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幻燼夢
第二十七話
第二十七話
秋霖は静かに息を吐き、木剣に霊力を通す。霜曜槍が現れると同時に、天吏の武人装束がその身を包み、純白の外衣がはためいた。その身に纏う霊気は、真人のそれとは明らかに異なり、どこか冷たく、孤高の輝きを放っている。
「顧殿……あなたは」
天吏としての姿を現した秋霖を前に、賀海之は思わず目を見開いた。その瞳には驚愕と動揺が混ざっている。だが、秋霖は苦笑を浮かべただけだった。
「事情は、後でお話しします」
霜曜槍の銀白の刃に冷気が立ち込め、周囲の空気が急速に冷えていく。その瞬間、銀章が小さく震え、秋霖の片手から離れると、まるで霊力に還元されるかのように霜曜槍へと溶け込んだ。
霜曜槍は銀章の力を受け、柄に銀細工のような文様が走り、刀身には紫電が纏われる。二つの属性が重なり合い、長槍は一時的に双霊宝仗へと変わった。
――霜曜銀槍。
それは秋霖の霊気を宿して白く輝き、かつてない力をその身に帯びている。
(私が未熟なばかりに、お力をお借りして申し訳ない)
一蓮君の想いを感じながら、秋霖は霜曜銀槍を強く握り直し、真っ直ぐに鎧崇侯を見据えた。
「天吏め、やっと本気を出したか」
鎧崇侯の背後に黒い瘴気が湧き上がり、反転結界の中を圧迫するような重苦しい威圧感が満ちる。その瘴気はやがて形を取り、崇家の旗を掲げた軍の幻影となった。無数の騎馬兵や歩兵が武器を手に、虚ろな目をもって秋霖と賀海之に向けて鬨の声を上げる。
「我が一族よ、出陣だ! 参れ!」
瘴気と砂塵を巻き上げながら、軍勢が鎧崇侯と共に突進してくる。賀海之は舞うように跳躍し、剣気を放って兵たちをなぎ倒していく。だが、斬られた兵士は黒い霧に戻ったかと思うと、また別の兵士の形を取って再生する。
鎧崇侯の大剣が秋霖に向かって迫る。しかし次の瞬間、兵たちの雄叫びは一斉に途切れ、空間が凍りつく。
秋霖と賀海之の吐息が白く変わり、鎧崇侯の足元に氷が広がっていく。大剣は秋霖の目前で凍結し、動きを封じられた。
「くっ……!」
「――凍魄斬」
氷漬けになった兵士たちは、そのまま粉々に砕け散った。秋霖にとって、反転結界内で何度も蘇るこの兵たちの力は、もはや見知ったものである。
「おもしろい……貴様も将であったか」
鎧崇侯は足元の氷を砕き、身を引いて再び瘴気で軍勢を生み出し始める。
「無駄だ。何度生み出そうが凍らせる。私の氷は、お前如きには溶かせない」
秋霖が片手を掲げると、淡い霜雨が空から舞い始めた。
凍りついた兵士たちを、賀海之が剣気で粉砕しながら突き進む。霜曜銀槍を見た彼は、すかさず役割の交代を提案した。
「顧殿、今度は私が奴の陽動を引き受け、外殻になっている鬼気を取り除きます」
「助かります」
連戦が続いているにもかかわらず、賀海之の剣は寸分の狂いもなく鎧崇侯の弱点を捉え続ける。しかし、真人といえど肉体があり、反転結界の瘴気を長く吸い続ければ、いずれ限界は来る。短期決戦で決める他ない。
「フンッ……!!」
鎧崇侯が賀海之に向かって大剣を振り下ろす。秋霖は即座に動き、その剣を何度も弾き返して防いだ。
紫電が霜曜銀槍を走り、大鬼の鎧を駆け抜ける。鎧崇侯が一瞬怯んだ隙を見逃さなかった。
「霜華雷鳴、霊槍紫雷と化し、天地を照らす──」
二つの霊気が霜曜銀槍に混ざり合い、槍全体が閃光のごとく輝く。秋霖は賀海之が開けた外殻の傷口を狙い、渾身の力で突きを放った。
「万魔誅滅──! 一穿──霜雷断邪!」
紫電と冷気が奔り、槍はまっすぐに鎧を貫いた。外殻を穿ち、さらに内殻へと突き進む。
秋霖は全身全霊を込めて霜曜銀槍を押し込み、内側から打ち砕こうとする。だが、それは都で忌狐青の分身を貫いたとき以上に硬かった。
「ぐうっ……!!」
