道誉が征く

西村重紀

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第三章 

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 後醍醐天皇の側近、吉田定房が六波羅探題に密告したのは、元徳三年(一三三一)四月二十九日のことであった。
 報せを受けた鎌倉幕府では、執権赤橋守時を中心に協議した結果、承久の乱の先例に倣い京へ軍勢を差し向けることが決まった。長崎円喜の息子高貞が侍所所司、軍奉行として追討使に加わっている。
 この追討使には、足利高氏も御家人の一人として加わった。
 高氏はこの時、父貞氏の喪中であったため、当初鎮圧軍に従軍することを辞退した。だが、鎌倉幕府を裏で牛耳る長崎円喜、高資親子の圧力に屈服し、不本意ながら参加した。
 鎌倉幕府から御家人の一人として鎮圧軍に従軍するように命を受けた道誉は、一旦、領国北近江柏原に戻った。
 先祖伝来の大鎧に身を固めた道誉は、手勢数百騎を率いて上洛の途に就く。上洛後、直ちに六波羅探題方に加わり、御所に兵を進めた。
 その間、朝廷側の首謀者の一人として捕縛された日野俊基は、得宗家被官諏訪左衛門尉のよって鎌倉に護送されることになった。俊基の他、数名の公家や僧侶が捕縛され、鎌倉に送られている。
 翌元弘二年(一三三二)六月三日、俊基は、鎌倉の化粧坂の葛原ヶ岡にて斬首された。
 その時、俊基が詠んだ辞世の句が、

 古来一句(古来の一句)
 無死無生(死も無し生も無し)
 万里雲尽(万里雲尽きて)
 長江水清(長江水清し)

 である。
 また他にも、

 秋を待たで
 葛原岡に
 消える身の
 霞のうらみや
 世に残るらん

 という辞世の句が伝わっている。

 話を元徳三年(一三三一)の八月九日に戻そう。
 倒幕挙兵が鎌倉方に露見した最中、後醍醐天皇は元号を元徳から元弘に改元する詔を発した。しかしこれは、幕府側と持明院統からは認められなかった。
 この小説では、後醍醐天皇が改元の詔を発した元弘を使用する。
 事態が思わぬ方向に動いたことにより、身の危険を感じた後醍醐天皇は、第一皇子である一品中務卿尊良親王、第三皇子である元天台座主の大塔宮尊雲法親王(のちに還俗し護良親王)らと共に、夜陰に乗じ密かに京を脱出した。
 その折、後醍醐天皇は女装して逃げたと伝わる。

「弾正殿、帝の行方をご存じないかっ!?」
 手勢を率い上洛した道誉は、早速後醍醐天皇の安否を確かめるべく、六波羅探題北方の普恩寺仲時に尋ねた。
「いや、身共は存ぜぬ」
 大鎧に身を固めた仲時は徐にかぶりを振った。
 そこに南方の政村時益が現れた。
「方々主上の行方が分かり申したぞ」
「それは誠でござるかっ?」
 道誉は、時益を見やった。
「一品中務卿と法親王と共に、叡山に行幸遊ばしたと、先ほど我が手の者が報せてまいった」
「叡山で、ござるか……?」
「然様。叡山の大塔宮様が八瀬童子を使わせ、山中に密かに設けられたとの由に」
「何とっ!?」
 道誉はゆっくりと振り向き、都の北東鬼門の方角に連なる比叡山を見詰めた。
 間もなく夜が明けようとしている。東天が白く輝いていた。

