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63話
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「私のこの手が光って唸る。父様に一撃をと輝き叫ぶっ! 『必殺っ! 低周波治療拳ンンンッ!! 』」
『究極魔法』を纏った拳が父様の頬に炸裂いたします!
いくら仮面でお顔を覆われようとも、電撃の通る金製品。
威力マシマシでの必殺拳にございます。
「グァァァッツ!! ァァ…………ア? …………」
「ふっ、決まった! 」
頬を押さえたまま小首を傾げ、「あれ? ここはどこ? 」と言うような表情をなさる父様に、私は断罪の言葉を投げつけます。
「父様、帰ったら母様に報告いたしますからね」
のっぴきならない事情があったとしても、見知らぬ女性(吸血鬼)に生き血を捧げるなど言語道断。
言い訳は母様になさってくださいまし!
「…………」
この世の終わりを眼前にさらされたかの様な絶望っぷりをお顔で表現なさるのは宜しいですが、今は悠長にしていられません。
私は項垂れている父様の前に躍り出て、目の前の吸血鬼を睨みつけます。
「私の父様の生き血を吸おうなど、全くもって許せませんわ。それがたとえ、吸血鬼としての在り方だとしても、妻子持ちの男性に手をかけるなど以ての外! 」
「うるさいっ! この小娘がいい気になるんじゃないわよっ! 吸血種にとって生き血はただの食事! 食事の邪魔をするんじゃないわよっ。ハハン、大事な大事な『お父様』が私の魅力に平伏したのが気に入らないのね。仕方がないじゃない、私は小娘と違って、大人の女性なんだもの! 」
安い挑発ですわね。10歳児相手に何を言ってるのかしら?
でも、確かに吸血鬼が生き血を飲まずに生きていられるかと問われると……。
あっ!
「トマトジュースで代用すれば宜しいのですわっ! 」
確か、某アニメの吸血鬼はトマトジュースを飲んでいましたものね。
「はぁぁぁ? そんな物が生き血の代わりになる訳ないでしょうっ! このっ! 」
私の頬を討ち付けようと、吸血鬼が手を振り被りますが。
そんな鈍間な攻撃、私にとっては無意味。
パシッとその腕を掴み、頭突きを一つ。お見舞いして差し上げました。
「ガッ! 」
可憐で美しいお顔にダメージを与えるのは、些か良心が痛みますけれど。
父様を誘惑した罪は、償って頂きませんとね。
「試してもいないのに、トマジューを否定するとはいただけませんわ。トマジューはリコピンたっぷりでお肌にも宜しいのですよ。ちなみに私は大好きですっ!」
頭突きをされたおでこを涙目で押さえながら、吸血鬼が叫びます。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさいっ! もっ、もう、許さないっ、許さない、許さない…………」
吸血鬼の内側からどす黒い瘴気が立ち昇り始めました。
虚ろな瞳、狡猾とした笑み。
あ、これ、キレちゃった感じだわ。
「父様、いつまでも放心しておらず、お逃げになってくださいませ」
「る、ルイーズ? 何故、私が逃げるのだ? 」
「父様っ、また誘惑されたいのですか? 」
「誘惑…………確か、瞳が光った後、意識が朦朧として、この女性を愛し、忠誠を……ハッ! 精神系の魔眼かっ! 」
「魔眼ですの? ……確かに、母様を見つめる様な瞳をしていましたわね。では『魅了』系かしら? 精神に作用するスキルの怖さは5年前のあの時に嫌というほど味わい知っております。然りとて、そんなものに易々とかかり、女性と抱き合った事は愛娘として許せません。父様は、目を閉じ、離れて待機していてくださいましっ! 」
「る、ルイーズぅ……」
「父様、平気ですわ。私、吸血鬼の対処は心得ておりますの。ですから、ね。私に任せて、母様にお伝えする言い訳でも考えておいてくださいませね」
優しく父様を見つめ、眼下に広がる木々を指差し、隠れる様に促します。
父様の揺れる瞳。しかし、分が悪いと感じたのか、コクンと頷きました。
父様はしょぼんと肩を落としまま移動し、木の後ろに回り込みます。
その姿を見届けた後、私は吸血鬼に向き直り、宣戦布告をいたしました。
「私を倒さない限り、誰の生き血も飲ませませんからねっ! 」
私と吸血鬼の戦い。いざ、開幕ですわっ!
・
・
・
思えば、昨日から父様の動向は不審そのものでした。
遠征2日目の午後。
昼食を頂いた後、行軍を開始した私達の元へ殿下がいらっしゃったのです。
ぴよたろうに跨り、颯爽と登場した殿下は相も変わらずキラキラとした粒子を巻き散らしておりました。
「やぁ! 」
「殿下、何故こちらに? 」
「何故だろう? 何故なんだ? ぴよたろうがここに連れて来てくれたので、理由はわからぬ? 」
「「「「「?? 」」」」」
何故だかは知らないが、こちらに連れて来られたという殿下。私は、一緒に来たぴよたろうに視線を向けました。
【コッココォ】
なになに。金狼仮面と赤狼仮面が来て、先頭は危ないから最後尾に行くようと殿下を促した。
しかし、殿下は憧れの金狼仮面を前にして、話を全くもって聞かず、握手ばかりをねだっていた。
業を煮やした金狼仮面が殿下をぴよたろうの背に乗せたのを機に、有無を言わさず駆けて来た。
「という訳ですわ」
「どうして、先頭が危ないんだろうね? 」
ぴよたろうの説明を聞き、う~んと唸るフェオドール。
「確かにね。強い魔物程度で、殿下を最後尾に移動させませんでしょうし……金狼仮面や赤狼仮面が危険視するのは、ドラゴンくらいでしょうし……」
「「「「「ドラゴンッ!? 」」」」」
「ええ、あの2人がドラゴンに負けるとは思いませんけれども、周りを巻き込む可能性を危惧して、殿下を最後尾に下がらせたとかではないでしょうか? 」
「ドラゴンだって~」
「ドラゴンって、Sランク冒険者パーティでも倒せないと聞き及んでおりますわ」
あ、私も聞いたことがありますわ。
「そうですね、ドラゴンでしたら、SSランク冒険者でないと難しいでしょう」
SSランクの冒険者って、あの2人ですわね。
確か、シモンさんが伝説の冒険者は活動を再開した折に、SSランクに上がったと言っておりました。
「ドラゴンって、美味しいのかな? 」
あ、それは私も気になる! 色んな異世界物の中で気になる味ナンバー1。
太古のロマン、マンモスのお肉よりは身近だし、一度は食べてみたいわ。
「「「ララ? 」」」
うふふ、皆が驚いた顔をしてララを見ているわ。
ララはバツが悪そうに、頬を掻いて、
「ハハ、冗談です~」
と言ってはいるけれど、本気だったのは皆わかっているからね。
「しかし、ドラゴンか……いくらドラゴンであろうとも、伝説の冒険者の前では手も足も出ぬのだろうな」
手も足も出ないって、翼とブレスはきっと来るよ。
結構なダメージ負うよ。
「殿下……それはどうかと……確かに、伝説の冒険者の方々でしたら、退ける事は可能でしょうけど━━」
「なんだと! 金狼仮面殿と赤狼仮面殿がドラゴン如きに後れを取るというのか?! 」
ダリウスの話を最後まで聞かず、激怒した殿下が声を荒げております。
どれだけ、伝説の冒険者に憧れてるの?!
