【中長編BL┊︎完結】銀色に輝く漆黒のセレナータ

三葉秋

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番外編

SS┊︎枕元で囁くマッティナータ前編

 慣れというものは恐ろしい。半年もすれば他人の家にも慣れてくるものである。
 人間というのは順応性がある生き物だな。なんて、そんなことを考えながら今晩の夕食を作る岩倉は、せっせ、せっせとフライパンを動かしていた。
 ミニマリストというわけではないのだが自分と真逆の室内は、目に見えるところに物は少なく、衣類、楽譜などは全て棚やクローゼットの中に収められている板垣の部屋。その中で一際目立つものといえば、部屋の中央にドンと構える黒いピアノだ。
 そんな小綺麗な部屋に最初の内は緊張こそしていたものの、今では台所で簡単な料理まで作れる様になっているというのが付き合い初めて半年の現実である。
 全ての食材に火が通り、麺とソースが絡み合う。カルボナーラの完成だ。
「千弥ー!そろそろ飯できるぞ」
 部屋の中央に置かれたピアノを弾く板垣に向かって声をかける。
 現在の時刻は夜十時。
 このマンションは防音設備が整っており、二十四時間楽器を弾くことが可能だ。毎度のことだが学校の練習室が閉まるギリギリの時間まで練習し、まだ弾き足りない板垣は帰ってくるなりピアノに向かって指を動かすという一連の行動。
 この半年間で幾度となく見ている光景だ。
 スランプから抜けたとはいえ、根詰めて体調を崩したら元も子もない。岩倉とはずっと一緒に練習している訳では無いが、ある程度の板垣の練習量は把握しているつもりだ。集中力を切らさないために、練習中は極力声を掛けないようにしてはいるが、今日は午後の講義もなかったはずだから、さすがにやりすぎだ。
 あと……俺といる時くらい、もう少し一緒の時間を過ごしたいと思っているだけなんだけどな……。
 岩倉の声に反応を示さない千弥の元に歩み寄り、そっと肩を叩く。
「千弥……飯、食おう」
「あ、楽さん!ごめんなさい。気づかなくて」
「謝らなくていい。悪いことしてる訳じゃねぇだろ。ただ、そんなに夢中になって弾いてると……少し、心配になる……」
 そんな言葉を言わせたいわけではないのにと、ただ千弥のことが心配なだけで、別に千弥に謝らせたいわけではない。
「冷めちまう、早く食おう」
「はい、手……洗ってきます」
 何か言いたげな顔をしたまま板垣は洗面所へと消えていった。
 岩倉はご飯を食べるため、折りたたみ式のテーブルを準備した。付き合うまで板垣の家にはテーブルというものがなかった。特に一人暮らしでは困ることがなかったらしく、ご飯のときはキッチンかピアノ椅子をテーブル替わりにして食事をしていたらしい。
 流石に二人でそれはできないだろうということになり、折りたたみ式のテーブルとクッション兼座布団を購入した。そこまで広い部屋ではないので、板垣がピアノを弾いているとテーブルを出すことができない。そんな間取りも、一人暮らしであればテーブルを買わなかった要因のひとつだろうな。
 皿に盛り付けたパスタをテーブルに運んだところで板垣が戻ってきた。
 顔を見るに……、手どころか顔も洗ってきたな。
「楽さん……」
 名前を呼んだかと思えば急に抱きついてきた。
 千弥と俺の身長差から、真正面から抱きつかれると千弥の胸の位置にちょうど岩倉の顔がフィットする。
 頭の後ろを撫でられ「ありがとうございます」と囁かれた。
 板垣なりのフォロー。たくさんのありがとうが詰まった言葉だと思った。
 胸の圧迫で少しもごもごとした言葉になってしまうが、千弥に届いているだろうか。
「いいよ。ただ…また何かを溜め込むんじゃないかと思って、心配なんだ。きっと、お節介みたいなもんだけどさ……できることあれば、俺のことも頼れよな」
「楽さんのその言葉、どれほど嬉しいか……。僕は、幸せ者ですね」
「なにいってんだよ。俺だって、幸せ者だよ……」
 そう口にした瞬間、二人の腹の虫が同時に鳴った。
 二人にしてクスクスと笑い、
「あー、飯が冷めちゃう、早く食べようぜ!」
 互いの抱擁していた腕がとかれ、途中になっていたご飯の用意を再開した。
 もう夜食といってもいい時間なのだが、目一杯練習をして帰ってくるといつもこの時間になってしまう。夕方に少しお菓子を摘んだだけなので、そりゃ腹の虫も鳴るだろう。健康な成人男子なのだから。
「「いただきます」」
 ちょっと遅い夕食を二人で食べた。
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