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番外編
SS┊︎スパルタピアノ講師の甘いおしおき(前編)
まもなく、修行の3週間が始まろうとしている。
それまでになんとか形にしなければならない……。
ーーー何を?!
決まっているだろう。
ピアノをだよっ!
そもそも修行の3週間とは、あまりな声に出して言いたくはないが、教育実習のことである。
声高らかに、「卒業したら音楽の先生になる」と千弥に宣言したのはいいものの、一番の難関であったピアノ実技で躓いていることは、言うまでもない。
俺の専属ピアノ講師こと、板垣千弥先生にいつ見限られてしまうのかと、内心ひやひやしながら日々レッスンを送っている岩倉なのだが……。タイムリミットは来てしまうわけで、いま履修しているこの合唱伴奏をなんとしてでもあと一週間で形にしなければならない。
そうっ! 一週間後には教育実習がスタートしてしまうのである。
学校だとなかなかピアノを教えてもらう時間が取れない。そのため、千弥のレッスンはお家にお邪魔した時に行うのが定番となっており、明日は千弥の家にお泊まりの約束をしている。
と言うわけで、レッスンを明日に控えた岩倉は楽器の練習棟に備え付けられたアップライトピアノで、合唱曲「believe」の伴奏を練習している真っ最中でなのである。
右手に集中すると左手が動かない。
当たり前なのだが、伴奏譜なのでメロディーがない。頭の中でメロディーを歌いながら弾いているのだが、変わり映えのしないフレーズを繰り返す左手は本当に合っているのか、不安になるレベルだ。
ちなみに、譜面は合っているのに下手くそなやつが弾くとなんか間違って聞こえてしまうという、あるあるが存在する。
これって本当になんなんだろうね。
明日までにゆっくりのテンポでもいいから最後まで弾けるようにしなくては。
板垣は厳格なやつだ。
できるはずの事をやっていかなかったら雷が落ちる。それはごく当たり前なことであるが、それを守れないかもしれないのが今の岩倉の現状である。
ここ最近、板垣には忙しくて会えていない。明日は久々のお泊りだし、険悪なムードだけはつくりたくない岩倉なのであった。
「左手、どこ行ったんですか?」
溜息をつき、銀縁の眼鏡の端をクイっと上げながら板垣が岩倉に冷徹に告げた。
おうちモードの板垣は、すでにコンタクトレンズを外し銀縁眼鏡姿で岩倉のピアノレッスンをしていた。
「悪い……。ここはいくらやっても上手くいかなくて」
言い訳じみていると自分でも思う。だが、できないものはできないんだよ。岩倉は内心で板垣に訴えかける。
「しょうがないですね。僕が右手を弾いてあげますから、楽さんは左手に集中してください。耳はいい方なんだし、覚えも悪くないんだから。何回もやればそのうち指が覚えますよ」
「ありがとう」
岩倉の後ろに板垣が立ち、横から右手がスッと伸びてきた。
少しだけ屈んだ状態の板垣と目線が合う。横を向けば、近すぎてぼやけて見える肩越しの板垣の輪郭が見えた。
集中しなければと思うのに、板垣を意識しだすと自然とドキドキして勝手に鼓動が跳ねてしまう。
「楽さん、集中してください。レッスンが終わったら。いっぱいしましょ、ねっ!」
完全に見透かされている。
俺ってそんなに顔に出やすいのだろうか。
岩倉は見つめる先を鍵盤に戻し、じっと黙る。
「でも、これができるようにならないと。んー、おしおきかな!?」
「はぇー……えっ、えっ!……、おし……おき?!」
板垣が思いもよらない単語を口にしたので、岩倉も理解に苦しむ。
「そう、おしおきです。そういうのあったほうが頑張れたりしません? おしおきは絶対やだ! って思ったら、なんでも頑張れそうじゃないですか」
「んぅっ!」
「もしかして、楽さん、逆におしおきされたい方ですか?」
「えっ、いや。そんなことあるかっ! 流石に……、そこまでの変わり種は……、俺だって持ち合わせて、ないぞっ」
焦った。
まさか、千弥から「おしおき」なんて単語が出てくるとは思わなかった。しかも何回言うんだよ、おしおきって……。
