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本編
7
体の芯が少し冷えるくらいの室内。
風呂上がりの岩倉は、ボクサーパンツにTシャツという格好でピアノとベッドがある部屋に戻ってきた。
備え付けのピアノがあるため比較的部屋の温度が涼しめに保たれている室内は、風呂上がりといえど少し肌寒い。
不意にさっきまで風呂場でしていた行為が頭の中をよぎる。
思い出してしまうと肌寒いと感じていた体はみるみるうちに高揚し、顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしさが募る。とりあえずその場は耐え抜いたものの、そそくさと着替えを済ませ戻って来たのはいいが、ここは板垣の家。
一体、どこにいればいいのか…。
この部屋の中で座れる場所といったら、ピアノ椅子かベッドくらいしかない。迷ったあげく岩倉は、ベッドに腰かけることにした。
今日は岩倉の三年次の前期実技試験日だった。六月中旬から始めた試験練習だったが、夏休み中にも練習した甲斐あって、実技試験は滞りなくうまくいった。
試験後、いつものように飯でも行くかと誘ってみたら「約束、覚えていますか」と板垣に問われた。
覚えていない訳がない。俺にとっても大事なことだ。
板垣は心に決めた顔で「僕の家でいいですか」と言って、頷いた俺の顔を見るなり手を取り歩き出した。人目なんて気にする余裕もなく互いに無言状態で、繋いだ手は離さないまま少し足早に板垣の家まで歩いた。
玄関を入るなり、板垣は力いっぱいに岩倉を抱きしめた。
抱きしめられると同時に、ふわっと板垣の甘く優しい匂いが鼻を掠めた。香水や整髪料の類ではなく、板垣自身から放たれるものだ。それがより雄を感じさせ、岩倉の気持ちを駆り立てた。
九月はまだ夏の陽気で、おまけに試験後ということもあり抱き合った体は汗で少しベタついている。色々と準備もするのだとネットでも学んだし、何より今日が初めてなのだから綺麗な状態で繋がりたいと岩倉は思っていた。
岩倉から風呂に入りたいと告げたところ、「僕も手伝います」と言って、一緒に入ることになり、今に至るというわけだ。
少し硬めのスプリングが効いたベッドは、座った時に少し軋む音がした。その音がいかにもこれからしようとしていることを連想させ、さらに緊張感が増す。
ガチャッというドアが開く音と共に、板垣が風呂から戻って来た。どうしても顔を見るのが恥ずかしかった岩倉はベッドにうつ伏せの状態で寝転んだ。
少しずつ近づいてくる足音がする。
板垣はベッドに腰掛け、俺の肩をツンツンと突いてきた。
「機嫌、直してください」
別に機嫌が悪くなっているわけではないのだ。岩倉はただ、むちゃくちゃに風呂での行為が恥ずかしかっただけで、……しかも、こうなってしまっている自分自身にも少し腹が立って仕方がないだけなのだ。
俺のほうが年上で、といっても一つしか変わらないけど、少しくらいリードしたいと思っているのに、どうしても上手くいかない。精神年齢は絶対的に、千弥の方が上だよな。
諦めに達した岩倉は渋々体を回転させた。
―――ゴロン。
寝返りをうつと目の前に千弥がいてこっちを見ていた。
「眼鏡だ……」
瞬間的にかっこいいなと思ってしまった。千弥の眼鏡姿は初めて見た。
「風呂に入るときはコンタクト取らないと。新鮮ですか? 眼鏡姿は」
ただでさえ板垣は端正な顔立ちだというのに、銀縁眼鏡の効果でさらにキリッとした印象だ。
板垣の顔を見た岩倉はさらに緊張が増し、涙を堪える時のように喉の奥に何かつかえているみたいな状態で、上手く声が出せない。
だから首を縦に振り「うん」と返事をすることで精一杯だった。
「なんか泣きそうな顔してます。怖い?」
岩倉は瞬時に首を横に振った。
