異世界転移殺人事件 ~推理しない探偵は初めから犯人を知っている

寿 利真

文字の大きさ
32 / 81

ココア

しおりを挟む
 ともかく今は掃除だ。床に広がる液体とグラスを見てから、クマ君へと視線を移す。
 すると、クマ君は指示を受ける前から、落ちたグラスを片付け始めていた。

 どういうことだろう? 前回と何が違うのか。まさかあの一回で学習したというくらいなら、もともと前回もできていたはず。
 なぜ今回は自発的に行動を選択できたのか首を捻るが、僕にそんなことが分かるわけがないので答えは諦めて、アルフォンス君に視線を戻した。

「アルフォンス君。また、飲み物を落としましたよ。今度は何なんですか?」
「……いえ、コーキさんのことだから、知らずに言ってるのは分かりますが、それ、絶対外で言わないでください」

 どうやら僕はおかしな発言をしてしまったらしい。
 確か日本語の『カツオ』は、イタリア語では放送禁止用語になるとか、日本語では誉め言葉の『キレイ』が、タイ語だと正反対のブサイクという意味になると聞いたことがあったが、その類だろうか。日本でなら賛辞に使える『ハートフル』など、英語圏では「有害」とか「苦痛を与える」の意味になり、「彼はハートフルな人物だ」などと言おうものなら、どんな鬼畜なのかと思われるところだ。

 変にピッタリはまる同音異義語とは厄介なもので、長いこと勘違いしたまま大人になってから、え、そういう意味だったの、と知って恥ずかしい思いをすることが多々ある。
 かつて職場にいた技師の川崎君が『灯台下暗し』の意味を「上ばかり見ている上昇志向の強いが、足元のことを疎かにした結果転落してしまった故事」だと思っていたことが発覚した時は、居合わせた職員一同に衝撃が走ったものだ。なまじ微妙に意味も通っているだけに余計質が悪く、普通に使っていながら“よくぞその年まで”と感心したくなるほどいい年齢になるまで、周りも本人も気付かなかった例だ。
 かくいう僕も、十二月になるとあちこちで聞こえ出す『諸人こぞりて』の「主は、主は来ませり」の部分を、U山氏の如き古風な美食家が珍しく飲んだ炭酸に「シュワシュワきませり」といかめしく論評している光景をずっと思い浮かべていた。コーラスのサビで「シュワシュワ」の連呼を聞くたびに、そんなに高らかに歌い上げるような内容ではないだろうと首を捻るしかなく、せっかくの壮麗な讃美歌がそれでいいのかと心配になったのは、後で思えば余計なお世話だった。

 アルフォンス君の反応を見るに、きっとそういうまったく別の解釈になってしまう表現なのだろう。
 
「『ココア』に、何か変な意味でも?」

 何とか思い出そうとするが、出てきそうで出てこない。いつもならすぐに万能さんで調べるのに。しかし日常でよく聞く、そんなにおかしな意味の単語ではなかったような気がするのだが。

「いえ、まあ、それ一言なら“人”という意味で普通に使うんですけど」
「ああ、そうそう! 人でした。ど忘れしてしまいました」

 似た発音だと、逆に紛らわしい。これから僕は『ココア』と聞いたら、飲み物ではなく、人間を思い浮かべなくてはいけないのだ。

「で、結局何が問題なんですか?」
「普通の若い女性なら知らなくても当たり前の、慣用的なスラングなんですけどね……」
「なるほど。要は下ネタ的なものですか」
「なんで“人《ココア》”が出なくて“下ネタ”はすらっと出てくるんですか」
「『男子中学生』あるあるですね。向こうの世界でいうところの、思春期真っ盛りの男子学生のことです。僕も五十年前は『男子中学生』をやっていた時期があったのです」
「なんか想像できないんですけど。ちゃんと溶け込めてたんですか? 男同士のノリに参加できてました?」
「女子の友人の方が多かったのは否定しません」
「それはそれで羨ましいんですけど」
「で、どういう意味なんです?」

 話を逸らそうと誘導している気配を感じたので、一気に元に引き戻す。

「う、だからですねえ……」

 観念したアルフォンス君が、渋々と説明する。
 なんだか無邪気な子供に性教育方面の疑問を投げかけられた親のような空気感を感じるのだが。僕は遥かに年上の元医師なのに。
 
「“ココア”は「人」、ですから、そのまま「人が欲しい」という意味になりまして……特にそれを直接異性に言うと、性的な誘惑の意味に転じてしまうわけです」 
「ほうほう、なるほど。人が欲しいで、そういう慣用的な使われ方をするんですか」

 それは面白いと、思わず感心する。これは普通の辞書ではなかなか調べられない言い回しだろう。いい勉強になった。

「すると僕は今、君をベッドにお誘いしてしまったわけですね?」
「――すいません。その姿で、あまり言ってほしくは……」

 何とも表現のし難い表情で、アルフォンス君が額を押さえる。

「とにかく今は若い女性の姿ですから、気を付けてください」
「年配男性の姿で言っても、それはそれで問題があると思いますが」

 それはそうと、身体が義姉だからとか、中身が男性だからなどが理由なら、誘惑されて困惑するのはごもっともと納得できる。
 しかし美少女が理由だった場合は、苦言を呈しておかなければならない。

「念のため再度忠告しておきますが、僕のことを好きにならないでくださいね? もしそうなられても、君の気持ちには応えられませんからね?」
「わ、分かってます! でも、もうそれ以上は……思ったより、突き刺さるんですよ……」

 アルフォンス君が、情けない表情で呻くように答える。

 どうしたものか。これは、少々問題なのではないだろうか?
 僕が考えている以上に、彼は僕の姿に惑わされているようだ。

 なにしろ今の僕は「パジャマの美少女」らしいから。
 しかしこればかりは、僕にもどうしようもないのだが。

 せめて「ジャージの美少女」とかなら、少しは威力が落ちるのだろうか。いやしかし、それはそれでまた別の需要が発生しそうだ。
 何とも難しいところだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

農民レベル99 天候と大地を操り世界最強

九頭七尾
ファンタジー
【農民】という天職を授かり、憧れていた戦士の夢を断念した少年ルイス。 仕方なく故郷の村で農業に従事し、十二年が経ったある日のこと、新しく就任したばかりの代官が訊ねてきて―― 「何だあの巨大な大根は? 一体どうやって収穫するのだ?」 「片手で抜けますけど? こんな感じで」 「200キロはありそうな大根を片手で……?」 「小麦の方も収穫しますね。えい」 「一帯の小麦が一瞬で刈り取られた!? 何をしたのだ!?」 「手刀で真空波を起こしただけですけど?」 その代官の勧めで、ルイスは冒険者になることに。 日々の農作業(?)を通し、最強の戦士に成長していた彼は、最年長ルーキーとして次々と規格外の戦果を挙げていくのだった。 「これは投擲用大根だ」 「「「投擲用大根???」」」

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...