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ナタリア・アディソンは伯爵家の娘である。といっても、実際には、ナタリアは伯爵夫妻の子ではない。
かつて、アディソン伯爵の兄が市井のお針子と恋に落ち、その娘に産ませた子ども。夭逝した兄の残したその子を、アディソン伯爵は養女としてひきとった。それがナタリアである。
しかし、貴族と平民の間に産まれたナタリアには、魔法力がない。それは、この国の貴族として致命的な欠落であった。
それでも、情に厚いアディソン伯爵は、兄の残した幼い娘を見捨てることができなかったのである。
(でも――お父様もお母様も、私のことを大切に育ててくださった)
翌年に産まれた弟と比べても、その愛情は疑うべくもない。まるで、実の子どもを育てるように、伯爵夫妻はナタリアを慈しんでくれた。
だが――それでも、魔法力がないことは、ナタリアの未来を暗くする。事実、十八を過ぎても、十九を過ぎても、ナタリアのもとに縁談が持ち込まれることはなかった。
加えて、アディソン伯爵が友人に誘われて投資した事業が失敗し、伯爵家は借財にまみれ没落寸前となってしまう。
その伯爵家にある日差し伸べられた救いの手――それが、塔に幽閉された第二王子、カーティスとナタリアの縁談だった。
幼いころから魔力過多症に苦しんでいるという第二王子。魔法力のあるものは、彼の強すぎる魔法力にあてられ、近寄ることもままならないのだという。
貴族の血をひきながらも魔法力のないナタリアは、彼の妻としてうってつけ。そう言われたわけではないが、つまりそういうことなのだろう。
両親も、弟も反対した。けれどナタリアは、その話を受けた。
これで、アディソン家の足手まといである自分でも、恩義ある両親と弟の役に立つことができる。その一心だった。
――がしゃん!
扉を開いた瞬間、何かがナタリアの頬を掠め、背後の壁に当たって割れる音が響く。ぼうっと自分の考えに沈んでいたナタリアは、その音に驚いてばっと顔をあげた。
傍にいた騎士がハッとしたようにナタリアの身体を自身の背後に隠す。
「……っ、殿下……っ」
「うるさい、俺は――結婚なんかしない、妻なんて、必要ない」
そっと騎士の背中から中をうかがうと、フードを目深にかぶった、線の細い青年の姿が見えた。髪の色も目の色もわからないけれど、着ている服は上等だ。それに加え、騎士が「殿下」と呼んだことからも、彼が件のカーティス王子だということがわかる。
「これは、王命で……」
「父上も愚かなことを」
尚も言い募ろうとした騎士が、苦し気に胸を押さえ、片膝をつく。開かれた視界の先で、カーティスのフードが一瞬はためいた。その奥からぎりりとこちらを睨みつけるのは、濃い紫色の瞳。
魔法力が多いことを示す色だ。
その瞳が光った瞬間——カーティスは口元に歪な笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。
「――いいさ、何をしても無駄だって、わからせてやる」
「殿下、なにを……」
ずかずかと部屋を横切り、カーティスはナタリアの細い手首をつかんだ。ぎょっとしたのもつかの間、ぐいっと手を引かれ、室内へと引き入れられる。
痛みに顔をしかめたものの、ナタリアは悲鳴一つ上げず彼の腕に従った。
――何をされても、どんな扱いを受けても耐えるように。
それが、塔に来る前に受けた、国王からの命である。だが、そんな無抵抗なナタリアの様子を見て、カーティスは一瞬だけ戸惑ったようだった。
かつて、アディソン伯爵の兄が市井のお針子と恋に落ち、その娘に産ませた子ども。夭逝した兄の残したその子を、アディソン伯爵は養女としてひきとった。それがナタリアである。
しかし、貴族と平民の間に産まれたナタリアには、魔法力がない。それは、この国の貴族として致命的な欠落であった。
それでも、情に厚いアディソン伯爵は、兄の残した幼い娘を見捨てることができなかったのである。
(でも――お父様もお母様も、私のことを大切に育ててくださった)
翌年に産まれた弟と比べても、その愛情は疑うべくもない。まるで、実の子どもを育てるように、伯爵夫妻はナタリアを慈しんでくれた。
だが――それでも、魔法力がないことは、ナタリアの未来を暗くする。事実、十八を過ぎても、十九を過ぎても、ナタリアのもとに縁談が持ち込まれることはなかった。
加えて、アディソン伯爵が友人に誘われて投資した事業が失敗し、伯爵家は借財にまみれ没落寸前となってしまう。
その伯爵家にある日差し伸べられた救いの手――それが、塔に幽閉された第二王子、カーティスとナタリアの縁談だった。
幼いころから魔力過多症に苦しんでいるという第二王子。魔法力のあるものは、彼の強すぎる魔法力にあてられ、近寄ることもままならないのだという。
貴族の血をひきながらも魔法力のないナタリアは、彼の妻としてうってつけ。そう言われたわけではないが、つまりそういうことなのだろう。
両親も、弟も反対した。けれどナタリアは、その話を受けた。
これで、アディソン家の足手まといである自分でも、恩義ある両親と弟の役に立つことができる。その一心だった。
――がしゃん!
扉を開いた瞬間、何かがナタリアの頬を掠め、背後の壁に当たって割れる音が響く。ぼうっと自分の考えに沈んでいたナタリアは、その音に驚いてばっと顔をあげた。
傍にいた騎士がハッとしたようにナタリアの身体を自身の背後に隠す。
「……っ、殿下……っ」
「うるさい、俺は――結婚なんかしない、妻なんて、必要ない」
そっと騎士の背中から中をうかがうと、フードを目深にかぶった、線の細い青年の姿が見えた。髪の色も目の色もわからないけれど、着ている服は上等だ。それに加え、騎士が「殿下」と呼んだことからも、彼が件のカーティス王子だということがわかる。
「これは、王命で……」
「父上も愚かなことを」
尚も言い募ろうとした騎士が、苦し気に胸を押さえ、片膝をつく。開かれた視界の先で、カーティスのフードが一瞬はためいた。その奥からぎりりとこちらを睨みつけるのは、濃い紫色の瞳。
魔法力が多いことを示す色だ。
その瞳が光った瞬間——カーティスは口元に歪な笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。
「――いいさ、何をしても無駄だって、わからせてやる」
「殿下、なにを……」
ずかずかと部屋を横切り、カーティスはナタリアの細い手首をつかんだ。ぎょっとしたのもつかの間、ぐいっと手を引かれ、室内へと引き入れられる。
痛みに顔をしかめたものの、ナタリアは悲鳴一つ上げず彼の腕に従った。
――何をされても、どんな扱いを受けても耐えるように。
それが、塔に来る前に受けた、国王からの命である。だが、そんな無抵抗なナタリアの様子を見て、カーティスは一瞬だけ戸惑ったようだった。
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