生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第578話 理不尽な二択

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 腹を貫いた2本の剣が引き抜かれるとバルザックは首を垂れ、よろよろと足をふらつかせながらも倒れないようにと気力を振り絞る。
 とはいえ、それも時間の問題。すぐにその場に倒れ込み、息絶えるのだろうと誰もがそう考えたその時だ。

「……なんてな」

 最早顔を上げる事すらないだろうと思われていたバルザックが、不敵な笑みを浮かべながらもオーレストを直視する。

「なッ――!?」

 往生際が悪いわけでも、気力で誤魔化している訳でもない。
 腹の傷を気にするそぶりも見せず、胸を張るほどの仁王立ちは、まるで何事もなかったかのよう。

「斬れッ! もう一度だッ!」

 焦りを隠せないオーレストの命令に、一瞬の間を置き振り上げられた2本の直剣。
 それは音もなく閃くも、左右両方からの袈裟切りはバルザックの肩に僅かに食い込んだだけ。

「くッ!」

 その手ごたえは、少なくとも肉ではない。
 鉄の棒を岩に叩きつけたかのような感覚に騎士達は戸惑い、バルザックはそれを意に介すことなく嘲笑う。

「非力だなぁ。九条曰く、かるしうむとやらを摂取すれば、骨密度が上がるそうだぞ?」

 そこで気付いた大きな違和感。刺した腹にも斬った肩にも、血が滲んでいないのだ。
 今頃は血みどろになっていてもおかしくない傷なのに、服が破れているだけ。

「何か勘違いをしているようだから、教えてやろう。お前達が相手にしているのは、アンカースでもリリーでもない。魔王なんだよ」

 だからといって、オーレストは臆さない。

「貴様が不死のアンデッドだろうと構うものかッ! 取り押さえ、縛り上げてしまえッ!」

 確かにそれは有効だ。死なないのなら、捕らえればいい。
 2人騎士がバルザックに向かって飛び掛かり、抱き着くように押さえ込む。
 しかし、それは微動だにしない。
 2人の人間と2着分の甲冑の重さが加わっても尚、バルザックは平然な顔で立っていた。

「むさ苦しい男共と抱き合うつもりはないんだが……。まぁ、今更何をしたところで手遅れだ。アラーム……というトラップを知っておるか?」

「まさか!?」

 その言葉に反応したのは、狼狽えていただけのブライアン。
 それはダンジョンでの基礎知識。仮にも冒険者を目指していた過去があるのだ。知っていて当然だろう。
 その正体は、軟弱で狡猾なゴーストだ。自分に力がない為、断末魔に偽装した大声で他の魔物を呼び寄せては、代わりに倒してもらおうという他力本願な魔物である。

「ほう。そこの小僧は、理解したようだな」

 それが、バルザックの役割。そして、外が一気に騒がしくなった。
 騎士が押さえ込むバルザックを横目に、オーレストが陣幕を飛び出すと、そこは既に戦場と化していたのである。
 黒き竜が大空に舞い、金の鬣が大地を焦がす。
 日没前の草原からは火の手が上がり、慌てふためく兵達の統率を取ろうと、部隊長の騎士の一人が声を張っていた。

「勇気を持て、戦士たちよ! 1度はギムレット騎士団が打ち倒した相手! 我々もそれに続くのだッ! 怯むなッ! 立ち向かえッ!」

 それが嘘であるとも知らずに、兵士達は生き残りたい一心で武器を振るう。
 弓兵は雨のような矢を降らせ、魔法師団は魔力を刃に変え放つ。
 それをものともせず、炎を息を吐き出した金の鬣。辺りを熱波が襲い、数十の兵が炎に包まれ倒れていく。
 それでも、彼等は退かなかった。騎士は馬を巧みに操り、一矢報いようとランスを片手に金の鬣の足元へと猛追する。
 そこへ舞い降りて来た黒き竜は、それらを無慈悲に踏みつぶし、威嚇するかのような咆哮を上げた。
 巨大な尾を振り回し、周囲の兵を一掃すると再び空へと舞い上がる。
 その後ろに控えていたのは白い蛇。その瞳が輝きを放つと、兵士達の身体は一瞬にして石となった。