そんな趣味はもちろんないが、千弥の考えるおしおきってどんなことなんだろうと、少しだけ興味があるはあるが……。
「なぁんだ、つまんないですね。少しだけでも、非日常が味わえたら楽しいと思ったんだけどな」
「っていうかそれって、俺ができない前提で話が進んでないか!?」
「バレました? いやだって、この調子でできると思っていないですもん」
そう言いながら岩倉の頭をポンポンと優しく叩き、とりあえず続きやりますよ。と言って、もう一度板垣が右手を鍵盤の上にセットした。
右手だけなのに、超絶にうまい。それはそれは滑らかな指さばきを見せる板垣の指は軽快である。
岩倉はというと、左手だけに集中できているので今のところノーミスだ! しかも、右手が軽快なメロディーを奏でているので、あたかも俺が上手くなったような錯覚に陥る。
間違えるな。これは錯覚だぞ、錯覚。
今度は逆ですね。と言って俺が右手を、千弥が左手を弾く。
これでまた先ほどに同じ、錯覚を起こす岩倉なのだった。
「はい、じゃあ両手。ゆっくりでもいいんで、弾いてみてください」
「おう! 頑張る」
大したことないっていうと怒られるが、これだけのことでさっきよりは弾けるようになるのが不思議だ。一人で片手ずつ練習したとしても全然上手くならないし、一向に上達しない。でも、千弥と一緒に練習すると弾けるようになるのだ。
集中力の問題か。
千弥には耳がいいと言われるけれど、それも関係してたりするのかな。
「さっきより、大分まともじゃないですか。軽く歌ってみようかな。楽さん釣られないでね。歌に釣られるとか、一番恥ずかしいから」
「わかってるよ」
鼻歌混じりで歌い始めた低めのバリトンボイスの千弥の歌声は、本気で歌っているわけではないけれどとても心地がいい。
「なんだ、つまんないですね。それなりに弾けちゃったじゃないですか。おしおきは無しですかね」
「その話っ! まだっ…!」
「はい、今日はおしまい。一緒にお風呂入りましょ」
その話、まだ引っ張ってたのかよ。と言いかけて、千弥はさっさと風呂場へと向かってしまった。
おしおき………。千弥はちょっと興味あったり、するのかな。
それまでになんとか形にしなければならない……。
ーーー何を?!
決まっているだろう。
ピアノをだよっ!
そもそも修行の3週間とは、あまりな声に出して言いたくはないが、教育実習のことである。
声高らかに、「卒業したら音楽の先生になる」と千弥に宣言したのはいいものの、一番の難関であったピアノ実技で躓いていることは、言うまでもない。
俺の専属ピアノ講師こと、板垣千弥先生にいつ見限られてしまうのかと、内心ひやひやしながら日々レッスンを送っている岩倉なのだが……。タイムリミットは来てしまうわけで、いま履修しているこの合唱伴奏をなんとしてでもあと一週間で形にしなければならない。
そうっ! 一週間後には教育実習がスタートしてしまうのである。
学校だとなかなかピアノを教えてもらう時間が取れない。そのため、千弥のレッスンはお家にお邪魔した時に行うのが定番となっており、明日は千弥の家にお泊まりの約束をしている。
と言うわけで、レッスンを明日に控えた岩倉は楽器の練習棟に備え付けられたアップライトピアノで、合唱曲「believe」の伴奏を練習している真っ最中でなのである。
右手に集中すると左手が動かない。
当たり前なのだが、伴奏譜なのでメロディーがない。頭の中でメロディーを歌いながら弾いているのだが、変わり映えのしないフレーズを繰り返す左手は本当に合っているのか、不安になるレベルだ。
ちなみに、譜面は合っているのに下手くそなやつが弾くとなんか間違って聞こえてしまうという、あるあるが存在する。
これって本当になんなんだろうね。
明日までにゆっくりのテンポでもいいから最後まで弾けるようにしなくては。
板垣は厳格なやつだ。
できるはずの事をやっていかなかったら雷が落ちる。それはごく当たり前なことであるが、それを守れないかもしれないのが今の岩倉の現状である。
ここ最近、板垣には忙しくて会えていない。明日は久々のお泊りだし、険悪なムードだけはつくりたくない岩倉なのであった。
「左手、どこ行ったんですか?」
