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防御壁
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一方その後ろ姿を見送った僕達は、計七人で連れ立って、十五年前の殺人現場へと向かうことになった。
そんな僕達に、やはり残りのテディ・ベアが付き従うべく動き出す。
「おや。どうやら、一人に一体、専属で付いてくれるようですね」
観察していると、それぞれが一定の距離感を保って、特定の対象の傍らに控えていた。
「至れり尽くせりだな。十五年前はここまでじゃなかったんだが」
ベルトランが感心するが、そんな善意のおもてなしなわけがない。どう考えても監視だろう。
さっきの軍曹の肖像から軽く得た知識では、機動城の運営はやはり軍曹自作のAIらしい。それが屋敷で起こる全てを管理し、ロボットやプログラムがその指令通りに動く。
きっとSF映画で出てくる黒幕レベルでヤバイくらい高性能なやつなのだろう。『2001年~』のHAL9〇〇〇のような狂気的なタイプでないことを願うばかりだ。
いずれにしろこれから始まるだろうゲームへ向けて、僕達は確実にモニターされているはずだ。
どうせあちこちに隠しカメラもあるだろうに、駄目押しにもほどがある。
「うぜえんだよ」
付きまとわれることをうっとうしく思ったようで、ヴィクトールが吐き捨てる。
父親の育て方が悪かったのか、彼はアルフォンス君と同年代とは思えないほどに幼い印象だ。
母親は十年以上前にレオンと離婚していて、以後没交渉らしい。父子で遺産相続候補者だったせいで、ただの一般人なのに夫婦双方の不貞で泥沼裁判の末の破局がゴシップニュースになってしまったのは気の毒なことだとは思う。おかげさまで僕も、真偽はともかくかなりしょうもないご家庭の事情にまで精通している。
「必要なら呼ぶから引っ込んでろよ」
このバカ息子は見下すように睨みながら、自分専属になったらしい町娘風テディ・ベアを、あろうことか蹴り飛ばした。
「っ!!?」
その場の全員が、目の前で繰り広げられた光景に目を見張る。
出し抜けの乱暴にではなく、その結果に。
まるで静止画のように、テディ・ベアはピクリともしなかった。
ロボットである以上、モフモフの見た目に反して相応の重量があるのを差し引いても、物理現象としてはどこか不自然な何かが感じられた。
「なんだ、これ……」
蹴った本人が一番奇妙な実感があったのだろう。その不可解さのためか、ヴィクトールは一歩身を引いた。
僕も違和感の謎を解くべく、隣のクマ君に手を伸ばしてみた。ちなみに僕の専属は、さっきからなんとなく気にかけていた執事クマ君だ。
僕の腰ほどの高さにある頭を軽くポンポンと叩いてみると、叩いた時にかかる圧が、触れる瞬間ふっと吸収されるように消えた気がした。
「――」
もう一度、今度はかなり強めに叩いてみたが、やはり同様だった。勢いよくはたいたはずの掌が、何の反発も慣性も衝撃もなく、ぴたりと止まっていた。気が付いたらフワフワの頭に触れていたような感覚だ。わずかな音すらもしなかった。
簡単な検証から、一つの推測を導き出す。
「もしかして、機動城を守る鉄壁の防御壁が、クマ君達ロボットにも適用されているということでしょうか? あるいは、この屋敷にあるもの全てに――僕が目を通した資料にその記載はなかったように思いますが、前回もそうでしたか?」
僕の問いに、前回の滞在者達は、戸惑ったように顔を見合わせる。
「さあ、どうだったろうか? あえて物を壊すようなことはなかったから、分からないな」
ベルトランが首を捻り、他数人が同意する。
確かにいきなり蹴りをぶちかますような攻撃的で非常識な乱暴者でもなければ、気が付きにくい現象かもしれない。
そもそも、ただでさえこの世界は発達した科学技術による強化素材に溢れているから、身の周りの物ですらそう簡単には壊れない。アルフォンス君などしばしばマグカップを落とすが、きっと割れた方が逆に驚くだろう。
「そんなもん今試してみればいいだろ?」
レオンがどうでもいいように、近くにある展示物まで歩いて行った。
そして手近にあったビスクドールを無造作に鷲掴みにし、力いっぱい床に叩きつけた。
ああ、ここにもいた。非常識で攻撃的な乱暴者が。
こんな繊細なアンティークを投げつけるとは。
突然の蛮行に誰もが唖然とする。
まったくまたもやこの親にしてこの子ありというわけだ。親の方が悪い意味でレベルが高いのは明白だが。
ただ、結果は一目瞭然だった。
やはりまったくの無傷だ。
いや、頑丈さに関しては、陶器を強化素材に置き換えて作られたレプリカだからと説明が付けられるかもしれない。
