白冥霜花

紫雲丹

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啓春花

第二話(二)



 沈奕は言い淀む。自分には感じきれない何かが、この空間に流れているのだろうかと、沈奕が霊気を探ろうと静かに呼吸を整えている隣で、秋霖は無言のまま腰の木剣を抜いた。
 桃木の刃に手を翳し、薄く光を纏わせる。

 その凝縮された霊力の濃さに沈奕と荘涛は目を見開いた。
 修身者の多くは、金丹を鍛えて術を繰り出すが、どれくらい鍛えられたかによって霊力の密度が変わる。
秋霖の霊力は、明らかに常人の域を超えていた。ただ一振りの剣に宿る霊力の奔流を見ただけで、彼がどれほどの高みに到達しているのか、二人には痛いほどわかった。
 彼らが口を開く間もなく、次の瞬間、廃屋の奥から、ぞわりと、と泥を這うような音とともに声が響いた。

「おや……霄嶺劍派の子猿どもだけかと思いきや、"真人"様までお揃いとは」

 その声はどこか飄々としていながらも、深く、冷たく、得体の知れない重みを帯びていた。
 沈奕と荘涛もすぐさま剣を抜く。秋霖は無言のまま、霊力の光をわずかに強め、声の主の正体を探る。

 闇に蠢く影の中から、仮面を被った数人の男たちが姿を現した。先ほど秋霖を追っていた薬幽堂の者たちだ。
 その先頭――道士の装束をまとい、帽子の下から長髪を垂らした、骨と皮だけのように痩せこけた男が、音もなく現れた。

「何者だ!」

 荘涛が一歩踏み出し、剣先を真っすぐに向ける。

「名乗ったとて、覚えていられるかな」

 男は笑うことなく言い放ち、無言の合図を手下へ送った。仮面の男たちがすばやく動き、廃屋の中に陣を展開する。
 瞬間、場の空気が重く沈む。もともと淀んでいた瘴気が一気に増幅され、廃屋の床や壁から漆黒の影が這い出しはじめた。
 足元に絡みつくような呪縛の力が、三人の動きを鈍らせる。

「まずい……二種の術式を同時に展開しているのか?!」

 沈奕が歯噛みするように呟いたその時、湧き上がった影の中に、女の顔のようなものが浮かび、喉を引き裂くような悲鳴を上げた。

怨鬼えんき……!」

 呪縛術で動きを封じ、召喚術で呼び出された怨鬼に魂を喰わせる。まさに、生者を葬るために構成された、完成された殺陣だった。

「沈奕、荘涛。周囲の術者を斬り伏せてくれますか。……あれは私が相手を」
「顧先輩、戦えるのですか……?!」

 不安を隠せぬ荘涛に、秋霖は静かに応じた。緊迫した状況で態度を取り繕っている暇はない。

「問題ありません。あれは――、人ではない」

 その声が落ちた瞬間、秋霖の身体が疾風のように駆けた。霊力をまとった木剣を手に、呪縛を振り払うように結界をすり抜け、道士の眼前へと飛び込む。

「――ッ!」

 空気を切る音とともに、木剣が痩せた道士の顔面を正確に打ち据えた。

「グァァアアアッ!」

 悲鳴を上げ、道士が吹き飛んでいく。
 荘涛と沈奕はその一撃の凄まじさに一瞬目を奪われたが、すぐに立て直し、陣を張る術者たちへと斬りかかる。
 地に倒れた道士は、土煙の中でよろよろと立ち上がった。だが、その姿は先ほどの痩せ細った人間ではなかった。
 裂けた衣の下から覗いたのは、膨れ上がった異形の腕。皮膚は青黒く変色し、筋肉は常人の倍以上に膨張している。骨と皮の仮面の下から現れたのは、角と裂けた口を持つ、異形の大鬼だった。

「……グゥゥ、ウ……一撃で、我が皮を剥ぐとは。侮っていたぞ、“真人”よ……」

 髪を振り乱しながら、鬼はゆっくりと秋霖に向き直った。

「……お、おい、鬼じゃないか……!」

 荘涛が息を呑む。その声は味方の術者たちにまで動揺をもたらした。仮面の男たちは互いに顔を見合わせ、道士の真の姿が鬼であったことに困惑の色を見せていた。

「……正体を現したか」

 秋霖が静かに言葉を落とすと、鬼はにたりと口を裂いた。

「名を明かしてやろう、真人。我は幽攘ヨウラン――薬幽堂の儀法を極め、魂ごと変生した鬼道士よ。この体に至りしは、人にして鬼を操る力を得た証」

 言葉とは裏腹に、その姿はもはや人の面影を残していなかった。角の根元には呪符が刺さり、皮膚には自ら刻んだ印が走っている。鬼となるために、生きたまま人としての理を捨てた者の成れの果てだ。

「真人よ。貴様の魂を奪えば、我はさらなる高みに至れるだろう――」

 幽攘が咆哮とともに腕を広げた瞬間、廃屋の影がざわめいた。空間がひしゃげ、怨鬼の呻き声が響く。その叫びはまるで、苦しみの中で助けを求めるような、底知れぬ怨嗟だった。
 秋霖は無言で木剣を構え、霊力を静かに研ぎ澄ませる。そのときだった。

「――待て」

 場を裂くように鋭く、どこか気怠げな声が廃屋に響いた。
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