あの片割れ金狼仮面は、殿下のお父上なんだからね。
うん? もしや、何かを感じ取って、金狼仮面に憧れ肩入れしているのかも知れませんわ。
ふふ、親子の愛と絆を感じさせますわね。
「いえ、そうは言っておりません。先ほど、ルイーズが言った通り、この場でドラゴンと対峙するとなると、流石に無傷という訳にはいかないと、申しているだけでございます」
「伝説の冒険者だぞ。ワイバーンをバッサバッサとなぎ倒したという話は皆も聞き及んでいよう」
バッサバッサね。あの2人は強いもの。ワイバーンを倒すくらい、お茶の子さいさいだわよ。
でもね、殿下。憧れるのはいいけれど、人の話くらい聞こうよ。
ダリウスが気疲れしちゃってるじゃない。
「……ダリウス、僕が説明するよ」
埒が明かないと感じたフェオドールが、説明役を買って出ました。
「フェオドール…………では、お願いします」
「殿下。ダリウスは、いくら伝説の冒険者であっても、学園の生徒達を守りつつ戦うのは分が悪いと感じて、無傷では無理だと言っているのですよ」
「っ! しかし、伝説の冒険者ならば、人を守りつつでも……いや、この大人数では、怯え暴走する生徒がいないとも限らない。その様な者を助け出し、ドラゴンと対峙するのは、いくら伝説の冒険者でも無理……無理なのか?! くっ、私はなんて浅はかなんだ。だ、ダリウス、申し訳なかった」
そりゃあね、守る対象が数人程度ならば、あの2人は守り切るだろうけれども。
100人は無理だよ。広範囲防御壁を張っても収まらないと思う。
過度な期待は止めようね、殿下。
でも、一応は納得してくれたみたいで、一安心かな?
「頭をお上げください、殿下。説明が足りず、こちらこそ申し訳ございません」
「いや、ルイーズ嬢の話を聞き流し、早合点をした私の落ち度だ。ダリウスは気にせずとも良い。しかし、ドラゴンならば、一度は見てみたいものだな」
生のドラゴンの大きさってどれくらいなんだろう?
ゲームでは、画面に収まるよう、割とコンパクトサイズだったけれども。
…………生ワイバーンでもあの大きさだったしなぁ。
きっと、某狩りゲームのモンスターくらいのサイズだろうな。
「そうですわよね~」
「何人前くらいあるのかしら? 」
「「「「ララ(嬢)? 」」」」
ふふ、ララったら益々食いしん坊さんになったわね。
皆の視線を一身に受けているわ。
でも、ドラゴン1匹? 一頭? で数千人前はありそうだよね!
王都中は……無理だとしても、殆どの国民が口に出来るボリュームだよね。
やっぱ、食べるなら『ドラゴンステーキ』かな。
ドラゴンに思いを馳せる皆を余所に、私は違う線も考えてました。
ドラゴンなんかが出たら、一目でわかるし、出た後で退避させても遅くはないんだよね。
ドラゴンじゃないとしたら、なんなんだろう?
盗賊? でも、盗賊はちょいちょい登場しては、冒険者の皆さんに捕縛されているし……。
う~ん。
殿下をチラリと見遣ります。
嬉しそうだね。皆でワイワイドラゴンについて熱弁しているわ。
…………あっ!
そうか、先頭ボッチな殿下を楽しませようと、最後尾に移動させたのだわ!
なんだ、なんだ。
先頭に陣取り、時々怪しい動きをしている父様と陛下をうっかり勘ぐってしまう所だったわ。
陛下も父様も、なかなか気が利くわね。
ニヨニヨと笑みを浮かべた私は、最後尾の楽しさを殿下に分けてあげようとある提案をします。
「殿下。最後尾とは、先を歩く皆を守るものですわ。ですから、強くあらねばなりません」
「うむ? それで? 」
「私達は、歩きながら鍛錬をしていますの。ささ、殿下もご一緒致しましょう! 」
こうして遠征2日目の午後は、シモンさんと殿下を巻き込み、鍛錬に励んだのです。
シモンさんは、昨日に引き続き魔法の練習を。
殿下は、何が得手不得手なのかが分からない為、剣術と魔法を交互に鍛錬していただきました。
魔法は『水・土・風』の初級程度でしたら難なく発動できる模様です。
しかし、『水・土』の複合魔法『氷』は少し苦手でした。これは、練習あるのみだね!
だって、『アイスソード』が使用できないと、殿下の最終武器が…………。
いや、あれは作らない方がいいのかな??
