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コロサレルコロサレル

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 眠い。

 俺は大きく欠伸をした。
 真っ暗な山道を、休憩せずに車を走らせてるんだ。
 それも当たり前か、と自身の頬を叩いた。
 視線を右に向ければ、ガラス越しに細い車道の脇にある崖が闇に溶けていた。
 ガードレールもあるっちゃあるが、都会育ちの俺には軽く絶叫スポットだ。
 しかもここは、殺された女の亡霊が出る心霊スポットでもあるらしい。
 心の底からさっさと抜け出たいと思った。

 助手席の真沙美はいつのまにか眠っていた。

 心細かったので起こしたかったが、やめた。
 数週間前に俺の浮気に気づき死ぬだ殺すだの大騒ぎだった彼女に、有名な夜景スポットに行きたいと頼まれるほどに関係を改善させたのだ。
 これくらいのことで機嫌を損ねたくない。
 代りにドリンクホルダーの紙コップから、真沙美持参のコーヒーを煽った。

 長い下り坂に入った頃だった。

 突然、頭の中で眠気がよどみ濁り始めた。
 それは余りにも急激で、強烈で、俺は必死に首を振って追い払おうとするも、なお濃くなってくる。

 何だこれ?
 なんなんだよこれ?

 歯を嚙み締め、何とか堪えようとするも何度も意識が飛びそうになる。
 ハンドルを掴む手に力が入らなくなってくる。
 ブレーキを踏もうにも、力が入らない。
 意識が飛び飛びになる中、必死にハンドルを切った

 おい待て!
 何だよこれ!?

 そんな時だ。
 コンコン、と突然、すぐ右側の窓が何ものかに叩かれた。
 反射的に視線を向けると、ニカっと笑う青白い女の顔が浮かび上がっていた。

 気付くと、俺は絶叫していた。

 パニックになり車体がぶれ、ガードレールにぶつかりそうになる。
 髪の長い亡霊は霧のような体を揺らしながら何度も何度も窓を叩き続ける。
 俺は半狂乱になりながらハンドルをがむしゃらに切り、猛スピードで逃げた。

 こえぇ!
 こえぇぇぇ!

 突然、車内に生暖かい風が腐敗臭と共に入ってくる。

 助手席の窓が開き、いつの間にか移動した亡霊が上半身をくねらせながら体を乗り入れて来た。
 そして、眠り続ける真沙美を見つめながらくすくす笑う。
 女の顔や喉に一本、又一本と切り傷が増え、血がしたたり落ちていった。

 ひぃぃぃ!

 すると、女はこちらに視線を向け――唐突に顔を近づけてきた。
 体を仰け反らす俺に、女はけらけら笑う。
 それに合わすように俺の体がガクガク震えた。

 コロサレルコロサレル。

 気づいたら、俺は山道を抜け一般道を走っていた。
 空が明るくなり始めている。
 なんだったんだ、あれ。
 俺は夢を見ていたのか?
「なんで私たち生きてるの?」
「え?」
 視線を隣に向け、俺は驚愕する。
 突き出された包丁――その先に狂気じみた顔の真沙美が見えた。
「私とじゃ、私とじゃ死ねないってこと?」

 衝撃とともに真っ赤な血しぶきが上がる。

 え?
 なんで?

 コロサレルコロサレル。

と誰かが行った気がした。
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