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第676話 グルームワーデン
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眼前に聳えるは、ルートホロウの集合体。それは、進化と言っても差し支えないだろう。従来のルートホロウとは、明らかに一線を画す存在だ。
樹皮を纏った人間の女性のような出で立ちは、見た目こそ大きな変化はないが、巨人を前にしたかのような威圧感。
背中から生えた無数の枝からは青々とした葉が茂り、それはどことなく天使の羽根を思わせる。
しっかりと象られた表情は、まるで眠りについた女神像。神々しさすら感じさせる造形には、流石の俺も息を飲んだが、驚いたのはそれだけではなかった。
「……人間。……何故、我が侵攻の邪魔をする……」
それは、冷たく静かな声で語りかけてきた。
瞼は開かず、だが、確実に俺へと顔を向けていたのだ。
「……なぜって……。お前の所為で、ドワーフたちが困っているからだ。こっちこそ聞きたい。何故トゥームレイズを侵略しようとする。エルフたちの差し金か?」
「サザンゲイア? エルフ? それは、大いなる使命よりも重要なことか?」
「大いなる使命?」
「さよう。神に与えられし命であり、人々の願い。我は希望として遣わされ、成長する」
恐らくはそれが、世界樹の存在する理由だろうということはわかるのだが……。
「その、大いなる使命とやらを邪魔するつもりはない。ただ、ここはドワーフたちが暮らしている場所なんだ。出来れば、他所で……ちょっと迂回してくれるだけで構わないんだが……」
「無駄だ。その願いは、聞き入れられない。我が歩みは、魔を滅ぼし尽くすその時まで、決して留まることはないのだ」
その声には迷いがなかった。悩むような素振りもなく、最初から聞く耳を持っていないとでも言いたげな強固な意志を感じる。
コイツを説得する事が出来れば、余計な手間も省けるのだが、どうやらそれも難儀しそうだ。
「そこをなんとかならないか? 人と魔族との戦争は、2000年も前に終わってるだろ? 生き残った魔族が、雪辱を晴らそうと画策している訳でもないし……」
「……何故、そう言い切れる? 貴様ら人間風情には理解など及ぶまいが――遥か北方にて、強大なる魔の気配が活性化している。愚かにも、我が力をもってしてなお抑え切れぬほどの禍々しさ。日ごとにその脅威は増し、収まる気配すらない。故に一層の接近を要する」
「…………ん?」
ここから北方。そして魔の力となると……。もしかして?
可能性は高い。……いや、十中八九俺が関係している気がする……。
瀕死だった108番ダンジョンが、息を吹き返したことか……。黒き厄災、ファフナーの封印を解いたことか……。それとも、フードルを匿っているからか……。いや、滅びかけのダンジョンに魔力を注ぎ込んだり、失われた技術で転移したりと、好き放題やっていたのを察知されてしまったのかもしれない……。
どちらにせよ、思い当たる節しかないのだが……。
「き、気の所為では?」
妙な冷や汗と共に襲ってくるのは激しい動悸。
非常にマズい状況である。最早、勝ち負けの問題ではない。
この会話は、エルザに筒抜け。この騒動を俺のせいにされるのだけは御免である。
「我が間違っていると? 人の分際で、我に意見するというのか」
「いや、意見なんてそんな……」
確かに世界樹は神から授かった物で、俺なんかよりもずっと崇高な存在なのだろうが、こうして話すと偉そうなのが癪に障る。
神の手によってこの世界に遣わされた……と、言うのであれば、俺だって似たような存在である。……大した使命は帯びてないけど……。
「ここから北方だと、海を越える必要があるんじゃないか?」
相手が植物に分類されるなら、塩害は致命的な気がするのだが……。
「貴様ごときに、我が身を案じられる筋合いはない。海水ごときに怯む道理はなく、いざとなれば、海底を穿ち進むまでのことだ」
なるほど。塩害には耐性があるらしい。
最悪撤退することになったら、塩水で地下を満たしてやろうと思っていたのだが、当てが外れた。
「はぁ……。どうやっても引くつもりはないと?」
「無論だ。それが我の使命」