『冷凍太刀魚剣』……攻撃力が半端なくて、愛用していたのだけれど。リアルだと恥ずかしいよね。
装備した方も、見ている方も。
うん、最終武器前の『十字剣ユミル』にしておきましょう。
私がそう心に決めた時、俄かに前方が騒々しくなりました。
野営地に到着したようですね。
「殿下。もう少しで野営地に到着いたしますわ。そろそろぴよたろうにきちんと跨った方が宜しいんじゃありませんか? 」
鍛錬疲れでぐったりとした殿下はぴよたろうの背に横たわっております。
その姿はまるで、波打ち際に寝そべるトドの様。
しかも。
「つかれ~た~うごきたくない~」
等と駄々を捏ねる始末。
「殿下。しゃんとなさいませんと、伝説の冒険者の方々がこちらを見ておりますわよ」
すると殿下は、
「なにっ! 」
と声を発した後、表情をキリリと引き締め、ぴよたろうに跨り笑みを浮かべたのです。
凄いね、早業だわ。
「あら? 赤狼仮面がこちらを見た後、森の中へ行ってしまいましたね」
「ふむ、何かあったのだろうか? 」
「きっと、魔物除けを設置する作業か何かですわ」
今日は魔物が近づいてこないとも限らない森の中での野営だもの。
魔物除けを設置しに行ったのでしょうと、軽く答えると。
「いや、ドラゴンかも知れぬぞ。ふはは」
殿下はキラキラ粒子を振りまきつつ、そう仰いました。
……どれだけ、ドラゴンネタを引きずってるの?!
本当、ドラゴン好きよね。でも、そんな事ばかり言ってると『フラグ』が立っちゃうからね。
ドラゴンなんて来たら、阿鼻叫喚の遠征になってしまうからね。
もう、黙ってようね、殿下。
「殿下。私達は天幕を張る準備を致しますので、殿下はこれでも召しあがって、静かにしていて下さいませね」
物理的に黙らせようと、私はとっておきの『ペロペロキャンディ』をポッケから取り出した。
あの渦巻が上手く作れなくて、何度もチャレンジした『ペロペロキャンディ』は、在庫過多の品。
街を闊歩した時、泣く子のお口にポイ。五月蠅く騒いでいる人のお口にポイ。
路地裏で密談を交わしている人のお口にもポイ。
可憐なお姉さんを口説き落とそうとしている人のお口にもポイ。
そんな調子で配っているにも関わらず、全く減らない『ペロペロキャンディ』を、殿下のお口にポイしました。
もちろん、殿下にお召し上がりになっていただくのですから、完璧な渦を巻いた特上品でございます。
「おっ! 甘いっ、何だ、うん? 果実の酸味もある。おっ、こちらは爽やかだ。でも、やっぱり甘いぞ」
「甘いですよね。美味しいでしょう。色んな味を練り交ぜているので、楽しんでくださいね。ささっ、皆さん。今の内に天幕を設置しちゃいましょう」
「「「「は~い」」」」
こうして、静かになった殿下を時々眺めつつ、私達は天幕を張ったのでございます。
殿下専用天幕は、複雑な作りをしておりましたので、近衛騎士団の方に設置していただきましたけどね。
そして、夕暮れ。
夕飯の準備に勤しむ私達の前に、複数の料理人が山盛りの食材を抱えてやって来た。
その膨大な量の食材を前にして私は言葉を失う。
「…………」
「あの、ルイーズ様? 」
「ルイーズぅ~王室料理人の方が困ってるよ~」
フェオドールにゆっさゆっさと揺さぶられ、放心から覚めた私は王室料理人の方に視線を向けた。
「この量の食材が、殿下1人分って事実ですの? 」
野菜、果物、肉、調味料各種。
軽く見積もっても30人前はありそうな食材がドンと山盛り。
「はい。全ての食材を少しずつ用いた料理をお出ししております」
あ、少しずつなのね。あの体でこの量を食べるのかと思ってびっくりしたじゃない。
「少しずつ使用したとして、残った食材はどうしていますの? 」
「残った食材は調理し、私共や近衛騎士団の方々で頂いております」
要は、美味しい所を殿下に召し上がっていただいて、残り物を皆さんで頂くのね。
ふむ、納得。
「そう……無駄にしていなくて良かったわ」
「納得いただけたようで安心いたしました。では、殿下のお食事の方、宜しくお願い致します」
食材については納得したけれど、殿下の食事を作る事に関してはまだ納得していないのよね。
「メニューは私の一存で決めていいのよね? 」
ここ重要なのよ。野営地で、王宮で頂くような繊細な料理が作れるわけがない。
作りたくもない。
こういった場所では、豪快な料理が美味しいのよ。
「はい、もちろんでございます。それが殿下の希望でもございますし」
そう、これは殿下の希望。
『私も皆と同じ料理が食べたい』と駄々を捏ねた殿下は、ただいまペロペロキャンディを片手に、セッティングされたテーブルで、悠然とお茶を嗜んでおります。
果実の甘味とお茶の渋みが合わさって、なんとも言えぬ味わいになっておるぞ! 等と、感想を仰っておりますが、ちょっとはこっちも気にしてくださいな。
殿下の我儘で、料理人の方達も私達も巻き込まれているのですからね。
…………殿下、楽しそうだな。
ふむ、仕方がない。
私が殿下の食事当番をお任せされたとしても、この料理人達の役目が無くなった訳ではないものね。
お仕事に戻っていただきましょう。
「……わかりました。ここは、お任せください。貴方達は、ほら。あの方達のお食事をお願いしますね」
私は、金狼仮面と赤狼仮面の方へ視線を向け、そう伝えた。
「お任せください。では、失礼いたします」
料理人達の背を見送り、私は食材を手に取った。
肉、野菜も新鮮で豊富。鍋も巨大。とくれば!
「皆の者! 注目! 本日は鍋にします! はい、食材の準備始めっ! 」
「「「「おーーーっ! 」」」」
私の掛け声で、皆は一斉に準備を始めました。
昆布だしはないから、我が家料理長特製スープの素をドバっと入れて、洋風鍋に致します。
トマトベースにして、最後はパスタを絡めて〆ようかな?