それを確認して板垣は右手で軽く岩倉の頬骨を親指で撫でた。頬に触れる板垣の指先は少し冷たく、それでいてとても優しい。何度も頬を撫でる指先は、やがて下唇へ移動した。
「キスしてもいいですか?」
「いちいち、聞かなくて……いい……」
俺に同意を求めないでくれ。千弥にされて嫌なことなんてこれっぽっちもない。でも俺の性格上、恥ずかしいと思ったら拒絶してしまうかもしれない。それは真意じゃなくて、ただの虚勢だから…。だから、してくれ…。
板倉がゆっくりと顔を近づけていく。たまらずに岩倉は目を閉じる。
唇と唇が重なると思った瞬間、いきなりの噛み付くような板垣のキスに、岩倉の鼓動が一気に跳ね上がった。
唇の間からねじ込まれる板垣の舌は、岩倉の歯列を割り、舌を絡め取りながら吸い上げる。吸われるたびに発せられる自身の声音に、さらに鼓動が高まっていく。
「っん……ぅん……はぁん…」
上顎の骨のラインを舌先でなぞられると一際甘い感覚に襲われ、その感覚は背筋を通り下腹部に伝達された。
板垣の唇が離れていくと岩倉は「あっ」と名残惜しそうな声を上げた。それをあやすかのように岩倉のこめかみに優しくキスを落とす。そして耳に軽く息がかかるほどの距離で板垣が囁いた。
「楽さんの全部を僕にください」
板垣の甘ったるい声音が岩倉の鼓膜いっぱいに響き渡った。
そんなことは聞かなくたってわかるだろうが。
「……いいに……決まって、る……」
「大事に抱かせてもらいます」
脇腹から入ってきた板垣の手によってTシャツ裾を胸の辺りまで一気に捲られた。露わになったぷっくりとした胸の突起を指の腹で丹念に転がしていく。
自然と漏れ出る声は、自分のものとは思えないほど淫猥だった。
「…っんは、……あぁ……ひぃっ」
板垣の洗練された指先で優しく摘まれるとさらに声高によがってしまう。
「すごく可愛い。もっと楽さんの声、聞かせて」
そういって片方の突起を舌先でチロチロと舐められ、ぎゅっと吸われた。
「はぁ……んっぅ……あぁ…」
こんな感覚初めてだ。
胸の突起をいじられるのは恥ずかしい、でもやめて欲しくない。湧き上がる快感に持っていかれそうなのに、なぜか、快楽のゴールが見えないもどかしさがあった。
「…ん、っは……あぁ、せん…っや……んあぁ…」
もう少しだったかも。というところで胸への愛撫が止まってしまった。
千弥が「楽さん」と呼ぶ。
触れるだけのキスの後、「次、どうしたいですか?」と聞いてきた。
だから、いちいち聞くなって……。
少しブスくれた顔をしていたのだろう俺は、千弥の首に腕を回し、ぐいっとこちらへ引っ張った。バランスを崩した千弥は横向きに倒れ込み、俺も一緒になって横向きに向かい合う体勢になった。
「びっくりするじゃないですか」
「お前が、……意地悪するからだ」
「意地悪しているつもりはないですけど。楽さんの嫌がることはしたくないです。だから、ちょっと慎重になっているだけです。ごめんなさい」
話をしている間、板垣は岩倉の前髪をずっと撫でていた。
「なぁ、これ……」
岩倉は髪を撫でていない方の板垣の手を取り、自身の下腹部にあてがった。
「どうにか……してくれよ」
ふっくら盛り上がった岩倉の股間は、先ほどのキスのせいもありボクサーパンツを押し上げていた。
「可愛いおねだり。よく出来ました」
岩倉の頭を撫でると共にパンツの中に忍び込んできた板垣の大きな手は、岩倉の竿を優しく包み込み、ゆっくりと上下に動かしていく。板垣の手の動きに合わせ、竿の先端から少しずつ蜜が溢れ出し、その蜜を伝いさらに滑らかな上下の動きへと変わっていく。
同性の強み。気持ちいいところを本能的にわかっているとでも言いたげな板垣の動きに翻弄される岩倉が、一際大きな声を上げた。
「ひゃっ…!あぁ……」
竿のくびれた部分を撫でられながら先端を指で引っかかれた。竿から腰へ電流が流れるような快感が伝っていく。
