44 / 123
幻燼夢
第二十五話
第二十五話
「あんたが鬼界へ行きたがるのは、祓魔剣を探したいって理由だけじゃないな」
その言葉に、秋霖の表情からふっと笑みが消えた。わずかに睫が震えるが、すぐに表情を整え、何事もなかったように平静を装う。
「なぜ、そう思う」
問い返す声は静かで抑揚がなかったが、声音の奥には微かな警戒が滲んでいた。
「……なんとなくだ」
虓屠は肩をすくめてみせる。問い詰める気などないという風に、軽く首を傾げ、無邪気な素振りで視線を逸らす。
「考えすぎだ」
そう言いながら、傍らに並べられた骨の山に視線を落とした秋霖は、ふと、そこに頭蓋骨だけが含まれていないことに気づいた。不思議に思い、話題を切り替える。
「頭蓋骨はないのか」
「俺の百骨兵には、天吏様みたいに眉目秀麗な頭蓋骨がないからな」
突拍子もない返答に、秋霖は一瞬面食らった。
「顔は何でもいいだろう」
「ダメに決まってる。頭蓋骨は大事だぞ」
虓屠は手にしていた骨で秋霖を指し示しながら、にやりと笑う。まるで妙案を思いついた子供のような顔つきだった。
「なあ、あんた自身の亡骸はどうなってる?」
「一体何百年前のことだと思っている。残っているはずがない」
「墓があるなら、術で掘り起こせるぞ」
「私は処刑された。きっとどこかに打ち捨てられたはずだ」
虓屠の真意を察した秋霖は、小さくため息を吐きながら、それが無意味であることを淡々と告げる。
「……なぜだ」
ふざけていた虓屠の顔から一転して笑みが消える。わずかな間を置いて、再び問いかけた声音には、意外にも焦りのような色が混じっていた。
「なぜ処刑された。捕まったのか?」
「……そうではない。自ら参内したのだ」
秋霖はもう隠す必要もないと判断し、淡々と語り出した。
「生前、私と私の主君は、ありもしない謀反の罪を着せられた。主君は自害し、私は自首した。……昔の話だ」
しばらく黙っていた虓屠が、何かを思いついたように唐突に立ち上がる。
「天吏様、顔を触らせてくれ」
「……何だと?」
急な申し出に、秋霖は警戒心をあらわにして一歩後ずさった。
「頭蓋骨のためだ。元の骨格と魂に乖離があると、魂が定着しにくくなる」
穏やかな口調ではあったが、虓屠の眼差しには真剣さが宿っていた。秋霖に近づきつつ、語気を強める。
「これも天命のためだ。だろ?」
そこまで言われてしまっては、秋霖も従わざるを得ない。ため息をつきながら、顔を上げて虓屠を見上げた。そして、彼の手が近づいてくるのを受け入れるように、ゆっくりと目を閉じる。
「ん……」
虓屠の両手が頬に添えられ、耳の後ろから後頭部へと撫でるように滑っていく。温かい掌の感触がじわりと皮膚をくすぐった。
「まだか……」
秋霖が痺れを切らして呟くと、虓屠は息を潜めたまま答える。
「もう少し」
指先は額、瞼、鼻筋、顎へと移動し、骨格を確かめるように丁寧に触れる。虓屠の吐息が近くにかかり、至近距離で覗き込まれる感覚に、秋霖の心臓が不意に跳ねた。
「口を開けてくれ」
どこまで調べるつもりだ、と訝しみつつも、秋霖はわずかに唇を開いた。途端に、虓屠の指が上唇をなぞり、口内に入り込む。
「おい……っ、ん!」
反射的に身を引こうとしたが、虓屠の手はしっかりと歯列を探っていた。
「大事なことだ、堪えてくれ」
思わず体に力が入り、秋霖は虓屠の衣の胸元を握りしめた。羞恥と困惑に頬が熱を帯び、呼吸を整えながら必死に耐える。
やがて、虓屠の手が離れた気配がした。秋霖は目を閉じたまま、苦情を口にする。
「おい、いつまでかかる……?」
「待ってろ、もう少しだ」
その言葉と同時に、秋霖の口に何か柔らかいものが押し込まれた。
「ん?!」
驚いて目を見開くと、それは先ほど自分が持ってきた饅頭だった。唖然とする秋霖をよそに、虓屠は自分も饅頭を頬張って笑っている。
「はははっ!」
「……鬼めッ」
からかわれたことに気づいた秋霖は顔を赤らめ、衣の裾を翻してその場を足早に去っていった。
その背を見送りながら、虓屠はもう一口饅頭を口に含み、大きく息を吐いた。