いえ、初めはポトフの様にマスタードを添えて食べて、後から味を変えた方が良いわね。
「根菜切り終えました! 」
シュタっと敬礼しつつやって来たフェオドールに、鍋に入れる様指示を出します。
「ハッ! 」
「お肉一口大に切り終えました! 」
同じくシュタっと敬礼をしてやって来たカリーヌにも鍋に入れる様指示を出します。
「イエス、マム! 」
「灰汁取り開始いたします! 」
お玉を持ってシュタっと敬礼をするダリウスに、許可を出します。
「お玉準備用意! 投下っ! 」
そんな軍隊ごっこをしながら、お料理をしていると殿下が仲間になりたそうに、こちらを見ていた。
でも、殿下は元帥役だからね。大人しく待っててくださいね。
「フルーツの盛り合わせ完成いたしました! 」
美しいフルーツの盛り合わせを両手で抱えてやって来たララに、殿下のいらっしゃるテーブルへ持っていくよう指示を出します。
「イエス、マム……両手が塞がって敬礼が出来ない……」
少し悔しそうに呟きつつも、フルーツの盛り合わせを持ち、殿下の元へ向かうララ。
あっ、あの美しいフルーツを見たら、殿下はつまみ食いをなさるんじゃ……。
そう思って、落とした視線を上げて見ると。
ララは、つまみ食いをなさろうと伸ばす殿下の手を上手に払っておりました。
ふふ。杞憂でしたね。
さて、最後の仕上げと参りましょうか。
私は黙々と作り続けた料理に、くし切りにしたレモンの様な実の果汁を、回しかけました。
はい完成!
「皆さん、出来ましたよ。さぁ、座っていただきましょう! 」
「「「「「おーっ! 」」」」」
元気な掛け声と共に、各々が鍋をグルリを取り囲んで座ると、こちらに椀を差し出してきました。
「はいはい、順番ですよ」
これだけの人数が居ると、給仕も大変ですね。
一つずつ、公平に盛り付けた後は。
「いただきます! 」
『いただきまーす! 』
「もぐ、美味しい~やっぱ、ルイーズが作った唐揚げは最高だね~」
鍋を皆に任せて一人で黙々と作った唐揚げを、フェオドールが絶賛しております。
「脂身が大量にあったからね」
お肉を切った後に余った脂身をラードにして、それで唐揚げを作ってみたのです。
「殿下もたくさん召し上がってくださいね」
「ああ……もぐ、うん、これも美味い。もぐもぐ……あつっ、はぁ~体にしみ込む……」
要らぬ心配のようですわね。
「ささ、シモンさんも呆けていないで、たくさん召し上がってくださいね」
「ああ……いや、しかし……王太子殿下と……」
「シモンさん。なくなっちゃいますわよ? 」
私がシモンさんにそう告げると、一瞬料理を口に運ぶのですが、再び呆けてしまいます。
やはり、目の前に王族の方がいらっしゃると恐縮しちゃうものなんですかね。
仕方がない。
今夜もシモンさんと見張りを致しますし、何かお夜食でも用意しておきましょうか。
「ルイーズ、おかわり」
「はいはい」
「私も」
「はい、たくさん召し上がれ」
「私もお願いします」
「はい、待ってくださいね」
「俺もおかわり」
はいはい、はいはい━━━━━━
僕も私も、俺もの要望を聞き続けた私は、ぐったりグデグデになってしまいました。
あんまり食べられなかったし……。
ぐすん……。
【ココゥ】
「大丈夫よ、ぴよたろう。あなたはたくさん食べて、ぐっすり休むのよ」
【コォ】
「ふふ、優しい子ね。でも、非常食もあるし平気よ。それは、あなたの為に作ったものだから、食べてくれると嬉しいわ」
【コフゥ】
「ええ、そうね。たくさん食べて力を付けて、明日も殿下をお守りしてね」
【コッコゥーー】
久しぶりに腕によりをかけて作ったぴよたろうのご飯。
美味しそうに食べてくれる姿を見ただけで満足した私は、手にホットココアを持って、見張りをしているシモンさんの元へ向かいました。
「はい、シモンさん。熱いから気を付けて下さいね」
「おっ、すまねぇな。ふぅ~ふぅ~カーッ、うめえ」
「ふふ。夕飯もあまり召し上がっていなかったようですし、これもどうぞ」
そう言って、夜食用に作っておいたサンドイッチを取り出しました。
ええ、もちろんポッケからです。
「本当、何から何まですまねぇな。じゃあ、遠慮なくいただくよ━━うまっ、これ、まだ肉が温かいぞ」
「ええ、この私のポケットは時間経過が殆ど無いアイテムバッグ仕様になっておりますの。オホホ」
「すげえ、さすが貴族様。ポケットまで魔道具化を施すなんてよ」
「あら、貴族はあまり関係ないんですよ。自分で細工した物ですもの。オホホ」
「えっ、嬢ちゃんが!? 」
「ええ。シモンさんも無属性の魔石を持ってきていただければ、いつでも細工してさしあげますわよ」
「本当か? 」
「もちろん。今回の遠征で色々お世話になりましたものね……」
「いや、世話になっているのはこっちだろ。魔法を教えて貰ってるしよ。飯も美味いし……俺が礼をしなきゃいけないんじゃないか? 」
「いえ……シモンさんには、精神的にたくさん苦労をおかけしていますもの。それに、口止め料も含んでいるのですわ」
「あっ、ああ。昨日のお2人のか」
「ええ、その口止め料ですわ。ふふ」
「ハハ、了解! じゃあ、無属性の魔石が手に入ったら頼むとするか」
金狼仮面と赤狼仮面の素性についての口止め料代わりとは言いましたけれど。
裏表のないシモンさんを皆が気に入ったというのが、一番の理由です。
私達が風変わりな事をしても、笑ったり驚いたりするだけで奇異の目で見たりしませんしね。
そんな風に、シモンさんと見張りをしながら語り合っていると、不審な動きをする者が目に留まりました。
「シモンさん」
「なんだ? 」
「私、少し出かけて参りますわ」
「付いて行こうか? 」
「いえ、この辺りは魔物も出ませんし、平気です。シモンさんは、他の━━特に殿下をお願いしますね」
「ああ、気を付けてな」
送り出してくれるシモンさんに軽く手を振って、私は怪しい2人の後を付ける事にいたしました。
さて、何をコソコソしているのかな? 金狼仮面と赤狼仮面は……。
『究極魔法』を纏った拳が父様の頬に炸裂いたします!
