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幻燼夢
第三十八話
第三十八話
都へ向かう道中、虎渓が馬を寄せて秋霖の隣についた。風がそよぐ中、声を顰め、どこかからかうように問いかけてくる。
「なあ秋霖、お前のところに縁談は来てないのか」
ニヤついた虎渓の顔に、秋霖は思わず眉を寄せた。馬車を引き連れて進むこの道のりは長い。退屈しのぎにくだらない話でも仕掛けてきたのだろうと察し、秋霖はそっけなく答える。
「あったとしても、私はお前より先に身を固めるつもりはない」
話を切るようなその返しにも、虎渓は引き下がらない。
「俺の妹なら、嫁がせてもいいぞ。嫁にもらうなら誰がいい? お前なら満更でもないって、前に言ってたぞ。それも、全員だ」
そのあまりに突拍子もない物言いに、秋霖は呆れて声を荒げた。
「何を言ってる。お前の妹達は、私の妹達でもある。まだあんなに幼いのに、何が嫁だ」
だが虎渓は、冗談半分、本気半分といった調子で、まるで言い負かすことを楽しんでいるかのようだった。
「どこの馬の骨かも分からん男にやるくらいなら、お前にやったほうがましだ。そうだ、三人とも娶れ!」
「黙れ。突き落とすぞ」
秋霖は脅すように背中の槍に手をかけた。虎渓の妹たちを可愛らしく思うのは事実だが、それはあくまで兄としての感情に過ぎない。今後も、それが変わることはないだろう。
ましてや、彼女たちはまだ幼い。彼女たち自身の意思も、将来も、これから決まっていくべきなのだ。
やり返すつもりで、今度は秋霖が虎渓の痛いところを突く。
「そうだ虎渓、此度は都でお前の“許婚”にも会いに行くんだろう」
「……“縁談”だ! 母上が勝手に決めたことだ」
今度は虎渓が苦い顔になる番だった。昭月公主は息子の花嫁候補をあれこれと選び、雲郡王の娘との縁談を取り付けていた。丹瑤の婚礼の後、都で正式に顔を合わせ、話を進める手筈になっている。
「先に嫁を連れて帰るのは、お前のほうだな」
秋霖が涼しい顔でからかえば、虎渓は「うるさいぞ……!」と顔を赤らめ、逃げるように馬を蹴って先に駆け出していった。
都にある凌侯府に到着してからというもの、一家は連日多忙を極めた。
鎮南王と凌丹瑤の縁談は、皇帝の賜婚である。都でも前例のない盛大な婚礼となり、鎮南王府での式の後、賓客を迎えての送別宴が二日がかりで行われた。すべての儀が終わり、丹瑤と鎮南王は連れ立って鎮地へと向かうこととなる。
紅い霞のような美しい婚礼衣装に身を包んだ丹瑤は、輿が待つ門の前、凌侯府の庭に佇んでいた。鳳冠の飾りは陽光を受けてきらめき、その横顔は堂々として気高い。だが、瞳の奥には確かに一抹の寂しさが宿っていた。
「姉上……辛くなったら、いつでも帰ってきていいんだぞ」
らしくもない言葉をかけた虎渓に、丹瑤はふっと笑みをこぼす。肩をすくめるように振り返り、弟の額にかかる乱れた前髪をそっと直した。
「ばかね。嫁いだ女が、二度も実家の門をくぐってどうするの」
名残を惜しむ別れは既に幾度も交わしていたが、いざ出立の時となると、家族は誰しも目を潤ませた。燕雲城の真反対にある鎮南は、気軽に行き来できるような距離ではない。縁がなければ、今生の別れとなることすらある。
政略的に、皇帝が丹瑤を遠地へ嫁がせた意図は明らかだった。
とはいえ南は北よりも穏やかで過ごしやすく、鎮南王も人柄に優れていたため、実家から遠く離れることを除けば、丹瑤にとって決して悪い縁談ではなかった。
「父上、母上……これからは遠く離れてしまいますが、必ず良き妻となり、凌家の娘であることを一日たりとも忘れず、生涯をかけて家の名を辱めぬよう努めて参ります」
丹瑤の言葉に、凌峰と昭月公主は涙を堪えて頷き、彼女の手をしっかりと握りしめた。その後、丹瑤は虎渓の後ろに控えていた秋霖に目を向ける。
