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幻燼夢
第二十一話
第二十一話
一蓮君は彤彤に、霊力を用いた軽功を教えることにした。習得すれば跳躍力が増し、壁を走ることもできるようになる。
もともと彤彤には、狩りで鍛えられた体力と胆力があり、一蓮君の教えにも従順で、心根も素直だった。
「なあ、真人様って剣が使えるのか?」
休息中、床に寝転がっていた彤彤は、一蓮君の背に帯びられた銀章を指差して尋ねた。
「ああ……私は剣士だからな」
「じゃあ、ここから出られたら俺に剣を教えてくれ!」
勢いよく起き上がる彤彤の瞳の輝きに、一蓮君は少し考えた後、静かに頷いた。今は、この少年にできる限りの希望を与え、励まし、脱出させる必要がある。
「……外へ出ることができたらな」
「はあ、お腹すいたあ~~」
「ここを出られたら、腹いっぱい食えるぞ」
五日目、彤彤は壁を登れるようになり、六日目にはその壁から跳躍して、とうとう天井の穴に手が届いた。
「やったー!真人様ー!!出られたぞー!」
無事に穴を登り切った彤彤は、外から洞窟の中へと声を響かせた。
「よくやったぞ、彤彤!もう落ちてくるなよ!」
穴を見上げて声をかけた一蓮君は、安堵の息を吐いた。だがその翌日、彤彤は再び現れた。
「真人様ー!!」
「彤彤!?……なぜ戻ってきた……」
七日前のように尻餅をつくこともなく、今度は見事に着地して一蓮君の前に座る。
「外に出られたら、俺に剣を教えてくれるって約束したぞ!」
「……彤彤」
気合いに満ちた少年の体には、修行でできた痣がいくつも残っているはずだった。空腹の疲れもあるだろうに、彼は休むこともせず真っ先にこの場所へ戻ってきたのだ。
自分の体が短期間で強くなったことに、興奮冷めやらぬ様子だ。その丈夫さは、まさに天賦の才と言えた。
一蓮君は困ったように眉を下げた。
「ご両親が心配しておられただろう……」
「……うん。でも、真人様が助けてくれたって言ったら、喜んでたぞ」
「……彤彤。この場所のことは、誰にも話していないな?」
少年は力強く頷いた。
彤彤は、弟子にするには申し分のない素質を備えている。もし忌狐青に閉じ込められていなければ、一蓮君は快く彼を弟子にしていただろう。
だが、この状況でなければ、天吏が弟子を取ることなど本来は不可能だった。
──これも、天意なのかもしれない。
一蓮君は意を決して口を開く。
「迅流無剣を聞いたことがあるか……?」
彤彤は小さく首を傾げ、それから横に振った。
「私は君に、自分の剣技を見せることができない。……だから、迅流無剣のすべてを教えることはできぬ。それでも……私に弟子入りしたいか?」
「師匠!弟子にしてください!」
鼻息荒く叫ぶ彤彤の、情熱を帯びた眼差しは、いつかの友のそれに、よく似ていた。
一蓮君は微笑み、新しい弟子に告げた。
「では、師に叩頭しなさい」
彤彤は真剣な面持ちで姿勢を正し、床に手をついて三度、頭を深く下げた。
「よろしい。君は、今日から私の弟子だ」
*
彤彤を弟子に迎えてから五年が経った。
学問と武術の基礎と煉気修行を終え、いよいよ迅流無剣の剣技に移る時が来ていた。
一蓮君は、我流で極めたその剣技をどう伝えるべきか、師として日々試行錯誤を重ねていた。
「迅流無剣の本質は、剣と一体化し、流水のごとく舞い、光のごとく進む」
木剣代わりの棒を握った彤彤が、一蓮君の口伝をもとに動きを再現していく。
結界の中では立ち上がることもできず、実際に剣を振るうことが叶わない一蓮君にとって、それは唯一の指導法だった。
だが彤彤は、想像力を駆使して愚直に修行を続けた。才能があるからこそ、一蓮君の中には伝えきれぬ口惜しさが募っていた。