「あぁ、……せん…ぁや…イ…クぁ…」
「ここ?」
「うぅ……っん…あぁっ…」
岩倉が気持ちいいと言った場所を擦り上げられ、あっけなく板垣の手の中に吐精した。
いつの間にかパンツは剥ぎ取られ、足の付け根の奥に隠れた蕾を指先で撫でられた。
「こっちも触りますよ」
岩倉は少しだけ怖かった。岩倉にとってその場所を拓かれることは、未知の世界だったから。でも、怖いのと同時に触って欲しいと思う。
千弥に触って、ほしい……。
「さわ……って…」
ぬるっとした指が、まだ硬く閉ざされていつ蕾の奥へと進んでくる。
「痛くないですか」
「……んぁ……だい、じょう……ぶ……あぁ……」
異物感は否めない。大丈夫かと聞かれたら嘘になる。でも今は拓かれる恐怖より、千弥の指が俺の知らない快楽へ連れて行こうとすることの方がよほど怖かった。
「っひゃ……んぁ……」
「ここ?」
「あぁ、……なん、か……ぇんぅ……」
「大丈夫、それはいいってことですから。僕を受け入れる準備。ね?」
探し出された岩倉の敏感な部分をコリコリと重点的に撫でられる。その度に岩倉からは快楽を吐き出そうとする淫らな声を発してしまう。
「楽さんの気持ちいいって声、めちゃくちゃそそります。もっと気持ち良くなって」
板垣の指は二本、三本と増えていき、初めは感じていた圧迫感も徐々に薄れていった。
さっきから俺ばかり気持ちよくなってる気がする。セックスは二人で気持ちよくなるものなんだろう。
「なぁ……せん、や……」
岩倉の問いかけに愛撫していた板垣の指の動きが止まった。優しく頭を撫でながら「どうしました」と聞いてくる板垣は、壊れ物を扱うように優しい。
「お前も……気持ちよくならなくて、いいのっ……!」
岩倉は板垣の下腹部に触れようと手を伸ばした。
「あっ、ダメです!」
慌てた板垣だったが、少しだけ遅かった。
岩倉は板垣の竿を布越しに触れた。
大きい! 俺のものとは比べ物にならないくらい大きい! これが俺の中に入るのか。想像しただけで、冷や汗が出そうだ。
「だから、ダメだって言ったんです。ここまで来てやっぱりやめるなんて、言いませんよね?」
板垣の下腹部に触れた時に少し怯んでしまった顔を悟られた。板垣は不安を隠せないのか、じっと見つめながら岩倉の返答を待っている。
「そんなこと、言わねぇから、……安心しろよ」
それを聞いた千弥は微笑み、「んじゃ、もう少しならしましょう」と言って岩倉の下腹部に顔を埋めた。
口ではああ言ったものの、やはり不安は拭えない。でも正直な体は、竿を口の中に含まれると同時に質量を増していった。
裏筋から先端へ動かされる舌先によって、吐精までを徐々に加速させていく。口の愛撫と同時に後ろの蕾も刺激され、もう我慢の限界が来た。
「せん…や…だめだ……イク……はな、せ!」
顔を離そうと力を入れるが今の岩倉では非力で、呆気なく板垣の口の中で果てた。
―――ゴクっ。
嚥下する音が聞こえた。
「お、お前……!」
息も着けない状態だったのに、板垣の嚥下の音で我に返った。
「そろそろ、僕も限界です。楽さんの中に入りたい」
後ろの蕾に埋めていた指を抜きながら、岩倉を見つめる板垣の目は捉えた獲物を離さない猛獣のようだった。
「無理させたくないので、後ろ向いてもらえますか」
俺に気を遣ってくれるのは素直に嬉しい。だけど……。
「こっちでいい。千弥の顔……見てしたい」
不安を少しでも無くしたかった。純粋に千弥の顔を見ていれば安心すると思った。
「あんまり可愛いこと言わないでください。抑えるのに結構必死ですから……。痛かったらちゃんと言ってくださいね」
蕾に先端が押し当てられた。執拗にならされた蕾は、カリ部分を簡単にのみ込んだ。
あの大きさの物が押し入ってきているのだ……。圧迫感はどうしても拭えない。
