壬生の狼 芹沢暗殺ッ!!

西村重紀

文字の大きさ
12 / 24

十二

しおりを挟む
 その頃、清河は江戸で、活動資金を稼ぐため、大店に押し込みを繰り返していた。無理難題を持ち掛け、大金を巻き上げる。徒党を組んで江戸の街を徘徊する不逞の輩と何も変わらなかった。
「聞いて呆れるぜ。何が尊王攘夷だ。これじゃ盗賊と何も変わらねえじゃねえか」
 我慢の限界に達していた佐々木は、清河を斬る覚悟を決めた。
 四月十三日の晩――。
 同志金子与三郎の邸宅を出た清河八郎の後をつけ、佐々木は窪田泉太郎鎮章ら同士六名で、麻布一ツ橋へ向かった。
 この夜、佐々木が狙う清河八郎は、庄内藩の郷士の出で、彼(か)の千葉周作の道場玄武館で北辰一刀流を学び免許皆伝の腕を持っていた。
 一方刺客である佐々木只三郎も、神道精武流を学び、小太刀日本一と称されるほどの腕前だった。
 余談ではあるが、のちに佐々木は同志とともに、京都にて見廻組を結成し、あの坂本龍馬を近江屋で暗殺している。奇しくも龍馬も清河と同じ北辰一刀流を学んでいた。
「行くぞっ!」
 清河の背中を捉えた佐々木は顎をしゃくった。
 夜陰に乗じて、佐々木ら刺客は抜刀すると、一ツ橋の袂に立つ清河に駆け寄った。
 清河は不穏な気配を察知して、右手に持つ提灯を投げ捨てた。しかし、その動作が一歩遅れを取り、六名の刺客に先手を取られた。
 まず、佐々木が清河に斬り掛かった。
 腰に差した刀を抜き応戦する清河の背後から、窪田が白刃を放った。
「ぐはっ……」
 窪田によって、背中の右肩口から左わき腹に掛けて斬られ、清河は悶絶する。そこを更に、佐々木が止めを刺すようにして、心の臓を突いた。
 佐々木が刀を清河の身体から抜くと、鮮血を夜空に噴き上げ、前のめりに崩れ落ちた。
「行くぞ……」
 清河の死を確かめると、佐々木は仲間たちとともに闇の中に消えた。

 京都と江戸で粛清が繰り広げられた直後、芹沢の暴虐無人な振る舞いが目立ちはじめるようになった。
 芹沢は、水戸一派他、試衛館一派の面々とともに、活動資金調達を建前として大坂へ赴き、この当時両替商を営んでいた今橋の豪商・平野屋五兵衛から金百両を借り受けた。これを当面の活動資金とした。しかし、これは飽くまで壬生浪士組としての活動資金であり、芹沢一個人は、京近郊の商家に無理難題を言い、祇園や島原で遊ぶための遊興費を巻き上げる始末だった。
 この時、平野屋から借り受けた金百両を元に、隊服、隊旗を揃えたとされるが、隊服の青地に白いだんだら羽織が着用された事実はない。実際は黒一色の装束であった。
 また、浪士組内で試衛館の派閥を強固にしたいと考えていた土方は、水戸一派に隠れて密かに厳しい規則を作ろうと企んでいた。
「なあ、山南さんよ」
 屯所として使用する八木邸の居間で、土方は辺りに人気がないこと確かめてから訊ねた。
「浪士組の規律を正すための法度が必要だと思わねえか」
「規律を正すための法度でござるか……」
 山南は神妙な面持ちになった。
「ああ」
 土方は首肯した。
「俺は、それを考えられる人物はこの壬生浪士組の中で、山南さんあんたしかいないと思っている」
「買い被り過ぎだよ土方さん」
 山南は満更でもないといった表情になり、やや謙遜気味に言う。
「俺は何れ、芹沢の野郎を消そうと思っている。そのためにはまずあの新見って博学野郎を消さなくてはいけねえ。奴が邪魔だ。奴を陥れるための法度を作ってくれないか、山南さん」
「……わかったよ。何とかしてみよう」