いくら仮面でお顔を覆われようとも、電撃の通る金製品。
威力マシマシでの必殺拳にございます。
「グァァァッツ!! ァァ…………ア? …………」
「ふっ、決まった! 」
頬を押さえたまま小首を傾げ、「あれ? ここはどこ? 」と言うような表情をなさる父様に、私は断罪の言葉を投げつけます。
「父様、帰ったら母様に報告いたしますからね」
のっぴきならない事情があったとしても、見知らぬ女性(吸血鬼)に生き血を捧げるなど言語道断。
言い訳は母様になさってくださいまし!
「…………」
この世の終わりを眼前にさらされたかの様な絶望っぷりをお顔で表現なさるのは宜しいですが、今は悠長にしていられません。
私は項垂れている父様の前に躍り出て、目の前の吸血鬼を睨みつけます。
「私の父様の生き血を吸おうなど、全くもって許せませんわ。それがたとえ、吸血鬼としての在り方だとしても、妻子持ちの男性に手をかけるなど以ての外! 」
「うるさいっ! この小娘がいい気になるんじゃないわよっ! 吸血種にとって生き血はただの食事! 食事の邪魔をするんじゃないわよっ。ハハン、大事な大事な『お父様』が私の魅力に平伏したのが気に入らないのね。仕方がないじゃない、私は小娘と違って、大人の女性なんだもの! 」
安い挑発ですわね。10歳児相手に何を言ってるのかしら?
でも、確かに吸血鬼が生き血を飲まずに生きていられるかと問われると……。
あっ!
「トマトジュースで代用すれば宜しいのですわっ! 」
確か、某アニメの吸血鬼はトマトジュースを飲んでいましたものね。
「はぁぁぁ? そんな物が生き血の代わりになる訳ないでしょうっ! このっ! 」
私の頬を討ち付けようと、吸血鬼が手を振り被りますが。
そんな鈍間な攻撃、私にとっては無意味。
パシッとその腕を掴み、頭突きを一つ。お見舞いして差し上げました。
「ガッ! 」
可憐で美しいお顔にダメージを与えるのは、些か良心が痛みますけれど。
父様を誘惑した罪は、償って頂きませんとね。
「試してもいないのに、トマジューを否定するとはいただけませんわ。トマジューはリコピンたっぷりでお肌にも宜しいのですよ。ちなみに私は大好きですっ!」
頭突きをされたおでこを涙目で押さえながら、吸血鬼が叫びます。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさいっ! もっ、もう、許さないっ、許さない、許さない…………」
吸血鬼の内側からどす黒い瘴気が立ち昇り始めました。
虚ろな瞳、狡猾とした笑み。
あ、これ、キレちゃった感じだわ。
「父様、いつまでも放心しておらず、お逃げになってくださいませ」
「る、ルイーズ? 何故、私が逃げるのだ? 」
「父様っ、また誘惑されたいのですか? 」
「誘惑…………確か、瞳が光った後、意識が朦朧として、この女性を愛し、忠誠を……ハッ! 精神系の魔眼かっ! 」
「魔眼ですの? ……確かに、母様を見つめる様な瞳をしていましたわね。では『魅了』系かしら? 精神に作用するスキルの怖さは5年前のあの時に嫌というほど味わい知っております。然りとて、そんなものに易々とかかり、女性と抱き合った事は愛娘として許せません。父様は、目を閉じ、離れて待機していてくださいましっ! 」
「る、ルイーズぅ……」
「父様、平気ですわ。私、吸血鬼の対処は心得ておりますの。ですから、ね。私に任せて、母様にお伝えする言い訳でも考えておいてくださいませね」
優しく父様を見つめ、眼下に広がる木々を指差し、隠れる様に促します。
父様の揺れる瞳。しかし、分が悪いと感じたのか、コクンと頷きました。
父様はしょぼんと肩を落としまま移動し、木の後ろに回り込みます。
その姿を見届けた後、私は吸血鬼に向き直り、宣戦布告をいたしました。
「私を倒さない限り、誰の生き血も飲ませませんからねっ! 」
私と吸血鬼の戦い。いざ、開幕ですわっ!
・
・
・
思えば、昨日から父様の動向は不審そのものでした。
遠征2日目の午後。
昼食を頂いた後、行軍を開始した私達の元へ殿下がいらっしゃったのです。
ぴよたろうに跨り、颯爽と登場した殿下は相も変わらずキラキラとした粒子を巻き散らしておりました。
「やぁ! 」
「殿下、何故こちらに? 」
「何故だろう? 何故なんだ? ぴよたろうがここに連れて来てくれたので、理由はわからぬ? 」
「「「「「?? 」」」」」
何故だかは知らないが、こちらに連れて来られたという殿下。私は、一緒に来たぴよたろうに視線を向けました。
【コッココォ】
なになに。金狼仮面と赤狼仮面が来て、先頭は危ないから最後尾に行くようと殿下を促した。
しかし、殿下は憧れの金狼仮面を前にして、話を全くもって聞かず、握手ばかりをねだっていた。
業を煮やした金狼仮面が殿下をぴよたろうの背に乗せたのを機に、有無を言わさず駆けて来た。
「という訳ですわ」
「どうして、先頭が危ないんだろうね? 」
ぴよたろうの説明を聞き、う~んと唸るフェオドール。
「確かにね。強い魔物程度で、殿下を最後尾に移動させませんでしょうし……金狼仮面や赤狼仮面が危険視するのは、ドラゴンくらいでしょうし……」
「「「「「ドラゴンッ!? 」」」」」
「ええ、あの2人がドラゴンに負けるとは思いませんけれども、周りを巻き込む可能性を危惧して、殿下を最後尾に下がらせたとかではないでしょうか? 」
「ドラゴンだって~」
「ドラゴンって、Sランク冒険者パーティでも倒せないと聞き及んでおりますわ」
あ、私も聞いたことがありますわ。
「そうですね、ドラゴンでしたら、SSランク冒険者でないと難しいでしょう」
SSランクの冒険者って、あの2人ですわね。
確か、シモンさんが伝説の冒険者は活動を再開した折に、SSランクに上がったと言っておりました。
「ドラゴンって、美味しいのかな? 」
あ、それは私も気になる! 色んな異世界物の中で気になる味ナンバー1。
太古のロマン、マンモスのお肉よりは身近だし、一度は食べてみたいわ。
「「「ララ? 」」」
うふふ、皆が驚いた顔をしてララを見ているわ。
ララはバツが悪そうに、頬を掻いて、
「ハハ、冗談です~」
と言ってはいるけれど、本気だったのは皆わかっているからね。
「しかし、ドラゴンか……いくらドラゴンであろうとも、伝説の冒険者の前では手も足も出ぬのだろうな」
手も足も出ないって、翼とブレスはきっと来るよ。
結構なダメージ負うよ。
「殿下……それはどうかと……確かに、伝説の冒険者の方々でしたら、退ける事は可能でしょうけど━━」
「なんだと! 金狼仮面殿と赤狼仮面殿がドラゴン如きに後れを取るというのか?! 」
ダリウスの話を最後まで聞かず、激怒した殿下が声を荒げております。
どれだけ、伝説の冒険者に憧れてるの?!