「楽さん……息、吐いて…」
「…っんはぁ……うぅ……んぅ……」
千弥に言われるまで、呼吸を止めていたみたいだ。指とは比べ物にならない質量に、気持ちが負けそうになる。岩倉はそれを悟られたくなくて、思いきり板垣に抱きついた。肩口に顔を埋めて岩倉は自分を言い聞かせるため、真逆の言葉を口にする。
「せんやの……ぜん……ぶ、くれ……」
「煽るの……禁止。楽さんには優しくしたいのに、……我慢、できなくなる……」
板垣は岩倉の腰を持ち上げ、蕾の最奥まで一気に突き上げた。
「僕の全部……受け止めて、ください」
「っんは……せん……や、すき……すきだ……」
そう言葉にしていないと、どうにかなってしまいそうなくらい気持ちも快楽も込み上げてくる。
「僕も楽さんが、大好きです」
抱き合っている間は互いに無我夢中で、起立に合わせ何度も何度も好きを繰り返し、気持ちを確かめ合った。
セックスの前に抱えていた不安はいつの間にか消し飛び、もっと千弥を感じたい、一ミリも離れたくないと思った。
千弥との初めてのセックスはほとんど委ねてしまったけれど、もう少ししたら俺もリードできるように頑張りたいな。
「前に話した僕のスランプ。原因はなんとなくわかっているって言いましたよね」
事後処理を済ませた俺たちはベッドに入っていた。
板垣の腕の中にすっぽり収められた岩倉は、真剣に話す板垣の顔をじっと見つめている。
「両親の離婚が原因なんです。離婚っていってもそれ自体が原因というわけではなくて、別れた父親とのことでどうしても受け入れられないことがあります」
「それは、俺が聞いても大丈夫なことか?」
千弥には伝えていないけれど、千弥の母親からある程度のことは聞いている。でもスランプの原因については千弥の母親もわからないと言っていた。
「父親は好きな人がいるみたいなんですよね。それで、家を出て行ったみたいです。そのことを知った時の僕は、一緒にいた過去も偽りだったんじゃないかって……。そう思ったら急に怖くなって、気づいたらピアノが弾けなくなっていました」
板垣の腕の中にいた岩倉だったが体勢を変え、板垣の胸に覆い被さるようにして抱きしめた。
「俺がいるから。千弥にはもう、俺がいるからな」
「ありがとうございます。心強いです」
背中に回された板垣の手はとても温かい。
「あの、……楽さんにお願いしたいことがあります」
お願いしたいこと? 俺にできることなんて限られているだろうに。
「俺にできることなら、なんでもするぞ」
「父親のこと、ちゃんと母親に聞きに行こうと思っています。真実を聞いて、自分を納得させたい。近々実家に帰ろうと思っています。それで…、一緒に着いてきてくれませんか」
千弥が前に進もうとしている。
「いいよ。千弥の力なれるなら協力する」
それを聞いた板垣は、岩倉を抱きしめる力を一層強くした。
「ありがとうございます」
抱きしめられた衝動で心が熱くなった岩倉は、板垣の顔が見たくて「なぁ千弥、キスしたい」と口走っていた。
先ほどの行為で岩倉自身、一皮剥けたような気がする。
岩倉の言葉に少しびっくりした表情を見せる板垣。
抱きしめる力が少し緩んだ隙に、岩倉は少しだけ上体を上へ移動し、初めて岩倉からキスをした。
風呂上がりの岩倉は、ボクサーパンツにTシャツという格好でピアノとベッドがある部屋に戻ってきた。
備え付けのピアノがあるため比較的部屋の温度が涼しめに保たれている室内は、風呂上がりといえど少し肌寒い。
不意にさっきまで風呂場でしていた行為が頭の中をよぎる。
思い出してしまうと肌寒いと感じていた体はみるみるうちに高揚し、顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしさが募る。とりあえずその場は耐え抜いたものの、そそくさと着替えを済ませ戻って来たのはいいが、ここは板垣の家。