「あ……あり得ん……」

 ギムレット騎士団が、本当にあれを退けたのかという疑問を覚えながらも、ただそれを遥か後方から茫然と眺めることしか出来なかったオーレスト。
 魔獣相手は専門外だが、劣勢なのは明らか。更に言うなら、時間が経てば経つほどに辺りを闇が覆い、夜は魔物の時間帯。
 頭ではわかっていた。撤退を指示し早急にこの場を離れるべきだと。

 だが、それはできなかった。
 既にオーレストの首は、落ちてしまっていたからだ。

「いえーい……。5人目ぇ……」

 テンションの低そうな声で、その手柄を自慢げに披露したのは、何処からともなく現れた黒ずくめの少女。
 それと同時に、バルザックを押さえ込んでいた騎士達の首も地に落ちた。

「ザラッ!?」

 その行為に感謝するでもなく、バルザックは掲げられたオーレストの首を見て項垂れる。

「あーあ……。やってしまったか……」

「……え? 何か……まずかった?」

 オーレストの変わり果てた姿に、頭を抱えるバルザック。対してザラと呼ばれた少女は、不思議そうに首を傾げた。

「九条に言われただろう? オーレストは生かしておけと……」

「うん……。だから、そっちには手を出してない……」

 ザラが向けた短剣の先にいたのは、恐怖の所為か身動き1つせず固まっていたブライアンだ。

「九条っちが言ってた特徴にピッタリ……。デブで偉そうで弱そうな貴族……。こっちの方が強そうに見えた……。……もしかして……逆だった……?」

「……仕方ない。オーレストの死がバレるのも時間の問題。ここは九条を呼び、指示を仰ごうじゃないか」

 少しだけ焦った様子のザラに対し、小さな溜息をつくバルザック。
 バルザックは隠し持っていた杖を背中から取り出すと、それを力強く天へと掲げた。

「【氷結壁アイシクルウォール】」

 空気中の水分が凍結し辺りに霜が降りると、みるみるうちに形成される氷の壁。
 それが陣幕を取り囲むように一周すると、そこは極寒の牢獄となった。
 その厚みは、ちょっとやそっとで破壊できるような物ではなく、見上げなければならないほどの高さは、最早塔と言っていい。
 出入口は空にぽっかりと開いている1か所だけ。暫くそこを見上げていると、ファフナーが上空を通過した直後に、降って来たのは九条である。

「九条!?」

 その突然の登場に、驚きを隠せなかったブライアン。

「あれ? ブライアンじゃねぇか。久しぶりだな」

 ブライアンとの対面は、魔法学院での試験以来。
 その懐かしさに、九条の顔からは自然と笑みがこぼれる。

「なんだ? 知り合いか?」

「ん? あぁ、顔見知り程度だよ。なじみ……ってほどではないが……。そんなことより、オーレストは?」

「いや、それがだな……」

 バツが悪そうなバルザック。その視線が向かった先には、首のなくなったオーレスト。

「九条っち、ごめん……。あいつと間違えた……」

 反省の色を滲ませ、落ち込んだ様子のザラではあったが、九条の様子は至って自然。
 ザラのミスを咎めるでもなく、僅かに頷いただけである。
 戦闘には向かないふくよかな体型。貴族特有の偉そうな雰囲気を醸し出す男性とくれば、オーレスト以外にはあり得ないだろうとザラを送り出した九条であったが、ブライアンの存在はちょっとした誤算であった。

「まぁ、しゃーない。この際だ、ブライアンで我慢しよう。戦場に立っているんだ。それ相応の覚悟はあるんだろうからな……」

 九条の顔から笑顔が消えると、ゆっくりとブライアンに歩み寄り、その胸ぐらを強く掴んで引き寄せる。

「お前に、好きな方を選ばせてやる。名誉による死か、俺に殺され傀儡と化すかだ」

 その圧迫感に心が折れたブライアンは、暫くそこで九条に許しを乞いていた。
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