【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の求婚(4)

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 ラトクリフ家所有の別荘は、いくつか存在している。なかでもここは、王都の近郊でありながら自然豊かで人気の高い別荘地に建てられていた。

「そういえば、この別荘は初めてだったな」
 別荘の入り口に立ったヒューバートは、ふと気づいてリズベスを振り返った。
 侯爵家の所有、というわりには少しばかりこぢんまりとした佇まいである。
「ええ……」
 興味深そうに建物を眺めていたリズベスが、ヒューバートの声に頷いた。
「ここは、父の息抜きの場だったらしい。シーズンは息が詰まると言っては、よく母と二人で訪れていたと聞いている」
「そうなのですね。……おじさま、社交はあまりお好きではないですものね」
 その「おじさま」の顔でも思い出したのだろう。ふふ、と笑うとリズベスはもう一度建物を見上げた。
「素敵なところだわ……」
 一見、質素な作りではあるが、よく手入れされており、持ち主が愛情を注いでいることが見て取れる。普段は使っていない場所だというのに、不思議とほっとする空気が流れているのが感じられた。
「さ、ここに立っていては冷えてしまう。連絡はしておいたから、中は暖めてくれているはずだ――どうぞ」


「……まぁ!」
 通されたのは、庭に面した談話室だ。すでに時刻は夕刻を迎えるころになっており、柔らかなオレンジの光が部屋の中を優しく照らしている。窓から見える庭の草木も、季節に合わせて整えられているのだろう。儚くも優し気な雰囲気を作り出していた。
 部屋を暖めるのは暖炉の炎だ。魔法陣による空調が主流となっている今では、少々珍しい。
「どう、気に入った?」
 うっとりと部屋を見渡すリズベスに、笑いながらヒューバートが声をかける。振り返ったリズベスは、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「素敵……!これも、おじさまが?」
「いや、こっちは母の趣味だな……」
 庭がよく見える場所に置かれた花柄の椅子を指し示して、肩をすくめて見せる。
「これを父が選んだとしたら、ちょっとね」
「まあ、ヒューバートさまったら……それにしても、素敵なお部屋……お庭も素敵だわ。ここにもっと早く呼んでほしかったくらいです」
 どうやら、母の選んだ内装がお気に召したようだ。可愛らしいもの好きの母に、この時ばかりは感謝する。
 実を言えば、母の趣味全開のこの別荘を、小さい頃のヒューバートはあまり好んではいなかった。もう少しカッコイイ感じにして欲しいと父に頼んだこともある。
 そんなことを思い出しながら、ヒューバートは苦笑してリズベスに答えた。
「ここは見ての通り狭い別荘だからね……今まで人を呼んだことがないんだ」
「そうだったのですね……」
「他の部屋も見てみるかい?」
 女性は可愛いものが好き。これも、先日読んだ本から仕入れた知識だが、間違っていなかったようだ。はい、と嬉しそうに返事をするリズベスを見つめて、ヒューバートは微笑んだ。


