41 / 123
幻燼夢
第二十二話
第二十二話
「師匠、都へ行ったときに俺の師匠が誰かって聞かれたんだ。迅流無剣の蘭一蓮だって言ったら、大笑いされて偽物だって馬鹿にされた。
迅流無剣は大昔の伝説だと。それで、有名な英雄の名が載ってる本を教えてもらったんだ」
都では「英傑榜」と呼ばれる本が娯楽として流行っていた。時代を問わず、有名な英雄たちの名が順に記されている。
「その本には師匠の剣の凄さが書いてあったが、師匠の性格はめちゃくちゃだった!腹立たしかったぞ!……はあ、師匠。師匠って、すごい人だったんだな。俺は何も知らなかった。世界は広かったよ」
「君を旅に出して、正解だったようだ」
彤一は十年ぶりに見た師の姿に、思わず感嘆のため息をもらした。記憶の中と変わらない一蓮君に対し、すっかり大人になった弟子の顔を見て、一蓮君は冗談めかして言葉を返すが、続いた言葉には動揺を隠せなかった。
「だから……俺は冬の間、雪で外に出られない日に師匠の伝説をまとめた本を書いたんだ」
「な……なんだと!」
「師匠が昔、話してくれたことを思い出しながら書いたんだ。嘘は書いてない!」
彤一は懐から一冊のくたびれた書を取り出し、広げて中を見せた。手元のそれは原本であり、写本を幾つも作った形跡がある。
「これがなかなか評判になって、しばらくは金に困らなかったぞ」
「なっ……君というやつは……!師を商売に使うとは!私が閉じ込められていなければ、酷い目に遭わせていたところだぞ!」
一蓮君は思わず結界を掌で叩いて怒りを示す。彤一はわざとらしく怯えるそぶりを見せた。
「わ、わ、怒らないでくれ!師匠の凄さを広めたかったんだ。だから俺は北の国境まで行ったぞ。そこで文字が読める子どもにはこの本を渡して、物語も語って聞かせた。そうやって俺は、南から北まで渡り歩いたんだ!」
「彤彤……」
一蓮君はとうとう頭を抱えた。善意からの行動を責めるわけにもいかず、すでにやってしまったことは仕方がない。
弟子の性格からして、出鱈目が広まることはどうしても許せなかったのだろう。そして、その態度にまったく反省が見られない。
責めるべきは弟子ではなく、きちんと注意して育てなかった師自身の責任なのだ。
「なんだよ、褒めてくれたっていいだろ。……あと、昔の名前で呼ぶなよ」
拗ねたような口調で言う顔は、子どもの頃とまったく変わらない。彤一はすぐに表情をころころと変えて、無邪気に笑った。
「それと、師匠。大事な報告があるんだ──」
彤一は旅の途中で出会った女性と結ばれ、子を授かった。師である一蓮君にも合わせたいと何度も口にしていたが、彼は一度として一蓮君の居場所を誰かに漏らすことはなかった。
以後も彼は足繁く洞窟に通い、日々の出来事を師に語り続けた。
──二十年、三十年、四十年と、月日は流れていく。
彤一の髪は白くなり、久々に洞窟に現れた彼の姿には、どちらが師か分からぬほどの風格が漂っていた。
「彤一、ここへはもう来なくていいと言っただろう……」
「師匠、俺を老いぼれ扱いするなよ」
穏やかに諭そうとした一蓮君が逆にたしなめられ、苦笑する。彤一は老いた体で、ゆっくりと洞窟の中を歩く。
「師匠、三人の弟子を取ったが、一人は……死なせてしまった。育ったのは二人だけだ」
「二人育てただけでも立派じゃないか。私は一人だったぞ」
小さくなった彤一の背中を見て、一蓮君は月日の重みを感じた。けれど心の中では、まだ九歳の頃の少年の面影が残っている。
「唯一無二の、不肖の愛弟子だな」
「私の弟子は──暁流心剣の剣宗だ。誇らしいよ」
彤一は控えめに笑ったあと、一蓮君から少し離れた岩陰に身をもたせるようにして座った。
彼はすでに家族を見送り、弟子たちとも別れ、最期にこの場所へやってきたのだ。
「師匠……若い頃の俺は、師匠のことを“神様”だと思ってた。特別だから、人とは感覚が違うのかともな。
でも、今なら……師匠の寂しさが、少し分かる気がする」
ゆっくりと目を閉じる弟子に、一蓮君は懐かしむように答える。
「そうでもない。私は君のおかげで、寂しくはなかった。──あの頃、君と出会う少し前の私は、初めてできた知己を見送ったばかりで、心が定まらず……その隙を鬼に突かれたのだ。
……だが、おかげで君に会えた。君はずっと私の身を案じてくれていたが、もしここを脱していたら、私は在るべき場所に戻らねばならなかった」
だから、今こうして最期に別れを告げられる機会があることを、何よりもありがたく思うのだ。
二人に流れる時間は、今までで一番穏やかだった。
「……穴に落ちたあの日、ほんとは死ぬかもしれなかった俺を救ってくれた師匠は、まさしく“神様”だったさ。俺の人生は……師匠のおかげで大いに楽しかった。誰がなんと言おうと、師匠は俺の唯一の神様だ……」
彤一の声は落ち着いていて、少しずつ途切れていく。
「彤彤……」
一蓮君はその名を呼び、心の奥にしまっていた後悔と本音を口にした。
「……本当は、私が剣を振るうところを見せたかった。私が、人生すべてをかけて体得した迅流無剣がどんなものであったか──唯一の弟子である君にも、認めてもらいたかったのだ……」
彤一は、しゃがれた声で笑った。
「……心配するなよ、師匠。……俺は天に行ったら……師匠の剣を、必ず見るぞ……」
やがて彼は眠るように逝った。
魂は静かに肉体から離れ、ゆらりと浮かび上がる。
それは天へと昇ることなく、結界の奥に向かって漂い、一蓮君の背後にいる鬼の身体へと、すうっと吸い込まれていった。
古谷村を覆う反転結界の中で亡くなった魂は、すべて忌狐青の分身に吸収されてしまう。
それを一蓮君は知っていた。だからこそ、晩年の彤一にはこの場所に来てはいけないと暗に伝えていた。
けれど彼は、師の傍にいることを選んだのだ。
一蓮君は背に携えた銀章の柄を握った。手が震え、霊力が剣を包もうとする。だがその力は霧のように消え、剣から手が離れた。
「……我が剣を継ぐこと、叶わず……」
一蓮君は、かつて漣昱君が伝えようとしていた言葉を思い出していた。たとえ結界がなかったとしても、銀章を他者に託すことは本来できない。
「天命未だ測るべからず──寒枝もまた春を待つ。一心悔いずして霜中に坐し、静かに風塵を聴きて、雪の離るを待つ──」
天を仰ぐと、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、魂の雫だった。
「漣昱よ……どうか、力を貸してくれ──」
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
【完結】兄さん、✕✕✕✕✕✕✕✕
亜依流.@.@
BL
「兄さん、会いたかった」
夏樹にとって、義弟の蓮は不気味だった。
6年間の空白を経て再開する2人。突如始まった同棲性活と共に、夏樹の「いつも通り」は狂い始め·····。
過去の回想と現在を行き来します。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。