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第一話
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自分は何の価値もない人間だと、時海 永遠は罵られてきた。 第二の性であるオメガだというのもあるが、どういうわけか青年はヒートが18歳になっても、一度も発症したことがない。 医師も原因を特定できず、オメガではないのではと疑われもした。
運命の番を見つけることもできないような出来損ないと、母からは疎まれ暴力を振るわれる。 正確に言えば継母になるが、永遠には実の母の記憶はなかった。 そのため育ての母の姿しか見たことがなく、基準となる母親像も身近にいた女性が対象となった。
そのため、永遠は母親とは子ども相手だろうと暴力を振るうことが許されているのだと思うようになった。 さらには二つ上の兄からも殴られ、蹴られる日々が日常となる。 父親は仕事が忙しく、ほとんど顔を合わせることなく、永遠は母と兄から虐待され続けた。
そんな日々が18年間続き、誕生日となるその日に青年は家から身一つで追い出されてしまう。
「出ていけ! お前みたいな気味の悪い子、どこかで野垂れ死んでしまえ!」
最後の母の台詞を耳にし、永遠は酷い言われようだと内心で毒づいた。 だが言葉にするつもりもなければ、必要もない。 もう何をしても無意味なのだと分かっていた。 だから考えることもやめ、笑うことも怒ることも泣くことも、全て止めている。 いつの間にか、自分という人間が分からなくなったと思いながら、裸足のまま自宅だったマンションから離れていった。
これからどうするべきか、そう思いながら青年は満月が光る夜道を歩いていく。 財布も持っておらず、少しずつ冬の気配がする外に長袖シャツとジャージのズボンでは寒さ対策は心もたなかった。 行く宛てもなく、どこにも居場所がなく、路上での生活に耐えられるほど身体もできていない。
故に、永遠は諦めてしまおうと割り切ることにした。 せめて誰にも迷惑をかけないように全てを終わりにしようと、終の場所を求める。 人目のつかない、誰にも邪魔されないところがいいと裸足で夜の街を歩いた。
一歩、また一歩と無気力に過ごしてきた人生で、こんなにも歩くことに一生懸命なのは初めてだと、永遠は感慨深くなる。 行き着く先は終わりなのだから、最後くらいは自分のためだけに足掻いてみたくなった。
そして一歩、もう一歩と歩いたとき、永遠は酷い耳鳴りに襲われる。 頭が割れそうなほどの振動に声が出せないほどに苦しんだ。 もしかしたらこれで終わりなのかな、そう思ったら悪くないなと感じて、目を閉じる。 あとは胸の鼓動が止まれば、時海 永遠という生が終わってくれるのだ。 楽しいことなんて一つもなかった人生に幕が下りる、あっけない最後でいい。
そうして時間が過ぎ、永遠は生きているのか死んでいるのか分からなくなった。 すると突然、誰かに身体を揺すられていることに気づく。 それが煩わしくなり、重い瞼を開けた先に奇妙なものを見た。
一言で語るなら、白い狼がこちらを凝視している。 何事かと思っていると、狼がほっと安心したように息をついたので、永遠は呆気に囚われてしまった。
「殿下、神子様は?」
「あぁ、目を覚まされた。 神子殿、私の声はご理解いただけますか?」
「……狼が、喋った?」
側に誰かいるらしいが、永遠には見えなかった。 ただ目の前にいる狼があまりに常識を超えた、まるでこの世のものとは思えない造形美で目を離せない。 低い声色が耳を優しく撫でてきたとき、青年はそれが狼の声だとようやく認識できた。
ただ逆に永遠が声をあげた直後、辺りから多くの声が湧き上がる。 その全てに耳を傾ける隙もないが、誰も彼もが驚いているようだった。
「まさか、人族か?」
「黒髪に黒目、だと?」
「信じられん、神託にあった神子とは黒のオメガだというのか!?」
「……あの」
「気がつかれて早々に申し訳ない。 ようこそ神子殿、我がバートランドへ。 貴方様の来訪を歓迎いたします」
何を話しているのか分からないまま、永遠はとりあえず目の前の白狼に声をかけてみる。 反応するかどうかも分からなかったが、苦笑しながら彼は答えてくれた。 とても心地よくて、その割に心の中に落ち着く音に青年は困惑する。
歓迎されているようだが、永遠は肝心なことを知りたかった。 自分は死んでいるのか、それともまだ生きているのか、それを聞いていいものかと少しだけ判断に迷う。