一体、どこにいればいいのか…。
この部屋の中で座れる場所といったら、ピアノ椅子かベッドくらいしかない。迷ったあげく岩倉は、ベッドに腰かけることにした。
今日は岩倉の三年次の前期実技試験日だった。六月中旬から始めた試験練習だったが、夏休み中にも練習した甲斐あって、実技試験は滞りなくうまくいった。
試験後、いつものように飯でも行くかと誘ってみたら「約束、覚えていますか」と板垣に問われた。
覚えていない訳がない。俺にとっても大事なことだ。
板垣は心に決めた顔で「僕の家でいいですか」と言って、頷いた俺の顔を見るなり手を取り歩き出した。人目なんて気にする余裕もなく互いに無言状態で、繋いだ手は離さないまま少し足早に板垣の家まで歩いた。
玄関を入るなり、板垣は力いっぱいに岩倉を抱きしめた。
抱きしめられると同時に、ふわっと板垣の甘く優しい匂いが鼻を掠めた。香水や整髪料の類ではなく、板垣自身から放たれるものだ。それがより雄を感じさせ、岩倉の気持ちを駆り立てた。
九月はまだ夏の陽気で、おまけに試験後ということもあり抱き合った体は汗で少しベタついている。色々と準備もするのだとネットでも学んだし、何より今日が初めてなのだから綺麗な状態で繋がりたいと岩倉は思っていた。
岩倉から風呂に入りたいと告げたところ、「僕も手伝います」と言って、一緒に入ることになり、今に至るというわけだ。
少し硬めのスプリングが効いたベッドは、座った時に少し軋む音がした。その音がいかにもこれからしようとしていることを連想させ、さらに緊張感が増す。
ガチャッというドアが開く音と共に、板垣が風呂から戻って来た。どうしても顔を見るのが恥ずかしかった岩倉はベッドにうつ伏せの状態で寝転んだ。
少しずつ近づいてくる足音がする。
板垣はベッドに腰掛け、俺の肩をツンツンと突いてきた。
「機嫌、直してください」
別に機嫌が悪くなっているわけではないのだ。岩倉はただ、むちゃくちゃに風呂での行為が恥ずかしかっただけで、……しかも、こうなってしまっている自分自身にも少し腹が立って仕方がないだけなのだ。
俺のほうが年上で、といっても一つしか変わらないけど、少しくらいリードしたいと思っているのに、どうしても上手くいかない。精神年齢は絶対的に、千弥の方が上だよな。
諦めに達した岩倉は渋々体を回転させた。
―――ゴロン。
寝返りをうつと目の前に千弥がいてこっちを見ていた。
「眼鏡だ……」
瞬間的にかっこいいなと思ってしまった。千弥の眼鏡姿は初めて見た。
「風呂に入るときはコンタクト取らないと。新鮮ですか? 眼鏡姿は」
ただでさえ板垣は端正な顔立ちだというのに、銀縁眼鏡の効果でさらにキリッとした印象だ。
板垣の顔を見た岩倉はさらに緊張が増し、涙を堪える時のように喉の奥に何かつかえているみたいな状態で、上手く声が出せない。
だから首を縦に振り「うん」と返事をすることで精一杯だった。
「なんか泣きそうな顔してます。怖い?」
岩倉は瞬時に首を横に振った。
それを確認して板垣は右手で軽く岩倉の頬骨を親指で撫でた。頬に触れる板垣の指先は少し冷たく、それでいてとても優しい。何度も頬を撫でる指先は、やがて下唇へ移動した。
「キスしてもいいですか?」
「いちいち、聞かなくて……いい……」
俺に同意を求めないでくれ。千弥にされて嫌なことなんてこれっぽっちもない。でも俺の性格上、恥ずかしいと思ったら拒絶してしまうかもしれない。それは真意じゃなくて、ただの虚勢だから…。だから、してくれ…。
板倉がゆっくりと顔を近づけていく。たまらずに岩倉は目を閉じる。
唇と唇が重なると思った瞬間、いきなりの噛み付くような板垣のキスに、岩倉の鼓動が一気に跳ね上がった。
唇の間からねじ込まれる板垣の舌は、岩倉の歯列を割り、舌を絡め取りながら吸い上げる。吸われるたびに発せられる自身の声音に、さらに鼓動が高まっていく。
