生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第609話 一夜明けて

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 スタッグ王国がもふもふアニマルキングダムに降伏を宣言した翌日。
 第4王女派閥の貴族達が事後処理に追われている最中、俺はというと王宮の貴賓室にて羽根を伸ばしていた。
 相も変わらず豪華な部屋。壁一面には細やかな金細工が施され、絹糸で織り込まれたカーテンの刺繍は見事と言わざるを得ない。
 天井に描かれたフレスコ画は、良く言えば煌びやかで、悪く言えば騒がしく目に悪そう。
 床には真紅の絨毯が広がり、その心地よさにワダツミとコクセイは満足そうに寝そべっていた。

「九条は、何してんの?」

 天蓋付きの豪華なベッドに寝転び、俺の方に身体を向けたシャーリー。
 見てわからないのだろうか? 従魔達へのブラッシングは、俺に課された重大な任務である。
 いつもはミアの仕事なのだが、当の本人は108番のダンジョンでお留守番。
 流石に戦地に連れてくるわけにもいかず、キャロ同様、フードルとアーニャに護衛を任せているのだ。

「俺の為に、命を賭してまで戦ってくれた従魔達を労ってるんだが?」

「群れの長が縄張りを広げようというのだ。我々が加勢するのは至極当然。なぁワダツミ」

「うむ。無論だ」

 お腹をさらけ出し、俺のブラシテクニックに身を委ねるコクセイ。
 ご褒美目的ではないと言っているようにも聞こえるのだが、その体にブラシが優しく触れるたびに目を細め、幸せそうな表情を浮かべているのは如何なものか……。
 正直言って、説得力に欠けている。

「……その気持ちはありがたいんだがな……。その縄張りっていうのは、なんか生々しいから止めてくれ……」

 そもそもの話、毛づくろいは群れの長の仕事ではないような気がするのだが……。
 そんな俺に対し、シャーリーは何故か頬を膨らませる。

「じゃぁ、私も労ってよ」

「……ありがとう。助かったよ」

「えぇ……それだけぇ? なんか他にないのぉ?」

 不満気な声とは裏腹に、茶化すような揶揄い混じりの口調。
 恐らくはシャーリーも従魔達と一緒。暇だからかまえと言いたいだけで、本気ではなさそうだ。
 ご褒美を引き出せればラッキー、程度に考えているに違いない。

「ボーナスが欲しいのか? それは国王であるリリー様にお願いした方が……」

「そうじゃなくて、折角ミアちゃんもいないんだしさ……」

 言い辛そうにしながらも、ハッキリと物を言うシャーリーの性格は嫌いじゃないが、そこまで言ったのならそのまま何をして欲しいのかもぶっちゃけてもらえると助かるのだが……。
 ミアがいないから出来る事……と考えると、答えはそう多くないが、間違えたら恥ずかしくて死んでしまう。……なので、ここは時間を稼ぎ、有耶無耶にしてしまおう。

「もう少し落ち着いてからな。それまでには考えておくから……」

「既に落ち着いているようにしか見えないんだけど?」

「俺じゃなくて、国の情勢とかそういうのだよ」

「じゃぁ、こんなところで油を売ってないで、ネストとバイスを手伝ってあげれば?」

「俺が出張ったって邪魔になるだけだ。そもそも反抗した貴族達の処分って言われても、どんな罰を与えるのが適切なのか見当もつかないしな。後処理は全部貴族組に任せるのが手っ取り早い。シャーリーだってそう思うだろ?」

 今まさに会議が行われているのは、貴族達への処分について。
 俺にとっては、一口に貴族と言われても名前と顔が一致しない者が殆どで、誰がどの派閥に属しているのかも謎である。
 餅は餅屋に任せるに限る。俺の出番は、終わったのだ。
 今頃コット村では、ピーちゃんが終戦の報告をしている頃。
 結果としては、大成功を収めたと言ってもいいのではないだろうか?
 予定通り、内周城壁まで侵攻することなく降伏が宣言されたおかげで、民間人への被害は最小限であったと聞いている。
 アンデッド達は、武器を向けられなければ敵対しない。争いによって起こった物損は仕方ないが、人命に比べれば些細な事だ。
 全ての原因がアルバートにあったことが周知され、今後どうなるかは細かく話し合う必要はあるが、随分と長い事詰まっていた胸のつかえが下りたのは確か。
 勿論自分の力だけでは成し得なかった事だ。これは、皆で勝ち取った勝利である。

