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幻燼夢
第四十一話
第四十一話
「いやあ秋霖、手加減をしてもらえて良かったな。先手を譲ってもらえたおかげだ!」
「ああ」
「これ以上俺たち田舎者の拙い腕前を披露するのは恥ずかしい限りだ。さあ行こう!皆さんどうぞ続けてくれ!それでは……!」
虎渓は盤面を見つめたまま動けずにいる許公子に軽く礼を取ると、秋霖の肩を引いて声を上げ、人だかりを避けるように通りへと出た。
しばらく歩いてから、虎渓はちらりと一度背後を振り返り、秋霖の背を軽く叩いた。
「秋霖、本気を出したな。あそこまで叩きのめさなくても良かったのではないか?」
許公子は、初手を譲ることで一種の余裕を見せたつもりだった。秋霖は序盤、先手の利を活かして相手の実力を探りつつ、布陣を練った。各地に少しずつ誘いの布石を置き、それに相手が乗れば、流れるように攻め込んでいく。許公子に反撃の隙はなく、盤面は秋霖の掌中にあった。置き石もない互先の一局。許公子は、実力で敗れたのだった。
「本気を出さねば勝てない相手だった。それに……私はともかく、お前を値踏みされたようで腹が立つからな」
秋霖が答えると虎渓は一瞬きょとんとし、それからどこか清々しげな横顔に見とれ、ふっと微笑んだ。
「痺れたぞ、さすがは俺の”お兄様”だ」
褒められた秋霖は、どこか照れくさそうに虎渓の肩に小さく体をぶつけた。
「それにしても秋哥、俺の前では饒舌なのに人前ではちっとも喋らないのはなぜだ」
「……虎弟、私が思っていることを全部お前が喋ってしまうから楽をしているんだ」
軽口を交わしながら歩いていた秋霖の視線が、とある屋台に止まる。そこでは木剣が並べられていた。秋霖は足を止めて、短剣よりやや長く、房飾りのついた一本を手に取る。実戦には使えないが、細工が見事だった。
虎渓がその手元を覗き込む。
「桃の木剣か?子供のおもちゃだぞ」
「うん……虎が彫られている。なかなか綺麗だ」
屋台の灯りに照らされながら、剣身に彫られた虎を眺めていた秋霖は、満足げに頷いて代金を支払った。再び歩き出した隣で、虎渓が少し甘えるような声で囁いた。
「なあ秋霖、それは俺にくれないのか?」
「これは私の物だ。私の”虎”だ」
そう言って秋霖は、わざと聞こえるように答える。木剣を腰に差す様子を見て、虎渓は途端に不満げな顔になった。
「俺という虎がいながら他の虎が必要か?」
「……そう絡むな。お前みたいだから買ったのだ。これはお守りにする」
そのたった一言で、虎渓の機嫌はすぐに戻った。
屋台が並ぶ通りが尽き、二人は川に架かる橋を渡った。涼風に誘われて、そばの階段を下り、川辺の石段に並んで腰を下ろす。
「阿虎」
「ん?」
「代わりに別の虎を一匹やろう」
秋霖は髪を留めていた紐をほどき、簪を静かに抜いた。束ねていた髪がほどけてほろりと肩へと流れ落ちる。
虎渓が受け取ったそれは、小さな虎が彫られた木彫りの簪だった。日頃から秋霖の髪に挿してあったもので、虎渓も見覚えがある。
「私が彫ったものだ。最初は犬だと夏霖に笑われたが、練習するうちにまあまあ形にはなった。……この虎より不格好だが虎には違いない」
秋霖は腰の木剣に目をやってから、髪をさっと束ね直して紐で結った。虎渓はその隣で、手にした簪をじっと見つめていた。灯籠の揺れる光が川面に映る中、その瞳は水よりも澄んで美しく輝いていた。
「阿秋、お前はどうしていつも俺のして欲しい事が分かるんだ」
「さあ、どうしてだろうな」
秋霖が微笑むと、虎渓は鬼の面を外してから嬉しそうに簪を自分の髪に差した。
「どうだ?似合うか?」
「最初からお前のもののようだ、しっくりくる」
秋霖が位置を整えてやると、虎渓の頭をぽんぽんと撫でた。すると虎渓は甘えついでに、秋霖の肩にもたれかかる。
「阿秋、俺とお前は似ていると思うか?」
「……いいや、違う」
秋霖の答えに、虎渓は静かに空を見上げる。
「共に育ったから好みが似ているところもある。だが、ほとんどが正反対だ。碁石と同じだ」
虎渓の比喩に、秋霖は微笑んで問い返した。
「それだと仲が悪い事にならないか?」
「色が一色では遊べないだろう。色が違うからいいのだ」
「お前の視点は、いつも面白い」
納得したような秋霖の声に、虎渓が続けた。
「俺は阿秋が後ろにいると安心する」
「私はお前が前に立っていてくれると安心する」
「では俺が黒でお前が白だな」
「なら、今度対局をする時は九子で始めるか」
「なっ?!全部置かなくても勝てるぞ!三子でいい…!」
二人は笑い合った。
互いに足りないものを補い合い、違うからこそ隣にいられる。だからこそちょうどいい。そんな心地よさが、自然と胸に満ちていた。
黒と白、どちらが欠けても、二人の世界は成り立たない。
「俺たちの絆は、何があっても切れない」
「ああ、もちろんだ」
虎渓は髪に差した簪にそっと触れ、秋霖の肩に腕を回した。秋霖もそれを受け入れ、並んで夜空を仰いだ。
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