白冥霜花

紫雲丹

文字の大きさ
27 / 123
啓春花

第九話(二)



天命を受けた天吏は、人界と天界を自由に行き来できる。だが天命を持たぬ者が外へ出ることは基本的に禁じられている。
 しかし碧琅君のように、天吏たちの行動を監視する役割を持つ天吏であれば、多少の出入りは黙認されていた。

 彼に諌められる天吏は少なくないが、秋霖は特に気にかけられていた。それは、生前三人が同じ国に生きていたからである。
 秋霖は北の地、碧琅君は中心地である都、霍舟晟は南の海辺で、寧国の中でもそれぞれ異なる地であったが、同郷意識が彼らを結びつけていた。
 秋霖にとって霍舟晟は五十年ほど先の先輩、碧琅君に至っては百年以上前の人物である。
 生きていた時代も場所も違えど、天界では彼らはよく顔を合わせていた。

「それにしても、霖戒将軍はいつになったら僕を兄と呼んで慕ってくれるのかなあ」
「…舟晟殿、以前にも言いましたが”金羽煌月ジンユーホアンユエ”の異名は遠い北の地にまで届いていました。尊敬すべきお方を兄と呼ぶなど畏れ多い…」
「頼むからその名で呼ぶな…」

 渋い顔をした霍舟晟に、碧琅君が扇子で口元を隠しながら、にやりと笑って異名を讃え始める。

「月下、火羽は長空に発し金星のごとく耀きて蒼穹を照らす。弓鳴りて一夜に三百没し、名は煌月に留まりて――」
「やめろ~~!三百じゃない三十だ!盛るな~~!」

 霍舟晟は思わず頭を抱えた。
 彼は弓の名手として知られ、一夜にして三百隻の海賊船を沈めたという逸話を持つ。それが転じて“金羽煌月”の異名が広まり、やがて天吏名となった。
 だが本人によれば、実際に沈めたのは三十隻であり、伝説が一人歩きしているのだという。
 それゆえに彼は、生前の名で呼ばれることを強く望んでいた。

「三十隻でも相当な数では。山間の地で生まれた私には想像もつかない…」

 秋霖がそう言うと、碧琅君も静かに頷いた。

「その通り、三十でも三百でも今となっては大した事はない。彼がとにかく凄いという事に変わりないのですから」
「もういいよ、名前のことは……。僕が言いたいのはね、霖戒。我々を頼ってくれてもいいんじゃないかってことだよ」

 秋霖は霍舟晟の視線を受けて、少し戸惑ったように目を泳がせた。
 天命は一人の天吏につき一つ。人界を混乱させないため、天吏たちは基本的に単独で動く。だが、天命を全うできず魂を失った天吏も少なくない。
 二人は、秋霖の身を案じていた。兄として慕ってもらえれば、彼らとしても動きやすいのだろう。

「まったくです。あのように得体の知れない鬼に協力を仰ぐのではなく、私たちを頼ってくれれば……!いかようにも工夫して――」
「碧琅君、監視官である君が“工夫”というと、なんだかおもしろいぞ」
「霍舟晟、私は本気でだな……」

 二人が言い合っている横で、秋霖は静かに口を開いた。

「兄君たち、お気持ちはありがたいのですが……私は生前、兄と呼べる方に縁がなく、お二人のお気遣いにどう応えればよいのか分からなかっただけです。それに今回のことは、ただ私の未熟が招いた結果ですから……どうかご心配なく」

 北の国境で育った秋霖には、軍に従事する多くの“兄たち”がいた。だが、物心ついた頃には、彼らは皆、戦で命を落としていた。
 その悲しみを思い出してしまい、思わず心を閉ざしてしまう。

「霖戒……」

 碧琅君は、秋霖の言葉に眉を下げた。
 しかし、霍舟晟は“兄君”と呼ばれたことに気をよくしたのか、腕を組んでしたり顔を浮かべる。

「それならば、この霖戒将軍に、兄というものがどういう存在か教えて差し上げなければならないね?」
「……確かに。末の弟が"怪我"も治らぬうちにまた人界に行ってしまっては困ります。しっかり見張っておかなくては」
「う……」
「なんですか、その迷惑そうな顔は」
「そうだぞ、霖戒。ちゃんと我々の相手をするんだ」

 本当はすぐにでも人界へ戻り、虓屠に預けた薬幽堂の書を読みたかったのだが、どうやら二人は秋霖を逃すつもりはないらしい。
 状況を受け入れるほかなく、それでも少しあたたかな気持ちで、秋霖は二人のために茶を注いだ。
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司と俺のSM関係

雫@23日更新予定
BL
タイトルの通りです。読む前に注意!誤字脱字あり。受けが外面は一人称私ですが、砕けると僕になります。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

【完結】兄さん、✕✕✕✕✕✕✕✕

亜依流.@.@
BL
「兄さん、会いたかった」 夏樹にとって、義弟の蓮は不気味だった。 6年間の空白を経て再開する2人。突如始まった同棲性活と共に、夏樹の「いつも通り」は狂い始め·····。 過去の回想と現在を行き来します。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。