道誉が征く

西村重紀

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第一章

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 藤夜叉一座を追って嘉兵衛が四郎の前から消え、四半刻(約三十分)が経った。更に四半刻が経過したが、一向に嘉兵衛が戻って来る気配はなかった。
 痺れを切らした四郎が、一人で京極高辻の館に戻ろうと馬の手綱を取ったその時だった。 探索から戻って来た嘉兵衛が四郎の前に現れた。
「遅くなり申し訳ございません」
「まあ良い。して、あの者たちの塒は突き止めたのか」
 四郎が尋ねると、嘉兵衛は小さく頷いた。
「嵯峨野の外れに、後嵯峨帝と亀山帝が造営なされた離宮あるのを、殿はご存知でしょうか」
「亀山殿のことじゃな……ん!? まさかそこがあの者たちの塒であると申すのかっ」
 四郎は両眼を大きく見開き、やや上擦った声を上げた。
 亀山とは、現在の天竜寺のある場所から西の、紅葉の名所と知られた小倉山のことを指す。山の形が亀の甲羅に似ているからそう呼ばれたのだ。
 元々、この地には檀林寺という寺院が建っていた。禅宗の尼寺だ。
 承和年間(八三四~八四八)に、嵯峨天皇の皇后橘嘉智子が、唐の名僧義空を招いて創建した寺だ。皇后の死後寂れ、一条天皇の御世に廃寺となった。
 檀林寺が建っていた場所に、鎌倉時代中期に後嵯峨天皇とその子亀山天皇が離宮を造営したのだ。
 亀山殿と呼ばれる離宮を建てるに当たって、この土地から蛇塚が見つかり大量の蛇が現れた。人々は鬼神の祟りを畏れたのだが、大臣の一人が『王土にをらん虫、皇居を建てられんに、何のたたりをかなすべき。鬼神はよこしまなし。咎むべからず。ただ皆掘り捨つべし』と述べ、大井川(桂川)に流した。その後、全く鬼神の祟りはなかったという逸話がある。
 嘉兵衛はその蛇塚に纏わる逸話と、藤夜叉一座が宿として使っている離宮に関することを主君に説明した。
 話を聞いた四郎は、大きく見開いた目を白黒させ、驚きを隠せずにいた。
「何とあの者たちは主上と縁続きなのか」
「然にあらず。某が調べたところによりますれば、主上のお側近くに仕える公達日野俊基殿の縁の者ということです。然様、土地の者が申しておりました」
 嘉兵衛は身振り手振りを交え、四郎に報告した。
「嘉兵衛、今日のところは京極高辻の館に戻るぞ。何れ折を見て訪ねるとする」
 四郎は馬に跨ると、尻に鞭を入れた。

 鎌倉時代とは、源頼朝によって鎌倉に幕府が築かれ滅亡するまでの、日本の歴史の時代区分の一つを指す。相模国の鎌倉に、幕府の中心である大倉御所が存在したので、鎌倉時代という。
 平清盛が打ち立てた平氏政権と違い、鎌倉幕府によって本格的な武家政権が誕生した。
 頼朝を含む源氏の征夷大将軍は三代で途絶えたのだが、その後、都から九条頼経を迎え摂家将軍が誕生した。五代将軍九条頼嗣追放後、後嵯峨天皇の皇子宗尊親王が六代将軍に就任し、宮将軍が誕生した。現在の将軍は九代守邦親王である。しかし、飽くまで鎌倉幕府の最高権力者は、二代執権である北条義時の子孫である歴代の執権と代々の得宗家当主であった。
 佐々木四郎左衛門尉高氏は、将軍と執権、得宗家当主に仕える御家人の一人に過ぎない。だが今は、検非違使という朝廷の官職に就き、在京して都の治安を維持する警察権を司る立場にあった。
 京の治安を預かる検非違使の四郎が、嘉兵衛一人を供廻りとしてお忍びで、亀山殿と呼ばれる離宮に足を運んだのは、年が明けてからのことであった。
 元亨三年(一三二三)正月某日、四郎は予てから目を付けていた白拍子の藤夜叉に会うため、離宮の門を叩いた。
 この日の彼の装いは、普段の派手な直垂とは違い、実に質素で地味な色合いだった。褐色の直垂に、蝙蝠が描かれている。
 如何に検非違使という身分を名乗っても、そう易々と離宮に忍び込める筈もなく、門前払いを喰らうことは初めから予想していた。そこで四郎は、知恵を働かせ、身分を偽ることにした。
 門衛の侍に、
「身共は日野大内記卿にお仕えする佐々小四郎と申す。藤夜叉殿に火急の用があって罷り通る」
 と四郎は堂々とした態度で告げた。
 門衛は一瞬、怪訝そうに顔を顰める。
「火急の御用とは如何なることか」
「火急の用と急ぎの用ということじゃ。いちいちその方らに申すことではない」
 四郎は臆することなく言い放った。
 門衛は四郎の勢いに気圧され、後退る。
「退けっ」
 吐き捨てると、四郎は嘉兵衛を従え離宮内に足を踏み入れた。
 四郎の目の前は幽邃な庭園が広がっていた。おりしも昨晩辺りから降り積もった雪のため、一面銀世界だった。
 離宮内に入ったまでは良かったが、藤夜叉一座がどこにいるのか全く分からない。
 だが、そこは豪胆な婆沙羅を気取る四郎だけあって、嘉兵衛とは違い狼狽える素振りなど見せない。いや、実際に狼狽えていないのだ。
「と、殿……」
 嘉兵衛は上擦った声を上げ四郎を呼び止めた。
「何じゃ嘉兵衛、お主はもしやして怖いのか」
 半分馬鹿にするかのように四郎は問い掛けた。
 ところがだ、四郎の予想に反して騒ぎが大きくなった。
「最前、曲者が忍び込んだ。見付け次第討ち取れっ」
 警護の任に就く侍たちが騒ぎ出す声が、四郎主従の耳にも届いた。
「と、殿……」
 臆病な嘉兵衛は狼狽えつつ四郎を上目遣いで見やった。
「ちと、拙いことになったな」
 四郎は自嘲意味に言った。
 普段なら庭木の陰に隠れ身を屈めれば遣り過ごせるところだが、生憎雪が積もっているため、足跡までは隠すことが出来ない。
「いたぞっ、こっちじゃ!」
 嘉兵衛が侍の一人に発見された。
 屈強な男たちが押し寄せて来た。もはや絶体絶命の窮地となった。
 四郎主従を取り囲む侍たちは、武官が纏う闕腋の袍に身を包み、その手には長鑓や弓を持っている。頭には巻纓冠、腰には衛府の太刀を帯びている。足元は靴の沓。
 普通の侍ではないことは、四郎の目で見ても明白だった。
 こ奴ら武士ではないな。恐らく北面の……。
 つまり、王家の犬ということだ。
 だとすると、この離宮を塒とする藤夜叉という女性にょしょうは、一体何者か……?
 四郎の脳裏にある種の疑問が生じた。
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