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啓春花
第七話(二)
「天吏様よ。この結界は霊気を遮断するが、鬼気は遮断されちゃいない。鬼気を辿れば、元凶のいる場所に行けるぞ」
虓屠の後を追って進むうち、周囲の瘴気が徐々に濃くなっていく。元凶に近づいている証拠だった。やがて視界は完全に瘴気に覆われ、闇の中へと変わっていく。
「――霖、」
微かに声が聞こえる。秋霖の前方に光が開け、瘴気が晴れていく。眩しい光に思わず顔を背けた。
「――秋霖」
顔を上げると、目の前に、懐かしく、最も焦がれていた相手がそこにいた。
「……虎渓……」
その名を呼んだ瞬間、周囲の景色が鮮明になる。凍えるように冷たい隙間風と、酒の匂い、粗末な家具と薄暗い部屋、一つしか灯っていない蝋燭――。
この場所を、秋霖は知っていた。都の外れにある寂れた宿だ。
虎渓と秋霖はくたびれた装束をまとい、机を挟んで向かい合っていた。机の上には酒が注がれた杯が二つ並んでいる。
「おい、どうした? まだ飲んでもいないのに酔ったってわけじゃないだろう?」
虎渓はおどけたように苦笑した。その顔は随分とやつれ、土と汗に汚れ、額には乱れた髪がいくつか落ちている。二人で追手から逃げながら、長い旅路の中、やっとの思いで都に辿り着いたのだ。
――これは幻影で、記憶だ。
いつの間にか鬼の幻術に囚われてしまっていた。早く抜け出さなければならないはずなのに、身体は思うように動かない。いや、動かせないのだ。自分の体は、あの時の記憶通りにしか動いてくれない。
「秋霖……連れてきて悪かった。無理をさせたな」
虎渓は杯を持ったまま、じっと酒を見つめている。秋霖は首を振った。
「虎渓、無理などしていない。私はお前と共にいれて嬉しい」
都に来る前、虎渓は秋霖を置いて一人で復讐をやり遂げるつもりだった。けれど、二人は離れる事ができなかった。秋霖は復讐を止めるつもりでいたが、それでも虎渓の意思は固く、秋霖もまた、主君に従うと決めた。復讐の果てまで、どこまでも、どこまでも、共に行くと。
「……体は、大丈夫か」
「ああ。酒だって飲める」
秋霖が微笑みかけるが、虎渓は顔に暗い影を落としたままだった。彼は、秋霖を連れてきてしまった事を後悔していた。だが、そんな必要はないのだ。うまく伝えられずとも、二人の間には確かな絆があると秋霖は信じていた。
明日、二人は復讐の計画を実行に移す。そのための杯だ。虎渓が杯を持ち上げる。秋霖もそれに倣って酒を口にする。
――その酒を飲んではならない。
飲んではならないのだ。過去を変えられるなら、どれほどよかったか。
だが杯はすでに傾き、酒を飲み干した秋霖は間も無くして机に倒れ込むと、静かに意識を手放した。遠くで、虎渓の優しい声が聞こえる。
「たった一杯で酔ったのか? お前には少し強すぎたみたいだな……」
目を覚ました秋霖は、虎渓がいないことに気づき、慌てて寝台から身を起こした。
夜明け前の暗さではない。外はすでに夕暮れに染まりかけており、どれほど眠っていたのかも分からない。
いくら酒に弱い秋霖でも、一杯でここまで眠りに落ちることはありえない。血の気が引いていく。机の上には、一通の遺書が広げられていた。
――置いていかれたのだ。
その紙は折り畳まれた跡がいくつもついており、昨夜書かれたものではない。もっと早い段階で、眠り薬と共に用意されていたのだとわかる。
――置いていかれた。二人で行くと、約束したのに。
全速力で馬を走らせた秋霖は、燃え盛る潘家の屋敷に辿り着いた。
そこはすでに炎の海と化しており、青竹に囲まれた潘家の邸宅は、幸いにも隣家に燃え広がってはいなかったが、近隣の人々は避難しきっており、屋敷はただ静かに燃えていた。
間もなくすれば、都の治安を守る巡衛司か禁軍が訪れるだろう。
「…虎渓……!!」
秋霖は外門を越え、火の中へと駆け込んだ。
「凌虎渓!!」
燃えさかる屋敷の奥で、やがて見つけたその姿に、秋霖は絶望して膝をついた。視界が雫でゆらいでいく。
「……どうして……」
どうして、私を、置いていったのだ。
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