白冥霜花

紫雲丹

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啓春花

第八話(二)



「おい…、そこまでする必要があるのか。もしお前の魂が尽きたらどうなる」
「鬼のお前が案ずることか。天吏は人を守る者……私が天吏として生きる限り、役目を果たす」

 秋霖は詠唱を始めながら霜曜槍を構え、渾身の一擲を結界の鬼に向かって放った。

「天霜、律を降ろし曜の光、静寂を映す――」

 霜曜槍の一撃は鬼の体の中心を貫こうとするが、結界の抵抗力が瘴気を纏って鬼を守ろうと盾になる。力は拮抗するが、秋霖は歯を食いしばって力を込めた。

「……――ッく!!!」
「霖戒!!!」

 虓屠が力を貸そうかと手を上げかけたが、秋霖の表情を見て止まった。
 霜曜槍の霊気が結界の瘴気を凍らせていく。

 あの日の冷たさは、こんなものではなかった。
 あの日の絶望は、こんなものではなかった。
 あいつを奪ったどんな炎でも、どんなに燃え盛る焔であっても、この氷は溶かせない。
 あの北の大地で、身も凍るほどの寒さの中、笑い合った時間は戻らない。
 天吏として生きてきたこの三百年の虚しさを、ここで阻まれてたまるものか。

 氷の刃は鋼よりも硬く、堅く、結界の鬼の体を貫いた。
 次の瞬間、目を閉じていたはずの鬼の目が開き、裂けるような口で大笑いをしたあと、秋霖に襲いかかる。

「ははははははははハハハハハ!!」

 虓屠は秋霖を庇って前に躍り出ると、骨刀でそれを振り払った。結界の鬼の体はもはや塵となって消えたが、その影だけが、不気味な笑い声の残像として残り、やがて結界ごと完全に消滅した。

 秋霖たちは真っ暗な薬幽堂の屋敷の中に取り残されていた。そこは儀式の間のような空間で、怪しい儀式台や薬棚、蝋燭、書物などが転がっている。
 近くには、まだ気絶している弟子たちが横たわっていた。そのうち自然と術が解けていくだろう。

 秋霖が天吏の装束を解くと、急な脱力感に襲われて膝をつこうとしたが、虓屠が寸前で抱き止めて支える。
 虓屠はその体の軽さに戦慄した。

 天吏には肉体がない。肉体に見えていても魂の重さしかない。そして先ほどの戦いで魂を削ったせいで、彼の体は薄絹よりも軽く感じた。

「魂が消滅したらどうなる?!」

 怒りに満ちた虓屠の声に、秋霖は面食らった。

「言葉通り消えてなくなる……無だ」

 天吏になった者の魂が消滅してしまえば、転生することは叶わない。だから天吏は、いつでも役目を辞して転生することができる。秋霖はその道をあえて選んでいないだけだ。
 再び虓屠が口を開きかけたが、秋霖はこの部屋に近づいてくる足音を聞き、儀式台の近くにあった書物を一つ掴むと、虓屠の懐へ無理やり捩じ込んだ。

「早く行け」
「…っチ」

 虓屠が舌打ちして気配を消すと同時に、部屋に現れたのは荘涛だった。

「顧大哥~~~~~!!!」

 秋霖の姿を見て安堵した荘涛は駆け寄ってきた。

「結界が消滅して鬼が消えて…! 大哥が無事でよかったです…! 師兄たちも無事です!」

 荘涛ははっとしてから、秋霖のまわりを探すように視線を彷徨わせた。

「そ…そういえばあの深鬼はどこにいったのですか…? あの鬼のおかげで無事だったのは確かですが! あの鬼は一体なん…あっ大哥、顔色が悪いです…どこか怪我でも?!」

 矢継ぎ早に話す荘涛を見ていた秋霖は、ふっと息を漏らして笑った。荘涛の頭を撫でて言い聞かせる。

「…大丈夫だ。荘涛、あの深鬼は私に従ってくれているから、どうか今は見逃してほしい。この事は内密にしてくれるか? お前との秘密が増えて心苦しいが…」
「…もちろんです!! この荘涛、秘密は絶対に守ります…!」
「では荘涛、外へ出て賀海之殿に報告し、沈奕たちの手当てを頼むのだ」
「はい!」

 荘涛が部屋を去ると同時に、二人の会話で目覚めた瑭心は、ゆっくりと起き上がると秋霖の方を見た。

「ここは……、鬼は、討たれたのですか」
「…瑭心殿」

 秋霖は一礼してから状況を伝えた。

「瑭心殿が鬼に致命傷を与えてくださっていたおかげで、私でもなんとか鬼を打ち破ることができました。
しかし、この戦いで内傷を負ってしまい、休息をいただきたく思います。…ここの調査はお任せしてもよろしいでしょうか」

 秋霖の言葉は謙遜ではなく、事実である。瑭心が負わせた傷がなければ、秋霖は今頃魂を失い、この場にいなかったかもしれない。
 瑭心は秋霖に深く礼を返した。

「どこの門派の方か存じませんが、助太刀感謝いたします。ここは我々紫鳳閣が引き受けましたので、貴殿はどうかお休みください。この御恩は後日必ず…」
「それには及びません。…では、失礼します」

 秋霖は部屋を出て、適当に屋敷の廊下を曲がると、誰もいないことを確認して帰天術を使った。
 
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