溜息をつき、銀縁の眼鏡の端をクイっと上げながら板垣が岩倉に冷徹に告げた。
おうちモードの板垣は、すでにコンタクトレンズを外し銀縁眼鏡姿で岩倉のピアノレッスンをしていた。
「悪い……。ここはいくらやっても上手くいかなくて」
言い訳じみていると自分でも思う。だが、できないものはできないんだよ。岩倉は内心で板垣に訴えかける。
「しょうがないですね。僕が右手を弾いてあげますから、楽さんは左手に集中してください。耳はいい方なんだし、覚えも悪くないんだから。何回もやればそのうち指が覚えますよ」
「ありがとう」
岩倉の後ろに板垣が立ち、横から右手がスッと伸びてきた。
少しだけ屈んだ状態の板垣と目線が合う。横を向けば、近すぎてぼやけて見える肩越しの板垣の輪郭が見えた。
集中しなければと思うのに、板垣を意識しだすと自然とドキドキして勝手に鼓動が跳ねてしまう。
「楽さん、集中してください。レッスンが終わったら。いっぱいしましょ、ねっ!」
完全に見透かされている。
俺ってそんなに顔に出やすいのだろうか。
岩倉は見つめる先を鍵盤に戻し、じっと黙る。
「でも、これができるようにならないと。んー、おしおきかな!?」
「はぇー……えっ、えっ!……、おし……おき?!」
板垣が思いもよらない単語を口にしたので、岩倉も理解に苦しむ。
「そう、おしおきです。そういうのあったほうが頑張れたりしません? おしおきは絶対やだ! って思ったら、なんでも頑張れそうじゃないですか」
「んぅっ!」
「もしかして、楽さん、逆におしおきされたい方ですか?」
「えっ、いや。そんなことあるかっ! 流石に……、そこまでの変わり種は……、俺だって持ち合わせて、ないぞっ」
焦った。
まさか、千弥から「おしおき」なんて単語が出てくるとは思わなかった。しかも何回言うんだよ、おしおきって……。
そんな趣味はもちろんないが、千弥の考えるおしおきってどんなことなんだろうと、少しだけ興味があるはあるが……。
「なぁんだ、つまんないですね。少しだけでも、非日常が味わえたら楽しいと思ったんだけどな」
「っていうかそれって、俺ができない前提で話が進んでないか!?」
「バレました? いやだって、この調子でできると思っていないですもん」
そう言いながら岩倉の頭をポンポンと優しく叩き、とりあえず続きやりますよ。と言って、もう一度板垣が右手を鍵盤の上にセットした。
右手だけなのに、超絶にうまい。それはそれは滑らかな指さばきを見せる板垣の指は軽快である。
岩倉はというと、左手だけに集中できているので今のところノーミスだ! しかも、右手が軽快なメロディーを奏でているので、あたかも俺が上手くなったような錯覚に陥る。
間違えるな。これは錯覚だぞ、錯覚。
今度は逆ですね。と言って俺が右手を、千弥が左手を弾く。
これでまた先ほどに同じ、錯覚を起こす岩倉なのだった。
「はい、じゃあ両手。ゆっくりでもいいんで、弾いてみてください」
「おう! 頑張る」
大したことないっていうと怒られるが、これだけのことでさっきよりは弾けるようになるのが不思議だ。一人で片手ずつ練習したとしても全然上手くならないし、一向に上達しない。でも、千弥と一緒に練習すると弾けるようになるのだ。
集中力の問題か。
千弥には耳がいいと言われるけれど、それも関係してたりするのかな。
「さっきより、大分まともじゃないですか。軽く歌ってみようかな。楽さん釣られないでね。歌に釣られるとか、一番恥ずかしいから」
「わかってるよ」
鼻歌混じりで歌い始めた低めのバリトンボイスの千弥の歌声は、本気で歌っているわけではないけれどとても心地がいい。
「なんだ、つまんないですね。それなりに弾けちゃったじゃないですか。おしおきは無しですかね」
「その話っ! まだっ…!」
「はい、今日はおしまい。一緒にお風呂入りましょ」
その話、まだ引っ張ってたのかよ。と言いかけて、千弥はさっさと風呂場へと向かってしまった。
おしおき………。千弥はちょっと興味あったり、するのかな。
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