「君に、本物の剣を教えたかった……」
実際に剣を交えることがなければ、迅流無剣の真髄は理解できない。彤彤であれば、それができたかもしれない――その思いが、日増しに膨らんでゆく。
一蓮君はふと、体を傾けて背後を見た。
そこには、干からびたまま動かぬ鬼が静かに座している。もし彤彤が剣を修得し、脅威と見なされたなら、分身が目を覚ます可能性もある。
日々の修行は、常に危険と隣り合わせだった。
彤彤自身も、師がこの場に“住んでいる”のではなく、背後の鬼に囚われていることを理解していた。
「師匠、もし俺が、師匠を閉じ込めてる鬼を倒せれば……」
「駄目だ!!!」
温厚な一蓮君の突然の怒声に、彤彤は肩をすくめた。
「あれに手を出してはいけない。……あの鬼は、人の手に負えるものではない」
低く、沈んだ声で続ける。師が閉じ込められているのを見て、彤彤が無力を悟っているのも分かっていた。
一蓮君が時折覗かせる哀しげな表情を見ているのが辛いのだ。
彤彤は静かに息をつき、気持ちを切り替えると、何事もなかったように修行を再開した。そして話題を変え、村人たちの話や、家族のこと、日々の出来事を楽しげに語り続けた。
そのおかげで、一蓮君は顔も知らぬ村人の名と性格まで、いつの間にか覚えてしまっていた。
――二人が出会ってから、十年が過ぎた。
迅流無剣の本質こそ掴めぬままだが、彤彤は技の形を会得し、逞しい青年へと成長していた。
「彤彤。私の弟子として、君に“彤一”の名を授ける。君は、私にとって最初の弟子だ」
一蓮君は指先に霊力を纏わせ、結界の内側から名前を書いた。反転させれば、彤彤には正しい文字として見える。
「彤一……彤一! いい名前だ! 師匠、ありがとう!」
少年だった彤彤は、いまや一蓮君と肩を並べられるほどの背丈になっている。
「彤一。外の世界を見て、剣を交え、見識を広げてきなさい」
教えられることは全て伝えた。この洞窟では、もはや学べるものはない。
名残惜しさを抱えながらも、一蓮君は弟子を旅立たせた。
「師匠、感謝する! 旅を終えたら、必ず戻ってくる!」
──さらに十年が過ぎた。
「師匠! 不肖の愛弟子、彤一が帰ってきたぞ!」
かつての初々しい若者は、顎に無精ひげを残し、逞しく無骨な男へと変わっていた。
背中には、旅路を共にした剣を携えている。
「聞いてくれ師匠、話したいことが山ほどある!」
「……それもいいが、まずは成果を見せてくれ」
彤一は剣を抜き、鍛え抜いた剣技を披露する。
その奔流のごとき剣筋は、迅流無剣を基にしながらも独自の進化を遂げ、まったく別の剣術へと昇華していた。
「……ふむ、君の剣は、もはや別の名で呼んだ方が良さそうだ」
「迅流笑剣か……?」
「っ……ははは!」
思わず吹き出した一蓮君は、すぐに咳払いをして取り繕った。
そんな師を嬉しそうに見つめながら、彤一はまっすぐに膝をついて頭を垂れる。
「師匠、不出来な弟子ですまない。……師匠の剣を、継ぐことができなかった」
「彤一、謝ることはない。私の剣は、たしかにお前の中にある。そして、君は旅の中で、自分の剣を見つけた。師は、それが何より嬉しい」
彤一の剣には、人を守るための意志が込められていた。
迅流無剣が剣の極地に至ったものであるならば、彤一の剣は新しい時代を生きる者の心を映す剣だ。異なる強さと、美しさがある。
「“暁流心剣”──私は、君の剣をそう呼びたいのだが、どうかな」
「……! さすが師匠! ぜひ、その名を頂戴したい!」
彤一は喜んで頭を下げると、懐かしい声で旅の話を語り始めた。
一蓮君はその成長を微笑ましく受け止め、身を乗り出して話に聴き入った。
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