「……阿秋。しっかり阿虎を支えてあげてね」
「はい。この命に代えても」
秋霖は懐から、少し古びた一冊の本を取り出し差し出した。
「丹姐、よければお持ちください。この本の剣聖は南の出身らしいですし……思い出になるかと」
「あら、懐かしいわね! いいの……? あなたも気に入ってたでしょう?」
「だからこそ、丹姐に持っていて頂きたいのです」
「ありがとう。阿秋らしいわね」
丹瑤は本を受け取り、朗らかに笑った。そして最後に、三姉妹の頭を順に撫で、一人ひとりを抱きしめる。三人の少女は鼻をすすりながら姉にしがみついた。
「梅霞、杏霞、季霞……そんなに悲しまなくても、また会えるわ。あなた達が大きくなったら、いつか遊びに来てちょうだいね」
やがて立ち上がった丹瑤は振り返ることなく、家族に背を向けたまま、ゆっくりと凌家の門を出ていく。鎮南王の従者たちに導かれ、輿へと乗り込んだ。
「どうか、お元気で……」
虎渓と秋霖をはじめ、家族たちは丹瑤の乗った一行の姿が完全に見えなくなるまで、その場でじっと見送り続けていた。
*
丹瑤の婚儀の後、先に燕雲城へ戻った凌峰を除き、家族たちは都に留まった。
青花宴に招待されていたからである。
青花宴とは、清明節の頃に行われる風雅な宴で、貴族や士大夫たちが郊外に出て踏青し、詩文や歌舞を楽しむ春の行事だ。女性たちは花で身を飾り、男性たちはそれを愛で、意中の相手に花を贈るという風習もある。若い男女が出会い、縁談のきっかけを得る場でもあった。
昭月公主は"二人の息子"の良縁を得ようと、意気揚々と社交の場へと乗り込んでいく。都では、情報こそが力だった。
残された虎渓と秋霖は顔を見合わせ、肩を並べて会場を歩いた。都に知り合いはほとんどおらず、武人の彼らにとって詩文に興じる趣味はない。都の子息たちと会話しても、馬鹿にされるのが関の山だと、最初から興味を持たなかった。
「なあ見ろ。彼女、お前のことを“凌虎渓”だと思ってたらしいぞ」
虎渓が耳打ちしながら、天幕の下で侍女たちと涼んでいる雲郡主を目で示す。秋霖が目を向けると、雲郡主と一瞬視線が合った。
虎渓と雲郡主は、丹瑤の祝宴の席で顔を合わせていた。そのとき秋霖の姿も目に入っていたのだろう。
「思ってた貴公子と違ってたらしくてな。俺を見て、大層驚いてた」
どうやら縁談は、郡主側の意向で有耶無耶になったらしい。虎渓は自嘲気味に、自分の顔を指差す。
「なあ、俺の見た目のどこが悪い」
「……お前の容姿は、悪くないと思うがな」
秋霖はわざとらしく顎に手を当て、虎渓を手放しで褒める。虎渓は父親譲りの骨太な体格で、精悍な顔立ちをしている。凛々しい眉、くっきりとした二重に大きな瞳、整った唇はいつも楽しげに弧を描いていた。
「……都の男は確かに雅だが、細すぎて男か女かわからんぞ。あれでまともに戦えるとは思えんな」
虎渓の視線の先では、貴公子たちが花を飾り、詩を詠んで競っている。彼らは戦を知らず、平和な都で暮らしている者たちだった。
だがその平和は、国境で命を懸けて戦う者たちの上に成り立っている。
「お前は、男の中の男だな」
「なんだ、雅じゃないって言いたいのか」
秋霖が再び褒めると、虎渓は不満そうに口を尖らせる。秋霖は思わず笑った。
「お前の武骨な態度が、女性たちを怖がらせてるに違いない」
背が高く声も大きい虎渓は、初対面の淑女たちからすれば、粗野に思われても仕方がない。
「秋霖、お前は……中間だな。“雅”と“男の中の男”の間だ。ちょっとは女たちに見初められてるぞ」
からかうように指差してくる虎渓を、秋霖は無言で払いのけた。
「……お前の面白さが、彼女たちに少しでも伝わればいいがな」
「フッ、お前だけでいいさ」
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