だが今は口にしない方がいいのかもしれないと、青年は思った。 何故なら、目の前の狼がとても複雑な表情をしているのに、その瞳はどこか忙しない色を浮かべていたからだ。
運命の番を見つけることもできないような出来損ないと、母からは疎まれ暴力を振るわれる。 正確に言えば継母になるが、永遠には実の母の記憶はなかった。 そのため育ての母の姿しか見たことがなく、基準となる母親像も身近にいた女性が対象となった。
そのため、永遠は母親とは子ども相手だろうと暴力を振るうことが許されているのだと思うようになった。 さらには二つ上の兄からも殴られ、蹴られる日々が日常となる。 父親は仕事が忙しく、ほとんど顔を合わせることなく、永遠は母と兄から虐待され続けた。
そんな日々が18年間続き、誕生日となるその日に青年は家から身一つで追い出されてしまう。
「出ていけ! お前みたいな気味の悪い子、どこかで野垂れ死んでしまえ!」
最後の母の台詞を耳にし、永遠は酷い言われようだと内心で毒づいた。 だが言葉にするつもりもなければ、必要もない。 もう何をしても無意味なのだと分かっていた。 だから考えることもやめ、笑うことも怒ることも泣くことも、全て止めている。 いつの間にか、自分という人間が分からなくなったと思いながら、裸足のまま自宅だったマンションから離れていった。
これからどうするべきか、そう思いながら青年は満月が光る夜道を歩いていく。 財布も持っておらず、少しずつ冬の気配がする外に長袖シャツとジャージのズボンでは寒さ対策は心もたなかった。 行く宛てもなく、どこにも居場所がなく、路上での生活に耐えられるほど身体もできていない。
故に、永遠は諦めてしまおうと割り切ることにした。 せめて誰にも迷惑をかけないように全てを終わりにしようと、終の場所を求める。 人目のつかない、誰にも邪魔されないところがいいと裸足で夜の街を歩いた。
一歩、また一歩と無気力に過ごしてきた人生で、こんなにも歩くことに一生懸命なのは初めてだと、永遠は感慨深くなる。 行き着く先は終わりなのだから、最後くらいは自分のためだけに足掻いてみたくなった。
そして一歩、もう一歩と歩いたとき、永遠は酷い耳鳴りに襲われる。 頭が割れそうなほどの振動に声が出せないほどに苦しんだ。 もしかしたらこれで終わりなのかな、そう思ったら悪くないなと感じて、目を閉じる。 あとは胸の鼓動が止まれば、時海 永遠という生が終わってくれるのだ。 楽しいことなんて一つもなかった人生に幕が下りる、あっけない最後でいい。
そうして時間が過ぎ、永遠は生きているのか死んでいるのか分からなくなった。 すると突然、誰かに身体を揺すられていることに気づく。 それが煩わしくなり、重い瞼を開けた先に奇妙なものを見た。
一言で語るなら、白い狼がこちらを凝視している。 何事かと思っていると、狼がほっと安心したように息をついたので、永遠は呆気に囚われてしまった。
「殿下、神子様は?」
「あぁ、目を覚まされた。 神子殿、私の声はご理解いただけますか?」
「……狼が、喋った?」
側に誰かいるらしいが、永遠には見えなかった。 ただ目の前にいる狼があまりに常識を超えた、まるでこの世のものとは思えない造形美で目を離せない。 低い声色が耳を優しく撫でてきたとき、青年はそれが狼の声だとようやく認識できた。
ただ逆に永遠が声をあげた直後、辺りから多くの声が湧き上がる。 その全てに耳を傾ける隙もないが、誰も彼もが驚いているようだった。
「まさか、人族か?」
「黒髪に黒目、だと?」
「信じられん、神託にあった神子とは黒のオメガだというのか!?」
「……あの」
「気がつかれて早々に申し訳ない。 ようこそ神子殿、我がバートランドへ。 貴方様の来訪を歓迎いたします」
何を話しているのか分からないまま、永遠はとりあえず目の前の白狼に声をかけてみる。 反応するかどうかも分からなかったが、苦笑しながら彼は答えてくれた。 とても心地よくて、その割に心の中に落ち着く音に青年は困惑する。
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だが今は口にしない方がいいのかもしれないと、青年は思った。 何故なら、目の前の狼がとても複雑な表情をしているのに、その瞳はどこか忙しない色を浮かべていたからだ。
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