しかしそれを別にしても、誰の目から見ても明らかにおかしな現象が起こった。
「――マジかよ」
シーンと静まり返る中、投げた本人の驚きの声だけが響く。
ビスクドールは、床に当たる衝撃の直前、ピタリと地面に横たわった。全ての運動エネルギーと落下エネルギーが、一瞬でゼロになったかのように、破損するどころか、跳ね返りも転がりもせず、音すらも立てず。
何とも奇妙なトリック映像を見せられたようだ。
レオン付きらしい騎士風テディイベアが、何事もなかったかのように人形を拾い上げて、元の場所に設置しなおす。これで全てが元通り。
レオンの人間性については発言を控えるとして、とにかく差し当たりの結論は出た。
「どうやら、この屋敷にある物には何らかの保護が働いていることは間違いないようですね」
「だから何!? そんなことどうでもいいわよ!」
そこでしびれを切らした声が、言い知れない不気味さに傾きかけた空気を吹き飛ばした。
アデライドが険しい表情で急かすように訴える。
「物が壊れないからどうだって言うの。関係ないわよ。どうせこの屋敷の中なんておかしいものだらけじゃない。それよりも早く出発して!」
「それもそうだな」
娘の意見にベルトランも賛同し、一同は本来の目的を思い出す。
「――では、行きましょう」
一堂に促されたアルフォンス君は頷くと、一時的な責任者として先頭を歩き出した。
他のメンバーも後に続き、僕は意図的に最後尾に付く。アルフォンス君がちょっと気遣わし気な視線を向けてきたが、ここはスルーだ。
少しでも一人になっていろいろと考えたい。
それにしても、周到な防御壁の存在が、なぜみんなは気にならないのだろうか? 基本的に壊れにくい物が当たり前の環境で生活しているせいか、しつこく引っかかっているのは僕だけのようだ。普通と違うというのは、恐ろしいものだと思うのだが。
何らかの意図や目的があるからこそ、その備えをしているはずなのに。
答えも、いずれは分かるのだろうか。
移動を始めた僕達七人に、七体のテディ・ベアも当然のように付き従う。
歩きながら、隣を歩く僕の執事クマ君の頭をなでる。
確かにこのシチュエーションはホラーのように薄気味悪いが、決してクマ君を嫌っているわけではない。むしろ好きだ。
個体は違っても、亡くなった弟からの大切な思い出のプレゼントであり、僕の孤独を長年慰めてくれた大切な存在なのだから。
「さっきはすいませんでしたね」
なんとなく謝ると、クマ君の目が微かに光った気がした。
もちろんそんな機能はないので、気のせいだ――などと言ったら、何かのフラグになるだろうか?
そんな僕達に、やはり残りのテディ・ベアが付き従うべく動き出す。
「おや。どうやら、一人に一体、専属で付いてくれるようですね」
観察していると、それぞれが一定の距離感を保って、特定の対象の傍らに控えていた。
「至れり尽くせりだな。十五年前はここまでじゃなかったんだが」
ベルトランが感心するが、そんな善意のおもてなしなわけがない。どう考えても監視だろう。
さっきの軍曹の肖像から軽く得た知識では、機動城の運営はやはり軍曹自作のAIらしい。それが屋敷で起こる全てを管理し、ロボットやプログラムがその指令通りに動く。
きっとSF映画で出てくる黒幕レベルでヤバイくらい高性能なやつなのだろう。『2001年~』のHAL9〇〇〇のような狂気的なタイプでないことを願うばかりだ。
いずれにしろこれから始まるだろうゲームへ向けて、僕達は確実にモニターされているはずだ。
どうせあちこちに隠しカメラもあるだろうに、駄目押しにもほどがある。
「うぜえんだよ」
付きまとわれることをうっとうしく思ったようで、ヴィクトールが吐き捨てる。
父親の育て方が悪かったのか、彼はアルフォンス君と同年代とは思えないほどに幼い印象だ。
母親は十年以上前にレオンと離婚していて、以後没交渉らしい。父子で遺産相続候補者だったせいで、ただの一般人なのに夫婦双方の不貞で泥沼裁判の末の破局がゴシップニュースになってしまったのは気の毒なことだとは思う。おかげさまで僕も、真偽はともかくかなりしょうもないご家庭の事情にまで精通している。
「必要なら呼ぶから引っ込んでろよ」
このバカ息子は見下すように睨みながら、自分専属になったらしい町娘風テディ・ベアを、あろうことか蹴り飛ばした。
「っ!!?」
その場の全員が、目の前で繰り広げられた光景に目を見張る。
出し抜けの乱暴にではなく、その結果に。
まるで静止画のように、テディ・ベアはピクリともしなかった。
ロボットである以上、モフモフの見た目に反して相応の重量があるのを差し引いても、物理現象としてはどこか不自然な何かが感じられた。
「なんだ、これ……」
