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幻燼夢
第五十七話
第五十七話
太晋城は城門を開け放ったまま、物々しく訪れた西軍を迎え入れた。
「これはこれは、潘将軍」
朔清遠は作り笑いを浮かべて潘廷傑を迎えた。馬から勢いよく降りた潘廷傑は、唸るような声で朔清遠に詰め寄る。
「朔清遠、顧涵仁らを匿っているのであれば、貴殿らもどうなるか分かっておるだろうな」
「まさか、匿うなどとんでもない。我々は奴と親族ゆえに脅されていたのです」
朔清遠はそう答えると、振り返って太晋城の北門の方角を指差した。
「しかし、先ほど西軍の来訪を聞きつけて奴らは北門から逃げて行きました」
「なんだと?!なぜ捕まえておかない!」
潘廷傑が腰の剣に手をかけて怒声を上げると、朔清遠は腰を低く保ちながらも淡々と返す。
「潘将軍、我々は脅されていたのですよ。貴殿の兵をたった一人で痛めつける“雙鉤白虎”がいるのです。我々に手が出せるとお思いで?」
「……!」
潘廷傑は唇を噛み締めながら、内心で「役立たずめ」と悪態をついた。すぐに部下へ命じる。
「まだ遠くへは行っていないはずだ!近隣を探せ!」
そして朔清遠を睨みながら、さらに声を張った。
「城内もくまなく探せ!どこかに隠れているかもしれんからな!」
潘廷傑の捜索は十日に及んだ。町や屋敷の隅々まで西軍が物をひっくり返して探し回り、その横暴さに太晋城の民たちの怒りも限界に達しつつあった。ついに朔家の老母が堪えかねて潘廷傑を呼び出す。
「潘廷傑!いったい、いつまでこの城に居座るつもりなの?!この城にはお前たちが冬を越すための兵糧なんてないわよ!」
老母がまくしたてると、潘廷傑も声を荒げて応じる。
「いくら近隣を探してもどこにも逃げた痕跡がない!さては匿っているのではあるまいな!」
「あなたたちが探すのが下手なのでしょう!十日もあれば、とっくに北へ逃げたわ!」
両者が睨み合っている最中、うたた寝していた老父がふと身を起こし、静かに口を開いた。
「それはそうと潘廷傑……お前の父に貸した軍馬と金は、いつ返ってくるのだ……?」
潘廷傑は言葉に詰まり、しばし黙った。父の死後、引き継いだ負債のことを今の今まですっかり忘れていたのだ。老父は穏やかに続ける。
「金はいつでもよいが、せめてこの機に馬を置いていってはくれぬか……?」
潘家が軍資金や軍馬を太晋城から借りていたのは、一度や二度ではない。恩を返さぬままでは、今以上に潘家の名に泥を塗ることになる。
潘廷傑は顔を赤らめ、大きく舌打ちをした。
「……春にまた来るぞ!馬を返しにな!」
そう言い捨てると、彼は見張りの兵を少しだけ残し、西軍を率いて城を後にした。その背を見送りながら、朔清遠は鼻で笑い、控えていた兵に命じる。
「残った兵を全員捕えて牢に入れておけ。酒を振る舞って、春まで酔わせておいてやれ」
兵たちは一斉に頭を下げ、その場を素早く動き出す。昭月公主達は、ようやく外へ出ることができた。
*
北の冬の訪れは早く、太晋城から陽泉鎮への山越えは厳しい。昭月公主の体調を考慮し、虎渓たちは太晋城で冬を越すことに決めた。
先帝の危篤の報せを受け、燕雲城を発ってから、ちょうど一年が経っていた。
冬の間、虎渓は朔家の老母に秋霖との思い出話を聞かせたり、劉致に教わった按摩の技で孝行して、老母の機嫌を取っていた。その様子に、朔清遠が「すっかり懐に入られた」と悔しがるほどだった。
凌峰の盟友である陽泉鎮の城主、魏昶からは、すでに兵の支度を整えており、太晋城まで迎えに行くとの報せが届いていた。虎渓たちは雪解けを待たず、潘廷傑が動く前に太晋城の兵を借りて北上し、魏昶と合流する手筈を整えた。
都では、舒王が各地の同盟諸侯から兵をかき集めているという噂が広がり、寧国全土で舒王派と皇太子派の緊張が高まりつつあった。
梅の花の蕾がほころび始めたころ、虎渓たちは太晋城の周辺に駐屯していた西軍の見張り兵を蹴散らし、陽泉鎮へ向けて出立した。行軍してまもなく、魏軍の旗が視界に入り、兵を引き連れた魏昶が虎渓たちを出迎えた。
「魏昶殿……!」
「若君!」
虎渓が馬を降りて駆け寄ると、魏昶は笑って両腕を広げ、懐かしげに肩を叩いた。彼はかつて凌峰の父の腹心として仕えた人物であり、虎渓にとっては祖父のような存在だった。
「公主様も、涵仁殿も無事であられるか。みなさま、よくぞここまで耐え抜かれました。私が参りましたからには、もうご安心ください」
その場にいた者たちも皆、ようやく肩の荷が下りたように微笑み合う。魏昶と太晋城の将が引き継ぎを行い、朔家の軍は城主のもとへ帰っていった。
「若君、少し痩せられたのではないか? 凌峰がひどく心配しておられた」
馬を並べて進みながら、魏昶が虎渓の横顔を見て声をかける。虎渓は笑みを浮かべて応じた。
「心配ない。冬のあいだ、太晋城でたくさん食べさせてもらった。朔おばあさまなんて、最初は俺のことを嫌っていたのに、出立の頃には食べ物をたくさん持たせようとしてきたんだ」
魏昶は豪快に笑った。
「あなた様はどこでも人に好かれる! それも父君譲りだ」
「ああ、またそれだ……何度言われたことか」
やや拗ねたように肩を落とす虎渓を見て、魏昶はなおも笑みを絶やさず尋ねる。
「お嫌なのですか?」
「そうじゃない……ただ、父上の背中が大きすぎるんだ。俺はこの一年、自分の未熟さを痛感するばかりだった」
深いため息をつきながらも、虎渓の表情にはどこか清々しさがあった。魏昶は、三代にわたって凌家の跡取りを見守ってきた眼差しで、その横顔を見つめる。
「己の至らなさを知ることこそ、成長の証。ご立派になられた」
その言葉に虎渓は照れくさそうに微笑み、目を細めた。
やがて、山道の頂に差しかかると、視界の先に燕雲城の城郭がかすんで見えた。山を下れば、そこはもう故郷だった。
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