「っん……ぅん……はぁん…」
上顎の骨のラインを舌先でなぞられると一際甘い感覚に襲われ、その感覚は背筋を通り下腹部に伝達された。
板垣の唇が離れていくと岩倉は「あっ」と名残惜しそうな声を上げた。それをあやすかのように岩倉のこめかみに優しくキスを落とす。そして耳に軽く息がかかるほどの距離で板垣が囁いた。
「楽さんの全部を僕にください」
板垣の甘ったるい声音が岩倉の鼓膜いっぱいに響き渡った。
そんなことは聞かなくたってわかるだろうが。
「……いいに……決まって、る……」
「大事に抱かせてもらいます」
脇腹から入ってきた板垣の手によってTシャツ裾を胸の辺りまで一気に捲られた。露わになったぷっくりとした胸の突起を指の腹で丹念に転がしていく。
自然と漏れ出る声は、自分のものとは思えないほど淫猥だった。
「…っんは、……あぁ……ひぃっ」
板垣の洗練された指先で優しく摘まれるとさらに声高によがってしまう。
「すごく可愛い。もっと楽さんの声、聞かせて」
そういって片方の突起を舌先でチロチロと舐められ、ぎゅっと吸われた。
「はぁ……んっぅ……あぁ…」
こんな感覚初めてだ。
胸の突起をいじられるのは恥ずかしい、でもやめて欲しくない。湧き上がる快感に持っていかれそうなのに、なぜか、快楽のゴールが見えないもどかしさがあった。
「…ん、っは……あぁ、せん…っや……んあぁ…」
もう少しだったかも。というところで胸への愛撫が止まってしまった。
千弥が「楽さん」と呼ぶ。
触れるだけのキスの後、「次、どうしたいですか?」と聞いてきた。
だから、いちいち聞くなって……。
少しブスくれた顔をしていたのだろう俺は、千弥の首に腕を回し、ぐいっとこちらへ引っ張った。バランスを崩した千弥は横向きに倒れ込み、俺も一緒になって横向きに向かい合う体勢になった。
「びっくりするじゃないですか」
「お前が、……意地悪するからだ」
「意地悪しているつもりはないですけど。楽さんの嫌がることはしたくないです。だから、ちょっと慎重になっているだけです。ごめんなさい」
話をしている間、板垣は岩倉の前髪をずっと撫でていた。
「なぁ、これ……」
岩倉は髪を撫でていない方の板垣の手を取り、自身の下腹部にあてがった。
「どうにか……してくれよ」
ふっくら盛り上がった岩倉の股間は、先ほどのキスのせいもありボクサーパンツを押し上げていた。
「可愛いおねだり。よく出来ました」
岩倉の頭を撫でると共にパンツの中に忍び込んできた板垣の大きな手は、岩倉の竿を優しく包み込み、ゆっくりと上下に動かしていく。板垣の手の動きに合わせ、竿の先端から少しずつ蜜が溢れ出し、その蜜を伝いさらに滑らかな上下の動きへと変わっていく。
同性の強み。気持ちいいところを本能的にわかっているとでも言いたげな板垣の動きに翻弄される岩倉が、一際大きな声を上げた。
「ひゃっ…!あぁ……」
竿のくびれた部分を撫でられながら先端を指で引っかかれた。竿から腰へ電流が流れるような快感が伝っていく。
「あぁ、……せん…ぁや…イ…クぁ…」
「ここ?」
「うぅ……っん…あぁっ…」
岩倉が気持ちいいと言った場所を擦り上げられ、あっけなく板垣の手の中に吐精した。
いつの間にかパンツは剥ぎ取られ、足の付け根の奥に隠れた蕾を指先で撫でられた。
「こっちも触りますよ」
岩倉は少しだけ怖かった。岩倉にとってその場所を拓かれることは、未知の世界だったから。でも、怖いのと同時に触って欲しいと思う。
千弥に触って、ほしい……。
「さわ……って…」
ぬるっとした指が、まだ硬く閉ざされていつ蕾の奥へと進んでくる。
「痛くないですか」
「……んぁ……だい、じょう……ぶ……あぁ……」