蹴った本人が一番奇妙な実感があったのだろう。その不可解さのためか、ヴィクトールは一歩身を引いた。
僕も違和感の謎を解くべく、隣のクマ君に手を伸ばしてみた。ちなみに僕の専属は、さっきからなんとなく気にかけていた執事クマ君だ。
僕の腰ほどの高さにある頭を軽くポンポンと叩いてみると、叩いた時にかかる圧が、触れる瞬間ふっと吸収されるように消えた気がした。
「――」
もう一度、今度はかなり強めに叩いてみたが、やはり同様だった。勢いよくはたいたはずの掌が、何の反発も慣性も衝撃もなく、ぴたりと止まっていた。気が付いたらフワフワの頭に触れていたような感覚だ。わずかな音すらもしなかった。
簡単な検証から、一つの推測を導き出す。
「もしかして、機動城を守る鉄壁の防御壁が、クマ君達ロボットにも適用されているということでしょうか? あるいは、この屋敷にあるもの全てに――僕が目を通した資料にその記載はなかったように思いますが、前回もそうでしたか?」
僕の問いに、前回の滞在者達は、戸惑ったように顔を見合わせる。
「さあ、どうだったろうか? あえて物を壊すようなことはなかったから、分からないな」
ベルトランが首を捻り、他数人が同意する。
確かにいきなり蹴りをぶちかますような攻撃的で非常識な乱暴者でもなければ、気が付きにくい現象かもしれない。
そもそも、ただでさえこの世界は発達した科学技術による強化素材に溢れているから、身の周りの物ですらそう簡単には壊れない。アルフォンス君などしばしばマグカップを落とすが、きっと割れた方が逆に驚くだろう。
「そんなもん今試してみればいいだろ?」
レオンがどうでもいいように、近くにある展示物まで歩いて行った。
そして手近にあったビスクドールを無造作に鷲掴みにし、力いっぱい床に叩きつけた。
ああ、ここにもいた。非常識で攻撃的な乱暴者が。
こんな繊細なアンティークを投げつけるとは。
突然の蛮行に誰もが唖然とする。
まったくまたもやこの親にしてこの子ありというわけだ。親の方が悪い意味でレベルが高いのは明白だが。
ただ、結果は一目瞭然だった。
やはりまったくの無傷だ。
いや、頑丈さに関しては、陶器を強化素材に置き換えて作られたレプリカだからと説明が付けられるかもしれない。
しかしそれを別にしても、誰の目から見ても明らかにおかしな現象が起こった。
「――マジかよ」
シーンと静まり返る中、投げた本人の驚きの声だけが響く。
ビスクドールは、床に当たる衝撃の直前、ピタリと地面に横たわった。全ての運動エネルギーと落下エネルギーが、一瞬でゼロになったかのように、破損するどころか、跳ね返りも転がりもせず、音すらも立てず。
何とも奇妙なトリック映像を見せられたようだ。
レオン付きらしい騎士風テディイベアが、何事もなかったかのように人形を拾い上げて、元の場所に設置しなおす。これで全てが元通り。
レオンの人間性については発言を控えるとして、とにかく差し当たりの結論は出た。
「どうやら、この屋敷にある物には何らかの保護が働いていることは間違いないようですね」
「だから何!? そんなことどうでもいいわよ!」
そこでしびれを切らした声が、言い知れない不気味さに傾きかけた空気を吹き飛ばした。
アデライドが険しい表情で急かすように訴える。
「物が壊れないからどうだって言うの。関係ないわよ。どうせこの屋敷の中なんておかしいものだらけじゃない。それよりも早く出発して!」
「それもそうだな」
娘の意見にベルトランも賛同し、一同は本来の目的を思い出す。
「――では、行きましょう」
一堂に促されたアルフォンス君は頷くと、一時的な責任者として先頭を歩き出した。
他のメンバーも後に続き、僕は意図的に最後尾に付く。アルフォンス君がちょっと気遣わし気な視線を向けてきたが、ここはスルーだ。
少しでも一人になっていろいろと考えたい。
それにしても、周到な防御壁の存在が、なぜみんなは気にならないのだろうか? 基本的に壊れにくい物が当たり前の環境で生活しているせいか、しつこく引っかかっているのは僕だけのようだ。普通と違うというのは、恐ろしいものだと思うのだが。
何らかの意図や目的があるからこそ、その備えをしているはずなのに。
答えも、いずれは分かるのだろうか。
移動を始めた僕達七人に、七体のテディ・ベアも当然のように付き従う。
歩きながら、隣を歩く僕の執事クマ君の頭をなでる。
確かにこのシチュエーションはホラーのように薄気味悪いが、決してクマ君を嫌っているわけではない。むしろ好きだ。
個体は違っても、亡くなった弟からの大切な思い出のプレゼントであり、僕の孤独を長年慰めてくれた大切な存在なのだから。
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