白冥霜花

紫雲丹

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幻燼夢

第六十三話




第六十三話



 その頃、燕雲城では、虎渓と秋霖の生存を公にしないよう、魏昶と朔清遠の手で箝口令が敷かれていた。
 そして、凌家と顧家の埋葬が終わったちょうどその日に、都より一行の軍勢が姿を現した。詔を携えた太監と、舒王の命を受けた高延が、軍を従えて燕雲城へと乗り込んできたのである。

「虎渓!秋霖!早く私の兵に紛れろ!灯台下暗しというだろう!」

 朔清遠が呼びかけて、二人は急いで朔家の兵士と服を交換し、兜を深く被ると部隊の中に紛れた。虎渓は足元の土をすくって秋霖の頬へと擦りつける。

「秋霖、そんな綺麗な顔の兵士があるか。もっと泥をつけろ」
「……」

 やがて高延の一行が城門をくぐり、広場に馬を止める。朔清遠と魏昶が前へ出て迎え、燕雲城の民たちも遠巻きにその様子を見守っていた。

「これはこれは高延殿、遥々の道をよくぞお越しくださいました」

 朔清遠が愛想笑いを浮かべると、高延は文官らしい恭しさで丁寧に礼を述べた。

「確か、陽泉鎮の魏昶殿と太晋城の朔清遠伯爵。お二人の迅速な働きで、燕雲城は復興の兆しを見せていると伺っております。深く感謝申し上げます」
「当然の義を尽くしたまでです」

 魏昶がきっぱりと返した。すると太監が一歩前へ進み、頭を垂れて声を張る。

「これより、陛下よりの詔を申し上げます」

 城門前の広場で朔清遠と魏昶、そして彼らに仕える兵士たちが一斉に膝をつく。太監が、逆賊凌家の九族誅滅と、高延が燕雲城総督に封じられる内容の詔を高らかに読み上げた。
 魏昶と朔清遠は怒りを押し殺しながらも平然と頭を垂れた。太監が退がると、高延が前へ進み、目を細めながら二人を見据えた。

「凌虎渓と顧秋霖の両名がまだここに潜んでいるとか。速やかに差し出していただきたい」

 朔清遠は焼け焦げた市街を手で示し、低く告げた。

「高延殿、何を仰る。二人は潘廷董将軍と差し違えて命を落としました。凌家も、顧家も……一族は絶えてしまった。この城に逆賊など一人もおりませぬ」
「……なんですと。私は陛下から直々に伺っております。まだ虎符も見つかっておらぬと」
「では陛下はどなたからお聞きになられたのですかな。当時現場におられたのは、ここにいる、魏昶殿のみです。彼がこの目で見ておられるのです」
「では、虎符はいずこにあるのです?!」

 ついに高延が声を荒げた。背後に控える兵が一斉に睨みを効かせる。朔清遠はひるむことなく、穏やかに答えた。

「虎符が見つかっていればすぐにお持ちしております」
「ここにはないと仰りたいのか」
「お疑いならば、この燕雲城をひっくり返して、ご自分で改めればよろしいでしょう。高延総督、ここは既にあなたのものです。我らが従わぬ理由がありません」

 皮肉と笑顔を貼りつける朔清遠に、高延の目が細くなる。

「……逆賊を匿っていても、すぐに見つかりますぞ……!」
「では太晋城も陽泉鎮も、同様にお探し下さればよいでしょう。我らは皇帝陛下の臣、命には背きませぬ」

 朔清遠の飄々とした態度に、高延は唇を噛んだ。振り返って、連れてきた兵に号令をかけた。

「城内をくまなく捜索せよ……!」
「はっ!」

 兵士たちが隊列を組みながら城内の各地へと散らばって捜索を始めた。高延はゆっくりと歩きながら、朔清遠と魏昶の背後に控える兵たちを観察していく。
 そして、高延は都で得た凌虎渓の情報を思い浮かべる。

 ――確か、背丈が八尺もあり、鬼のような強面の大男だと。

 ひときわ背の高い兵士たちの顔を、高延は一人ずつ見て回った。虎渓にも視線が向けられたが、じっと見つめたまま何も気づかずその場を通り過ぎる。都の文官貴族は、国境に生きる軍閥の将たちと面識がなく、体格や雰囲気で武を見抜ける目も持たない。

 朔清遠は、そのことを計算に入れていた。
 そして、赴任して間もなく復興も進まぬ燕雲城で、新総督が住民の家を荒らし回るような真似をすれば、民心は決して得られない。民の信を得られねば、城を手に入れたとは言えないのだ。
 
 だが、高延は予想に反して、伴っていた太監に問いかけた。

「太監殿は、凌虎渓の顔をご存知か?」
「存じております」
「この兵たちの中に紛れてはいないか」

 太監はゆっくりと歩き出し、魏軍と朔軍の兵士の列をひとりずつ見ていく。虎渓の顔は、先帝の葬儀の際に多くの者に晒されていた。この場にいた全員に緊張が走る。秋霖は一言も発さずに息を詰め、魏昶は剣の柄を強く握る。朔清遠も背後に組んだ手に力を込めていた。
 太監の目がついに虎渓に止まった。しかし、彼はそのまま何事もなかったように視線を外し、高延のもとへ戻った。

「……ここにはおられません」
「では、顧秋霖は?」
「恐れながら、面識はございません」

 太監が静かに頭を下げる。高延は不満げに鼻を鳴らしたが、それ以上は追及しなかった。一同は胸を撫で下ろす。
 虎渓は目を伏せながら、太監の正体に思い至る。あれは、かつて先帝に仕えた長奉の同志だ。間諜として舒王派に潜り込んでいたおかげで生き残り、いまだ情報を握っている。虎符と虎渓の存在を、咄嗟に黙してくれたのだろう。

 朔清遠が平然と口を開く。

「高延殿、もうご納得いただけましたかな。ご覧のとおり、軍勢も十分ですし、民の食糧も不足しております。これ以上の駐留兵が増えれば、暮らしが逼迫するでしょう。いくらか兵を太晋城に戻しても?」

 高延は眉をひそめるが、朔清遠は畳みかけるように続けた。

「私とて、知らせを受け急ぎ太晋城の兵を集めて馳せ参じたばかり。おかげで今、城はがら空きです。……それに、潘廷傑将軍は、戦のたびに私の城から馬をせしめるのです。次は一体何を奪われるか心配だ。はははははは」

 そう言って笑ったが、目は一切笑っていない。高延もすぐには言葉を返せなかった。

「ともあれ、高延殿。都の情勢にはお詳しいでしょうが、北の情勢にはお疎いはず。いざという時は、どうか我々をお頼りください。“備えあれば憂いなし”と申します」

 朔清遠の視線につられて、高延もまたふと周囲に目を向けた。戦乱で傷ついた民たちの眼差しは、窮地を救ってくれた朔軍と魏軍に向けられていた。高延が連れてきた軍に城内を荒らされ、まるで助けを求めているようにも伺える。
 この地で支配を確立するには、彼ら二人の協力が不可欠であることは明白だった。

「……それでは」

 朔清遠が合図すると、虎渓と秋霖の潜む部隊の隊長がうなずき、黙って回れ右して厩舎へ向かった。
 魏昶が一歩前に出て、高延へ進言する。

「高延殿、まずは総督府のご用意が必要ですな。さすがに、逆賊とされた凌家の旧邸を使うのは体裁が悪うございます。別邸をご案内いたしましょう」

 その後も、高延は命じられたとおり燕雲城をひっくり返す勢いで虎符と虎渓たちを捜索したが、全て空振りに終わった。

 
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