生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
574 / 715

第574話 アンカース領ノーピークスにて

しおりを挟む
 王都スタッグの西に位置する街ノーピークス。ネストの御先祖様であるバルザックが当時の国王を助けた事で賜った領地。
 その立地は王都の西側防衛の要とも言える場所でもあり、そのアクセスの良さから王都と共に発展してきた街でもある。

(動きが速いわね……。バイアス公なら、もう少し慎重になると思ったのに……)

 ノーピークスの東門。その城壁の上から辺りに布陣されている王国軍を睨みつけているのは、アンカース家の令嬢ネストである。
 斥候からの情報では、相手の数は合わせて5000。対してノーピークス側は、多く見積もっても2000弱である。
 当然籠城を余儀なくされ、睨み合いが続いているといった予断を許さない状況だ。

「ご報告します。敵軍の詳細が判明致しました」

 ネストの前に躍り出て、跪いた1人の騎士。

「西側にはファルランケス伯爵の兵がおよそ1000。南側はセルギウス侯爵の軍が2000ほどで、本陣は東側。総指揮は……」

「オーレスト卿でしょ?」

「その通りでございます」

 遠見の魔法、千里眼オールシーイングアイ
 ネストには、軍馬に跨りノーピークスの街を眺めるオーレスト侯爵の姿がハッキリと見えていたのだ。
 宮廷魔法師団までもが駆り出されているのは、ネスト対策だろう。それは余裕のなさとも受け取れる。

「シグルド。ここを任せたわ。暫くは何もないとは思うけど、警戒は怠らないように」

「はっ!」


 ネストが急ぎ邸宅へ戻ると、そこは軍議の真っただ中。
 プレートアーマーに身を包んだ大人達が、一様に険しい表情を浮かべている。
 各部隊の代表が数人集まっただけの規模ではあるが、その雰囲気は決して良いとは言えない。

「戻りました。お父様」

「外の様子は?」

「特に動きはありません……」

「そうか……」

 溜息まじりの返答と同時に視線を落とすネストの父、ロウエル。
 半日ほど前。相手方の伝令から、ネストを出頭させれば兵を退く――との通達があった。
 当然、逆らえば武力行使も辞さないとの文言も付け加えられているが、ロウエルはそれを拒否。
 出頭の意思はないと通知した上で、領民を避難させるための時間的猶予を求めたのだが、その返事はまだ来ていない。

「私は比較的手薄な西側からの脱出を提案いたします。そのまま西へと進めばローンデル領。ガルフォード家と親密なレストール卿であれば、匿ってくれる可能性は……」

「私に街を捨てて逃げろ……と?」

「断腸の思いであることは、重々承知しております。しかし、旦那様とお嬢様を守るのが我々の務め。今が選択の時であるかと……」

 悔しさに拳を握り締める老騎士。ロウエルとは旧知の仲。長きに渡りアンカース家とノーピークスを支えてきた者である。

「しかし……」

 取れる選択肢が、そう多くない事はわかっている。
 民を犠牲にしながらも徹底抗戦を続けるか、街を明け渡し逃亡を図るか……。
 ノーピークスに軍が派遣されたということは、リリーの作戦は功を奏し、王都には帰還していないのだ。
 それを連れ戻す為、ネストの身柄を確保しようという企みであることは明白。
 ただ、ネストが想定していたよりも、アルバートの動きが早かった。
 リリーが王族を辞する事が、まだアルバートの耳に入っていないのか、それとも知った上での判断か……。
 どちらにせよ碌な対策を講じる事もままならず、迎え撃つ形となってしまったのである。

「ごめん皆……私の見込みが甘かったわ……。でも、大丈夫。最悪自らの命を絶つことも考えているから……」

 ネストには、自分がリリーの枷になってしまっているという自覚があった。
 逆に自分がいなければ、リリーに迷惑はかからない。
 当然悲しませてしまうことは理解している。だが、少なくとも自分の所為でリリーが王都に戻ることはなくなる。

「お嬢様、それはなりませんッ! それなら徹底抗戦の方がマシです!」

「そうだッ! 奴等を街の中に入れなければ良いだけのこと。この日の為に我等がいるのだ! 軟弱な王都の兵などに遅れはとらぬッ!」

 自らを鼓舞するかのような覇気は、流石のネストもその勢いに呑まれ気圧されてしまうほど。
 不屈の精神は、騎士道にも準ずる。今こそ戦果を上げる時だと、彼等の士気も最高潮。
 それも当然。ここにいる全ての者が、ネストが小さな頃から家に仕えてきた将兵たち。
 最早、家族も同然だ。アンカース家の為ならば、命を賭すのも厭わない。
 無論、その想いを同じくする者は、彼等だけではなかった。

