生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第664話 経由地にて

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 8番島。それは、海図にも載らぬ影の地――。
 陽の沈む方角、群島の果てにぽつりと浮かぶ、名もなき孤島。誰もが知らぬその名を、ただ海賊たちだけが囁き合う。
 潮流が複雑に絡み合い、浅瀬と暗礁が航路を閉ざすこの島へ辿り着けるのは、海に魂を捧げた海賊だけだ。
 外敵を遠ざけるそれらの障壁こそが、島の最大の守りであり、誇りでもある。
 外見は荒れ果てた岩山のようで、人が住んでいるようには見えないが、干潮の時にのみ姿を現す岩の門を潜る事で、海賊たちの隠れ家へと至ることができるのだ。
 そんな海賊たちの避難所で、羽を休めているのは黒き厄災ファフナーと2隻の帆船。

「うーん。ちょっと早く着きすぎちゃったかな?」

 魔導船のマストの上の見張り台。シャーリーは、そこから遠くの水平線を凝視するも、目的の物はまだ現れそうにない。
 コット村を出発してから4日目。本人がやる気を出したおかげで、クリスの教育はひとまず順調。
 といっても、キャラバンでのルールや行動。ダンジョン内での立ち回りなど今回の任務に特化した部分のみの話だが、付け焼刃にしては上出来だろう程度には仕上がっている。
 加えて、ガストンから教わったゴーレムに関する知識は、初心者錬金術師にしては充分すぎる結果を出していた。
 元々、錬金術師の適性があるのだから、飲み込みが早いのは当然と言える。

「見張っていたところで、待ち人が早く来る保証は何処にもないぞ? 少しは落ち着いたらどうじゃ」

 甲板からマストを見上げ、シャーリーに皮肉を言い放ったのはエルザ。

「いいのよ。ガストンさんの講義を聞いたところでサッパリだし? ミアは従魔達に手厚く保護されてるし? 私は手持無沙汰でやることもないしね」

 不貞腐れながらも、遠くの海を眺めるシャーリー。その視線を甲板に落とすと、見上げるエルザに目を細める。

「そんなことより、そっちは大丈夫なの?」

「案ずるな。既に手は打っておる」

 トゥームレイズへの入港。ただの船なら何の問題もないが、魔導船という特殊な船体に加え、それを引くのは黒き厄災と言われるドラゴンだ。
 九条の訪問に注目を集めるという意味では、これ以上ない登場方法だが、相手の国に迷惑をかけるわけにはいかない――というのが、九条の方針。
 あくまで表向きは、エクアレイス王国の使節団。お礼を言いに来たのに、機嫌を損ねては意味がない。

「ちなみに、手ってなによ?」

「受け入れ態勢は万全……。先程、そう連絡があったからの。トゥームレイズの王宮にも我等の同士がいるのじゃ。何の問題もなかろ?」

「……アンタら、何処にでもいるのね……」

「何処にでもはおらんよ。ドワーフとは昔から仲が良いだけの話じゃ。もちろん、表立ってそう言える日は未来永劫、来ることはないだろうがな」

 風に白髪をなびかせながら、じっと海の向こうを見つめるエルザ。その瞳に宿るものが、何なのかはわからない。
 それは、シャーリーが声を掛けるのを躊躇ってしまうほどに深く、悲しみとも、悔いともつかぬ何かだった。


 それから、およそ4時間。マストの上のシャーリーが、眠気に襲われウトウトとし始めた頃、遠くに木製のボートが見えた。
 それは、明らかに異質。陸から遠く離れた大海原。にも拘わらず、そのボートは漁船よりも小さな物。悪天候に見舞われようものなら、即沈没である。

「やっと来たッ! おーい!」

 それを見たシャーリーは、眠気を忘れたかのように立ち上がり、思いっきり手を振った。
 その声に反応し、急いで船室から出てきたのは、ミアとその他の魔獣達。

「おにーちゃん!」

 ボートに向かって振られた手に、軽く手を上げただけで答えたのは、九条。
 色とりどりの生花が散りばめられたボートの中心にポツンと置かれた不吉な棺桶。
 九条はそこに腰を下ろし、後ろではスケルトンが必死に船を漕いでいた。

「おかえり! どうだった?」

 ボートを降り、魔導船との合流を果たした九条。ひとまずは落ち着けと群がる魔獣達を、撫でてはなだめての状況報告。

「こっちは、予定通りだ。ゴーレムもどきは、出来上がり次第ケシュアがトゥームレイズに運んでくれる」

 抱き着くミアを、優しく撫でる九条。その前に、シャリーが飛び降り、皮肉にも似た言葉を掛ける。

「あら、この棺桶がゴーレムもどきなのかと思ったわ」

「発想は面白いが、そんな変形ロボみたいなこと出来る訳ねぇだろ……」

 冗談だとはわかっていても、着眼点は悪くないと素直に感心する九条。
 変形するゴーレムは奇抜だが、残念なことに、それはリビングアーマーにはなり得ない。
 鎧に魂を定着させ、リビングアーマーとして機能させるには、条件があるからだ。
 定着させる魂が、憑依する鎧を自分の身体であると認識しなければならない為、入れ物は最低限人の形を保っていなければならない。
 入れ物である為その中身は空洞であり、かつ可動部である関節以外、隙間が殆どない物。そして簡単に変形してしまうような、柔らかな素材は適さない。故に、金属鎧が理想的なのである。

「変形……なに?」

「いや、棺桶から手足が生えてきたらキモイだろって話だ」

「た、確かに……」

 シャーリーとミアは、九条の座っていた棺桶を一瞥し、顔を歪ませる。

「じゃぁ、なんでおにーちゃんは、棺桶なんか持ってきたの?」

「こっそり街を出れる、唯一の方法だったんだよ」

 九条がケシュアから聞いたのは、ドワーフの一般的な埋葬法。日本で言うなら、散骨という文化に近い考え方だ。
 散骨とは、火葬した遺骨を粉末状にし、海や山へ撒き供養する。ドワーフの場合、遺体の入った棺桶を、ボートに積んで海へと流し供養する。それは、潮流葬と呼ばれている。
 それを利用し、九条は誰にも見られることなくグリムロックの街を脱出したのだ。

「あぁ、そういう……。上手い事考えたわね……」

 納得したとばかりに、うんうんと頷くシャーリー。
 ドワーフが、土葬を辞めた理由は2つ。1つは地下水の汚染だ。
 ドワーフは地下での生活を基盤としている者も多く、飲み水の汚染は死活問題。他にも酒造が盛んで、水質には特に敏感であることも理由として挙げられる。
 ならば、採水地より更に深くへと埋葬すればとも考えるが、それをしないのが、2つ目の理由。アンデッド化の防止だ。
 悪い気を溜めやすい地下での埋葬は、アンデッド化を加速させる。故にサザンゲイアの内陸部以外での土葬は、ほとんど見られなくなった。

「そんなことより、クリスの様子はどうだ?」

「うん。まぁ完璧とは言い辛いけど、冒険者として登録しても問題ないくらいには仕上がってると思う。ガストンさんが指導してくれてるおかげで、錬金術師としてはそれなりに見えるんじゃない? 見掛け倒しだけど……」

「上等だ」
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