老兄、林太郎の恋

人紀

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その4

「ああうるさい!」と兄はついに怒り出してしまいました。
 そして、立ち上がるとわめき始めました。
「ぐだぐだ言ってないで、さっさと支度をせんか!
 動きやすい服装と手ぬぐいは必須じゃぞ」
「支度、でございますか?
 何の支度でございますか?」
と訊ねるわたくしに、兄はボケでも進行したのかと言わんばかりのあきれ顔で、
「桜子、桜子や、何を言っておる。
 今から、真美のレッスンに行くって言ったじゃろう」
と当然のことのように言い切ったのでございます。

 もちろん、そのようなことは聞いてはおりません。

 ただまあ、わたくしもだてに長年、山中林太郎の妹をしていた訳ではございません。
 急にお相手の方と会うことになる程度では動揺したりはいたしません。
「わかりました」と諦めつつ頷き、了承いたしました。
「レッスンが終わった後に、お会いすればよろしいのですね。
 でしたら、いつもの喫茶店……」
 そこまで言ったところで、「何を勘違いしておる」と兄はそれを打ち消したのでござます。
「わしはレッスンに行くと言ったのじゃ。お前もそれを受けるって事じゃ」
 これには、わたくしもうまく返すことが出来ませんでした。
「受ける……?
 わたくしに踊れと言うのですか?
 この年になって、ダンスを……」
「その通りじゃ!
 なかなか、よいぞ!」
と、兄は楽しげに携帯を操作しました。
 そして、わたくしの前に画面を突き出しました。
「これが、ストリートダンスじゃ。ナウイじゃろう」
 ――そこで行われているものは、ナウイなどという生やさしいもので表現できるものではございませんでした。
 画面に映っているのは、なぜだかヘルメットをかぶった男の子が数人で、床に円を書くように跳ねておりました。
 そして、しばらくすると、一人の子が円の中央に入りました。
 そこで、突然、床に頭を付けると、駒のように回り出しました。
 それだけでも、仰天したのですが、まだ終わりません。
 足を振り回しながら背中や腕でくるくる回ったり、片手で逆立ちをしながらぴょんぴょん跳ねたり。そうかと思えば、おもいっきり飛び上がったかと思いきや、床に背中から落ちて、さらに跳ね上がりポーズを取るというものもございました。

 見ているだけで、長年煩ってきた腰が痛くなりました。
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