 鎌倉から派遣された三十万の鎮圧軍と合流した六波羅勢と共に、幕府側に加わった道誉は大鎧に身を固める足利高氏の姿を認めた。ゆっくりと近寄り背後から声を掛ける。
「足利殿、御辺も追討使に」
「……佐渡殿か、そう申される佐々木殿も」
「此度の戦い、御辺は如何見る」
 真顔で道誉は尋ねた。
「斯様なこと、身共に尋ねられても分かり兼ねる。ただ、一刻も早う、鎌倉に戻りたい。身共は、戦は苦手じゃ」
 相変わらず高氏は、軟弱で優柔不断な回答を口にした。
「ふん、然様か……ところで足利殿に一つお尋ね致したき儀がござる」
「某に」
 高氏は怪訝そうに眉根を寄せた。一体何を尋ねられるのか考えている、といった表情をしている。
「其処許の御内儀は確か、執権赤橋殿の妹御でござったな」
「ええ」
 高氏は軽く頷いた。
「お二人の間には千寿王殿と申されるお子がおありの筈」
「確かに登子との間には千寿王を儲けておるが、はてそれが何か……?」
 高氏は徐に首を傾げた。
「足利殿、御辺は千寿王殿の他にも、側妻に産ませたお子がおありと聞く」
「さて何のことやら、某には全く身に覚えがござらん」
 高氏は惚け面でかぶりを振った。
 この他人を食ったような高氏の態度に、道誉は苛立たしさを覚えた。
「伊豆走湯山の伊豆山神社に預けし竹若丸殿と、鎌倉の東勝寺に預けし新熊野殿と申す二人の男児がおありであろうっ」
 道誉は高氏を睨め付け、語気を荒げた。
「……はて。それは佐々木殿の勘違いでござろう。某には全く身に覚えのないこと」
 飽くまでも惚けて白を切るつもりである高氏に、道誉は業を煮やし、
「戯言を申されるな足利殿っ。当方は既に調べが付いておる。若竹丸殿は御辺の一門加古六郎殿が娘に産ませたお子、いま一人新熊野殿は、先に鎌倉方に捕縛されたる日野蔵人俊基卿の妹御藤の前殿に産ませたお子」
「……初耳でござる。某、全く身に覚えがござらぬ」
 呆け面を晒しかぶりを振る高氏に殺意を覚えた道誉は、太刀に手を掛けようとした。
 その瞬間だった。
「主上がおわす場所が分かったぞっ!」
 追討使の一人で、その頭目である北条一門阿蘇治時の家人が大音声を発した。
「主上は何処におわす」
 大鎧を纏った甲冑武者が尋ねた。六波羅短大北方の普恩寺仲時だ。
「笠置山でござる」
「笠置山……?」
 仲時は怪訝そうに口にした。
 道誉も太刀を握ったまま、顎を南東の方角に向けた。
「笠置山か」
 道誉は太刀から手を放し、口許に不敵な笑みを浮かべた。

 笠置山に籠った後醍醐天皇の許に馳せ参じた武将は、楠木正成と平野将監重吉ら畿内を根城とした悪党たちであった。
 鎌倉幕府方は早速、笠置山に軍勢を送った。
 笠置山に籠って幕府軍と戦った後醍醐天皇らは、攻め寄せる鎌倉方の圧倒的な軍事力を前に為す術なく降伏した。九月二十七日、未明のことだった。
 この時、後醍醐天皇は衣服も纏わず髪を振り乱し笠置山の山中を彷徨っていたところを、追手に発見され取り押さえられた。
 先に述べた通り、花園上皇は、この体たらくな後醍醐天皇の有様を聞き及び、
「王家の恥」
「一朝の恥辱」
 と、その日記『花園天皇宸記』に書き残している。
 鎌倉方の追手に捕縛された後醍醐天皇は、
「これは天魔の所為故、許して頂きたい」
 と、取り調べに当たった者に命乞いをした。
 一方、密かに笠置山を脱した楠木正成と平野将監は、河内の山中に逃げ込んだ。彼らに加わって、後醍醐天皇の二人の皇子、尊良親王と護良親王も河内の山中に逃亡した。
 のちに天才軍略家と称される正成は、上赤坂城、下赤坂城を築き、この二つの山城を拠点に幕府軍を迎え撃った。
 佐々木道誉、足利高氏らも、幕府軍の一員として戦っている。
 元弘元年(一三三一)九月二十日、鎌倉幕府は後醍醐天皇を廃位し、その皇太子であった持明院統の量仁親王を即位させた。北朝の初代天皇、光厳天皇である。
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