異物感は否めない。大丈夫かと聞かれたら嘘になる。でも今は拓かれる恐怖より、千弥の指が俺の知らない快楽へ連れて行こうとすることの方がよほど怖かった。
「っひゃ……んぁ……」
「ここ?」
「あぁ、……なん、か……ぇんぅ……」
「大丈夫、それはいいってことですから。僕を受け入れる準備。ね?」
探し出された岩倉の敏感な部分をコリコリと重点的に撫でられる。その度に岩倉からは快楽を吐き出そうとする淫らな声を発してしまう。
「楽さんの気持ちいいって声、めちゃくちゃそそります。もっと気持ち良くなって」
板垣の指は二本、三本と増えていき、初めは感じていた圧迫感も徐々に薄れていった。
さっきから俺ばかり気持ちよくなってる気がする。セックスは二人で気持ちよくなるものなんだろう。
「なぁ……せん、や……」
岩倉の問いかけに愛撫していた板垣の指の動きが止まった。優しく頭を撫でながら「どうしました」と聞いてくる板垣は、壊れ物を扱うように優しい。
「お前も……気持ちよくならなくて、いいのっ……!」
岩倉は板垣の下腹部に触れようと手を伸ばした。
「あっ、ダメです!」
慌てた板垣だったが、少しだけ遅かった。
岩倉は板垣の竿を布越しに触れた。
大きい! 俺のものとは比べ物にならないくらい大きい! これが俺の中に入るのか。想像しただけで、冷や汗が出そうだ。
「だから、ダメだって言ったんです。ここまで来てやっぱりやめるなんて、言いませんよね?」
板垣の下腹部に触れた時に少し怯んでしまった顔を悟られた。板垣は不安を隠せないのか、じっと見つめながら岩倉の返答を待っている。
「そんなこと、言わねぇから、……安心しろよ」
それを聞いた千弥は微笑み、「んじゃ、もう少しならしましょう」と言って岩倉の下腹部に顔を埋めた。
口ではああ言ったものの、やはり不安は拭えない。でも正直な体は、竿を口の中に含まれると同時に質量を増していった。
裏筋から先端へ動かされる舌先によって、吐精までを徐々に加速させていく。口の愛撫と同時に後ろの蕾も刺激され、もう我慢の限界が来た。
「せん…や…だめだ……イク……はな、せ!」
顔を離そうと力を入れるが今の岩倉では非力で、呆気なく板垣の口の中で果てた。
―――ゴクっ。
嚥下する音が聞こえた。
「お、お前……!」
息も着けない状態だったのに、板垣の嚥下の音で我に返った。
「そろそろ、僕も限界です。楽さんの中に入りたい」
後ろの蕾に埋めていた指を抜きながら、岩倉を見つめる板垣の目は捉えた獲物を離さない猛獣のようだった。
「無理させたくないので、後ろ向いてもらえますか」
俺に気を遣ってくれるのは素直に嬉しい。だけど……。
「こっちでいい。千弥の顔……見てしたい」
不安を少しでも無くしたかった。純粋に千弥の顔を見ていれば安心すると思った。
「あんまり可愛いこと言わないでください。抑えるのに結構必死ですから……。痛かったらちゃんと言ってくださいね」
蕾に先端が押し当てられた。執拗にならされた蕾は、カリ部分を簡単にのみ込んだ。
あの大きさの物が押し入ってきているのだ……。圧迫感はどうしても拭えない。
「楽さん……息、吐いて…」
「…っんはぁ……うぅ……んぅ……」
千弥に言われるまで、呼吸を止めていたみたいだ。指とは比べ物にならない質量に、気持ちが負けそうになる。岩倉はそれを悟られたくなくて、思いきり板垣に抱きついた。肩口に顔を埋めて岩倉は自分を言い聞かせるため、真逆の言葉を口にする。
「せんやの……ぜん……ぶ、くれ……」
「煽るの……禁止。楽さんには優しくしたいのに、……我慢、できなくなる……」
板垣は岩倉の腰を持ち上げ、蕾の最奥まで一気に突き上げた。
「僕の全部……受け止めて、ください」
「っんは……せん……や、すき……すきだ……」
そう言葉にしていないと、どうにかなってしまいそうなくらい気持ちも快楽も込み上げてくる。
「僕も楽さんが、大好きです」