鎧崇侯が鈍い悲鳴をあげて反撃に転じる。秋霖に向けて腕を振り上げるその動きを、賀海之の剣が即座に迎え撃った。だがそれでも、深鬼の力はなお強く、二人の攻撃を押し返し始める。
「賀海之殿……!!」
秋霖が叫ぶその刹那、賀海之の背後に、大鬼の左拳が迫っていた。人の体では到底受けきれぬ威力だ。
秋霖は霜曜銀槍を引き抜き、迷わずその拳の前に飛び込む。
「顧殿!!!」
秋霖の体が吹き飛ばされる。賀海之はすぐに後を追った。霊気で衝撃をある程度相殺したとはいえ、損傷は免れない。
槍を地に突き立てて勢いを殺しながら、秋霖は鳩尾を押さえ、片膝をつく。
「かはっ……」
意識がかすれそうになる中、ふと思う。
――せめて、もう一人いれば。
脳裏に浮かんだのは、あの人懐こい鬼の顔だった。だがすぐに首を振って掻き消す。これまでどんな局面でも、自分は一人で戦ってきたのだ。鬼に頼るなどあってはならない。
しかし内殻は、あと一歩のところで砕けなかった。忌狐青の分身と同じように、霊魂のエネルギーを燃やせば砕けるかもしれない──。
「おい、なぜもっと早く呼ばない」
その思考を断ち切るように、不満げな低い声が耳元で響いた。それと同時に、背にあたたかい掌の感触が伝わる。
秋霖は驚いて振り返り、立ち上がった。
「虓屠、どうして……」
「どうしてって、俺を呼んだだろう」
そう言って、虓屠はいつもの調子で不敵に笑った。秋霖は戸惑いながら思考を巡らせる。呼んだ覚えはない。思念術を使ったつもりもない。
「顧殿、ご無事か。……そのお方は」
賀海之が二人の前に降り立ち、突然現れた虓屠を訝しげに見つめた。敵か味方か、判断のつかぬ様子だ。
「俺か。俺は霖戒の……友だ」
「誰が……」
得意げな顔で言い放った虓屠を、秋霖は低く否定しかける。そのとき、鎧崇侯が突然声を轟かせた。
「貴様、どこから入ってきた」
虓屠はすぐに表情を引き締め、体に灰色の鬼気を纏った。
「俺はこの男と“繋がっている”。どこだろうと入って来れる」
「ほざけ──!!」
「転換」
その声と共に、虓屠の反転結界が展開され、鎧崇侯の結界を上書きしていくように侵食する。
「何?! 我の反転結界を転換しただと……?貴様は──」
動揺の色を露わにした鎧崇侯を見据えながら、虓屠は背後の秋霖に言った。
「霖戒様よ、忌狐青は、あんたが鎧崇侯を倒すのに魂を燃やし尽くすことを期待している。だからそれにだけは絶対、応えるなよ。──あの硬い鎧は、鬼が持つ“執念”だ」
「執念……?」
「ああ。執念を壊すには、絶望が一番だ」
虓屠はゆっくりと歩を進め、鎧崇侯に問いかける。
「鎧崇侯よ。お前はなぜ、青鬼王に仕える?」
「……無論、我が一族の復活のためよ」
「お前はただの捨て駒だ。天吏を倒せなどという馬鹿げた命令を、おかしいと思わないのか?」
「何だと」
鎧崇侯の目に迷いが走る。
「お前は天吏がどんな存在かもよく知らんのだろう。他の鬼王がなぜ人界に手を出さないのか、考えたことはないのか?」
「フンッ。他の鬼王は天を恐れて尻込みしているだけよ。天など恐れずとも、忌狐青様ならば我の悲願を叶えてくださる」
「そりゃ一体、なぜだ」
「忌狐青様は再び“皇帝”となられるお方だからだ」
虓屠は、まるで落胆したようにわざとらしく嘆息し、嘲るように言った。
「鎧崇侯よ。お前の一族は一体なぜ滅んだのだ? それは、お前の頭がその鎧と同じくらい間抜けで頑固だったからだ。天に見限られて当然だな。
恐れ知らずのお前が天吏を倒せたとしても、せいぜい相打ちだ。忌狐青は自分の分身を守るために、お前を躊躇なく捨てる。……仕える主を間違えたんだ。一族の復活なんて、永遠に叶いやしない」
「貴様らなど……我の大剣の錆としてくれるぞ!!」
激昂した鎧崇侯が吼える。
「行け、俺が内殻を砕いてやる」
虓屠が低く告げると、秋霖と賀海之は無言で頷き合った。
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