白冥霜花

紫雲丹

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幻燼夢

第二十四話




第二十四話



「……あの人に憧れていたんだな。まあ、あんたなら、囚われていたのが誰であろうと同じことをしていた」

 虓屠の言葉を聞きながら、秋霖は武人装束を解き、霊力で編んだ紐を銀章に巻きつけて背負った。振り返ると、虓屠はすでに人の姿に化け、腕を組んでいる。

 秋霖は、目の前の鬼に問おうと口を開きかけた。

 ── お前の中に凌虎渓の魂は在るのか?

 しかし、すぐに唇を引き結ぶ。もし魂が融合していたとしても、虓屠の中に凌虎渓の記憶がなければ、それを問うことは彼を困らせるだけだ。

「……虓屠、お前は二刀使いだったのか」

 試すように別の問いを投げかける。

「…ああ? そうだぞ。それがどうした?」
「初めて会った時、なぜ“本気”を出さなかった」
「だから、あの時は天吏様に殺されたくなかったからだと言ったろう」

 いつもと変わらぬ調子に、秋霖は少しだけ寂しさを覚え、小さく息を吐いた。二刀を使う者など、他にもいくらでもいる。

「それより天吏様、俺は腹が減ったぞ」
「……はあ。蓉瀧鎮へ帰ろう」



 古谷村を後にした二人は、蓉瀧鎮の客桟へと向かった。薬幽堂近くの安宿ではなく、規模の大きな宿で、一階には食事処が併設されている。

 運ばれてきた温かい料理を虓屠が秋霖の皿へ取り分けようとしたのを手で制し、秋霖は銀章に触れた時に垣間見た一蓮君の記憶について語った。

「……忌狐青は、天霄破邪を“使う”つもりだと言っていた。天霄破邪は鬼には扱えない。だが、それを扱えるようにするために、おそらく人魂を集めている」
「仮に扱えるようになったとして、忌狐青は何をする気だ? まさか鬼でも祓うつもりか?」
「それは……わからない」
「最強の魔剣を作るにしても、他にやりようはいくらでもあるだろうに」
「本当の目的は分からずとも、奴が今も魂を集め続けているのは確かだ。いずれにせよ、剣を取り戻して元凶を断たねばならない」
「鬼王ともなれば、分身なんぞいくらでも増やせるしな」

 虓屠は料理を口に運びながら、秋霖が背負っている銀章に目を向けた。

「……色々あったが、天に戻って報告しなくていいのか?」

 秋霖もその必要は感じていた。だが、正直に言えば迷っていた。天に戻れば銀章を天帝に返すことになるかもしれない。しかし、銀章は継承を強く望んだ一蓮君の魂が形を成したものだ。

「一蓮君と漣昱君の絆は深い。銀章は……天霄破邪を取り戻す上で、必要な気がするのだ」
「……あんたが天に怒られないなら、俺はなんだっていいけどな」

 天霄破邪を奪った鬼の正体が見えてきた以上、今度の課題は、それをどう取り戻すかだ。

「虓屠、鬼界へはどうやって行く?」

 秋霖の問いに、虓屠は手を止めた。

「どうって……まあ、あんたが天に戻る時と似たようなもんじゃないか?」

 曖昧な返答に、秋霖は少し身を乗り出し、声を落とす。

「……人界の祭日には三界の境界が曖昧になる。その時、鬼界への入口が現れることはある。それ以外に方法はないのか?」
「……あんた、本気か」
「忌狐青が鬼界に天霄破邪を隠している可能性が高い」

 とうとう虓屠は箸を置き、腕を組む。

「なあ……天界の神器を鬼界に持ち込むなんて、本気で思ってるのか? 祓魔剣なんか持ち込んだら、他の鬼王が黙ってないぞ。地獄中が大騒ぎだ。……天吏は、天界に鬼の武器を飾ってるのか?」

 秋霖が沈黙すると、虓屠は続けた。

「天吏は鬼界に降りたら、力はそのまま使えるのか?それとも別の加護を貰えたりするのか?」
「……そのようなことは聞いたことがない。天吏は人界の鬼を祓うのみで、鬼界へは行かない。行ったとしても、人界に居る時と同じ力が使えるとは限らないだろう」
「……なら、俺は反対だぞ」

