道誉が征く

西村重紀

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第三章 

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 元徳二年(一三三〇)四月一日。
 後醍醐天皇の側近の一人中原章房が、清水寺参詣の際、悪党の瀬尾兵衛太郎に暗殺されるという事件が発生した。
 ことの発端は、この元徳二年(一三三〇)に行われた後醍醐天皇の行幸の際の密談にあった。 
 後醍醐天皇は、心を許せる側近を伴い南都(奈良を指す)と洛東の寺社を巡行した。その折、検非違使大判事の中原章房に、鎌倉幕府討幕計画を打ち明けたのである。
 しかし、章房は、首を縦に振ることはなく、
「時期尚早と存じ上げ奉る。もしも、坂東征伐(討幕)に失敗すれば、朝儀は再び塗炭に堕ちるに違いありません」
 と承久の乱の前例を用い、後醍醐天皇を諫めたのだ。
 ところが、倒幕に意欲を燃やす後醍醐天皇は、側近である参議の平成輔を通じて章房の暗殺を命じた。章房の口から、倒幕計画が鎌倉方に伝わることを恐れ、口を封じた。
 後醍醐天皇の意を受けた成輔は、悪党瀬尾兵衛太郎を使って清水寺参詣の際、中原章房を暗殺した。

 領国北近江柏原の館に居た道誉は、白拍子の藤夜叉一座を探索している時に、伊賀服部党の流れを汲む地侍を知った。その名を服部善助という。
 柏原の館の奥書院、広々とした庭園に面した広縁で、華道の元となった立花を行っている道誉の許に、善助が現れた。
 冬の時期に咲く水仙や椿を手にして壺に花を挿す道誉は、その雑色の姿も見ずに、
「如何した善助」
 と問うた。
 善助には、藤の前の消息を探らせると同時に、洛中洛外に於ける朝廷、六波羅探題の動きを探らせ、何か動きがある度に逐一報告させていたのだ。
「検非違使の中原大判事章房殿、帝の命によって悪党瀬尾兵衛太郎に討たれました」
 善助からの報せを受け、道誉は手を止めた。雪が降り積もった庭先で片膝をつく善助を見やる。
「……中原大判事と申せば、主上が最も信頼なされた御仁のお一人の筈、その中原殿を……これは何としたことじゃ」
 早まられたな帝は……。
 道誉は直感的に、後醍醐天皇の計画が失敗に終わる、と予感めいたものを覚えた。
 憮然とかぶりを振った。
「善助よ、六波羅の北方と南方は、このことを存じておるのか」
「既にお二方の耳には入っておりまする」
「然様か……ふむ、下がってよいぞ」
「はっ」
 若き日に妖しげな術を体得していた善助は、音も立てずにその場から姿を消した。
「誰か誰かおらぬかっ」
 道誉はパンパンと手のひらを叩いて側近を呼んだ。
 間もなくして嘉兵衛が現れた。
「都に上る。仕度せいっ」
「ははっ」
 広縁に片膝をつき、嘉兵衛は主君道誉に頭を下げた。
「厳覚に国境を固めよと申し伝えよ。我が領国を通る者は何人も通すな」
 道誉は、美濃、若狭、越前、山城に通じる街道を固めるように命じた。何人も通すなと命じた訳だが、これは方便であって鎌倉方の間者と、朝廷方の間者双方何れも通すなという意味なのだ。
 京極佐々木家家宰筆頭の吉田厳覚に留守を任せると、道誉は早々に上洛の途に就いた。

 上洛後道誉は直ちに六波羅探題に顔を出し、北方、南方それぞれに時候の挨拶をした。
 北方の常盤範貞は、渋面を作り、
「帝にも困ったものよ」
「しかしながら、其処許は如何致されるご所存か」
 道誉は範貞の真意を確かめる。
「取り敢えず捨て置く。これが鎌倉からの指示でござる」
「鎌倉からの指示?」
 道誉は小首を傾げた。
 得宗家当主の北条高時の指示か。
 それとも執権の赤橋守時の指示か。
 はたまた今や得宗家凌いで鎌倉幕府を牛耳る長崎円喜の指示か。
 道誉は頭の中で考えを巡らせた。
「ご不満か、佐渡判官殿は」
 範貞は不敵な笑みを浮かべた。
 先年、鎌倉の小町亭にて拝謁した高時は、最早は完全に政治には関心を示さなかった。犬が死んだと嘆く姿を見て、内心道誉は呆れ返ったほどだ。それよりも増して、長崎親子の専横が酷くなっていた。
 主上を取り巻く公達共も腐っているが、鎌倉も腐っている。これが道誉の本音だった。
 この世を根底から作り変える。それが婆沙羅という生き方である。
「何を悠著なことを申しておられる。ことが起こってからでは遅過ぎまするぞ」
「さりとて、佐渡判官殿は帝のお側近くに侍る日野俊基なる者と入魂の間柄と聞く。何でも、かの者の実の妹御にぞっこんとか申すそうではないか」
 範貞に痛いところをつかれ、道誉は忽ち頬が熱くなった。
「そ、それは……」
「図星と見えるな」
 範貞は道誉を嘲笑った。
「たとえ身共が日野殿の妹御に恋焦がれていようとも、主上の側近共が鎌倉及び得宗殿に謀叛を企んでいることとは話が別でござるっ」
 範貞を睨み付けながら道誉は語気を荒げた。
「然らば御辺は如何致せと申されるかっ」
 負けじと、範貞も声を張り上げ道誉を睨み返した。
「直ぐにでも捕り手を差し向け、捕縛致されるが宜しかろう」
「何の罪で」
「謀叛を企てた罪でござる」
 道誉は真顔で告げた。
 しかし結局道誉の意見を範貞が取り入れることはなく、六波羅探題は鎌倉の指示通り朝廷側をそのまま泳がせることにした。
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