「九条のことだから、面倒くさがって魔王ムーブで全員斬首……なーんて、言い出すのかと思ったのに」

「……その方が、良かったか?」

「いやいやいや、冗談だってば」

 それを慌てて否定するのは、本気でやりかねないと憂慮したからだろう。
 ミアやシャーリーが本当にそれを望むなら、やぶさかではなかったのだが、余計な怨みを買う必要はない。
 憎しみの連鎖を断ち切るという意味でも、彼等には今後、リリーに尽くす事でその罪を償ってもらうことになるのだから。

「恨みに対して恨みで返せば、恨みが止むことはない。恨みを捨ててこそ止む。これは永遠の真理である。……って言葉があってな」

「なにそれ? 九条の世界の言葉? 恨むなってコト?」

「まぁそうなんだが、人として生きている以上、それが難しい事もわかってる。だからこそ真理なんだ」

 アドウェールがアルバートを道連れにしたのも、そういう背景があったのかもしれない。
 恨みの元を断つことで、許しを乞おうとしたのだろう。残された者へは、寛大な処置をと考えたのかもしれない。
 貴族達も、王命だから仕方なく従っていた……という者も中にはいるはずである。
 最悪裏切りそうな者には、カガリの前で宣言してもらえばいいだけの話だ。

「そうだ。フェルヴェフルールで会った、プラチナプレート冒険者のイーミアルってエルフの魔術師がいただろ? 泡沫夢幻のなんとかって奴。アイツが参戦してるってアルバートが言ってたんだが、どこかで見かけなかったか?」

「ええ、見かけたどころか一戦交えたわよ? バイスが言ってたゴーレム創造の魔道具ってあったじゃない? イーミアルがそれを託されたっぽくてさ、そのせいで侵攻が遅れちゃったのよね……」

 魔力を使ってゴーレムを作り出す魔道具。当然保有する魔力の多い者が使うのだろうと思っていたが、まさか他国の魔術師を頼ろうとは夢にも思わなかった。
 丁度その頃、俺は王族専用の脱出通路を逆走し、地下に潜んで定期的に死体をアンデッドに作り替える魔法を唱えていた。
 勿論、王都内の墓地に影響を与えない範囲でだ。

「タイミングが悪かったな……。それで、イーミアルはどうした?」

「それが聞いてよ。クッソデカいゴーレムが2体も出てきたの。外周城壁と同じくらいの高さでさ、もう完全に想定外って感じ?」

 黒翼騎士団とイーミアルのやり取りを、事細かに教えてくれたシャーリー。
 それは、ほぼ作戦通りではあったのだが……。

「え? イーミアルを直接……?」

「うん、結果的にそうなった。でもしょうがなくない? 自分からコイルの中に入っちゃったんだもん」

「じゃぁ、イーミアルは……」

「どうなったか……聞きたい?」

「いや、なんとなく想像できるからいい……」

 その成れの果てを思い出したのか顔を歪めるシャーリーにつられ、俺も一緒になって顔を顰める。
 不安定な足場の為の氷結からのワイヤーで拘束。それでもダメならコイルを模したワイヤーに雷を落とす。という作戦だったが、それはあくまで対ゴーレム用にと考案したもの。
 かといって人に効かないという訳ではなく、寧ろその逆。恐らくは過剰威力であったことだろう……。

「ひとまず、全員が無事で何よりだが、面倒な事になりそうだなぁ……」

 どう考えても首を突っ込んだ方が悪いのだが、当たり屋のような行為でも、権力があれば押し通る世界。
 アルバートがいい例だ。不安になるのも当然である。
 隠したところで目撃者の口は塞げない。イーミアル死亡の噂はいずれ広まる。
 唯一の救いは、リブレスがヴィルザール信仰なことだろうか……。
 死霊術師を忌避しているなら、死人に口なしがまかり通るのだから……。
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