 案内、と言っても狭い邸内の事である。半刻もかからないうちにほとんどすべてを案内してしまい、残る部屋の前でヒューバートは足を止めた。
「さて、ここだけど……」
 扉の前から半歩下がり、リズベスを促す。
「……?ここ、ですか?」
 扉自体は、今までに見てきたものと特に変わりがないように見える。それを見つめて、リズベスが首を傾げた。
「うん。ここは――リズが開けて」
「はい……?え、ええ……」
 顔いっぱいに疑問を浮かべながら、リズベスが素直に扉に手をかける。その姿を見て、ヒューバートは口元が緩むのを必死にこらえた。
 かわいい。とてもかわいい。
 我慢できるかなあ、などと不埒なことを考えながら、ヒューバートはリズベスが扉を開けるのを見守った。
「……!す、すてき……!」
 部屋の中を見回して、リズベスが歓声を上げる。口元を押さえ、頬を上気させた彼女が、ヒューバートを振り返った。
「中に入ってもいいんですか?」
「いいよ――ここは、リズの部屋だから」
 ヒューバートの言葉が終わる前に一歩踏み出したリズベスが、え、と間抜けな声を上げて振り返る。続けて足を踏み入れながら、ヒューバートは続けた。
「今夜は、ここに泊まって」
「えっ……そ、その……ここに……?」
 この部屋だけは、昨日のうちにヒューバートの指示で内装が整えられていた。
 ――とはいえ、ほとんどが母のアドバイスに従ったものではあるが。
 まあ、まあ、と声を上げながら部屋を見回すリズベスのキラキラした瞳を見れば、どうやらそれも成功したらしい。恥を忍んで頼った甲斐があったというものである。
「いいんですか……その……」
「俺が頼んでいる方なんだけど――ああ、大丈夫。もちろん約束した通り、妙な真似は誓ってしない」
 片目をつぶっておどけたようにそう言うと、リズベスは頬を赤く染めて俯きながらも、こくりと頷いた。


「ふう……ここまでは上々、かな」
 着替えの為に、リズベスを先程の部屋に残してヒューバートは自室へと戻っていた。少しだけラフな服装になると、緊張の糸がほぐれてくる。
 ベッドの上にどっかりと座り込んで、そうひとりごちると、頭の中で今後の予定について確認する。よし、と気合いを入れて立ち上がると、ヒューバートは部屋を後にした。


 ◇


 既に日はとっぷりと暮れ、上り月があたりを照らしている。別荘の管理人夫妻が用意しておいてくれた夕食を二人で済ませると、ヒューバートは談話室へとリズベスを誘った。
「夕暮れも素敵でしたけど、このお庭、夜も綺麗……」
 外に出られるよう、大きくとられた窓のそばに近寄ると、リズベスはうっとりと庭を眺めた。庭を仄かに照らすのは、月の光と、固形燃料を燃やす古いタイプの照明だ。ちろちろと揺れる炎が、どこか懐かしさを感じさせる。
「出てみるかい?」
 そう声をかけると、リズベスは大きくうなずいた。相変わらず、興味のあることには一直線だ。微笑ましく思いながら、上着を取って来るように声をかける。
 自分も同じく上着を羽織ると、窓を開けてリズベスに手を差し伸べた。
「さ、どうぞお嬢様」
「ありがとうございます」
 おどけた口調に微笑んだリズベスが、真面目ぶってそう返す。目が合うと、一瞬の間をおいて、二人は同時に吹き出した。
 そんな些細なことが、とても愛しい。
 魔術の灯りと比べて、炎の灯りは少し薄暗い。足元に気を配りながら、そう広くもない庭の中央へとリズベスと歩く。
「わあ……!」
 空を仰ぎ見たリズベスが、感嘆の声を上げた。
「よく見えるだろ?」
「ええ……!」
 同じように空を見上げると、紫紺の夜空に輝く星が美しい。白い息を吐きながら、寒さも忘れてしばらく無言のまま、二人はそれを見上げていた。

「ねえ、リズ」
 不意に、ヒューバートがその沈黙を破る。星を見上げていたリズベスが、その声に視線をヒューバートへと移した。
 青い瞳が、まっすぐに見つめてくる。それをしっかりと見つめ返して、ヒューバートは口を開いた。

「ずっと一緒に、星空を――いや、リズベス、きみと、ずっといろんなものを一緒に見て、確かめて、生きて行きたい。きっと俺は、一緒に星を見たあの時から――」

 リズベスが、息を飲むのが聞こえる。一呼吸おいて、ヒューバートははっきりと告げた。

「リズ、きみを愛している。俺と、結婚してほしい」

「ヒューバートさま……ええ、ええ……」

 言葉に詰まって、リズベスは首を縦に振った。潤んだ瞳が、こちらを見上げている。その目尻を優しく撫でると、ヒューバートは微笑んで、リズベスの唇にそっと触れるだけのキスをした。
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