あの片割れ金狼仮面は、殿下のお父上なんだからね。
うん? もしや、何かを感じ取って、金狼仮面に憧れ肩入れしているのかも知れませんわ。
ふふ、親子の愛と絆を感じさせますわね。
「いえ、そうは言っておりません。先ほど、ルイーズが言った通り、この場でドラゴンと対峙するとなると、流石に無傷という訳にはいかないと、申しているだけでございます」
「伝説の冒険者だぞ。ワイバーンをバッサバッサとなぎ倒したという話は皆も聞き及んでいよう」
バッサバッサね。あの2人は強いもの。ワイバーンを倒すくらい、お茶の子さいさいだわよ。
でもね、殿下。憧れるのはいいけれど、人の話くらい聞こうよ。
ダリウスが気疲れしちゃってるじゃない。
「……ダリウス、僕が説明するよ」
埒が明かないと感じたフェオドールが、説明役を買って出ました。
「フェオドール…………では、お願いします」
「殿下。ダリウスは、いくら伝説の冒険者であっても、学園の生徒達を守りつつ戦うのは分が悪いと感じて、無傷では無理だと言っているのですよ」
「っ! しかし、伝説の冒険者ならば、人を守りつつでも……いや、この大人数では、怯え暴走する生徒がいないとも限らない。その様な者を助け出し、ドラゴンと対峙するのは、いくら伝説の冒険者でも無理……無理なのか?! くっ、私はなんて浅はかなんだ。だ、ダリウス、申し訳なかった」
そりゃあね、守る対象が数人程度ならば、あの2人は守り切るだろうけれども。
100人は無理だよ。広範囲防御壁を張っても収まらないと思う。
過度な期待は止めようね、殿下。
でも、一応は納得してくれたみたいで、一安心かな?
「頭をお上げください、殿下。説明が足りず、こちらこそ申し訳ございません」
「いや、ルイーズ嬢の話を聞き流し、早合点をした私の落ち度だ。ダリウスは気にせずとも良い。しかし、ドラゴンならば、一度は見てみたいものだな」
生のドラゴンの大きさってどれくらいなんだろう?
ゲームでは、画面に収まるよう、割とコンパクトサイズだったけれども。
…………生ワイバーンでもあの大きさだったしなぁ。
きっと、某狩りゲームのモンスターくらいのサイズだろうな。
「そうですわよね~」
「何人前くらいあるのかしら? 」
「「「「ララ(嬢)? 」」」」
ふふ、ララったら益々食いしん坊さんになったわね。
皆の視線を一身に受けているわ。
でも、ドラゴン1匹? 一頭? で数千人前はありそうだよね!
王都中は……無理だとしても、殆どの国民が口に出来るボリュームだよね。
やっぱ、食べるなら『ドラゴンステーキ』かな。
ドラゴンに思いを馳せる皆を余所に、私は違う線も考えてました。
ドラゴンなんかが出たら、一目でわかるし、出た後で退避させても遅くはないんだよね。
ドラゴンじゃないとしたら、なんなんだろう?
盗賊? でも、盗賊はちょいちょい登場しては、冒険者の皆さんに捕縛されているし……。
う~ん。
殿下をチラリと見遣ります。
嬉しそうだね。皆でワイワイドラゴンについて熱弁しているわ。
…………あっ!
そうか、先頭ボッチな殿下を楽しませようと、最後尾に移動させたのだわ!
なんだ、なんだ。
先頭に陣取り、時々怪しい動きをしている父様と陛下をうっかり勘ぐってしまう所だったわ。
陛下も父様も、なかなか気が利くわね。
ニヨニヨと笑みを浮かべた私は、最後尾の楽しさを殿下に分けてあげようとある提案をします。
「殿下。最後尾とは、先を歩く皆を守るものですわ。ですから、強くあらねばなりません」
「うむ? それで? 」
「私達は、歩きながら鍛錬をしていますの。ささ、殿下もご一緒致しましょう! 」
こうして遠征2日目の午後は、シモンさんと殿下を巻き込み、鍛錬に励んだのです。
シモンさんは、昨日に引き続き魔法の練習を。
殿下は、何が得手不得手なのかが分からない為、剣術と魔法を交互に鍛錬していただきました。
魔法は『水・土・風』の初級程度でしたら難なく発動できる模様です。
しかし、『水・土』の複合魔法『氷』は少し苦手でした。これは、練習あるのみだね!
だって、『アイスソード』が使用できないと、殿下の最終武器が…………。
いや、あれは作らない方がいいのかな??