「そうか……。じゃぁ排除するしかないな……」
放っておいたら、最終的に行き着く場所は108番。こちらだって、それを見過ごすわけにはいかない。
開いた魔法書に手を突っ込み、頭蓋の欠片を取り出すと、それを適当に放り投げる。
「【死者蘇生】」
俺の言葉に、妖しい輝きを放つ頭蓋の欠片。浮かび上がった魔法陣が、流し込まれる大量の魔力を魔獣の記憶へと変換する。
骨格が形成され、臓器が再生、脂肪と筋肉がそれを覆うと、皮から毛が生え揃う。
「――ッ!?」
それは僅か数秒の出来事だったが、相手も只事ではないと悟ったのか、出来たばかりの巨大な魔獣を樹根を使って締め上げた。
その威力は、肉が食い込み千切れそうなほどであったが、トラちゃんが目を覚ますと瞬時にそれを押し返し、逆にちぎれ飛んだのは樹根の方。
「これはこれは……。随分といきなりな歓迎じゃないか。しかも、目の前には見たことのある木偶の坊……。この出会いは運命かな? なぁ、同志よ」
トラちゃんの身体の大部分を占めている獅子王レグルスは、口角を上げると勢いよく鼻から息を吹き出した。
それに同調するかのように、竜の首ファフニールと蛇の尻尾ウロボロスは、進化したルートホロウを睨みつける。
「……え? 何? 知ってるのか?」
「知ってるも何も、奴の名はグルームワーデン。少々因縁のある相手でな。過去何度かやり合った事がある」
「ははっ、勝てた試しはないがな」
「黙れウロボロス! 時間が足りなかっただけだッ!」
「卑怯……とは言わぬが、時間に制限がある分、不利な条件での戦闘を余儀なくされたからな」
憤るレグルスを、なだめるかのように静かに語るファフニール。
その口ぶりから、恐らく今回と同じような事が、当時のダンジョン内でも発生したのだろう。
直接根に侵入され、ダンジョン内の魔力が尽きる前に決着をつけねばならない状況……。
グルームワーデンがトラちゃんを足止めしている間に、着々と魔力を奪い取るという作戦は、地味ながら理に適っている。
「……ふん。だが、今回はそうはならない。ただ自我もなく暴れ回る魔獣であった頃とは違うのだからなッ!」
樹皮を纏った人間の女性のような出で立ちは、見た目こそ大きな変化はないが、巨人を前にしたかのような威圧感。
背中から生えた無数の枝からは青々とした葉が茂り、それはどことなく天使の羽根を思わせる。
しっかりと象られた表情は、まるで眠りについた女神像。神々しさすら感じさせる造形には、流石の俺も息を飲んだが、驚いたのはそれだけではなかった。
「……人間。……何故、我が侵攻の邪魔をする……」
それは、冷たく静かな声で語りかけてきた。
瞼は開かず、だが、確実に俺へと顔を向けていたのだ。
「……なぜって……。お前の所為で、ドワーフたちが困っているからだ。こっちこそ聞きたい。何故トゥームレイズを侵略しようとする。エルフたちの差し金か?」
「サザンゲイア? エルフ? それは、大いなる使命よりも重要なことか?」
「大いなる使命?」
「さよう。神に与えられし命であり、人々の願い。我は希望として遣わされ、成長する」
恐らくはそれが、世界樹の存在する理由だろうということはわかるのだが……。
「その、大いなる使命とやらを邪魔するつもりはない。ただ、ここはドワーフたちが暮らしている場所なんだ。出来れば、他所で……ちょっと迂回してくれるだけで構わないんだが……」
「無駄だ。その願いは、聞き入れられない。我が歩みは、魔を滅ぼし尽くすその時まで、決して留まることはないのだ」
その声には迷いがなかった。悩むような素振りもなく、最初から聞く耳を持っていないとでも言いたげな強固な意志を感じる。
コイツを説得する事が出来れば、余計な手間も省けるのだが、どうやらそれも難儀しそうだ。
「そこをなんとかならないか? 人と魔族との戦争は、2000年も前に終わってるだろ? 生き残った魔族が、雪辱を晴らそうと画策している訳でもないし……」
「……何故、そう言い切れる? 貴様ら人間風情には理解など及ぶまいが――遥か北方にて、強大なる魔の気配が活性化している。愚かにも、我が力をもってしてなお抑え切れぬほどの禍々しさ。日ごとにその脅威は増し、収まる気配すらない。故に一層の接近を要する」
「…………ん?」
ここから北方。そして魔の力となると……。もしかして?
