異世界転移殺人事件 ~推理しない探偵は初めから犯人を知っている

寿 利真

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ここはどこ

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 遠くで、悲鳴やざわめきが聞こえた。

『息を吹き返したぞ!』

 よく聞き取れない叫び声が、耳元で響く。

 僕は息を吹き返したのか。それはつまり、一度心肺停止したということか。
 息苦しさに喘ぎながら、他人事のように思う。どうやら死に損なったらしい。

 騒然とした気配が、先程から間断なく続いている。
 周囲を確認したいのに、目が開かない。
 
 いずれにしろ、幸か不幸か手遅れになる前に発見されたようだ。
 応急処置の直後か、それともすでに病院に運ばれていて術後なのだろうか。体の感覚がほとんどない。指すらまったく動かせないのは、麻酔が効いているからなのか?

 それにしても、オートロックのマンションの一人暮らしでどうやって現状を知り、助けに来られたのだろう? 誰かに監視でもされていたのだろうか? だとすると、ストーカーというよりは、裕福な一人暮らしの老人狙いの詐欺グループという可能性の方が遥かに高い気がするが、そんな犯罪者が善行など積むはずはない。いや、偏見はよくないな。匿名の通報くらいしてくれる気のいい犯罪者もいるかもしれない。
 おっと、その考証は後にしよう。

 ともかく今日は僕がクランケの立場。望ましい患者の振る舞い方なら、誰よりも知っているというものだ。こんな優秀な患者は見たことがないというくらいの優等生を演じてやろう。

 それにしても、本当に騒がしい。いつまで続くのだ。少しは落ち着いたらどうかね。 
 まったくなっていない。患者に不安を与える対応だ。ここのスタッフはどんな教育をされているのか? 僕が上司だったら、三十年も見舞い続けて年季の入った嫌味を炸裂させてやるところだが。

 ああ、まだ頭はぼんやりするが、復活直後から早速の平常運転か。きっと何度死んでも、僕の偏屈は変わらないのだろう。いや、むしろ死ぬ度に更に磨きがかかるに違いない。

 ぼんやりと靄のかかった頭でとりとめもない思考が続く中、やがて明らかな異状に気が付いた。 

 周りから聞こえる言葉が、日本語でないのだ。僕の理解できる英語でもドイツ語でも、多分他のどのメジャーな言語でもない。
 なのに、言っている内容が大体は理解できるのが、最大の異常事態といえる。

 不可解な状態を自覚すれば、尋常ではない更なる重大事案にはっとする。

 なぜか僕は、椅子に座った状態で拘束されている状況にあるらしい。
 体が動かないのは、首、手足、腰が、椅子に固定されていたからだったのだ。
 おまけに目隠しまでされているではないか。

 心臓発作かと思っていたが、こんな対処が必要な症状だったのか?

 いや、ここは認めがたいが、現実逃避はせず事実を受け入れるしかない。
 一体僕はどこの組織だかコミュニティーに運び込まれたんだ?
 ベテラン医師とはいえ、こんな死にかけのなりたて前期高齢者を拉致して何の意味がある。
 それとも医師としては避けられない、患者関係者の逆恨みによる犯行だろうか? 誘拐を外国人犯罪グループに依頼したといった辺りか?

 金縛りにかかっているかのように現実感の伴わなかった体の感覚が、ようやくはっきりとしてきた。思考レベルも、次第に通常並みに戻っていく。

 自分の状態をできる範囲で冷静に観測してみる。
 特に苦痛や不具合は感じない。一応は、まともな治療だけはしてもらえていたのだろうか?

 一向に収まらないざわめきが、やがてはっきりと意味を成して耳に届き始める。
 そこで無数に流れるいくつかの会話に、思わず耳を疑う。
 “死刑”とか、“囚人”といった、なにやら穏やかではない単語が聞こえる。

 不意に目隠しが慌ただしく剥ぎ取られた。

 恐る恐る重い瞼を開けてみる。この場所が病院でないことだけは確信しながら。

「こ、こは……どこ、だ……?」

 掠れた声で呆然と呟いて、またはっとする。僕の声では、なかった。

 だがそれ以上に、目に飛び込んできた想像もしていなかった光景に、息を飲んだ。
 
 まるで独り舞台の役者――いや、見世物にでもなったような気分だ。それも外国の。

 僕がいたのは、例えるなら講堂の檀上。あるいは裁判所の裁判官席のような感じか。
 目の前には、半円形に取り囲む階段状の座席が数列。そしてそこには、優に百人を超える多様な人種の聴衆が居並んでいる。中にはカメラマンらしきものの姿まで。

 ――そして全ての視線が、一斉に僕に向けられていたのだ。

 皆、一様に僕を見て、驚愕の表情を浮かべている。

「マリオン!!」

 身が引き裂かれるような悲痛な叫び声に、反射的にびくりとする。
 確かめるようにゆっくりと、最前列の座席の一つへと視線を送った。

 声の主らしき黒髪の青年と目が合う。
 今にも泣きだしそうな青い瞳で、食い入るように僕を見つめていた。

 ――マリオン? 彼は、僕を呼んだのか?

 すでに痛みのなくなった心臓が、再びどくりと激しく鼓動した。

 何が、起きている?
 一体僕は、どうなったのだ?

 ここは、どこだ?

 方々から叫び声が聞こえた。

「【チェンジリング】だ!! 【チェンジリング】が起こったんだ!!」

 その一言で、その場は、最高潮の騒めきに包まれた。

 ――チェンジリング……?

 慌ただしい足音や、ドアの開閉音が、立て続けに聞こえ始める。
 よほどの大変な事態なのだろうとはおおよそ理解したが、許可もなくカメラを連写するのはやめてほしいものだ。肖像権の侵害だ。

 目隠しに続き、椅子に拘束されていた体も、制服をまとった男性によって、すぐに自由にされた。

 疑問に思いながらも、固まった手足を伸ばし、首を回したところで、次なる大事件が待っていた。
 ふと違和感を覚えて視線を下ろせば、そこには……。

「――? …………っ!?」

 僕にあるはずのない、豊かな胸の谷間が――。

 まったく、先程から息をもつかせぬ怒涛の連続攻撃だ。老人をまたショック死させるつもりか? 次も蘇生するとは限らないのに。

 ――結論から述べよう。

 僕は、刑が執行された直後の女性死刑囚のご遺体に、魂だけが入り込んでいた。
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