『冷凍太刀魚剣』……攻撃力が半端なくて、愛用していたのだけれど。リアルだと恥ずかしいよね。
装備した方も、見ている方も。
うん、最終武器前の『十字剣ユミル』にしておきましょう。
私がそう心に決めた時、俄かに前方が騒々しくなりました。
野営地に到着したようですね。
「殿下。もう少しで野営地に到着いたしますわ。そろそろぴよたろうにきちんと跨った方が宜しいんじゃありませんか? 」
鍛錬疲れでぐったりとした殿下はぴよたろうの背に横たわっております。
その姿はまるで、波打ち際に寝そべるトドの様。
しかも。
「つかれ~た~うごきたくない~」
等と駄々を捏ねる始末。
「殿下。しゃんとなさいませんと、伝説の冒険者の方々がこちらを見ておりますわよ」
すると殿下は、
「なにっ! 」
と声を発した後、表情をキリリと引き締め、ぴよたろうに跨り笑みを浮かべたのです。
凄いね、早業だわ。
「あら? 赤狼仮面がこちらを見た後、森の中へ行ってしまいましたね」
「ふむ、何かあったのだろうか? 」
「きっと、魔物除けを設置する作業か何かですわ」
今日は魔物が近づいてこないとも限らない森の中での野営だもの。
魔物除けを設置しに行ったのでしょうと、軽く答えると。
「いや、ドラゴンかも知れぬぞ。ふはは」
殿下はキラキラ粒子を振りまきつつ、そう仰いました。
……どれだけ、ドラゴンネタを引きずってるの?!
本当、ドラゴン好きよね。でも、そんな事ばかり言ってると『フラグ』が立っちゃうからね。
ドラゴンなんて来たら、阿鼻叫喚の遠征になってしまうからね。
もう、黙ってようね、殿下。
「殿下。私達は天幕を張る準備を致しますので、殿下はこれでも召しあがって、静かにしていて下さいませね」
物理的に黙らせようと、私はとっておきの『ペロペロキャンディ』をポッケから取り出した。
あの渦巻が上手く作れなくて、何度もチャレンジした『ペロペロキャンディ』は、在庫過多の品。
街を闊歩した時、泣く子のお口にポイ。五月蠅く騒いでいる人のお口にポイ。
路地裏で密談を交わしている人のお口にもポイ。
可憐なお姉さんを口説き落とそうとしている人のお口にもポイ。
そんな調子で配っているにも関わらず、全く減らない『ペロペロキャンディ』を、殿下のお口にポイしました。
もちろん、殿下にお召し上がりになっていただくのですから、完璧な渦を巻いた特上品でございます。
「おっ! 甘いっ、何だ、うん? 果実の酸味もある。おっ、こちらは爽やかだ。でも、やっぱり甘いぞ」
「甘いですよね。美味しいでしょう。色んな味を練り交ぜているので、楽しんでくださいね。ささっ、皆さん。今の内に天幕を設置しちゃいましょう」
「「「「は~い」」」」
こうして、静かになった殿下を時々眺めつつ、私達は天幕を張ったのでございます。
殿下専用天幕は、複雑な作りをしておりましたので、近衛騎士団の方に設置していただきましたけどね。
そして、夕暮れ。
夕飯の準備に勤しむ私達の前に、複数の料理人が山盛りの食材を抱えてやって来た。
その膨大な量の食材を前にして私は言葉を失う。
「…………」
「あの、ルイーズ様? 」
「ルイーズぅ~王室料理人の方が困ってるよ~」
フェオドールにゆっさゆっさと揺さぶられ、放心から覚めた私は王室料理人の方に視線を向けた。
「この量の食材が、殿下1人分って事実ですの? 」
野菜、果物、肉、調味料各種。
軽く見積もっても30人前はありそうな食材がドンと山盛り。
「はい。全ての食材を少しずつ用いた料理をお出ししております」
あ、少しずつなのね。あの体でこの量を食べるのかと思ってびっくりしたじゃない。
「少しずつ使用したとして、残った食材はどうしていますの? 」
「残った食材は調理し、私共や近衛騎士団の方々で頂いております」
要は、美味しい所を殿下に召し上がっていただいて、残り物を皆さんで頂くのね。
ふむ、納得。
「そう……無駄にしていなくて良かったわ」
「納得いただけたようで安心いたしました。では、殿下のお食事の方、宜しくお願い致します」
食材については納得したけれど、殿下の食事を作る事に関してはまだ納得していないのよね。
「メニューは私の一存で決めていいのよね? 」
ここ重要なのよ。野営地で、王宮で頂くような繊細な料理が作れるわけがない。
作りたくもない。
こういった場所では、豪快な料理が美味しいのよ。
「はい、もちろんでございます。それが殿下の希望でもございますし」
そう、これは殿下の希望。
『私も皆と同じ料理が食べたい』と駄々を捏ねた殿下は、ただいまペロペロキャンディを片手に、セッティングされたテーブルで、悠然とお茶を嗜んでおります。
果実の甘味とお茶の渋みが合わさって、なんとも言えぬ味わいになっておるぞ! 等と、感想を仰っておりますが、ちょっとはこっちも気にしてくださいな。
殿下の我儘で、料理人の方達も私達も巻き込まれているのですからね。
…………殿下、楽しそうだな。
ふむ、仕方がない。
私が殿下の食事当番をお任せされたとしても、この料理人達の役目が無くなった訳ではないものね。
お仕事に戻っていただきましょう。
「……わかりました。ここは、お任せください。貴方達は、ほら。あの方達のお食事をお願いしますね」
私は、金狼仮面と赤狼仮面の方へ視線を向け、そう伝えた。
「お任せください。では、失礼いたします」
料理人達の背を見送り、私は食材を手に取った。
肉、野菜も新鮮で豊富。鍋も巨大。とくれば!
「皆の者! 注目! 本日は鍋にします! はい、食材の準備始めっ! 」
「「「「おーーーっ! 」」」」
私の掛け声で、皆は一斉に準備を始めました。
昆布だしはないから、我が家料理長特製スープの素をドバっと入れて、洋風鍋に致します。
トマトベースにして、最後はパスタを絡めて〆ようかな?
