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幻燼夢
第五十二話
第五十二話
舒王は王府の執務室で書簡に目を通していた。そこへ駆け込んできた側近が、息を整えながら報告を始める。
「顧涵仁らの精鋭が、凌家を監視していた巡衛司をまとめて捕縛し、服を取り替えて昭月公主らを連れ出したと。さらに凌家の屋敷に火を放ち、他の巡衛司が火事に気を取られている隙に……おそらく兵部の物資輸送に紛れて都から逃げられたようです……」
聞くや否や、舒王は怒りに任せて手にしていた書簡を放り投げた。
「さすがは北の鬼か。顧涵仁め……!」
傍らに控えていた潘廷傑が、すかさず進み出る。
「舒王、やはり皇太子を早く始末するべきだ」
三十半ばを過ぎた潘廷傑は、武人としての腕は立つものの、見た目にこれといった威厳はない。髭を蓄え、平凡な顔立ちの、どこにでもいそうな将軍風情だった。だがその内面は、私利私欲に走りがちで、武力を笠に不敬を重ねる男として悪評が絶えなかった。
「先に王座についてしまえば、後はどうとでもなるでしょう。皇太子さえいなければ、奴らは寄るべを失う」
舒王は、その言葉に内心で「愚か者め」と舌打ちした。潘家は確かに兵力はあるが、浅慮に過ぎる。あと一手というこの局面で、軽挙はすべてを台無しにする。
それでも舒王は苛立ちを表に出さず、低く言い聞かせた。
「皇太子が死ねば、奴らが持つ詔が表に出て、私は糾弾される。名分を失えば臣下は動かぬ。顧涵仁の行き先は……おそらく太晋城だ。あの皇太子が死んでも、朔家は大寧太祖の末裔。虎符と詔があれば、“皇太子の代わり”はいくらでも作れる」
潘廷傑は鼻で笑い、口を歪めた。
「まさか。如清県主が顧家に嫁いでいようと、朔清遠は我々の派閥です。私がひと睨みすれば怯み上がって、太晋城の門を閉ざすに決まっています」
西軍の力を恐れてきた朔家は、これまでも潘家の意に従ってきた。それこそ朔清遠は潘廷傑がよく知る男である。朔清遠が、潘廷傑の父に面と向かって頭を下げていた場面を、幾度となく見てきたのだ。
「あの男に、“皇帝”になる度胸などありません!」
大袈裟に笑う潘廷傑に、舒王は険しい顔を崩さず、鋭く指を差した。
「……だといいがな。廷傑、奴らを絶対に太晋城へ入れるな。どんな手を使ってでも、必ず虎符を奪え!」
「義父上は心配性だ」
そのひと言が、舒王の神経を逆撫でした。娘を潘廷傑に嫁がせ、義息子としたのは自らの勢力を固めるためだったが、この男の軽率さは、時に眩暈がするほどだった。
だが、思慮に欠けるということは、御しやすいということでもある。舒王は内心の苛立ちを噛み殺し、まだその場にいる潘廷傑に深くため息を吐いた。
「……どうした? まさか虎符を得た北軍を打ち破る方法でもあるというのか?」
「……いえ、ありません」
「ならば早く捕まえに行け!」
「はい」
ふてぶてしく大股で回れ右をした潘廷傑の背に、舒王が冷たく声をかけた。
「ああ、待て。凌峰の息子、凌虎渓は“雙鉤白虎”と呼ばれて久しい。迂闊に出れば、兵を喰われるぞ。侮るなよ」
「……心得ております」
言葉を残して、潘廷傑は王府を後にした。
――そんなこと、言われるまでもない。
舒王の言葉を背に、潘廷傑は奥歯を噛み締めた。凌家に対する怨念は、潘家の中でも彼が最も深く抱えている。
先帝の内乱の折、援軍を率いるはずだった潘家は、凌峰に全ての手柄を奪われた。先帝の寵愛は凌家に傾き、最愛の娘まで褒美にとらせたのだ。
西軍の武功は北軍に劣らぬはずだが、北ばかりが手柄を褒められる。潘廷傑の父は、北軍との繋がりを築こうと凌家に丹瑤との婚姻を申し出た。だがそれすら、先帝に一蹴された。
潘家は面目を潰され、世間から北軍よりも格下と蔑まれた。長年忠を尽くした末の仕打ちに、潘廷傑の父は怒りのあまり、病に倒れて憤死した。
それ以来、潘廷傑に付きまとう悪評のすべてがこの件に端を発していると、彼は信じて疑わない。
――これ以上潘家に栄光はない。
潘廷傑は先帝を見限り、舒王に寝返ったが、彼の慎重すぎて贄切らない態度に、潘廷傑はやはり不満を抱いていた。
「……老獪め。臆病なことだ」
――正統性など、どうでもいい。勝った方が正義なのだ。
民心など、あとからいくらでもついてくる。無知で愚かな民にとっては、その日を満足に暮らせれば、誰が皇帝になろうと知ったことではないのだから。
だがもし、北軍に虎符が渡ってしまえば、まさに“虎に翼”も同然だ。そのときは、舒王も潘家も逆賊として滅びるしかない。
今のままでは、ただ勝機を逃すばかり。
この寧国には、すでに希望などない。潘家が生き残るためには、新たな道を選ばねばならない。
潘廷傑にも底知れぬ野心があった。
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