「おじょぉぉぉぅさまぁぁぁぁッ!!」

 忙しない革靴の音を響かせながらも廊下を駆け抜ける初老の男は、重要な軍議の真っ最中だというのにノックもなしにその扉を勢いよく開け放つ。

「一大事で御座いますぅぅ!」

「セバスッ!」

 何事かと一同が視線を集める中、セバスの顔は汗に塗れ息も絶え絶え。
 それが急いで来たからなのか、次に口を開くであろう報告に焦燥してのことなのかは、まだ誰にもわからない。

「あぁッ! 少々眩暈がするので、暫しの休息を……」

 このタイミングで話の腰を折るかのような発言に、誰もが呆れた表情を浮かべるのも日常茶飯事。
 セバスがそういう者であると熟知しているからに他ならない。

「休憩なら後にして! 今は一刻を争うの!」

「そうでした! 実は残念なお知らせが……」

 皆の表情が一様に強張るのは、思い当たる節があるからだ。
 遂に相手が侵攻を始めたのか、それとも領民避難を認めないとする書状でも送られて来たのか……。
 だが、それはどちらでもなかった。

「リリー様が……」

 ネストは少しだけホッとした。その後に続くセバスの言葉が、すぐに連想出来たからだ。
 恐らくは王族を脱する宣言をしたのだろうと……。

「……お見えになられました」

「……は?」

 ネストが思っていた結果とは違う答え。
 すると、セバスの後ろから顔を出したのは、暑苦しい防寒着を着たままのリリー。

「大儀でありました、ネスト」

「王女様ッ!」

 慌ててその場に跪く一同。ネストは訳も分からずその場に立ち尽くし、リリーの後ろからは予想外の面々がぞろぞろと整列する。
 同じような黒い毛皮のマントを羽織ったミアに、似た背丈の獣人の娘。そして九条に加えて、カガリと白狐の魔獣コンビ。
 しかし、感動の再会とはならず、我に返ったネストは九条に向かって声を荒げた。

「九条! どうしてあなたが付いていながら、こんな場所にリリー様をッ!」

 当然だ。これから戦争が起きるかもしれない危険な街に、わざわざ連れてくるなど言語道断。
 セバスが、残念な……と表現した意味を理解し憤慨するネストに対し、九条は素直に頭を下げる。

「すいません。まさかこんな切迫した状況だったとは……」

 ネストは、少し言い過ぎたかと内心反省したものの、九条の言葉に僅かな違和感を覚えた。

(九条が、ノーピークスの現状を知らずに訪ねて来たのなら、私達を助けに来たわけじゃない……?)

 では、何故ここにいるのか……。

「あれ? ってか、アンタらどっから入って来たの?」

 ノーピークスの出入口は、北を除いた3カ所。その全てが王国軍に包囲され、城門は厳重に封鎖されている。
 この非常時だ。たとえリリーと言えど、許可がなければ門が開かれることはないのだが……。

「えーっと……。空ぁ……ですかねぇ……」

 何やら言い辛そうな九条に対し、眉間にシワを寄せ首を傾げるネスト。
 そのやり取りに、リリーだけがクスクスと笑顔を溢していた。
 リリーも同じ道を辿ったのだ。今のネストの気持ちが理解出来るからこその反応。それは何処か得意気でもあった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

迷宮アドバイザーと歩む現代ダンジョン探索記~ブラック会社を辞めた俺だが可愛い後輩や美人元上司と共にハクスラに勤しんでます

秋月静流
ファンタジー
俺、臥龍臼汰(27歳・独身)はある日自宅の裏山に突如できた洞窟を見つける。 語り掛けてきたアドバイザーとやらが言うにはそこは何とダンジョン!? で、探索の報酬としてどんな望みも叶えてくれるらしい。 ならば俺の願いは決まっている。 よくある強力無比なスキルや魔法? 使い切れぬ莫大な財産? 否! 俺が望んだのは「君の様なアドバイザーにず~~~~~っとサポートして欲しい!」という願望。 万全なサポートを受けながらダンジョン探索にのめり込む日々だったのだが…何故か元居た会社の後輩や上司が訪ねて来て… チート風味の現代ダンジョン探索記。

修学旅行のはずが突然異世界に!?

中澤 亮
ファンタジー
高校2年生の才偽琉海(さいぎ るい)は修学旅行のため、学友たちと飛行機に乗っていた。 しかし、その飛行機は不運にも機体を損傷するほどの事故に巻き込まれてしまう。 修学旅行中の高校生たちを乗せた飛行機がとある海域で行方不明に!? 乗客たちはどこへ行ったのか? 主人公は森の中で一人の精霊と出会う。 主人公と精霊のエアリスが織りなす異世界譚。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?

スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。 女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!? ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか! これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

処理中です...