いえ、初めはポトフの様にマスタードを添えて食べて、後から味を変えた方が良いわね。
「根菜切り終えました! 」
シュタっと敬礼しつつやって来たフェオドールに、鍋に入れる様指示を出します。
「ハッ! 」
「お肉一口大に切り終えました! 」
同じくシュタっと敬礼をしてやって来たカリーヌにも鍋に入れる様指示を出します。
「イエス、マム! 」
「灰汁取り開始いたします! 」
お玉を持ってシュタっと敬礼をするダリウスに、許可を出します。
「お玉準備用意! 投下っ! 」
そんな軍隊ごっこをしながら、お料理をしていると殿下が仲間になりたそうに、こちらを見ていた。
でも、殿下は元帥役だからね。大人しく待っててくださいね。
「フルーツの盛り合わせ完成いたしました! 」
美しいフルーツの盛り合わせを両手で抱えてやって来たララに、殿下のいらっしゃるテーブルへ持っていくよう指示を出します。
「イエス、マム……両手が塞がって敬礼が出来ない……」
少し悔しそうに呟きつつも、フルーツの盛り合わせを持ち、殿下の元へ向かうララ。
あっ、あの美しいフルーツを見たら、殿下はつまみ食いをなさるんじゃ……。
そう思って、落とした視線を上げて見ると。
ララは、つまみ食いをなさろうと伸ばす殿下の手を上手に払っておりました。
ふふ。杞憂でしたね。
さて、最後の仕上げと参りましょうか。
私は黙々と作り続けた料理に、くし切りにしたレモンの様な実の果汁を、回しかけました。
はい完成!
「皆さん、出来ましたよ。さぁ、座っていただきましょう! 」
「「「「「おーっ! 」」」」」
元気な掛け声と共に、各々が鍋をグルリを取り囲んで座ると、こちらに椀を差し出してきました。
「はいはい、順番ですよ」
これだけの人数が居ると、給仕も大変ですね。
一つずつ、公平に盛り付けた後は。
「いただきます! 」
『いただきまーす! 』
「もぐ、美味しい~やっぱ、ルイーズが作った唐揚げは最高だね~」
鍋を皆に任せて一人で黙々と作った唐揚げを、フェオドールが絶賛しております。
「脂身が大量にあったからね」
お肉を切った後に余った脂身をラードにして、それで唐揚げを作ってみたのです。
「殿下もたくさん召し上がってくださいね」
「ああ……もぐ、うん、これも美味い。もぐもぐ……あつっ、はぁ~体にしみ込む……」
要らぬ心配のようですわね。
「ささ、シモンさんも呆けていないで、たくさん召し上がってくださいね」
「ああ……いや、しかし……王太子殿下と……」
「シモンさん。なくなっちゃいますわよ? 」
私がシモンさんにそう告げると、一瞬料理を口に運ぶのですが、再び呆けてしまいます。
やはり、目の前に王族の方がいらっしゃると恐縮しちゃうものなんですかね。
仕方がない。
今夜もシモンさんと見張りを致しますし、何かお夜食でも用意しておきましょうか。
「ルイーズ、おかわり」
「はいはい」
「私も」
「はい、たくさん召し上がれ」
「私もお願いします」
「はい、待ってくださいね」
「俺もおかわり」
はいはい、はいはい━━━━━━
僕も私も、俺もの要望を聞き続けた私は、ぐったりグデグデになってしまいました。
あんまり食べられなかったし……。
ぐすん……。
【ココゥ】
「大丈夫よ、ぴよたろう。あなたはたくさん食べて、ぐっすり休むのよ」
【コォ】
「ふふ、優しい子ね。でも、非常食もあるし平気よ。それは、あなたの為に作ったものだから、食べてくれると嬉しいわ」
【コフゥ】
「ええ、そうね。たくさん食べて力を付けて、明日も殿下をお守りしてね」
【コッコゥーー】
久しぶりに腕によりをかけて作ったぴよたろうのご飯。
美味しそうに食べてくれる姿を見ただけで満足した私は、手にホットココアを持って、見張りをしているシモンさんの元へ向かいました。
「はい、シモンさん。熱いから気を付けて下さいね」
「おっ、すまねぇな。ふぅ~ふぅ~カーッ、うめえ」
「ふふ。夕飯もあまり召し上がっていなかったようですし、これもどうぞ」
そう言って、夜食用に作っておいたサンドイッチを取り出しました。
ええ、もちろんポッケからです。
「本当、何から何まですまねぇな。じゃあ、遠慮なくいただくよ━━うまっ、これ、まだ肉が温かいぞ」
「ええ、この私のポケットは時間経過が殆ど無いアイテムバッグ仕様になっておりますの。オホホ」
「すげえ、さすが貴族様。ポケットまで魔道具化を施すなんてよ」
「あら、貴族はあまり関係ないんですよ。自分で細工した物ですもの。オホホ」
「えっ、嬢ちゃんが!? 」
「ええ。シモンさんも無属性の魔石を持ってきていただければ、いつでも細工してさしあげますわよ」
「本当か? 」
「もちろん。今回の遠征で色々お世話になりましたものね……」
「いや、世話になっているのはこっちだろ。魔法を教えて貰ってるしよ。飯も美味いし……俺が礼をしなきゃいけないんじゃないか? 」
「いえ……シモンさんには、精神的にたくさん苦労をおかけしていますもの。それに、口止め料も含んでいるのですわ」
「あっ、ああ。昨日のお2人のか」
「ええ、その口止め料ですわ。ふふ」
「ハハ、了解! じゃあ、無属性の魔石が手に入ったら頼むとするか」
金狼仮面と赤狼仮面の素性についての口止め料代わりとは言いましたけれど。
裏表のないシモンさんを皆が気に入ったというのが、一番の理由です。
私達が風変わりな事をしても、笑ったり驚いたりするだけで奇異の目で見たりしませんしね。
そんな風に、シモンさんと見張りをしながら語り合っていると、不審な動きをする者が目に留まりました。
「シモンさん」
「なんだ? 」
「私、少し出かけて参りますわ」
「付いて行こうか? 」
「いえ、この辺りは魔物も出ませんし、平気です。シモンさんは、他の━━特に殿下をお願いしますね」
「ああ、気を付けてな」
送り出してくれるシモンさんに軽く手を振って、私は怪しい2人の後を付ける事にいたしました。
さて、何をコソコソしているのかな? 金狼仮面と赤狼仮面は……。
応援ありがとうございます!
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