白冥霜花

紫雲丹

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幻燼夢

第六十一話




第六十一話



 虎渓と秋霖が全速で燕雲城へ向かっていたそのとき、遠方に魏軍の旗が見えた。二人は馬を止め、目を凝らす。息を切らせながら駆け寄ってきたのは、魏昶だった。その顔に安堵の色が浮かぶも、すぐに怒りがにじむ。

「若君……!!」
「魏昶!?どうしてここに!」
「馬将軍が裏切りました!奴らは討ちましたが、西門を開けられてしまったのです!私は、若君をお守りせよとの命を受けてここに!」

 一瞬、風が止んだような感覚の中で、虎渓と秋霖は顔を見合わせた。凍るような緊張が走る。次の瞬間、三人は馬を蹴って再び燕雲城へと駆け出した。

「まさか……裏切ったのが馬将軍だと!?」
「遅かったか……!」
「まずい、急いで戻るぞ!!」

 馬を並べて疾走しながら、秋霖は魏昶に国境での経緯を伝えた。

「魏昶殿、潘廷傑が北彊と通じていました。我らは鄒将軍に兵を託し、急ぎ報告に……!」
「何ということだ……!まさか舒王までも?!」
「いいえ。潘家の独断です。舒王はまだ知らないはず……!」

 魏昶は唇を噛み、手綱を強く握り締めた。
 やがて視界に燕雲城が現れる。しかし、そこには煙が立ち上り、空は灰色の暗雲に覆われていた。

「父上……!」

 虎渓が歯を食いしばり、さらに馬を急かした。


 *


 その頃、城内では潘廷董が焦燥に駆られていた。虎符は未だ見つからず、詔だけが手元にある。しかも、城郭の兵から思わぬ報告がもたらされる。

「凌虎渓と顧秋霖が戻っただと!?兵の数は?!」
「約二万!魏軍と合流しています!」

 今の西軍が到底太刀打ちできる数ではない。本来の計画ならば、潘廷傑が北彊と共に討ち倒してくれるはずだった。潘廷董の額に汗が滲む。

「兄上……しくじったのか……?!」

 凌峰が死の直前に放った言葉を思い出す。虎子を持つ虎とは、一体誰のことか。潘廷董は、兵達に怒鳴りつける。

「急げ!!城門を閉ざせ!!!」

 重々しい音を立てて城門が閉じられ始めるが、その隙間を縫って、虎渓と秋霖は命を賭して馬を駆け入れた。直後に秋霖が振り返って槍を投げつけ、門を閉じようとしていた兵達をまとめて貫く。
 門が再び開かれた隙を突き、魏昶が率いる軍勢が雪崩れ込んだ。

 三人が目にしたのはあまりにも、凄惨な光景だった。血と炎が溶け合い赤と灰が覆う城内は、もはや地獄という言葉すらなまぬるい。

「なッ………」
「そんな……」

 広場の前に積み重なった数々の遺体。敵兵と味方の兵が入り混じるなか、目を引いたのは昭月公主の美しい衣だった。変わり果てた家族の姿がそこにあった。

 ――間に合わなかった。

 声にならない絶望が二人の心を押しつぶした。美しかった街は焼け焦げ、空には煙が立ち込める。至る所でうめき声や泣き声が響き渡り、かつての燕雲城の面影は欠片も残されていなかった。
 茫然自失としていた二人の横で、魏昶が空に向かって絶叫した。

「西軍の残党を一人残らず討ち取れぇえ!」

 その怒声で我に返った虎渓と秋霖は武器を取り、それぞれ咆哮をあげながら駆け出した。魏軍は戦で疲弊した西軍を容易く蹴散らし、滅ぼした。
 潘廷董が撤退を叫びながら馬を捕まえて逃げ出そうとするが、虎穴を荒らされ、怒り狂った猛虎が既に襲いかかっていた。