可能性は高い。……いや、十中八九俺が関係している気がする……。
瀕死だった108番ダンジョンが、息を吹き返したことか……。黒き厄災、ファフナーの封印を解いたことか……。それとも、フードルを匿っているからか……。いや、滅びかけのダンジョンに魔力を注ぎ込んだり、失われた技術で転移したりと、好き放題やっていたのを察知されてしまったのかもしれない……。
どちらにせよ、思い当たる節しかないのだが……。
「き、気の所為では?」
妙な冷や汗と共に襲ってくるのは激しい動悸。
非常にマズい状況である。最早、勝ち負けの問題ではない。
この会話は、エルザに筒抜け。この騒動を俺のせいにされるのだけは御免である。
「我が間違っていると? 人の分際で、我に意見するというのか」
「いや、意見なんてそんな……」
確かに世界樹は神から授かった物で、俺なんかよりもずっと崇高な存在なのだろうが、こうして話すと偉そうなのが癪に障る。
神の手によってこの世界に遣わされた……と、言うのであれば、俺だって似たような存在である。……大した使命は帯びてないけど……。
「ここから北方だと、海を越える必要があるんじゃないか?」
相手が植物に分類されるなら、塩害は致命的な気がするのだが……。
「貴様ごときに、我が身を案じられる筋合いはない。海水ごときに怯む道理はなく、いざとなれば、海底を穿ち進むまでのことだ」
なるほど。塩害には耐性があるらしい。
最悪撤退することになったら、塩水で地下を満たしてやろうと思っていたのだが、当てが外れた。
「はぁ……。どうやっても引くつもりはないと?」
「無論だ。それが我の使命」
「そうか……。じゃぁ排除するしかないな……」
放っておいたら、最終的に行き着く場所は108番。こちらだって、それを見過ごすわけにはいかない。
開いた魔法書に手を突っ込み、頭蓋の欠片を取り出すと、それを適当に放り投げる。
「【死者蘇生】」
俺の言葉に、妖しい輝きを放つ頭蓋の欠片。浮かび上がった魔法陣が、流し込まれる大量の魔力を魔獣の記憶へと変換する。
骨格が形成され、臓器が再生、脂肪と筋肉がそれを覆うと、皮から毛が生え揃う。
「――ッ!?」
それは僅か数秒の出来事だったが、相手も只事ではないと悟ったのか、出来たばかりの巨大な魔獣を樹根を使って締め上げた。
その威力は、肉が食い込み千切れそうなほどであったが、トラちゃんが目を覚ますと瞬時にそれを押し返し、逆にちぎれ飛んだのは樹根の方。
「これはこれは……。随分といきなりな歓迎じゃないか。しかも、目の前には見たことのある木偶の坊……。この出会いは運命かな? なぁ、同志よ」
トラちゃんの身体の大部分を占めている獅子王レグルスは、口角を上げると勢いよく鼻から息を吹き出した。
それに同調するかのように、竜の首ファフニールと蛇の尻尾ウロボロスは、進化したルートホロウを睨みつける。
「……え? 何? 知ってるのか?」
「知ってるも何も、奴の名はグルームワーデン。少々因縁のある相手でな。過去何度かやり合った事がある」
「ははっ、勝てた試しはないがな」
「黙れウロボロス! 時間が足りなかっただけだッ!」
「卑怯……とは言わぬが、時間に制限がある分、不利な条件での戦闘を余儀なくされたからな」
憤るレグルスを、なだめるかのように静かに語るファフニール。
その口ぶりから、恐らく今回と同じような事が、当時のダンジョン内でも発生したのだろう。
直接根に侵入され、ダンジョン内の魔力が尽きる前に決着をつけねばならない状況……。
グルームワーデンがトラちゃんを足止めしている間に、着々と魔力を奪い取るという作戦は、地味ながら理に適っている。
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