 殿内暗殺から半月が経った四月半ば過ぎだった。
 屯所として使用していた八木邸の座敷で、一人手酌で酒を呑む芹沢の前にして、
「芹沢どの。近頃のあなたのお振る舞い目に余るものがござる」
 苦言を呈したのは、家里であった。
「あぁんッ。何か文句でもあるのかぁッ!?」
 既に泥酔状態の芹沢は巻き舌で家里に凄む。
「苦情来ておる。少しは慎まれよ」
 酒を呑むと人格が豹変する酒乱の芹沢を恐れ、家里はこれ以上言葉を続けることを避けた。
「待てッ。この俺に文句を言っている奴は、どこのどいつだぁッ!?」
 手にする盃を放り投げ、芹沢が立ち上がった。
「四条堀川西入ルの呉服商菱屋でござる」
 家里は芹沢にそう告げ、襖障子を開け部屋を離れた。
 普段、寝起きしているもう一つの屯所前川邸へ戻る。裏口から邸内に入った。
 邸内へ入った家里を、根岸とその派閥である遠藤他二名の者が呼び止める。
「家里どの、ちと話がござる。奥へ」
 根岸は顎をしゃくり、家里に奥座敷へ入るように告げた。
「何事でござる。皆さん雁首を揃えて」
 怪訝気味に首を傾げながら家里は訊ねる。
「まあ、追い追いと……」
 根岸は、前川家の者たちの目や耳が気になり明言を避ける。
 中庭を隔てた八畳の部屋に入り、襖障子を閉じる。遠藤が一人、監視のために縁側に残った。
「我らはこれより隊を抜ける」
「はぁッ!?」
 根岸の告白を受け、家里は我が耳を疑った。
「先月、殿内どのを殺害(や)ったのは、芹沢と近藤らだ」
「……やはり然様でござったか」
「ああ」
 根岸は小さく頷く。
「このままでは我らも奴らに闇討ちされる。その前に私は隊を抜け、奴らの卑劣な行いを御公儀に訴える」
「……佐々木どのにでござるか」
「いや、あのご仁は当てにならぬ。万が一の時には我らを見捨てられるご所存と見た」
「然らばどうなされるおつもりじゃ、根岸どのご貴殿は」
「わからぬ。あとのことは隊を抜けてからのことだ……取り敢えず一刻も早く抜けねば。のう、家里どの其方も我らと一緒に浪士組を抜けぬか」
 真顔で根岸は訊ねる。
 一瞬、家里は躊躇った。
「明日、遠藤、鈴木、清水の三名を連れ、伊勢参りへ出掛けると申し、隊を離れることになった。既に、山南や新見には伝えてある」
「山南と新見に……!?」
「あの二人は信用できる。芹沢の暴挙を快く思っておらぬ。其方も我らとともに行かぬか」
 もう一度問われ、家里は返答に戸惑った。
「少し考えさせて頂きたい」
「……然様か、残念じゃ」
「他言はせぬ故、ご案じ召されい」
 家里は根岸にはっきりとした口調で伝えた。
 翌朝、根岸は遠藤他二名の同士を連れ、伊勢参りに行くと行く名目で壬生を離れた。
 根岸が三人の仲間を引き連れ、壬生浪士組を脱退すると、隊内での家里の立場がいよいよ怪しくなった。

 数日後、芹沢が寝泊まりする八木邸の奥から、絶頂を迎える瞬間の女の嬌声が響いて来た。
 今後の身の振る舞い方を、山南と新見に相談しようと家里が、八木邸を訪れたまさにその時だった。
「ふむ……あれはッ!?」
 戸惑いつつ家里が山南に問う。
 真面目な山南は、赤面しながら、
「菱屋の妾でござる」
「菱屋の……」
 家里が首を傾げる。
「名をお梅と申す。昨日、借金の催促に芹沢さんの許を訪れ、手籠めにされた」
 新見が真相を告げた。
「何と……!?」
「女の方も元島原の遊女と聞く、満更でもなかったのであろう」
 新見が付け加えた。
「して、如何なさるご所存か家里さん」
 山南が家里を凝視する。
 流行りの月代を狭く剃り上げた山南の黒い双眸を見詰め、家里は溜め息を吐いた。
「そうだな……根岸さんも去った今となっては拙者の立場もいよいよ怪しくなった」
「隊を脱するご所存か」
「迷っておる」
 家里は真顔で答えた。
「私は聞かなかったことにしよう」
 新見が微笑を浮かべた。そして山南と見詰め合い小さく頷き合った。
 数日後、家里は夜陰に乗じて屯所である前川邸を抜け出し、壬生浪士組を脱退して姿を晦ました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

元亀戦記 江北の虎

西村重紀
歴史・時代
浅井長政の一代記です

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

江戸情話 てる吉の女観音道

藤原 てるてる 
歴史・時代
この物語の主人公は、越後の百姓の倅である。 本当は跡を継いで百姓をするところ、父の後釜に邪険にされ家を出たのであった。 江戸に出て、深川で飛脚をして渡世を送っている。 歳は十九、取り柄はすけべ魂である。女体道から女観音道へ至る物語である。 慶応元年五月、あと何年かしたら明治という激動期である。 その頃は、奇妙な踊りが流行るは、辻斬りがあるはで庶民はてんやわんや。 これは、次に来る、新しい世を感じていたのではないのか。 日本の性文化が、最も乱れ咲きしていたと思われるころの話。 このてる吉は、飛脚であちこち街中をまわって、女を見ては喜んでいる。 生来の女好きではあるが、遊び狂っているうちに、ある思いに至ったのである。 女は観音様なのに、救われていない女衆が多すぎるのではないのか。 遊女たちの流した涙、流せなかった涙、声に出せない叫びを知った。 これは、なんとかならないものか。何か、出来ないかと。 ……(オラが、遊女屋をやればええでねえか) てる吉は、そう思ったのである。 生きるのに、本当に困窮しとる女から来てもらう。 歳、容姿、人となり、借金の過多、子連れなど、なんちゃない。 いつまでも、居てくれていい。みんなが付いているから。 女衆が、安寧に過ごせる場を作ろうと思った。 そこで置屋で知り合った土佐の女衒に弟子入りし、女体道のイロハを教わる。  あてがって来る闇の女らに、研がれまくられるという、ありがた修行を重ねる。 相模の国に女仕入れに行かされ、三人連れ帰り、褒美に小判を頂き元手を得る。 四ツ谷の岡場所の外れに、掘っ立て小屋みたいな置屋を作る。  なんとか四人集めて来て、さあ、これからだという時に…… てる吉は、闇に消えたのであった。

奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏
歴史・時代
気が付くと遠江二俣の松井家の明星丸に転生していた。 戦国時代初期、今川家の家臣として、宗太は何とか生き延びる方法を模索していく。 桶狭間のバッドエンドに向かって…… ※この物語はフィクションです。 氏名等も架空のものを多分に含んでいます。 それなりに歴史を参考にはしていますが、一つの物語としてお楽しみいただければと思います。 ※2024年に一年かけてカクヨムにて公開したお話です。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...