「くッ!!」
「貴様ぁああぁぁあああ!!!!」

 二本の鉤爪が潘廷董の背を引き裂くと、彼は馬から転がり落ちた。起きあがろうとする前に、虎渓が容赦なく腹を踏み付け、刃を振り下ろす。鮮血がほとばしり、首が胴体から離れた。
 将を失った西軍は散り散りに逃げていくが、やがて一つの悲鳴も途絶え、燕雲城での死闘は終焉を迎えた。

 

 武器を投げ捨てて、城門前に戻って来た秋霖は、乱雑に積まれていた家族の亡骸を一つ一つ丁寧に並べ直した。そして、震える手で離れていた首をそっと胴体に繋げる。
 凌峰、昭月公主、梅霞、杏霞、季霞、そして顧涵仁、夏霖、如清は一箇所に集めらており、西軍が虎符を探して荒らした形跡があった。その周辺には茗茗を始めとした侍女達の亡骸が横たわっている。
 魏昶と虎渓が秋霖の後ろに崩れるように膝をついた。痛みを抱えた哀しみと大きな喪失が三人を打ちのめしていた。近くにいた兵士達が集まり、膝をついて涙を流す。失った命の数は計り知れない。
 
 虎渓が堪えきれず、家族の名を呼んで慟哭した。そして彼らの亡骸の元に歩み寄ると季霞の小さな手をとって握る。彼女はもうすぐ、十四になるはずだった。虎渓は血が出るほど唇を噛み、地面を叩く。そして天を仰いだ。

「天よ!俺たちが一体何をした!?なぜ、なぜ見捨てられたのだ!!」

 魏昶は顔を伏せたまま嗚咽を噛み殺していた。秋霖は何も言葉が出てこず、立ち上がることもできなかった。
 一体どうすれば良かったのか、どうすれば防げたのか。なぜもっと早く裏切りに気づけなかったのか、自分は何を間違えたのか、自責の念と後悔が、胸の中を掻きむしっていく。
 出立の前に笑って見送ってくれた愛する家族は、もう二度と戻らない。その事実を到底受け入れる事ができなくて、並べられた亡骸に視線を彷徨わせる。

 天はあまりに無慈悲だと、虎渓の叫び声を聞き、秋霖は一つ涙を流した。そして、突如と体を襲う急な痛みで、鳩尾を押さえた。息苦しくなり、込み上げてくる不快感を吐き出した。赤黒い血が地面に飛び散り、咳き込む。口を押さえた手のひらに、続け様に血が溢れてくる。
 その異変に気づいた虎渓はすぐに秋霖に飛びついて抱き止める。魏昶も立ち上がりかけたが、虎渓の様子を見て静かに二人を見守った。

「秋霖ッ!!秋霖……!!」

 虎渓の手はひどく震えていた。秋霖すらも失うかもしれないという恐怖が、彼を蝕んでいく。秋霖は、虎渓の背に片腕を回した。

「大丈夫だ……私は、大丈夫だ」
「こんなに血を吐いて、大丈夫なわけがあるか!」

 秋霖は袖で口元を拭った。かつて毒に侵された体が、限界を迎えていることを悟る。だが、ここで倒れるわけにはいかない。

「……吐いたら落ち着いた。心配するな」
「秋霖……」

 秋霖と虎渓は寄り添い合いながら、ゆっくりと立ち上がった。虎渓は秋霖の口元についた血を指で優しく拭い取る。
 そして、視線を逸らしながら、低く吐き捨てるた。

「俺は……必ず仇を討つぞ……。潘廷傑め……報いを受けさせてやる」
「虎渓……っ….」

 虎渓の表情に、秋霖は戦慄して息を詰めた。また心が苦しくなり、鈍く痛むのを感じる。
 かつて微笑みを絶やさなかった唇が、今は怒りに歪み、その横顔は、憎悪と悲嘆が滲んでいた。
 その目が、天すらも呪っていた。

 
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