 きっぱりと断る虎渓に、秋霖はすかさず食い下がる。
 
「なぜだ」
「いいか、天吏様には肉体がないんだ。鬼界は天界と違って秩序がない。そんなところを剥き出しの魂でうろうろしてみろ、すぐに大量の亡鬼に呑まれるぞ。いくら俺でも守りきれん」
「守ってくれとは言わない。案内だけしてくれればいい」
「何を言ってる、地獄じゃ俺の手助けがなけりゃ、あんたは赤子同然だ。何もできやしないさ」

 虓屠はふい、と視線を逸らす。秋霖は慎重に言葉を選びながらも、真っ直ぐに彼を見つめる。

「では虓屠。私を助けてくれないか」
「……なに?」

 思いがけない言葉に、虓屠は耳を疑った。顔が近づき、二人は至近距離で見つめ合う。

「お前の力を借りたいのだ」

 秋霖は静かに念を押した。

「……どうしてもか?」
「……どうしてもだ。私は天命を果たすためなら、何でもする。もともと、そのつもりでお前と契約したのだぞ」

 大きく息を吐いた虓屠は、杯を煽ってから顎に手を当てる。指先で唇の下を撫でるその仕草を見て、秋霖は目を細めたが、あえて指摘はしなかった。

「次の祭日はいつだ」
「……端午節だ」
「それじゃあ間に合わない。中元節になら、間に合うだろう」
「……何をするつもりだ?」

 秋霖が眉をひそめて問うと、虓屠は不敵に笑って答えた。

「――あんたの“肉体”を作るのさ」


 *


 蓉瀧鎮から北西に外れた湖の畔で、虓屠は小さな反転結界を張り、その中で百骨兵の骨を一つひとつ取り出しては、地面に並べていた。

 この湖には、かつて秋霖に力を貸した精霊が住んでいる。虓屠の張った反転結界は人の侵入を遮断しており、そもそも切り立つ石柱山の麓にまで足を踏み入れる者などいない。

「……何をしている?」

 あぐらをかいて骨を見比べている虓屠の姿を、秋霖は不思議そうに眺めた。

「俺の中の知識と記憶を総動員してるんだよ」

 虓屠は百骨兵たちの骨をより分け、パズルのように組み合わせながら、新たに一体の人骨を構築しようとしていた。それは、秋霖が“鬼としての肉体”に入るための素体となる。

「天吏様、人間の骨がいくつあるか知ってるか?」
「……いや、」
「二百以上あるらしい。あんたの骨格にできるだけ近づけて組まないと、肉体を作っても支障が出る」
「まさに……途方もない作業だな」

 秋霖は、虓屠の手元に屋台で買ってきた饅頭の包みをそっと置いた。手伝いたい気持ちはあるが、肉体を作る知識のない自分には、せいぜいこうして差し入れを持ってくるくらいしかできない。

 虓屠は骨を並べながら、ぽつりとつぶやいた。

「考えていたんだ。天命は一人の天吏につき一つって決まりについてな。一蓮君みたいな例もあるってのに、なぜ複数で行動しないのかと思ってたが……あんたみたいに自由に動かれたら、収拾がつかなくなるんだろうな」
「……天には天の、お考えがあるのだ」

 言い方を選びながら秋霖はそう返した。虓屠の言うことにも一理ある。ただ、天吏の数は虓屠が思っているよりも少ないのだ。天吏になるには素質が要るし、命を賭して鬼と戦うか、あるいは役目を辞して輪廻に戻る者も少なくない。

 虓屠を信頼しつつも、天界の内情を鬼に語るわけにはいかず、秋霖は意図的に言葉を濁した。
 すると虓屠は少し苛立ったように言葉を重ねる。

「天吏にだって、規則はあるんだろ?」
「もちろん、ある」
「ほう、どんなのだ?」
「……虓屠よ。お前は鬼だというのに、やけに天の事情に関心を持つのだな」

 骨の整列を止めた虓屠は、秋霖のほうに顔を向け、やや語気を強めた。

「あのなあ、鬼がみんな粗野で無頓着だと思うのは偏見だぞ。俺は、天の怒りを買ってあんたと会えなくなるのを心配してる」
「……余計な心配はしなくていい」

 秋霖はわずかに口元を緩めながらそう返した。
 
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