【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の求婚(2)

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 意味もなく、庭園に目を向ける。その視線を、またリズベスに戻す。
 モンクトン家自慢の庭園は、今日もきちんと手入れされていて、見る者の心を和ませる――はずだったが、ヒューバートの心中たるや、その美しさを愛でている場合ではなかった。
 気詰まりなこの沈黙をなんとか解消したいが、あいにくどうして良いのか見当もつかない。困り果てて、庭の草木とリズベスの間でうろうろと視線をさまよわせるだけだ。
「――って、まだなのに」
「え?」
 どれくらい過ぎた頃だろうか。ぽつ、とリズベスの口から洩れた呟きは、小さすぎて聞き取ることができない。間抜けな声を上げたヒューバートに、彼女はとうとう大声を上げた。

「わたし!求婚もされてないんですよ!!」

 虚をつかれて、ヒューバートは思わず押し黙った。それをどう捉えたのか、リズベスは目に涙を浮かべて続ける。
「そんな、いきなり結婚とか言われても、わたし……わたし……」
 最初の勢いはどこへやら、最後にははっとしたような顔をすると、言葉尻が弱くなっていく。そうして俯いてしまったリズベスに、どうしていいのかわからない。

 ヒューバートにしてみれば、昨夜自分を受け入れてくれた時点で求婚は成立したも同然だ。しかし、それを受け入れてくれたと思ったリズベスは、まだされていないという。
 では、言葉で求婚すればいいのだろうか。だが、多分――おそらく――いや、確実にそういう問題ではない気がする。
 はあ、と大きなため息が口から洩れる。それを、しまった、と思うのとリズベスが、がたん、と大きな音を立てて立ち上がったのは、ほぼ同時だった。
「ま、待て――リズ!」
 引き留めようと伸ばした手が空を切る。ドレスを着ているとは思えないほど俊敏に身を翻したリズベスが、ぱたぱたと小さな足音を残してその場を去っていくのを、ヒューバートは呆然と見送った。

「泣いて……」

 腐っても騎士である。去り際に一瞬こちらに視線を向けたリズベスの目元に、涙が浮かんでいたのを視界に捉えて、ヒューバートは自分を殴りたい気分だった。


 ◇


「――で、そのまま帰ってきちゃったわけ」
「……面目ない」
 つい昨日だか一昨日だかにも、同じ人間から同じ台詞を言われたような気がする。ヒューバートは、とうとう手元の書類を投げ捨てて机に突っ伏した。
「ちょうどいい、ランバート……俺を殴ってくれ」
「えっ、やだよ……」
 そういう野蛮なことはお前に任せてるからね、と次期聖騎士団統括と思えないような言葉が続く。それに何か言う気も起きず、ヒューバートは唸り声を上げた。
 その姿を横目に、肩をすくめたランバートが散らばった書類を拾う。とんとん、と軽く端を揃えると、その書類でヒューバートの頭をぺしぺしと叩いた。ぐ、と短い呻き声がヒューバートから上がる。
「ほら、これだけ終わらせたら自由の身だから」
「終わるころにはもう夜だな……」
 窓の外では、既に夕暮れのオレンジの空が夜の紺色に侵食され始めている。物憂げにそれを見上げるヒューバートの横で、ランバートがもう一度肩をすくめた。

「ほら、これで……できましたよ、殿下」
「うわ、なんだ急に、気持ち悪い」
 とっぷりと日も暮れたころ、ようやく仕上がった報告書の束を差し出す。ため息とともにそれを受け取ったランバートは、ぱらぱらとめくって簡単に目を通すと頷いた。
「これで、お約束の休暇、いただきますからね」
「はいはい。でも今夜はもうやめとけよ?勢い余って何をしでかすか……」
「わかってます!」
 何をしでかすか、のあたりで不埒な動きを見せるランバートの手を睨みつけて、ヒューバートは内心ぎくりとした。しでかすか、どころかもう既にしでかしている。
 モンクトン邸でのリズベスとの顛末は話したが、さすがに手を出したことまでは話していない。アーヴィンとて、まさかそんな話まではランバートにしないだろう。しないったらしない。そうだと言ってくれ。
 意味深な笑みを残して、ランバートが執務室を出て行く。そういえば、あいつは王子だというのにいつもいつもここまで気軽にやってくる。もしかしたら、自分をからかいに来ているのではないだろうか。
 これは――なんかもう、全部筒抜けのような気がする。

 気付きたくないことに気づいてしまって、ヒューバートは重いため息をついた。


「……風呂、行くか」
 重たい気持ちを抱えて戻った自室で、ヒューバートは呟いた。とにかく、少しさっぱりして気分を変えたい。
 時刻を確認して、手早く準備を済ませる。ついでに、借りっぱなしになっていた王宮図書館の本も返しておこうと思い立った。気が付けば、随分長いこと借りっぱなしである。新刊だったのだから、誰かほかにも待っている人がいただろうに、申し訳ないことをした。
「ええと……確か、ここに」
 ベッドの脇に置いてある棚を探ると、そこから数冊の本が出てきた。そういえば、リズベスのお勧めを一緒に借りたことを思い出して、それらも手に取る。表紙を眺めると、読んだ時の甘ったるい記憶がよみがえって、ヒューバートは苦笑した。

 返却手続きを済ませ、大浴場へと向かう。途中で通った食堂からはいい匂いがしていたが、あまり食欲はわかない。はあ、とひとつため息をついてそのまま素通りする。
 それほど夜遅い時間ではなかったはずだが、大浴場は閑散としていた。ここが最も混雑するのは、訓練を終えた夕刻だ。
 身体を流した後、ゆっくりと湯船につかる。大きな窓からは、外の景色がよく見えた。
 暗い紺色の空には、半分に欠けた月が浮かび、星が瞬いている。今頃リズベスも、同じ空を見上げているだろうか。
 ふと浮かんだ考えに、ヒューバートは苦笑した。まるで、恋愛小説に出てきた男のようなことを考えている自分に気付いたからだ。
「なるほどな……」
 どうやらあの本は、きちんと男心というものを描いているようだ。恋した男というのは、ロマンチストでもあるらしい。
 ふむ、とひとつ唸って、ヒューバートはもう一度空を見上げた。同じ夜空を、いや、空ではなく星をリズベスと眺めたい。あの時の様に――。

「そうだ……思い出した……!」

 何も悩む必要などない。初めから、自分は言うべきことを知っていた。
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