抱き合っている間は互いに無我夢中で、起立に合わせ何度も何度も好きを繰り返し、気持ちを確かめ合った。
セックスの前に抱えていた不安はいつの間にか消し飛び、もっと千弥を感じたい、一ミリも離れたくないと思った。
千弥との初めてのセックスはほとんど委ねてしまったけれど、もう少ししたら俺もリードできるように頑張りたいな。
「前に話した僕のスランプ。原因はなんとなくわかっているって言いましたよね」
事後処理を済ませた俺たちはベッドに入っていた。
板垣の腕の中にすっぽり収められた岩倉は、真剣に話す板垣の顔をじっと見つめている。
「両親の離婚が原因なんです。離婚っていってもそれ自体が原因というわけではなくて、別れた父親とのことでどうしても受け入れられないことがあります」
「それは、俺が聞いても大丈夫なことか?」
千弥には伝えていないけれど、千弥の母親からある程度のことは聞いている。でもスランプの原因については千弥の母親もわからないと言っていた。
「父親は好きな人がいるみたいなんですよね。それで、家を出て行ったみたいです。そのことを知った時の僕は、一緒にいた過去も偽りだったんじゃないかって……。そう思ったら急に怖くなって、気づいたらピアノが弾けなくなっていました」
板垣の腕の中にいた岩倉だったが体勢を変え、板垣の胸に覆い被さるようにして抱きしめた。
「俺がいるから。千弥にはもう、俺がいるからな」
「ありがとうございます。心強いです」
背中に回された板垣の手はとても温かい。
「あの、……楽さんにお願いしたいことがあります」
お願いしたいこと? 俺にできることなんて限られているだろうに。
「俺にできることなら、なんでもするぞ」
「父親のこと、ちゃんと母親に聞きに行こうと思っています。真実を聞いて、自分を納得させたい。近々実家に帰ろうと思っています。それで…、一緒に着いてきてくれませんか」
千弥が前に進もうとしている。
「いいよ。千弥の力なれるなら協力する」
それを聞いた板垣は、岩倉を抱きしめる力を一層強くした。
「ありがとうございます」
抱きしめられた衝動で心が熱くなった岩倉は、板垣の顔が見たくて「なぁ千弥、キスしたい」と口走っていた。
先ほどの行為で岩倉自身、一皮剥けたような気がする。
岩倉の言葉に少しびっくりした表情を見せる板垣。
抱きしめる力が少し緩んだ隙に、岩倉は少しだけ上体を上へ移動し、初めて岩倉からキスをした。
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由利とYURI、義兄と義弟。
重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は――
執着系義弟α×不憫系義兄α
義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか?
◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·
【R18+BL】空に月が輝く時
hosimure
BL
仕事が終わり、アパートへ戻ると、部屋の扉の前に誰かがいた。
そこにいたのは8年前、俺を最悪な形でフッた兄貴の親友だった。
告白した俺に、「大キライだ」と言っておいて、今更何の用なんだか…。
★BL小説&R18です。
エスポワールに行かないで
茉莉花 香乃
BL
あの人が好きだった。でも、俺は自分を守るためにあの人から離れた。でも、会いたい。
そんな俺に好意を寄せてくれる人が現れた。
「エスポワールで会いましょう」のスピンオフです。和希のお話になります。
ハッピーエンド
他サイトにも公開しています
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!