「……危なかった」
*
数日後、秋霖が差し入れを手に戻ってきたとき、虓屠は手にした頭蓋骨のような石を、指先に鬼気を纏わせながら器用に削っていた。研ぎ澄まされた刃のような霊力が石をなぞるたびに、ざり、と音を立てて粉塵が舞う。
「その頭蓋骨は……?」
秋霖が声をかけると、虓屠はちらりと顔を上げた。
「そこの山から、良さそうな石を拾ってきた」
手元の石をよく見ると、それは霊灰石で、霊気を宿す希少な鉱石だ。しかも、秋霖の頭蓋骨に似せて彫られており、その精緻な造形は本物と見紛うほどだった。
「見事だな……」
思わず感嘆すると、虓屠は石を秋霖の顔の横にかざして並べてみせる。
「俺の中に、才能を持つ者がいたらしいな」
秋霖はそれを手でそっと押し戻し、視線を合わせて言った。
「何か他に、私にできることはないのか」
「……あったとしても、まだ先になりそうだな」
そう返す虓屠の口調には、どこか探るような間があった。秋霖はそれ以上は問わず、軽く頷いた。霄嶺劍派が薬幽堂の拠点を調査している件が気にかかっていたのだ。
「なら、私は黒武へ行く。そこの薬幽堂で問題があったと、以前賀海之殿が言っていた。それが気がかりだ。お前はここにいてくれ」
「……一人で行くのか? ……まあ構わないが。鬼の肉体を作る上で、天吏のあんたが知らない方がいい素材もある。その間に調達してくるさ」
妙な言葉が引っかかり、秋霖は眉根を寄せた。
「……まさか、人を襲ったりはしないだろうな」
「おい! 忌狐青のやつと一緒にするな! ったく、信用がないな。そんなに言うなら、ここでずっと見張ってろよ」
あからさまに拗ねた様子の虓屠に、秋霖は苦笑しながらその肩を軽く叩いた。
黒武は、穂州へ来るときに一度通った土地だ。踏返鏡の術を用いれば、そこへ一瞬で移動できる。
秋霖はすぐさま黒武の街──武陽へと辿り着いた。
武陽は、二つの大河の合流地点に栄えた商業都市であり、船の製造と整備の中心地でもある。陶器や鉄器の生産が盛んで、軍事的にも要衝とされていた。街には製鉄の音が響き、物資を運ぶ人々の掛け声が絶えない。活気の渦巻くその通りを進みながら、秋霖は人づてに薬幽堂の場所を聞き、現地へと向かった。
薬幽堂の建物に入ると、霄嶺劍派の弟子たちが数名、中で薬草の仕分け作業をしているのが見えた。見知った青い衣ではなく、彼らは黄土色の装束を身に着けていた。
秋霖はそのうちの一人に声をかけた。
「失礼。霄嶺劍派の賀海之殿が、こちらにおられると聞いて参ったのですが」
「賀師伯でしたら、今は西の採掘場の方へ行かれております。入れ違いになった時のために、お名前を伺ってもよろしいでしょうか……?」
「顧秋霖です。都の薬幽堂の件ではお世話になりました。……ここで何があったのでしょうか」
秋霖は軽く礼をして名乗る。黄土色の衣を着た彼らは、霄嶺劍派の中でも黄雀嶺に属する者たちだった。剣術よりも結界術や回復術に長け、戦場では他門派の前衛を支える縁の下の力持ちである。
「実は……ここの薬幽堂の者たちは、我々が到着した時点ですでに全員姿を消していたのです。そこで周辺の調査をしていたところ、西の採掘場から鬼が出るという噂を耳にし、賀師伯たちはそちらへ向かわれました」
建物内に残されていた薬草類は手つかずで放置されており、黄雀嶺の弟子たちは今、使えそうなものを選別している最中だという。
「では、私は採掘場の方へ向かいます」
「お気を付けて」
秋霖は礼を言って薬幽堂を後にした。
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
【完結】兄さん、✕✕✕✕✕✕✕✕
亜依流.@.@
BL
「兄さん、会いたかった」
夏樹にとって、義弟の蓮は不気味だった。
6年間の空白を経て再開する2人。突如始まった同棲性活と共に、夏樹の「いつも通り」は狂い始め·····。
過去の回想と現在を行き来します。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。