白冥霜花

紫雲丹

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啓春花

第六話




第六話



 翌朝、楓台山を下りかけた秋霖に、声が届いた。

『どこへ行く?』

 不思議と、その声は耳に直接届く。だが、振り向いても姿はない。秋霖は足を止め、辺りに目を向けた。

「面白い術を使っているな」
『俺の思念を霊力に乗せて、あんたの纏う霊気に直接流し込んでる』
「……器用なことをする」
『どうせ昨日の薬幽堂に向かうつもりだろ?』
「分かっているなら、聞くな」

 秋霖の予測が正しければ、祓魔剣が見つかるまで魔封印の贄にされる人間は今後も増え続ける。剣を探すことも重要だが、鬼から人を守ることも天吏の役目だ。

 そのとき、虓屠が木の上から音もなく飛び降り、秋霖の前に姿を現した。

「なあ……少しだけ、あんたの血をくれないか」
「……血、だと? 何に使うつもりだ」

 秋霖は眉をひそめた。もし「天吏の教本」というものがあるなら、最初の頁に「鬼に血を与えるな」と書かれているだろう。

「主人であるあんたの血をもらえば、俺の力が単純に強化される。思念術だって、距離に関係なく使えるようになる」

 悪意があるのかないのか、判別がつかない。契約したばかりの鬼に、そこまでの信頼はできない。秋霖は無言で虓屠の脇を抜け、足早に山道を下り始めた。

『鬼や人と違って、天吏には肉体がない。そう見えているだけで、私は魂そのものだ』

 思念術――虓屠が行ったように霊気を媒介にして声を送る術を実際に試してみれば、想像以上に繊細な技術が必要であることがわかる。

 背後から虓屠がついてくる。

『じゃあ、あんたに血はないのか?』
『……血のように見えるだけで、実際には魂が流れ出ているにすぎない』
『肉体がないってことは……神仙みたいに不死ってことか?』

 その問いに、秋霖は何も答えなかった。




 二人が闇市の南西に位置する、かつて于家の屋敷だった廃墟に近づくと、そこには人だかりができていた。
 霄嶺劍派の青衣をまとった修行者たち、紫鳳閣しおうかくの紫衣の門弟たち、そして名もなき道士や修身者が入り混じっている。
 様子を伺おうと秋霖が歩み寄ったその時、明るい声が彼を呼び止めた。

「顧先輩…! 顧先輩! 来てくれると思ってました」
「…荘涛。これは一体何事なんだ」

 問いかけに応じて、荘涛の後ろからついてきた沈奕が一礼しながら答える。二人の傍に立つ虓屠の姿は、もちろん誰の目にも映っていない。

「祓魔剣の件が私たちの報告で鬼の関与が明らかになりました。それを受けて現在、各門派で行方不明になっている弟子たちの捜索と、被害を受けた門派が合同で薬幽堂の調査に乗り出すことになったのです」

 つまり、正式に薬幽堂へ乗り込んで解体するということだ。秋霖の耳元に、虓屠の思念が滑り込む。

『一応言っておくが、ここには深入りしない方がいいと思うぞ』
「それならば、私も同行して構わないか? 鬼の動きが気になっていた。邪魔にならぬよう後ろに控えている」

 虓屠の忠告を無視してそう告げると、荘涛は目を輝かせて頷いた。

「もちろんです…!! 先輩がいてくれたら心強い! いいよな、師兄?!」
「願ってもないことです。よろしければ昨夜の恩人として、師尊にご紹介させていただいてもよろしいでしょうか」
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