種の長セシリアだ。
自身の力で歩けるだけザナックよりは軽傷だが、それでも今すぐ処置が必要なレベルの負傷。
八氏族評議会のメンバーだけに許された由緒正しきローブは最早見る影もなく、天使のようだと評判の翼は力なく垂れ下がり、地面をズルズルと撫でていた。
「セシリア様ッ!」
ギルド担当の女性がセシリアに駆け寄ると、寄りかかっていた岩肌から、預けられた全体重。
安堵と共に限界を迎えたセシリアは、そのまま地面に膝を突く。
それでも最後の力を振り絞り、悔しそうに顔を上げて見せたのだ。
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